ベビコン3話 さいほう! -1-

 ありったけの~技術~つめこんで~。

 お召し物~ちくちく作るの~さぁ~♪


 ワンピース!


「世はまさに、大裁縫時代!」

「ヤシロさん、なんですか、それ?」


 完成した自作の服を手に、どこか嬉しそうにジネットが微笑んでいる。

 そこへ、ロレッタとマグダが駆け寄る。


「店長さん、あたしの縫った服、確認お願いするです!」

「……マグダのオシャレなスカートも」


 手が空いた時間に子供服を縫っていた陽だまり亭一同。

 ジネットチェックに列が出来る。


「ロレッタさん、ここはしっかりと縫い合わせておかないと解れてしまいますよ」

「じゃあ、今から追い裁縫しておくです!」


 追い鰹みたいに言うな。


「マグダさんのスカートは上手に出来ています」

「……むふん」

「シャツはどうなりました?」

「……なくてもいいかと」

「作ってあげましょうね。風邪を引いてしまっては困りますから」


 今回のコンテストは、上から下まで一式揃えてエントリーすることになっている。

 なので、スカートだけでエントリーすると、モデルがスカートだけ身に着けて舞台に上がることになるのだ。


「そのスカート、大人女子にも穿けるサイズか?」

「……残念。六歳まで」

「ちぃ!」

「『ちぃ!』じゃないよ、ヤシロ。ろくでもない企みを抱かないように」


 と、ふりふりのレース満載のワンピースドレスを身にまとっているエステラが俺に苦言を呈する。


「まるでお人形さんのようだな、エステラ」

「うぐ……っ、やめてよ。こういうヒラヒラしたの、実はあんまり着慣れてないんだから」


 エステラはたまにドレスを着ている。

 フリルやレースの付いた華やかなドレスが多いが、今回のワンピースドレスはそれよりももっと幼い印象だ。

 女児が好みそうな、フランス人形が着ていそうな服に仕上がっている。


 作ったのはジネット。

 俺が着せた真っ赤なジャンパースカートに触発されて、エステラをとても可愛らしくコーディネートしていた。


 あれだな、肩口がふっくら膨らんでるのが子供っぽいんだろうな。

 すごく幼く見える。


 その証拠に――


「りょーしゅしゃ、かぁーいいね!」


 テレサがエステラにべったりだ。

 お人形遊びをする幼女のように、エステラを抱っこしてにこにこしている。


「「「あぁっ、ご飯がススム!」」」


 で、そんな光景を見ながら山盛りの白米を無限に掻き込んでいる大工連中。

 お前ら、その光景がオカズになるなら料金払えよ。


「エステラのせいで、オカズが売れない」

「ボクのせいじゃないよ。君たち、ご飯ばかりじゃなく、バランスよく栄養を取らないと体を壊すからね」

「「「むぁああ、何今の!? 擬似彼女みたいできゅんっときた! あぁっ、ご飯がススム!」」」


 ススム君たちの飯を掻き込むペースが上がった。

 エステラぁ……


「そ、そんな目で見られる謂れはないよ、ボクは」


 大工たちの視線から逃れるように、お人形さんスタイルのエステラが距離を取る。

 テレサもぴたりとついていく。


「テレサはお人形さん遊びが好きなんだな」

「はい。ご存じなかったのですか、ヤーくん? テレサさんはお家でよくお人形遊びをされているのですよ」


 俺が作った、ヤップロック一家の手使い人形パペットでよく遊んでいるらしい。

 ……あれ、中身なくてくたくただからなぁ、遊ぶのには向かないだろうに……そーゆーのじゃなくて、ちゃんとした人形でも作ってやった方がいいんじゃないか?

 気に入りそうだし。


「あと、ジネット姉様お手製のオコジョぬいぐるみが大のお気に入りなんです」


 あ、ジネットがすでにぬいぐるみをプレゼントしてたのね。

 ならいいか。


「ふふ……、ヤーくんのお顔は、雄弁に感情を語りますね」


 そいつは気のせいというものだぞ、カンパニュラ。

 俺のはポーカーフェイスとか、エレガントビューティーフェイスと言うのだ。


「あ、そうだ、エステラ」

「え、なに?」

「お前用のロンパースを作ったんだが、着る?」

「着ないよ!?」


 ロンパースとは、乳児が着る上下が繋がった服だ。

 下着と兼用することがほとんどなので、タオルのようなもこもこした生地で作られることが多い。

 俺が作ったのも、タオル地で襟からつま先までを覆う形状だ。

 下着も兼任するので、この下に下着とか着けなくていいんだぜ☆


「もはや、見せつける下着だ!」

「絶対着ないから!」


 おっと、ついうっかり心の声が漏れ出てしまった。結構なボリュームで。うっかりうっかり。


「「「すみません、大盛りライス、おかわりで!」」」

「着ないから! ご飯の準備をしないように!」


 物凄くきらきらした表情でおかわりを求める大工たちを、「君たちはそろそろ仕事に戻りたまえ!」と追い出しにかかるエステラ。

 ウチの客に何しやがる!

 まぁ、別に止めないけども!

 どーでもいいし!


