ベビコン2話 いべんと! -4-
イベントの翌日。
早朝。
「君は……本当に仕事が早いよね」
朝から陽だまり亭に顔を出したエステラが頬を引きつらせて新しい衣装のお披露目をしている。
「早く着てほしくて、頑張っちゃった☆」
その日のうちにマグダやロレッタ、ジネットと話してデザインを決め――と言っても俺が提案したものがほぼそのまま採用され、あとは「アレも追加したい」「こういうのも欲しい」という意見を採用したわけだが――大至急縫い上げた自信作。
その衣装を微笑みの領主様が着てくれるっていうんだから、張り切っちゃうよね☆
……ぷぷぷっ。
「にやにやしないでくれるかな!?」
「エステラさん、とても可愛いですよ」
「可愛い……の、方向性がさぁ……」
ジネットには強く出られないエステラ。
ジネットの称賛には、裏の意図も悪意も何もないからな。
現在、エステラが身にまとっているのは、白いブラウスの上に真っ赤なジャンパースカート。ヒザ下の真っ白いソックスに赤いエナメルの靴。
そして、狩猟ギルドと、紹介してもらった革加工職人の三者で協力して作り上げた渾身のランドセル!(夕飯後に押しかけて、超特急で仕上げて来たぜ☆)
まるでどこかの小さいまる子ちゃんか、強風でオールバックになっちゃう女の子のような、ザ・小学生! な、出で立ちだ。
あと、マグダとロレッタの強い希望で、後ろ髪は赤いぼんぼり付きヘアゴムを使用して二つ結びのお下げ髪にしている。
三つ編みはせず、ぴよんっと跳ねる尻尾髪だ。
エステラの髪は三つ編みをするには短過ぎるからな。
「可愛いです、エステラさん!」
「可愛いよ、エステラちゃん……ぷっ」
「ヤシロうるさい」
ロレッタと同じことを言ったのに、俺だけ怒られた。
なんて理不尽な。
「本当にお可愛らしいですよ、エステラ姉様」
「う~ん……カンパニュラは素直に褒めてくれているんだろうけど……正直、ちょっと微妙な気分になるんだよねぇ……」
「……可愛さ余って憎さ百倍」
「なんでさ、マグダ」
憎むな憎むな。
子供服コンテストの告知イベントに子供服のサンプルを提供した見返りとして、俺とジネットはエステラに好きな服を着せて陽だまり亭で客寄せパンダになってもらう権利を得た。
というわけで、俺が用意したのがこの昭和の女子小学生にいそうなスタイルだ!
とっても似合ってる!
特に胸元の控えめ具合がとっても小学生☆
「エステラ。お菓子あげるから、おじさんと楽しいところに行かないか?」
「そういう不審者が寄ってきそうな衣装を、嬉々として着せないでくれるかい? ……まったく」
「はい、エステラさん。ミリィさんのぺろぺろキャンディです」
「いや、ジネットちゃん……今お菓子をもらうのはっていう話で…………ありがと」
ジネットの行動には、裏の意図も悪意も一切含まれないのだ。
エステラには拒否することなど不可能。
……ぷっ。
「覚えてなよ、ヤシロ」
ちょっと涙目で睨んでくるが、その衣装だと可愛さが勝ってにやにやしちゃうぞ。
「まぁ、エステラ一人でこの格好は、もしかしたら嫌がるかと思ってな――妹たちにも着てもらった」
「「新しい、お洋服やー!」」
エステラとまったく同じで、ワンサイズからツーサイズ小さい衣装を身にまとった妹(年中・年少組)が登場する。
まぁ、よく似合う。
時間の都合で、二人分追加するのがやっとだったけどな。
「みなさん、とっても可愛いですよ」
「「えへへ~」」
「…………」
エステラ以外が喜んでいる。
ほら、エステラも喜んで。ほら、ほら。
「小さい子と並べられると、なんかますます……」
ほっぺたがまぁ~るく赤に染まる。
大丈夫大丈夫。
胸元はみんな同じくらい…………あ、年中の妹が…………ドンマイ、エステラ☆
「こうして、ご兄弟や姉妹でお揃いの服を着るのって、楽しそうでいいですね」
「じゃあ、ロレッタが着なよ、この服……」
「あたしにはちょっと、幼過ぎるですよ」
「ボクは君より年上だからね!?」
誤差、誤差。
「そう文句を言うなよ。ジネットOKも出たんだし」
「くっ……、そこに気が付けなかった昨日の自分を叱りたい……っ!」
