ベビコン5話 うちあげ! -1-

 コンテストが終わり、俺たちは陽だまり亭へと帰ってきた。

 空は暗くなり、これから夜の時間が始まろうとしている。


「いや~、勝利の美酒は最高さねぇ!」


 ったーん! と、ノーマが木製のジョッキをテーブルに叩きつける。中身は、ハビエル秘蔵の冷えたビールだ。


 陽だまり亭は酒の提供をしていない。

 今回だけ特別だからな?

 ジネットが、「是非お祝いしましょう」って言ったからだからな?


「店長さん、おかわりさね!」

「はい,ただいま」


 と、自身も受賞者なのにテキパキと動き回るジネット。


「ジネットも受賞者なんだから、ご褒美スイーツでも食ってろ」

「はい。あとでいただきますね」


 そう言って厨房へ引っ込んでいく。

 料理を作る気満々って顔をして。

 ジネットに代わり、ロレッタが冷えたビールを運んでくる。


「はい、ノーマさん。優勝おめでとうです」

「ありがとうねぇ、ロレッタ。あんたらの服とスカートも可愛かったさよ」

「ですよね! あたしとマグダっちょも頑張ったですよ! まぁ、今回は残念でしたけど、次回はかなりいい線までイケるはずです!」


 どこから出てくるんだ、その自信は。

 明らかにレベルが格上のオバちゃん連中が多数いたろうに。

 あのオバちゃん連中、次回はもっと凝った服で参戦してくるぞ。


「……ミリィとイメルダには、優勝のスイーツを」


 マグダがお盆を持って、ミリィとイメルダの座るテーブルへとスイーツを運んでくる。

 アレはアフォガードと、バニラとストロベリーのミックスアイスだな。

 モデルをやり遂げた『いい子』どもに食わせるため大量に準備しておいたから、アイスの在庫は十分にある。


「みりぃは、てんとうむしさんとじねっとさんに混ぜてもらっただけだから、全然、何もしてない、ょ」

「謙遜することないさね、ミリィ! あのパッチワーク生地は素晴らしかったさね。次回は、アタシもあれで一着作ってみたいって思ったくらいだからねぇ」

「その生地を最大限活かしきったワタクシのデザインがキラリと光っておりましたわね!」

「あんたは、もう少しくらい謙遜しなね、イメルダ。……まぁ、優勝したんだから、今日は盛大に羽目をはずしゃいいけどさ! さぁ、乾杯さね!」

「乾杯ですわ!」


 ジョッキと、アイスの小鉢がぶつかる。

 なんだその、異種格闘技戦みたいな乾杯。


「ほろっと苦くてぐぐっと甘い。噂通りの美味しさですわね」

「あぁ、それが噂のベッコバリアーかぃね?」

「アフォガードだよ」


 やばい、ベッコバリアーで定着してしまいそうだ。

 意味は同じだけれども。


 ……いや、同じじゃねぇよ!?


