ベビコン3話 さいほう! -4-

「ヤシロちゃん」

「おぉ、シラハ」


 アリクイ兄弟を「さっさと観客席に行ってこい」と足蹴にして追い払った俺のところへシラハがやって来た。

 ……背中に、イロハを乗せて。


「……シラハ、心霊スポットとか行った? がっつり背後霊に取り憑かれてるぞ」

「あらあら、うふふ。ほら、イロハ。ヤシロちゃんに笑われちゃうわよ」

「あぁ、シラハ様……お久しぶりです、シラハ様……」


 なんか、めっちゃ堪能してんな、シラハを。

 再会からずっと「お久しぶりです」って言い続けてるんだろうなぁ、きっと。


「困った人ねぇ、本当に」


 引っ付かれているシラハも、困り顔ながらも嫌そうな素振りは微塵も見えない。

 嬉しいは嬉しいんだろうなぁ、ここまで慕われていると。


「イロハ」

「え? ……はっ!? ヤシロちゃん様!? え? あれ? ここは? 私はいつの間にこの場所に!?」


 おぉおい、心配になるな、おい!?

 大丈夫か!?


「……シラハ様にお会いした瞬間から、嬉し過ぎて記憶が……」


 珍しい意識の飛ばし方してんな、お前。


「ヤシロちゃん様。ご紹介いたしますわ。今回、私と一緒に四十二区へ研修として住み込ませていただく者たち…………あら? あの子たちはどこへ?」


 腕で「こちらの者たちが~」的なジェスチャーしていたけれど、イロハの後ろには誰もいない。

 それに気付いてキョロキョロと辺りを見渡すイロハ。


「珍しいものに興味を惹かれてどこかへふらふらと行ってしまったのかしら? ……困った子たち」

「いや、お前ぇだよ」


 たぶんだけど、お前がイロハに寄生して意識飛ばしてたから、シラハがその連中に「いいから見てきなさい」とか言ったんだろう。

 ほらみろ、シラハが肩をすくめてる。なにそのお茶目な反応?


「先にご挨拶をと思っていたのですが……どういたしましょうかしら?」

「それはあとにしましょう。そろそろ始まってしまうもの。ね、ヤシロちゃんもそれでいいかしら?」

「俺はどっちでもいいぞ」


 別に俺に挨拶なんぞせんでもいいから、ムム婆さんとジネットには挨拶しとけ。

 ムム婆さんは世話になる相手だし、ジネットはそのムム婆さんの身内だからな。


「まぁ、今日舞台に上がるガキどもの服をしっかり見ておくんだな。これから携わる仕事がどういうものなのか――それを着るガキどもがどんな表情をしているのか」

「そうね。子供たちの笑顔を見ておくと、きっと一層仕事にやり甲斐を感じられると思うわ」

「はい。そうさせていただきます」


 意識を取り戻してからのイロハは、最初に会ったころのシャキッとした佇まいになっていた。

 仕事出来そう感がある。


「シラハ様、あちらにたこ焼きが売っていますよ。三十皿ほど買って参りましょうか?」

「あらあら、もうそんなに食べられないわ」

「大丈夫です、私がお手伝いいたします!」

「手伝うな」


 お前か!?

 シラハを甘やかしてまんまるく育て上げた張本人は!?


「けど、マグダちゃんのたこ焼きは美味しいから、一皿買って二人で半分こしましょう」

「シラハ様と半分こ!? まぁ、嬉しい。八個入りなので八回半分こが出来ますね」

「四個ずつでいいだろうが」


 なんで八個全部半分こしてんだよ、メンドクセェ。


「それじゃあ、ヤシロちゃん、頑張ってね」

「おう。ロレッタのとこのドーナツも美味いから食っとくといいぞ」

「そうなの? それは楽しみね」

「では買ってまいりますね」

「いいえ、イロハ。一緒に行きましょう」

「はい!」


 老齢の女性が二人、きゃっきゃとはしゃぎながら去っていく。

 仲良しだなぁ~。


 と、見送っていると、そこへ見知った顔が駆け寄っていった。


「まぁまぁまぁ! シラハ様、ご無沙汰していますのわ」

「あらまぁ、エカテリーニ様、ご機嫌よう」

「そんな、様なんて不要のわ。もっと気楽に話してほしいのわ」

「だったら、私の方こそ様なんてお付けにならないで。私はもう貴族ではないのだから」

「分かったのわ、シラにゅん」

「エカみょん」

「一気に砕けたな、おい!?」


 思わずつっこんじゃったよ!?

 ふらっと現れたエカテリーニ。

 そういえば、以前から親しくしてたんだっけ?

 とはいえ、一気に砕け過ぎだろ、双方共に!


「エカみゅんはね、様付けしなくていいって言っても会う度に様付けするから、毎回こうしてあだ名を付け直しているのよ」

「あぁ、それで定着してなくて適当なのか。さっきは『エカみょん』だったのに、今は『エカみゅん』になってたし」

「うふふ。ちょっと忘れっぽいのわ、シラぽーんは」

「お前の方が原型残ってないけどな」


『にゅん』が『ぽーん』になってんじゃねぇか。

 もうなんでもいいよ。好きに呼び合えよ。


「アルシノエたちも来てるのか?」

「のわ」

「まぁ、三十五区でも広がるかもしれない事業だからな」

「のわ」

「事前に知っておくのはプラスになるだろうよ」

「のわ」

「旦那も来てるのか?」

「のわ……」

「あいつ、またメンコに夢中になってんじゃないだろうな」

「のわっ」

「やっぱりか……一回説教しないといかんな」

「のわ!」

「なんか独り言しゃべってるみたいな気分になるわ!」

「のわっ!?」


 相槌、下手か!?