ジネットフィルターはな、エロいものは堰き止めても可愛いものは素通りするんだぞ。
あと、忘れてるかもしれないが、ジネットの感性はなかなかに残念な仕上がりだ。
……あの英雄像を未だに虎視眈々と狙っているくらいにはな。
「別にお前にロリ服を着せて面白がるのが目的じゃないんだぞ、その衣装」
「半分くらいはそれが目的のくせに……」
「バカモノ! 八割だ!」
「もうほとんどじゃないか!?」
いや~だって、エステラが予想通りの、いや、それ以上のいい反応をしてくれるからさぁ。
欲しいリアクション、くれるよねぇ~。
でも、それだけじゃない。
「子供服のレンタルと言いつつも、大人も着られる服がレンタル出来るようになれば、いろいろと助かる場面もあるだろ?」
「大人は服をダメにしたりはしないじゃないか。わざわざ何をレンタルするのさ?」
「ウェディングドレスとか」
「あぁ……、なるほど」
他にも、ちょっとしたパーティーに着ていく服とか。
「確かに、新調するとなると尻込みしてしまいますが、レンタル出来るのであれば気軽にドレスが着られるかもしれませんね」
と、ジネットは言うが、お前のドレスは毎回ウクリネスが新調して贈ってくれると思うぞ、今後も。
いい宣伝になるからな、お前らがおしゃれすると。
「案外、式典が多いからな、四十二区は」
「君が何かにつけて、事を大事にするからね」
「お前だろ、俺のちょっとした思いつきに他区を巻き込んで大事にしてるのは」
バザーなんか、その最たるものじゃねぇか。
俺は教会の庭先でこぢんまりと開催するつもりだったのに、ルシアやデミリーまで巻き込みやがってよぉ。
「今回もルシアを巻き込んで大事にするんだろ」
「今回のことに関しては、君が大事にしたんだよ。なんでもかんでもボクのせいにしないように」
ぷいっとそっぽを向くエステラ。
背中でランドセルが揺れる。
「あ、でもこのカバンいいね。頑丈だしいっぱい入るし、それに形も色も可愛いし」
真っ赤なランドセルは、昭和の小学生を想起させる。
ランドセルを背負って瞳をキラキラさせてると、ピカピカの一年生に見えるぞ。
「これ、優勝賞品にしようかな?」
「持つ人を選ぶだろうが。まかり間違ってウッセが優勝したらどうするんだよ?」
ゴリゴリムキマッチョが真っ赤なランドセルを背負ってる姿は、視覚的暴力だろうに。
「でも、なんか『これはすごい!』っていう賞品をプレゼントしたいんだよねぇ。……ねぇ、ヤシロ。何かない?」
実は、ある。
ある、が……今回は絶対口外しない。
子供服コンテストと聞いて、真っ先に思い浮かんだ賞品はミシンだった。
レジーナがゴムを持ち込んだおかげで、ゴムベルトが作れるようになった。
ノーマがいろいろこだわったおかげで、金物ギルドはかなり精度のいい歯車を作れるようになっている。
そして構造は俺が知っている。
なので、足踏みミシンであれば現在の四十二区の技術で作れるのだ。
ミシンがあれば、服飾関係は目覚ましい進歩を遂げるだろう。
まさに、産業革命と呼ぶにふさわしい大躍進になること間違いない。
だからこそ、今回は見送った。
……ノーマが、死ぬ。
ミシンが登場すると、確実に注文が殺到する。
ゴムの研究もまだレジーナがやってるだけの小規模なものだし、金物ギルドもいろいろな仕事を抱えている。
……自転車だって、すげぇほしいけどまだ内緒にしているってのに、ミシンなんて作ったらミシン専門店になってしまう。
下手したら向こう数十年ミシン以外の仕事は受けられないなんてことにだってなりかねない。
だから、ミシンのことは秘匿する。
まぁ、そのうち、追々な。
金物ギルド、それとな~く人員増やすように誘導しておこうかなぁ。
あぁ、でも確実にノーマが張り切っちゃうから……
……うん、そうだな。
ノーマの私生活が充実して落ち着いてからにしよう。ミシンを持ち込むのは。
ノーマに素敵なお相手が見つかるのは……果たしていつになることやら。
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