ベビコン4話 ほんばん! -1-

 コンテストは開始直後から大いに盛り上がった。


「これは可愛い! 翼の生えた天使ちゃんたちです!」


 司会の給仕がステージ上のガキどもを絶賛する。

 四人並んだ女児たちの着る服には、背中に白い天使の翼が縫い付けられていた。

 動く度に揺れて着心地は悪そうだが、着ている本人たちはとても嬉しそうにしている。

 羽が生えているのって、嬉しいもんなんだろうな。

 触覚カチューシャとか、結構喜んでたヤツ多かったし、こういう仮装っぽいアイテムは人気があるようだ。


 ただ、一人、翼の折れた女児がいて、そいつだけが片手で顔の半分くらいを隠していて、「……ふっ」とかシニカルに笑ってるんだけど……それってもしかしなくても堕天使?


「……ふっ」


 いや、「ふっ」じゃねぇから。

 ヤだなぁ、あの服着たガキがみんなあぁなったら。


「可愛いね、ヤシロ」

「堕天使以外はな」

「いやいや、あの堕天使がいい味出してるんじゃないか」


 どうなってんだ、お前の感性?

「ボクも、子供だったらあの服着たかったなぁ」って、マジか、お前?


「着させてもらえよ」

「着られないよ」

「サイズ、大きくして作りましょうか?」

「いや、ウクリネス。ボクが羽の付いた服着てたらおかしいでしょ?」

「似合うと思いますよ~、エステラさんなら」

「それは……喜んでいいのか、ちょっと微妙」


 ウクリネスが獲物を狙うような目でエステラを見ている。

 いつか着せられるかもな、エンジェルエステラ。

 もしくは堕天使エステラ。



 現在、子供服コンテストは第一部の『普段着部門』を開催中である。

 動きやすさや洗いやすさを重視した服がエントリーしており、派手さはないがなかなか可愛らしい服がいくつも登場している。


 ちなみに、この部門への応募が一番多い。

 まぁ、そこらの一般人がドレスとか、派手な衣装はなかなか作れないからな。


「あ、アレ、ネフェリーとパウラの作品だよ」

「それ教えたら、匿名の意味薄れるだろうが」

「ここでくらいはいいじゃないか。審査員はいっぱいいるんだし」


 俺たちの座る審査員席は三人だけだが、その向こうにズラッと一般参加審査員が並んでいる。

 審査員を一般から募集したところ、結構な数の応募があったので、その中から二十名選んで今回の審査員をやってもらっている。

 飲食店の従業員とか、農家のオバチャンとか、専業主婦とか、職業も年齢もバラバラ。ただまぁ、性別はやはり女性が多い。

 男性審査員は、俺を除いて三名。

 その中の一人はウッセだったりする。


「なんで俺が審査員なんかしなきゃいけないんだよ!?」とか最後まで抵抗していたので、意地でも審査員にしてやった。

 審査委員長の権力をフル活用してやったさ。

 ザマァミロ、ウッセ。


「あはは、可愛いね、あの飾り」


 ステージ上の女児が歩く度に、ポケットに縫い付けられた毛糸の人形の腕が揺れる。

 俺のアドバイスしたとおりに、ぼんぼりを毛糸で繋いでぷらぷら揺れる腕を付けたようだ。


「コットンのシャツに毛糸のポケットというのはオシャレでいいですね。あれで、毛糸のフードまでついていると全体的なバランスもよくなったでしょうに、少し惜しいですね」


 ウクリネスの指摘は的を射ている。

 今の仕上がりを見ると、確かに人形の可愛さに目が行くのだが、ポケットだけ毛糸というのが少し浮いているように感じる。

 また、背面に毛糸が使われていないから後ろから見ると普通のシャツなのだ。

 毛糸とコットンの組み合わせをもっと活かすためには、毛糸のフードが必要だったかもしれない。


「時間なかったんだろうな」

「パウラちゃんの編み物は丁寧なんですが、ちょっと時間がかかりますからねぇ」


 パウラに編み物を教えたことがあるというウクリネス。

 パウラの編み物の腕前も熟知している様子だ。


「アイデアは素晴らしかったと思いますよ」


 と、俺をじっと見つめて言うウクリネス。

 毛糸とコットンの組み合わせはネフェリーたちのオリジナルだぞ。

 俺が口出ししたのは、ポケットの人形に関してだけだ。


「あのお人形さんの手がぷらぷら揺れるところなんて、とってもヤシロちゃんっぽい発想ですね」