 こんなにもしゃべりにくい相槌初めてだわ!


「相変わらず、変わり者が好きなようだな、カタクチイワシ」

「やって来た、招待を受けて、ルシア様と私は」

「よぉ、ギルベルタ With・L」

「誰がウィズ・エルだ!?」


 うるさいぞ、自己主張の強過ぎる添え物。

 どっちを歓迎したいかと言えば、間違いなくギルベルタになるだろうが。


「ルシア様、ご機嫌よう」

「うむ、シラハ、息災で何よりだ」

「ルシア様、この度は格別のご配慮、感謝いたします」

「そう固くなるなイロハ。そなたは四十二区に滞在し、この街のゆったりとした空気に慣れるといい」

「のわ」

「う、うむ……もうちょっと長くしゃべれ、エカテリーニ」


 三十五区関係の人間に挨拶をするルシア。

 なんか、今日は観客席でシラハたちと一緒に見るようだ。

 イロハが連れてきた虫人族の少女たちも一緒なのだとか。

 ……その虫人族たち、緊張しないかな。あれでも一応領主だし。


「構ってやれなくてすまんな、カタクチイワシ。寂しくても泣くのでないぞ」

「しくしく……ルシアと一緒にコンテスト見られると思ってたのになぁ……しくしく」

「なっ!? ば、……ばかもの。本当に寂しがるヤツがあるかっ……! ……ぇえい、終わったら陽だまり亭で夕食をとる予定だから、それまで我慢せよ!」


 こいつ、案外素直なんだよなぁ。


「冗談だ。寂しくないから終わったらさっさと帰れ」

「なっ!? 意地でも帰るか! 泊まっていってやるからしっかりもてなすがいい!」


 からかわれたと分かり、俺の頭を鷲掴みにしてグリグリしてくるルシア。

 だが――


「ルシア様。その辺で」

「危うい、今の発言は」


 シラハにそっと止められ、ギルベルタに真顔で指摘される。


「問題、男性の家に泊まるという発言は、領主のルシア様の場合」

「ふなぁ!? ち、違うぞ! 陽だまり亭に泊まるのだ! たまたまそこにこいつがおるだけだ!」

「一緒なのよ、ルシア様」

「シラハまで!?」

「私は理解しているけれど、そうじゃない人も大勢いますから、ね?」

「く…………っ!」


 真っ当な指摘を受けたルシアは、ちょっと涙目になって「きっ!」っと俺を睨み、人差し指を突きつけて吠える。


「貴様がくだらぬ冗談を言うから、割と真っ当に叱られたではないか! 謝れ!」

「叱ってくれる人がいてよかったなぁ、ルシア。希有な存在だから大切にしろよ」

「謝れぇー!」


 人差し指を突きつけたまま近付いてくるんじゃねぇよ。

 危ない、刺さる、刺さる……刺さったぁー!

 お前の人差し指が俺のデコのドセンターに突き刺さってるよ、今!

 ぐりぐりさーれーてーるー!


「この男のそばにいると、ロクなことにならぬ! 離れた席に座るぞ、シラハ、イロハ、エカテリーニ! ギルベルタ、案内せよ!」


 四人の女性を引き連れて去っていくルシア。

 それを見送る人々の、ま~ぁ生暖かい視線。


 その中を、エステラが歩いてこちらに向かってくる。

 あ、軽くルシアと挨拶交わした。

 ルシアがこっちを指差してなんかチクってやがる。

 濡れ衣着せようとしてやがんな、あいつ。

 エステラがこっちに来るまでに乾いてりゃいいけど、その濡れ衣。


「本当に君はルシアさんが大好きだよね」

「お前が着せてくる濡れ衣、びっちゃびちゃだな」


 せめてもうちょっとくらいは絞っといてくれってレベルの濡れ衣着せてくるじゃん、お前。


 俺の座る審査員席に着くなり、呆れた顔で盛大なため息を吐くエステラ。

 ちょこんと、俺の隣の席に尻を降ろす。


「今日はルシアの相手をしなくていいのか?」

「今回はボクも審査員だからね。君の隣で目を光らせておくことにするよ」

「俺じゃなくてステージを見とけよ」


 やる気を見せろ、やる気を。


 エステラに続いて、ウクリネスがやって来て、俺の反対隣へ腰を下ろす。


「今日はよろしくお願いしますね、審査委員長ちゃん」


 普段「ヤシロちゃん」ってちゃん付けだからって審査委員長にまでちゃんを付けなくていいだろうに。

 にこにこ顔のウクリネスも準備が整ったようで、ステージへ視線を向ける。


 俺たちが並んで席に着くと、エステラの館の給仕がステージへと上がる。



「それでは、これより『第一回、四十二区レンタル子供服組合主催・創作子供服コンテスト』を開催いたします!」



 高らかな宣言に拍手が巻き起こりコンテストが始まった。

 ……第二回もやるつもりなのかねぇ。やるんだろうなぁ。






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