ベビコン4話 ほんばん! -3-
ネタ部門は大いに盛り上がった。
陽だまり亭の宣伝Tシャツでも見たのか、前面に文字を書いたTシャツがいくつかあった。
『僕はイタズラをしました。反省中』
『悪いことしたら叱ってやってください』
『買い食い厳禁。店主さん、騙されないで』
など、ガキどもを戒めるTシャツは、読み上げられるごとに笑いが起こっていた。
また、ガキに向けたメッセージ以外にも――
『いつまでも飲み歩いてないでさっさと帰ってこい』
――と書かれたTシャツも。
ガキに迎えに行かせようとでもいうのか。
いや、夜の酒場にガキを一人で向かわせるのは危険だろうに。
他にも。
『僕のお母さんはとっても美人で優しいです』
なんて文字が書かれたTシャツもあって、会場からは「あれ、ウチの子にも着せたいわ」なんて声が上がっていた。
そのTシャツを着たガキの横を並んで歩く勇気があるのか、ママさんは。
すげぇ強メンタル。
それから、ハロウィンの名残を残したような衣装もいくつかあった。
頭にデッカいリンゴの被り物をしたような服とか、下半身を魚っぽいガラにして人魚に見立てたようなワンピースとか、陽だまり亭の制服を模倣したような服とか。
いかにも着せられている感満載の服が次々に登場する。
ちょっとだけ、日本で服を着せられていた小型犬を思い出した。
ハロウィンの仮装させられてるダックスフンドとか、結構いたよなぁ。
あんな感覚なのだろうか。
「しかし、ネタ部門で優勝するには弱いよな」
「君のは本気過ぎるんだよ。……道端で急に首を落とされたら、大人たちはびっくりしちゃうじゃないか」
あのマジックの服がガキどもの中で流行ったら困ると、エステラは肩をすくめる。
だったら、別の服をご紹介しよう。
「お、次は俺の服みたいだな」
「今度はどんな服なんだい?」
「ガキってのは、早く大人になりたいと常に思っているもんだ」
「そうだね。よく大人のマネをしている子供を見かけるよ」
「そんなガキを、着るだけで大人っぽくしてしまう服だ」
「大人っぽい服、なのかい?」
「とくと見よ、その名も『どっからどう見てもオト~ナスーツ!』だ」
舞台に上がってきたのは、身長110cmほどの小さなガキ。
だが、その頭には高さ70cmの、おでこの広ぉぉーーい頭に見える帽子が乗っかっている!
「どっからどう見ても、身長180cmの大人!」
「頭が長いよ!? 長過ぎるよ! 頭だけが長いから!」
ガキと大人の違いは身長なんだよ。
これで、身長差はなくなった。むしろ、あのガキの方がデカいくらいだ。
「大人っぽいだろ?」
「あんな大人、どこにもいないよ」
着ている本人はめっちゃ嬉しそうだぞ。
ほら、にっこにこしてる。
……あ、舞台袖でジネットが口元を隠してめっちゃ笑ってる。
そうか、あのガキの着付けしたのジネットなんだ。
よかった、ウケて。
それからいくつかの衣装が紹介され、最後はまた俺の衣装だった。
今回の衣装を着ているのは教会のヤンチャなガキども、六名。
どいつもこいつも選りすぐりの悪ガキどもで、飯を食い終わるとダッシュで遊びに行くような落ち着きのない連中だ。
そんなクソガキどもが、ちょっとだぼ付いた白い長袖シャツを着ている。
下は、これまた若干だぼ付いた長ズボン。
まぁ、ぱっと見、ゆるい感じのおしゃれ着に見える。
「これもネタ部門なのかい? 普段着部門の間違いじゃなくて?」
エステラが首を傾げている。
そうか、お前はこいつの秘密を知らないのか。
本番でエステラを楽しませようと、給仕が気を利かせたのかもな。
なら、せいぜい楽しむがいい。
「まぁ、見てろって」
俺が審査員席で指笛を鳴らすと、クソガキどもが一斉にステージ上を走り回る。
司会の給仕がびっくりして振り返る。
しかしクソガキどもは止まらない!
「大変だ、エステラ! 給仕を動員してクソガキどもを止めるんだ!」
「何が『大変だ』だよ。君が仕込んだことじゃないか。給仕たち、その子たちを捕まえて!」
エステラの要請で、給仕が五名ステージへ上がり、逃げ回るガキどもを捕獲する。
「捕まえました!」
給仕の一人が逃げ回るガキの服を掴んだ、まさにその時!