 見抜かれて~ら。


「子供が喜ぶことを熟知している者でないとなかなか出てこない発想だよね。ほらご覧よ。モデルの子が人形の手を握って嬉しそうにしているよ」


 いちいち報告せんでいい。

 俺がアイデアを出したという証拠はどこにもないのだから。


「あ、テレサだよ。ほら、応援してあげなきゃ」


 ネフェリーたちの服を着たモデルのガキが舞台袖にはけると、交代するようにテレサが出てきた。

 そして、テレサがステージから袖を振り返り手招きをすると、カンパニュラが袖から出てくる。


「ウチの娘、可愛いー!」


 黙れ、親バカ。

 タイタの絶叫に、ルピナスは――


「まったくね!」


 ――完全同意していた。

 だから黙れって、親バカ。


 カンパニュラはテレサに駆け寄り、こそっと耳打ちをする。

 するとテレサはステージ上からこちらを見て、「ぱぁあ!」っと表情を輝かせる。


「えーゆーしゃ!」


 俺を見つけて手を振ってくるテレサ。

 それはもう、嬉しそうにぶんぶんと。


 カンパニュラに「あそこでヤーくんたちが見てますよ」とか言われたのだろう。

 だがな、テレサ。それは「だからしっかりやりましょうね」という意味で、手を振れってことじゃないんだぞ。


「ほら、手を振ってあげなよ」


 エステラめ。

 嬉しそうな顔しやがって。


「いいから、ちゃんとやれ」


 ひらひらと手を振って、ステージ中央へ行くように促すと、テレサは全力で「うん!」と頷いた。


「かわいい~!」と、観客から声が上がる。

 基本、女性の声だったのだが、とある一角から野太い大男の声も聞こえていた。

 その直後に「違うんだ、イメルダぁ!」って同じく野太い声が聞こえてきたから、悪は滅んだのだろう。


「あれ? スカートじゃないんだね、アレ」


 エステラが何かに気付いて身を乗り出す。

 同じく、会場でも違和感を覚えた者たちがざわざわとしている。


 テレサとカンパニュラが着ているのはジネット作の服で、テレサは膝丈の、カンパニュラはスネの高さのスカートを穿いている。

 だが、実はスカートではない。


「テレサのはキュロットで、カンパニュラのはスカーチョだな」

「すかーちょ?」

「スカートとガウチョを混ぜたようなパンツだよ」


 一見するとスカートに見えるが、実は分かれている。裾が大きくふんわりと広がったズボン、っていえばいいのだろうか。


「ガキだから、パンチラも気にせず走り回ったりでんぐり返りしたりするだろう? 裾になってればスカートが捲れることはないし、動きやすい」

「なるほどね。だけど、シルエットはスカートだからとっても可愛らしいと。いいね! あれだったらボクも欲しいな」

「お前、よくスカートででんぐり返ししてるもんな」

「してないよ! 特に、君のような危険人物のいるところでは絶対にね!」


 すればいいのに。

 スカートで逆上がりとか。

 で、逆さまになったところで引っかかって「上がれない~!」ってパンツ全開でぷらんぷらん揺れてればいいのに。


「テレサちゃんのキュロットは快活で元気いっぱいに見えていいですね。一方のカンパニュラちゃんのスカーチョはとても落ち着いた雰囲気でお姉さんに見えますねぇ。でも、それでいて小さい子が走り出してもちゃんと追いかけられる機動性もあって……いいですね! さすがヤシロちゃん!」

「ジネットとベルティーナが作ったんだよ」

「アイデアはヤシロちゃんでしょ?」


 そうだけども……

 ジネットも「これはいいですね」って言ってたけども。


 というか、ジネットは走らないじゃん。とか思っちゃったけども。


「あぁ~。今日はとてもいい日になりそうです」


 ウクリネスがステージを見つめながら物凄い速度で手元のノートに何かを書き殴っている。

 すげぇ速い!?

 そして眼が爛々としている!


 なんていうか、ヒツジとかヤギの眼ってさ……こうもギラついていると、ちょっと悪魔っぽいよね……


「むふっ、むふふふふ!」


 そうして、趣味の世界に没頭したウクリネスは、一人の世界に閉じこもり、何冊ものノートを文字で埋め尽くしたのだった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る