ベビコン4話 ほんばん! -4-
以前行った告知イベントでは、テレサとシェリルがレオパードゲッコーの着ぐるみと、お子様用のドレスを着ていた。
レオパの方も、それはそれで「可愛い~」なんて声が上がってはいたが、やはりドレスのインパクトは大きかったようだ。
式典で領主が着るようなドレスは女子たちの憧れだろうし、ウェンディが結婚式のパレードで着ていたドレスは、ここの住民の脳裏に強烈な印象として焼き付いていることだろう。
そんなドレスを、自分の子供が、愛おしい娘が、可愛らしく、それもお手軽に着られる。
そんなことになったら――はしゃぐのが親心ってもんだよなぁ。
「物凄い熱気だな」
「だって、ここに登場した衣装は、みんなレンタルすることが出来るってみんな知っているからね。最愛の子供たちを可愛く着飾りたいのは親として当然の感覚じゃないか」
観客席の熱気が、これまでの部門とは大きく違う。
そして、そこにエントリーした応募者たちの熱の入れようも、これまでの部門とは大きく異なっていた。
「すごい力作揃いだよ。君たちのサンプルが大いに役立ったようでね、可愛いドレスが多数応募されていたよ」
見本があればアレンジ出来る。
そんな裁縫上手が多いらしい。
貧乏だったからなぁ、四十二区は。新しい服を買う余裕がないなら、自分で作るしかないもんなぁ。
自然と裁縫の腕も上がるってもんだ。
とはいえ、ドレスまで作っちまうとはな。
さすがにウクリネスレベルのものはないだろうが、それなりにハイレベルなものが揃っているらしい。
すげぇな、四十二区の裁縫上手ども。
そんなことを思いながら、エステラと小声で会話していると「わぁ!」っと一際大きな歓声が上がった。
見てみると、かなり気合いの入った真っ赤なドレスを来た女児がステージ上を歩いていた。
「派手だなぁ」
「でも、すごく見栄えがするね」
「ウクリネスの作品か?」
「いいえ、違いますよ、ヤシロちゃん。ウチの子たちでもないですねぇ。初めて見るドレスです」
ウクリネスでも、ウクリネスのところの針子たちでもないってことは、素人の作品か。
すげぇな、この街の素人。
あんなもん、プロの仕事じゃねぇか。
「あのドレスね、ノーマの作品なんだよ」
「マジか!?」
つか、バラすなっつーのに。
別に制作者が分かったからって、贔屓をするつもりはないけども。
……いや、最後二択のどっちかで迷ったら知り合いの方に入れちゃいそうだけども。
「最初は純白のウェディングドレスを作るつもりだったんだって」
「自分は着れないのに?」
「……ヒドイよ、ヤシロ」
「いや、違うぞ! 子供服だから、作っても自分では着られないって意味で、ノーマの将来を否定したわけではないからな!?」
エステラの勘違いであろうと、そんな話がノーマの耳に入ったらどんな報復をされるか分かったもんじゃない。
ノーマ、大丈夫だよ!
着ようと思えばいつだって着られるさ!
ウェディングドレスはお前の味方だ!
……あれ、おかしいな、涙が…………
「でね、ウェディングドレスの生地を買いにウクリネスのお店に行った時に、運命の赤い糸の話を聞いたんだって」
嬉々として広めてるな、ウクリネス。
ノーマなら、さぞ見事に食いついただろう。
「物凄い勢いで赤い糸を買って帰ったって」
「糸?」
「ウェディングドレスに使う純白の糸と、運命の赤い糸を使って生地を織るって」
「織るところから始めたのか、あいつ!?」
どうりでこの数日姿を見かけないと思った!
機織りしてたのか、ノーマ!?