「ちなみに、子供サイズ水着も作ったんだが」

「着るか!」

「「「ライス大盛り、ダブルで!」」」

「帰れ!」


 あぁ、ついに叩き出された大工たち。

 うわぁ~、全員にっこにこだわ。

 かまってもらえて嬉しそうに。


「まったく。そもそも、君の作った服はもう着たじゃないか」


 エステラが俺の作ったジャンパースカートを着てなんちゃって小学生になっていたのはもう数日前だ。

 この数日で、四十二区はすっかり裁縫ブームに飲み込まれている。

 領民たちの強い希望により裁縫教室の開催が予定より前倒しされ、その熱量は凄まじい勢いで燃え広がっている。

 どこに行っても裁縫の話題を耳にし、布や裁縫道具を抱えた女性たちをアチラコチラで見かけるようになった。


 たまに、男で大量の布を抱えているヤツもいるけどな。


「ごめんくださいまし」


 客が捌けた陽だまり亭に、イメルダがやって来た。

 手ぶらで。


「館にいると『この機会にぜひ裁縫を覚えましょう』と給仕たちがうるさいので避難してきましたわ」


 このように、裁縫に一切興味がない者もいる。


「……こちらでも、みなさん裁縫をされていますのね」

「テレサは今日、手が離せないからやってないが、カンパニュラとテレサもジネットの作品の手伝いをしてるんだぞ。な?」

「はい。教えていただきながら、お手伝いさせてもらっています」


 靴下とか髪飾りなどの小物を手伝っている。

 今回ジネットはジネットチームとして参加することになるな。


「マグダっちょ。どうやら、あたしにズボンは難しいようです」

「……それは奇遇。ここに、店長OKの出たオシャレなスカートがある」

「チームを組もうです!」

「……マグダとロレッタが組めば、最強」


 向こうでもチームが結成されたらしい。

 ロレッタが作ったシャツに、マグダのスカート。……お、組み合わせてみるとなかなか可愛いじゃないか。色味も悪くない。


「じゃあ、あとは小物類だな」

「……カンパニュラ、あなたの出番」

「お手伝いお願いするです、カニぱーにゃ!」

「私でよろしければ、微力を尽くさせていただきます」


「ちょっと頑張る」ではなく「私の力など大したものではないですが協力させていただきます」って謙った言い方だな、微力を尽くすって。


「居心地が悪いですわね」

「気にすんなよ。誰も強要しねぇし」

「ヤシロー!」


 周りがみんな裁縫をしている空間に、少々眉根を寄せるイメルダ。

 そこへ、元気な声を上げてデリアが陽だまり亭へ飛び込んでくる。


「見てくれ、これ! オッカサンに手伝ってもらってさ、さっきようやく完成したんだぁ~!」


 デリアが「ばん!」っと広げて突きつけてくるのは、茶色いもこもこしたロンパース。

 これは、子熊モチーフだな。

 フードにはちゃんとクマ耳もついている。


「デリアさんが作ったんですの?」

「おう! オッカサンに手伝ってもらったけどな」

「……九割ルピナスさんではありませんの?」

「そんなことねぇよぉ! あたいがちゃんと縫ったんだぞ」


 子熊のロンパースを受け取り、縫い目を確認してみる。

 …………ん、ちゃんとデリアが縫ったみたいだな。

 子熊の耳と襟周りのちょっと難しいところの縫い目だけやたらと綺麗なので、この辺がルピナスの手伝った部分なのだろう。


「デリア頑張ったなぁ。ちゃんと出来てるじゃないか」

「えへへ~! だろぉ? 初めて作ったんだけど、ちょっと自信ついたんだぁ~」


 心底嬉しそうに破顔するデリア。

 きっと、ルピナスに褒められながら裁縫していたのだろう。

 物凄く楽しかったんだなってことが窺える。


「イメルダはどんなの作ったんだ?」

「ワタクシは、今回不参加ですわ」

「イメルダ……、裁縫は花嫁修業の一環だから出来るようになっとけってオッカサンが言ってたぞ?」

「ワタクシは、出来る者にやらせる財力と権力を持っていますので、その必要はないのですわ」

「花嫁修業しとかないと、ノーマみたいになるぞ」

「ノーマさんは花嫁修業のし過ぎであぁなっているのですわよ!?」


 お前ら、ヒドイな。

 とりあえず、ノーマに謝っとけ。


「まったく。居心地が悪いですわ」


 渋い顔でジネットの入れた紅茶を飲むイメルダ。

 まぁ、仕方ないだろう。

 コンテストは明後日。

 応募締切は明日の正午までだから、今がラストスパートの時期なんだよ。


「イメルダ。俺の服をちょっと手伝ってみないか?」

「ワタクシが? ……出来ますかしら?」

「当たり前だろ。だってお前は、イメルダなんだからよ」

「……なるほど。一理ありますわね。お話を伺いましょうかしら」


 きっとイメルダも、ここまでみんなが熱中するとは思わなかったんだろうな。

 裁縫なんて出来ないしと、この数日裁縫をスルーして過ごしていたら、思いの外全員が乗り気でちょっと焦っているのかもしれない。

 だから、給仕たちが楽しそうに裁縫をしている自分の館を居心地が悪いと感じてしまうんだ。


 俺たちの周りの面々は、みんな何かしらで参加するからな、明後日のコンテスト。

 完全に部外者だと、イメルダは寂しがるかもしれない。


「ワッペンの縫い付けと、もう一作のデザインを頼めるか」

「デザインなら得意ですわ」

「うん、じゃあワッペン縫い付けてからな」

「デザインは得意ですわ」

「いいからワッペン縫い付けろ」

「ご存知ですの? 針に糸を通すには熟練の技が――」

「早くやれーい!」


 ギリギリまで裁縫から逃れようとするイメルダに針を持たせる。

 ジネットが隣でくすくす笑って見ていたが、そっと近付いてきて「ヤシロさんもチームになりましたね」と耳打ちしてきた。


 その顔を見れば「優しいですね」なんてことを思っていそうな笑みが浮かんでいて――


「俺は寂しがりやなんでな」

「ふふっ。……知ってますよ」


 軽口を叩いたら、ぱっと笑顔が咲いた。






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