ベビコン3話 さいほう! -2-

 翌日。


「ごめん、ね。みりぃのパッチワークが遅くなったせいで、ギリギリになっちゃって」

「問題ありませんわ! あのガラを見た瞬間、素晴らしいデザインがぽぽぽーんっと思い浮かんだのですもの。ミリィさんの手柄と申し上げても過言ではありませんことよ」


 ミリィに依頼しておいたパッチワークの生地が今朝届き、応募締切である正午までの時間ギリギリに最後の一着をエステラの館へ届けることが出来た。


 うん、そう。

 ミリィにも仕事を依頼していたんだ。

 不器用だからと遠慮していたミリィだったが、パッチワークはバラバラの方が逆に味が出るなんてこともある。

好きなように、思うままに生地を縫い合わせてもらった。


 最初の数枚はキレイに正方形が並んでいたが、作っているうちに何か掴んだのだろう、後半に作ったという布は大小さまざまな形状の布が縫い合わされていて見た目にも楽しかった。

 パッチワークの出来を褒めると、ミリィも嬉しそうに胸を張っていた。

 結構自信があったようだ。


「新しい趣味、見つかっちゃったかも」


 なんて、嬉しそうに笑うミリィ。

 ジネットが今度一緒に裁縫をしようと誘っていた。


 そして、そんなミリィ作のパッチワーク生地を使用して作り上げたのが、80年代を彷彿とさせるようなダボッとしたオーバーサイズの子供服。

 ヤンチャな少年に似合いそうな大きめジャケットと絞りの入った長ズボン。

 ギザギザしたハートのララバイを歌いそうな見た目になった。

 チェックではなくパッチワークだけども。


 ミリィのパッチワークを使用して女子用のオーバーオールも作りたかったのだが、いかんせん時間がなかった。

 なので、ジネットにまるっと投げて制作を依頼しておいた。

 マグダとロレッタ、カンパニュラにテレサも手伝い、陽だまり亭総出でこの二着を完成させた。


「パッチワーク、可愛いですね。こんな仕上がりになるんですねぇ」


 完成品を胸の前で広げ、満足げに眺めるジネット。

 いい出来栄えだ。

 こっちのデザインもイメルダが担当している。めっちゃ乗り気だったな。


「最後に、すごいのが滑り込んできたね」


 給仕に服を渡して受付を済ませると、エステラがやって来た。

 たった今受付が済んだパッチワークの服を持ち上げて、まじまじとその出来栄えを観察する。


「これ、大人サイズで作っても売れそうだね。ボク、ちょっと着てみたいもん、このジャケット」

「一応メンズだぞ、それ」

「えぇ~、女子が着ても可愛いよ、絶対」


 確かに、オーバーサイズのジャケットを着る女子って、80年代には結構いたけどな。

 ダメージジーンズとか履いて、髪の毛とかちょっとツンツン立てたり、脱色したりしてさ。

 突っ張った跳ねっ返り娘みたいな少女。

 ガールズバンドでいたなぁ、そういう人。


「女子がオーバーサイズのジャケットを着る時は、下はタンクトップと決まっているので作法に則るように」

「それは君の中だけでの作法でしょ」


 違うんだよ!

 オーバーサイズだからはだけたりズレたりするじゃん?

 そうしたら、肩とか二の腕とか素肌がちらりと覗くわけだよ!


「そこがいい!」

「君の趣味嗜好はどうでもいいんだよ」

「あえて片方はだけさせて、肩を見せるファッションがおしゃれだ」


 80年代ならね☆


 ちなみに、90年代後半のキャミソール的なファッションも大好きだぞ☆

 流行ればいいのに!

 見せパンガン見えのローライズパンツとか!


「流行ればいいのに!」

「なら、その非紳士的な視線を女子に向けない努力をするんだね。危険が減ればオシャレを楽しむ女子も増えると思うよ」


 見せパンから視線を逸らすなんて、砂場で富士山より高い砂山を作るより不可能じゃねぇか!


「いいや、不可能じゃないはずだ」


 エステラの視線が冷たい。

 お前には分からんのか、この内に秘めたる熱い鼓動が!