「そうして出来上がったのが、あの情熱の赤いドレス。作品名は『永久不滅の愛の炎』だって」
重い……
なんて重いドレスなんだ……
「あれ脱いだ瞬間体が軽くなって、瞬間移動とかマスターしてそうだな」
「そこまで重くはないと思うけど……」
いやいや、残像くらいは出せるようになってるって、たぶん。
「ポイント入れてあげてね。入選しなかったらあまりにも可哀想だから」
「お前、堂々と裏工作してんじゃねぇよ」
まぁ、俺も落選した後のノーマが面倒くさそうなのでポイント入れさせてもらうけども。
「アタシの愛の、どこが不満だったんさねぇー!」なんて、悲しい悲鳴が街に轟かないように……
「あ、俺のだ」
ノーマのドレスに続いて出てきたのは、俺の作品だった。
「ノーマの私服に似てるね」
「俺の故郷では、あぁいうのが昔から愛されてきたんだよ」
俺が作ったのは、なんちゃって振り袖。
ファスナーで着脱可能なお手軽振り袖だ。
見た目だけ振り袖で、構造はワンピースだな。
「わぁ、もう一つの方はさらにすごいね」
振り袖と一緒に作ったのは、なんちゃって十二単。
これもファスナーで簡単に着られるのだが、やっぱりちょっと重そうだな。
モデルの女児が歩きにくそうだ。
「俺の故郷の、はるか昔の貴族女性が着ていた衣装だ。着替えるのに何人も世話役がいないと難しいっていう、いかにも貴族らしい衣装だよ」
「ヤシロの故郷にもそういう習慣があるんだね。ボクも、本格的なドレスの時は着替えるだけでかなり時間がかかるんだよ。……ココだけの話、王族からの招待は受けたくないんだよね」
「お、フラグが立ったな」
「怖いこと言わないでよ。……拝謁を賜る理由がないよ」
分かる分かる。
王族に会うなんて、面倒でしかないもんな。
トラブルと偉いさんには近付いてきてほしくないもんだ。
「可愛いですけれど、動きにくそうですね」
「ガキの服に袖とかひらひらはない方がいいからな」
「うふふ、武器になりますものね」
ウクリネスがニンマリと笑う。
ガキは振り回すからなぁ、長い袖とか。
よく分かってるじゃないか。なんかされた経験があるんだろう。
そういう痛い思いをして、技術は改善されていくものだ。
「おぉおお!」と、会場が沸いた。
「お、ウクリネスのドレスだな」
「はい。ヤシロちゃんに頂いたデザインのものですね」
俺とジネットでは手に負えないと、ウクリネスに丸投げしたドレスのデザイン。
さすがウクリネスだ。
こちらの想像を超えてくる。
「ウェディングドレスみたいだね」
「そのつもりで作りました」
「あのスカートの生地いいな。動く度にしゃららって揺れて、流水みたいでキレイだ」
「まぁ、そこに気付いていただけるなんて嬉しいわ。ヤシロちゃんのデザインに負けない一工夫がしてみたかったんです」
対抗心燃やしてたわけね。
いや、でもさすがだな。
これは見事だ。
「これ、ウクリネスのだって宣言して殿堂入りさせないと確実に優勝しちまうぞ」
「おほほほ。まぁ、嬉しいことを言ってくれますねぇ、ヤシロちゃんは」
「そうだねぇ。ちょっと他とレベルが違い過ぎるね、これは」
そんなわけで、その場でこの頭一つも二つも突き抜けたドレスの制作者が発表され、「やっぱりねぇ~」なんて反応が観客全体から寄せられ、このドレスには最高の栄誉と特別な賞を贈るということにしてコンテストのエントリーから除外することが通達された。
初回で殿堂入り。
ミスコンで言ってた冗談が、ここに来て実現しちまったよ。
そうして、おしゃれ着部門の投票が行われ――
「優勝は、ノーマさんの真紅のドレス、『永久不滅の愛の炎』に決定いたしましたー!」
――ノーマが優勝しちゃったわけで。
これ、エステラの裏工作必要なかったかもな。
「ありがとうさねー!」
観客席で立ち上がり、両腕を上げて歓喜の雄叫びを上げるノーマ。
いや、だって、他の参加者とは熱量が違うもん。
誰が生地から作るよ。
子供服のコンテストがあるからって、機織りし始めるヤツなんかいないって。
「優勝者には、トロフィーと賞金が贈られます」
「賞金と言っても、材料費程度ですけれどもね」
司会の給仕の言葉に、ナタリアが一言付け足すと会場から「どっ!」と笑いが起こった。
いやぁ、しかし、優勝賞品にミシンとか提案しなくて本当によかった。
きっと、今回優勝したことでノーマは裁縫にハマると思うんだ。
少なくとも、当分の間はいろいろ作ることになるだろう。
ご近所さんとか知り合いに、「優勝者にアドバイスしてほしいわ」とか言われたら、絶対断れないタイプだし。
というか、断らない性格だし。
むしろ進んでウェルカム☆ だろうしなぁ、ノーマは。
ミシンを作って裁縫にハマって……うん、睡眠って言葉を忘れそうだな。
ミシンはまた今度。
せめて、ノーマの中の裁縫熱が落ち着くまでは口を固く閉ざすとしよう。
……あ~ぁ、自転車がまた遠のいたなぁ。
「ほら、審査委員長。受賞者にトロフィーを渡しに行くよ」
「俺も受賞者なんだけど?」
「そこはほら、チームの誰かに代行してもらいなよ」
優勝者にも優勝チームにもトロフィーは一個ずつだ。
さて、チームでもらったトロフィーはどこに飾ろうかなぁ。
エステラに背中を押され、ステージに上がった俺は、優勝者や優勝チームの代表者にトロフィーを渡していく。
そして、「次回は大人の部を開設し、水着コンテストと下着コンテストを大々的に執り行いたい!」と締めの挨拶をしたらステージから叩き落された。
……しどくない?
俺がいなくなったステージの上では、エステラが実行委員長代理として閉会の挨拶を無難に済ませた。
……だったら最初からお前が委員長やれっつーの。
こうして、賑々しく、子供服コンテストは閉幕した。
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