すぽーん! と、ガキが服から抜け出した。
いや、服が剥けた。
服から中身だけが「ぽーん」と飛び出した。
「えぇええ!?」
つまりは、アレだ。
舞台の早着替えなんかで使用される、真ん中からビリッと破れて一瞬で脱ぎ捨てられる服。
あっちこっちで捕まったガキどもが、服を破り捨てて給仕の手から逃れ、ステージ上を駆け回る。
「題して、『ノンストップ暴走ガキんちょ』だ!」
「あははは! 給仕たちのあの顔!」
捕まえたはずのガキに逃げられて呆然とする給仕を見て、エステラが腹を抱えて笑っている。
まぁ、脱皮は一回しか出来ないから、その後速やかに捕獲されていたけれど。
「最初の一回は、逃げ切れるんだぜ」
当然、服を脱ぎ捨てたからといって素っ裸になるようなことはなく、下にはもっと活発に動き回れる半袖と短パンを着用している。
逃げ足が一段階速くなるな☆
「あの服は……いりません」
ステージ脇で、ベルティーナが呟いていた。
よく通るその声に、会場中のママさんたちが「うんうん!」と頷いていた。
こりゃ優勝はないな。
ガキたちは大喜びしてたんだけどなぁ。
結果、優勝は『僕のお母さんはとっても美人で優しいです』と書かれたTシャツが獲得していた。
俺の応募した服は、残念ながら三位までに選ばれなかった。
「次は、赤ちゃん部門だね」
「なんで分けたんだよ」
「ステージでの発表をと考えた時に、この方がいいかなってね」
確かに、赤ん坊をステージに上げるとなれば、親に抱かせてということになる。
一人で勝手に走り回るガキどもと一緒にするより、分けておいた方が無難だ。
視線も散らないしな。
「赤ちゃん部門は、一斉にご登壇願います。では、皆様、どうぞ!」
給仕の言葉に、赤ん坊を抱いた親たちがぞろぞろとステージへ上がる。
あ、セロンとウェンディだ。
「ヒカリが着ているの、君の作った服だろう?」
エステラに言われヒカリを見てみると、確かに俺が作った赤ん坊用の服を着ている。
ネタ部門用の衣装のあとに作った、なんの変哲もない普通のロンパースだ。
いやぁ、特にアイデアも思いつかなかったからすっげぇ普通なの作っちゃったんだよなぁ。
なんでわざわざ作ったんだろう。
「我ながら、アレで優勝はキツいと思う」
「別に全部門総ナメにしたいわけでもないだろう? たまにはあぁいう普通のがあってもいいんじゃないのかい?」
まぁ、そりゃそうだけども。
「でも、ヒカリは気に入っているみたいだよ」
「なんで分かるんだよ」
何着てもにこにこしてんだろ、あの年頃の赤ん坊なんか。
「部屋に入るなり『あれがいい』って指さしたらしいよ」
「しゃべったのか?」
「表情がそう物語っていたって」
「どこ情報だよ」
「セロン」
「親バカフィルター分厚そうだなぁ、あいつ」
おまけに、英雄教フィルターも搭載している。
とんでもない眼だな、セロン。
「他の服を着せようとしたら大泣きしたんだって」
「告知イベントの悲劇再びか? 何が気に入らないんだろうな?」
「君が作った物しか嫌なんじゃないのかい? 告知イベントの時のドレスって、君じゃなくてウクリネスが作ったんだよね?」
そういえば、そうだったっけな……
「……なぁ。もしかしてヒカリって、重度のストーカーになったり、しないよな?」
執着というか、執念がすごいんだけど……
「両親の血を、色濃く受け継いだのかもね」
へらへらしながら言うな。
若干、薄ら寒いわ……
「しかし、色とりどりだな」
「みんな、いろいろアイデアを出してきたみたいだね」
俺みたいにいくつも作るわけじゃないから、一着に全力投球している感じだ。
俺も数を絞るべきだったか。
せめて、デリアの子グマのロンパースくらい凝ったものとか、もうちょっと機能重視のカバーオールくらいは作るべきだったよなぁ。
カバーオールっていうのは、長袖長ズボンのつなぎっぽい赤ちゃん服のことだ。
おむつの交換もしやすい。
ふふん。
俺くらいの男になると、おむつの交換もお手の物だ。
なにせ、未就学児向けの教材は濡れ手に粟のボロ儲け商材だからな。
「ウチの子は天才かも!?」なんてのは、全親が一度は抱く勘違いであり、そこに付け入る隙が生まれる。
町の往来でぐずる赤ん坊をあやしたり、ベビー用品の店でさりげなく「これ使いやすいですよね~」とか言って話しかけたり、苦労話で盛り上がったり……とにかく「子供好きに悪人はいない」という認識が日本では一般的であり、赤子の扱いに長けている人間はそれだけで絶対的な信頼を得ることが出来る。
おむつの一つも替えられないような人間では話にならない。
「あ、いつもやってるんだ」くらいの手際の良さを見せつければ、「実はウチの子、この教材でお受験に合格したんですよ~」なんて言葉をまるっと信用してくれるのだ!
効果もない英語の歌の教材などが飛ぶように売れるのだ!
そんなわけで、俺のおむつ換えテクニックはもはやプロレベルなのだよ。
なんて、昔のことを思い出しているうちに、赤ちゃん部門は終わっていた。
優勝は……なんか、知らない人の、可愛い感じの服だった。
ちぇ~。
あ、デリアが三位に入賞してる。
よかったなぁ。
おーおー、喜んどるなぁ。
そして、最後に行われるのが――『おしゃれ着部門』だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます