ベビコン3話 さいほう! -3-

 当初、港に会場を作ろうという案も出たのだが、大量のガキどもを引き連れて門の外に出るのはあまりにも危険ということで却下になった。

 四十二区の街門は、狩猟ギルド木こりギルドの協力と、魔獣除けのレンガで作った通路のお陰で比較的安全だ。

 とはいえ、そこはやはり外の森の最奥。何が起こるか分かったものじゃない。



 というわけで、会場は無難に東側運動場になった。

 運動会やバザーを行った場所だ。

 何気に、大きなイベントをやる際にこの場所を利用することが増えている。


 区民運動会の前は、ネフェリーが「東側だけイベントが少ない!」とか嘆いていたのになぁ。



 さて、昨日の正午に応募を締め切り、そこから半日かけて建設された本日のステージは、とんでもなく豪華な造りだった。


 あれ? ウーマロ、暇なの?


 と、錯覚しそうなくらいに豪勢なステージに、乾いた笑いが止められなかった。


「今回、モデルとして舞台に立つ子供たちは一般の子たちッスし、協力してくれた親御さんたちのためにも、華やかな舞台にしてあげたかったんッスよ」


 ――だそうだ。

 このお人好しめ。

 他人を気遣って自分の寿命を削る勢いだ。


「いや、ヤシロさんほどじゃないッスよ!? 今回、何着服作ったんッスか!? あっちの方に『これ、明らかにヤシロさんのッスよね!?』みたいな見たことない系の子供服がいっぱい並んでたッスよ!?」


 ――などと、よく分からない証言を繰り返しており、余罪の追求を慎重に行っていく方針である。


「余罪なんてないッスよ!?」


 天然娘ほど「天然じゃない」と言うし、酔っぱらいほど「酔ってない」と言うもんだ。

 つまり、「余罪がない」と言っているウーマロには余罪がある。Q.E.D.


「ヤシロさん」


 ウーマロの余罪が確定したところへ、ベルティーナがやって来る。

 今日は教会のガキたちもみんなモデルとしてステージに上がるため、ガキどもの世話と面倒を見るために、ベルティーナは舞台袖に待機することになる。


「今日は大変そうだな」

「とても賑やかで楽しいですよ。それに、みんな言うことをよく聞くいい子たちばかりですから」

「すごい効果だな、アイスクリーム」


 昨日、本番の打ち合わせということでこの会場に集められたガキと保護者たち。

 コンテスト当日の流れやタイムスケジュール等の打ち合わせと、実際舞台に上がって歩いてみるリハーサルが行われたのだが、その最後に一口だけアイスを食わせてやったのだ。

 多くのガキがいたので、スプーンに掬って一口ずつだけ。


 そして、「明日、大人の言うことをちゃんと聞けたいい子にはこのアイスクリームを食べさせてやる」と言ったところ、ガキどもが大盛りあがりしていた。


 きっと、今日は近年稀に見る『いい子』だらけの一日となるだろう。

 バザー前日の、お小遣い目当ての『いい子』と同じくらいにな。


 ……ふっ、ガキなんてちょろいもんだ。


「私も、子供たちに負けないように精一杯頑張ります」

「あぁ。よろしく頼むよ」

「ですので、アイスクリームをください!」

「……いい『子』へのご褒美なんだが?」

「ばぶばぶ!」


 このシスター、アイス欲しさに恥も外聞もかなぐり捨てやがったな!?