「でも、パッチワークは流行りそうだね。作る人のセンスが如実に出そうではあるけど」

「ぁの、ぁんまり、見ないで……みりぃ、へたっぴだから」

「えぇ~、そんなことないよ。すごく可愛いよ」

「そうですよ、ミリィさん。今度やり方を教えてくださいね」

「じねっとさんに教えられるような腕前じゃなぃょぅ……」


 とか言いつつも、ミリィのほっぺたがほんのりと赤く染まっている。

 嬉しそうだ。


 新しい生地が誕生すると、それに刺激されて新しいデザインの服が誕生していくことだろう。


 ……そろそろデニムも欲しいな。

 親方が若い頃にジーンズにハマっていたらしく、ビンテージジーンズを何本か持ってたんだよなぁ。

 作業着のイメージが強い親方だが、釣りやキャンプに行く時はたまにジーンズを穿いていた。


 まぁ、親方はジーンズのことをジーパンって言ってたけど。


「……これ、もう優勝でいいんじゃないかな?」

「おいこら、実行委員長」


 始まる前に終わらせんじゃねぇよ。

 どんだけ気に入ったんだよ、パッチワークジャケット。


「胴体部分はシンプルな生地で作って、袖だけパッチワークにしても面白いデザインになるぞ」

「あ、それいいかもね。確かに全部パッチワークだとちょっと子供っぽいかも」


 子供っぽく見えるのはガラや配置のせいだよ。

 うまいことデザインすればスタイリッシュな大人の雰囲気にもなるもんだ、パッチワークってのは。


「はい、じゃあ受付完了ね。明日のコンテストを楽しみにしててよ」

「おう。観客席でのんびり見学してるよ」

「なに言ってるの、審査委員長? 君は審査席に座って審査をするんだよ。朝からずっとね」

「審査委員長はウクリネスだろうが……」

「そのウクリネスが辞退したからねぇ」


 じゃあ俺も辞退させろよ。

 俺には辞退する自由はないのか?

 なさそうだな、おい。


「どれくらい集まったんだ?」

「服かい? すごい数が集まったよ。みんな、裁縫好きなんだねぇ。自分の作った服を大勢の人に見てもらう機会って滅多にないから、意気込んでる参加者は多いみたい」


 エステラがくすくすと笑っている。

 よほど、参加者がきらきらした顔でもしていたのだろう。

 そーゆーのを思い出している時の表情だな、今のエステラのあの顔は。


「モデルの子供たちも、たくさん集まってくれてね、大会は滞りなく執り行えると思うよ」

「あとは、すっぽんぽん登壇事故を如何にして未然に防ぐか、だな」

「あはは……、子供たちのエネルギーは計り知れないからね。事故が起こらないよう給仕たちに改めて通達しておくよ」


 今回は年齢も性別も様々なガキどもがモデルとして参加するため、裏方は大変だ。

 じっとしていない、言うことを聞かない、しまいには泣き出す始末。

 ガキのコントロールには、いつの時代も頭を悩ますもんだ。


「ちゃんとモデルをやり遂げた『いい子』には、アイスクリームをプレゼントすることになっているんですよ。ね、ヤシロさん?」

「ジネットがどうしてもって聞かなくてなぁ」

「うふふ……」


 ガキを大人しく従わせる手段として、餌で釣るのが有効的だぞと教えてやり、今ならアイスに食いつくんじゃないかと、そんな話を裁縫中にジネットとしていたのだ。

 そこにたまたま居合わせたナタリアがその意見を聞き入れ、ジネットが「では陽だまり亭で美味しいアイスクリームをご用意します!」と申し出て、そのような運びとなった。


 俺は、別にそこまで面倒見てやらんでもいいんじゃないかと言ったんだが、ジネットがどうしてもやるって聞かなくてなぁ~やれやれ。


「『いい子』限定だから、二~三個用意しておけば事足りるだろうなぁ。クソガキばっかだし」

「そんな子供たちが可愛くて仕方がないと、顔に書いてあるよ」

「エステラ、お前……視力まで真っ平らになったのか?」

「視力が真っ平らってどういうことさ!? いや、それより『まで』ってなにさ!?」


 ぷりぷり怒るエステラと、くすくす笑うジネット。

 あ、ジネットが何かをミリィに耳打ちして一緒に笑ってる。

 なんでこっち見てニッコリしているのかね、お嬢さん方?

 誤情報の流布は、教会の教えに反するんじゃないのか、おい?

 ……まったく。


 ちなみに、妙に大人しいイメルダは、受付の給仕に自分のデザインの見どころを自慢気に語って聞かせていた。

 訂正。全然大人しくなかったわ、こいつ。

 さも「初日から意気込んでましたのよ?」みたいな雰囲気で語りまくってるなぁ。昨日から参加した新参のくせに。


 給仕が興味深そうに相槌打つから興が乗りに乗ってしまったのだろう。

 聞き役の給仕も楽しそうだったから別にいいけども。

 あの給仕も、自分で服とか作ってみたいのだろうか。すげぇ興味津々といった表情だった。


「楽しくなりそうだね、コンテスト」


 集まった応募作品に、エステラが笑みを浮かべる。


 いよいよ明日は、コンテスト本番だ。

 俺は朝からずっと審査席かぁ……お尻に優しいクッションでも作っておけばよかった。






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