「あたいも三位になったんだぞ!」

「はい、拝見しておりましたよ、デリア姉様。クマさんのお耳がとても可愛らしく、私も赤ちゃんだったころに着てみたかったと思いました」

「カンパニュラなら今でも着られるぞ、きっと」

「いえ……それは、どうでしょうか?」


 褒められて嬉しかったのか、デリアがグイグイいっている。

「今度作ってやろうか?」じゃねぇーよ、デリア。

 カンパニュラを困らせるな。


 カンパニュラがベビー服なんか着たら、その界隈が大盛り上がりして、活性化し過ぎて、やがて更地にされるから……草木一本生えない不毛の大地になっちゃいかねないからな。

 今回、ハビエルが灰にされたように……


 酒が出る祝いの席にハビエルがいないのが、今のあいつの状況を物語っていると言えよう。


 パウラとネフェリーは、残念ながら受賞できなかったが、とても楽しかったと満足気にしていた。

 今日は街全体が盛り上がっているから、夜はがっちりカンタルチカで荒稼ぎをするのだそうだ。

 ネフェリーも、パウラの手伝いに行った。


 ちなみに、ネフェリーチームの服はウクリネスが改良して量産することになったらしい。

 新人教育にうってつけの教材なんだそうだ。

 裁縫と編み物、両方の技術が必要だからなぁ。精々しごかれるがいい。


「遅れてすまぬ」

「あ、もう始めてるんだね。ボクたちも混ぜて」


 ルシアとエステラが両給仕長を伴って陽だまり亭へとやって来る。

 イロハたち三十五区の虫人族の受け入れとか、その辺の手続きを終わらせてくると、コンテストのあと館に戻っていったんだよな。


「手続きは終わったのか」

「ばっちりさ。寮が完成次第、すぐにでも受け入れられるよ」

「イロハたちは明日にでも来たいと申しておるほどでな、キツネの棟梁にはもう少々発破をかけねばいかんかもしれぬな」


 現在急ピッチで進められている寮の建設。

 ムム婆さんの家の近くに、デカめの集合住宅が、もうほぼ完成に近い状態で建っている。

 張り切ったなぁ、ウーマロwithトルベックの大工たち。


「それで、どうだった? 反応は」

「うむ」


 断りもなく、さも当然のような顔で俺の座るテーブルにやって来て向かいに腰を下ろすエステラとルシア。

 そのルシアの方に質問を投げる。


「今日のモデルには可愛い子が多過ぎて、何人か連れ帰ろうかと考えておる」

「お前の感想はどうでもいいんだよ。つか、連れ帰らせるか、この誘拐犯め」

「ルシアさん、やめてくださいね」


 エステラが、笑顔ながらも割と真剣に釘を刺している。

 ちゃんと言っておかないと、マジで実行しかねないからなぁ、こいつは。


「どの種族の者たちも皆、非常に乗り気であった」


 イロハの紹介だから、てっきりアゲハチョウ人族ばかりが来るのだと思っていたら、どうやら他の種族もいろいろと混ざっているらしい。


「裁縫の勉強を頑張ると意気込んでおったぞ」

「洗濯を覚えに来るんだよ、そいつらは!?」


 作りたくなってんじゃねぇよ。


「まぁ、服のことをよく知れば、洗濯する時に気を付けなきゃいけないポイントも分かるだろうし、趣味として裁縫を覚えるのはいいことなんじゃないのかい?」

「そうですね」


 エステラのフォローに、お茶を運んできたジネットが頷く。


「ムムお婆さんもお裁縫が得意ですし、わたしもお裁縫をするおかげで洗濯の時にいろいろ気付けることは多いですよ」


 生地の弱い部分や、汚れが溜まりやすいところ、汚れの取りにくいところなんかも分かるので、洗濯する時はそれらに気を付けているのだとか。


「フリルやレースも、作る大変さを知れば、丁寧に扱うようになりますよね」

「破っちゃうと、ボクには修復できないよ」


 確かに、その辺は苦労を知らないと扱いが雑になりかねないか。

 丁寧な仕事って、案外他人に教えるということが難しいからなぁ。


「裁縫教室は、今後も続けるのか?」

「うん。参加者からの反応もよくてね。講師も乗り気だったから、しばらくは続けてみるつもりだよ」


 ウクリネスのところの従業員数名と、母親歴が数十年という大ベテランに講師を頼んだ裁縫教室は、多くの生徒を受け入れ大盛況だったようだ。


 大ベテラン講師は素人ながら経験豊富なようで、面白い話も聞けて非常にためになったと、教室に参加したジネットが教えてくれた。

 ……ジネット、お前はまだ何かを学びたいのか。マスターしてんだろ、もうすでに。


「では、ウチの者たちにも勧めておこう。参加の許可をもらえるか、エステラよ」

「もちろんですよ。教室を通して、四十二区のみんなと親しくなってくれると嬉しいですし」


 区を挙げてのウェルカム状態だ。

 寮が完成したら一気に動き出しそうだな、洗濯屋研修。


「そういえば、ムム婆さんは参加してなかったのか、コンテスト」

「してたよ。受賞はしなかったけど、安心感のあるすごくいい服を作ってたよ。ほら、普段着部門で君が『本来はあぁいうのが一番必要とされるんだけどな』って言ってた動きやすそうな服だよ」


 あぁ、あったな。

 見た目の派手さはないけれど、飽きの来ない安心感のあるデザインで、流行り廃りとは無縁の定番系の服。

 商売にするなら、そういうのがいいと思えるような服だった。

 アレがムム婆さんの作品だったのか。

 なんか、すごく『らしい』な。

 派手さはなく控えめだけれど、絶対に必要とされる。しかも、必要とされる期間が長く廃れない。

 まさに、ムム婆さんみたいな服だった。


「俺も、コンテストじゃなけりゃ、あぁいう服を作ってただろうな」

「ムムお婆さんの作る服は、とっても着心地がいいんですよ」


 実際服を作ってもらっていたジネットが嬉しそうに言って、出来立ての料理をテーブルに並べていく。


 ……会話に参加しながら料理も進めるとか、どんだけ器用なんだ、お前は。

 料理を並べ、ジネットが足早に厨房へ向かったタイミングで、エステラが体をひねって盛り上がる連中の方へ顔を向ける。


「ノーマ、優勝おめでとう。デリアも、三位入賞おめでとう」


 エステラからの賛辞に、ノーマが嬉しそうににかっと笑い、デリアがどーんと胸を張る。

 ひゃっほぅ。


「ミリィとイメルダ、それにロレッタとマグダも、チームでの優勝おめでとう」

「……カンパニュラとテレサも、我ら陽だまり亭チームとして貢献していた」

「そうだったね。カンパニュラ、テレサ、二人もおめでとう」

「ありがとうございます、エステラ姉様」

「ありまと!」


 パッチワークのジャケットとオーバーオールは、全員何かしらの作業を担当していた。

 入賞を逃した俺の服も、カンパニュラたちは手伝ってくれていたしな。


「そしてジネットちゃんとヤシロ」


 エステラが俺たちの方へと向き直り、にっこりと笑う。


「二人もおめでとう。友人として、ボクは非常に誇らしいよ」

「ありがとうございます、エステラさん」

「立案者は自分に有利になるようルールを設定できるからな。先に構想を練れるってハンデもあったし、まぁ、妥当だろう。次回はどうなるか分からん」

「貴様は、称賛を素直に受け止めることも出来んのか。とんだヒネクレイワシだな」


 どんなイワシだ。

 実在するなら連れてこい。見てみたいわ。


「まぁ、次回やる際は領主主催で勝手にやってくれ。俺はもう運営には携わらん」

「残念だな、カタクチイワシ。近々三十五区で開催される子供服コンテストの審査員長は貴様に内定している。精々身を粉にして働くのだぞ」


 聞いてねぇよ、そんな話。


「あぁ、心配はするな。閉会の挨拶は私が行うので、貴様は裏方仕事の大変な部分だけやっておけばそれでよい」

「高額な報酬でもなきゃやってられねぇな」

「心配には及ばん。子供たちの笑顔が、貴様には何よりの報酬であろう?」


 なんの利益にもならねぇよ、そんなもん。

 大人部門下着の部でもない限りは拒否しよう、そうしよう。


「とにかく、みんなお疲れ! 今日という素晴らしい日に乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」


 エステラが強引にまとめて、祝勝会とお疲れ様会は仕切り直され、そこからまた盛大に盛り上がった。






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