 ただ、ベルティーナの「ばぶばぶ」は、ちょっと可愛かった。


「ジネットに言っとくよ」

「ジネットは、『ヤシロさんがいいとおっしゃれば』と言っていましたよ」


 すでにジネットにもおねだりしてたのかよ……


「じゃあ、終わったらな」

「はい! 頑張ります!」


 すごい効果だなぁ、アイス。

 つか、お前は前に食ったじゃん、教会でガキどもと一緒にさぁ。


 ベルティーナが向かった先を視線で追う。

 ステージ横に設けられた大きな個室。

 というか、平屋だな、もはや。


 舞台の横に建設されたその控室兼衣装ルームは、少し角度をつけてあり、控室からステージの上が見えるようになっている。

 極端に言えば『つ』みたいな形状になっている。そこまで出っ張ってはいないけども。


 ガキどもの世話や着替えをさせつつ、窓を覗き込めばステージの上で頑張るガキどもが見えるよう設計されている。

 今回、終日手伝いとして控室にこもることになるベルティーナやジネットたちへの配慮だろうな。


 ガキの扱いに長けているからという理由で、ジネットは今回裏方に回っている。

 ガキのそばにいて、ぐずったりへそをまげたり緊張したりしないようにガキどもを見張り、あやしていてくれる。


 運営はエステラの館の給仕たちが分担して行い、ガキの衣装チェンジなんかもテキパキとやってくれることだろう。


 モデルを務めるガキはゼロ歳~十歳。

 ゼロ歳のガキは、親同伴でお包みファッションを見せることになる。

 当たり前のように、ヒカリとマモルも参加することになっている。

 あの双子が最年少だな、今回。


「やちろ~!」


 ベルティーナと入れ替わるように、控室のある建物からシェリルが飛び出してくる。

 出てきてないで控室で待ってろよ。

 見たところまだ普段着だけど、もうすぐ始まるぞ。


「みてみて~! かぁいい?」

「普段着じゃねぇか。おしゃれした時に聞いてくれ、そういうのは」

「うん!」

「シェリルさん。もう少しで始まりますから、戻ってお着替えをしましょう」

「は~い!」


 シェリルを追って、ベルティーナが戻ってきた。

 ベルティーナが手を差し出すと、嬉しそうにその手を取るシェリル。

 シェリルもまだまだ小さいが、案外しっかりしているところもある。

 物怖じしないシェリルには安心感みたいなものがあるなぁ。


 シェリルは今年でいくつだっけ? 

 見た感じ三歳か四歳くらいだが、さすがにそこまで幼くはない。

 もう知り合って二年近く経つんだ。出会った時が一歳だったなんてことはないだろう。


「シェリルは、今年で五歳くらいか?」

「シェリルさんは、今年で七歳ですよ」

「七歳!?」


 思ってたより年上だった!?


「その割には舌っ足らず過ぎないか!?」

「シェリル、したたぁずじゃないょ!」

「まず『舌っ足らず』が言えてねぇよ!」


 大丈夫か、この七歳!?

 全然しっかりしてないし、安心感の欠片もない!

 不安だわぁ……この子、このまま大きくなってくの、不安だわぁ!


「ベルティーナ。もうちょっと言葉遣いの練習を……」

「そう思って教会に来ていただいているんですが……」


 難航してるっぽい!?


「テレサさんのお手本になっていただければと思って、一緒にお勉強することもあるんですが、どういうわけか、シェリルさんがテレサさんに引っ張られるように……」


 お前が引っ張られてどうする、シェリル!?

 言われてみれば、シェリルの舌っ足らず、出会った当初より悪化してるかも!?


「テレサさん共々、今後重点的に口調を矯正していこうと思っています。このままでは、いつか苦労してしまうかもしれませんから」

「そうだな。『その口調可愛い! お金出してあげる!』なんて危険なパトロンに捕まらない限り、仕事に支障が出るだろうからな」

「そのような思考の方に、シェリルさんやテレサさんは預けられませんからね。頑張って正しくしゃべれるように教育していきます」


 なるほど。

 ベルティーナ的にハビエルは危険人物……っと。


「では、着替えがありますので、私たちはこれで」

「おう、よろしく。シェリルも頑張れよ」

「がばうょー!」


 絶対、昔は「頑張る」って言えてたはずだ。

 悪化してるな……

 こりゃあ、久々に厳しいベルティーナ先生が出てきちゃうか?

 出てきてないから直ってないんだろうけど、口調。

 多少厳しくしてでも矯正してやった方がいいだろう。


「ちゃんとしゃべれるようになった方が、本人のためになるだろうからな」

「Hey! てんとうむしさん!」

「Wow!? なんだって、チック、君は今てんとうむしさんと言ったのかい!?」

「あぁ、そうさ。なぜなら、今僕たちの眼の前にてんとうむしさんがいるからNE☆」

「Oh! ぐれーぃと! 今日はなんて素晴らしい日なんだ! きっと、昨日の事故で不幸を使い果たしてしまったからに違いないね!」

「おいおい、聞き捨てならないな、ネック! 昨日、一体何があったって言うんだい?」

「実は、ゆで卵を作ろうとしたんだが、熱湯の中で卵の殻が割れて、白身が中から飛び出してきたんだ!」

「そいつは衝撃的な光景だね!」

「まるでトサカのような形に固まった白身を見て『Hey、君はベイビーかい? それともジェントルマンかい?』って聞いたんだ。そうしたら、そいつはこう言った。『僕はゆで卵ディナーさ』ってね☆」

「HAHAHAHAHA! ところでてんとうむしさん、お久しぶりDA・NE☆」

「お久しぶりDA・ZE☆」


 しゃべり方、めっちゃ大事ー!

 ベルティーナ、大至急矯正してあげてー!


 イベントを見に来たというネックとチックのアリクイ兄弟に絡まれつつ、言葉遣いの大切さを、俺は痛感していた。






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