ベビコン2話 いべんと! -3-

 告知イベントが終わり、モデルを務めたお子様にはご褒美のお子様ランチをごちそうし、赤子二人にはジネットがふわふわ素材のよだれかけをプレゼントしていた。

 いつ作ったんだよ、ジネット。


 つーか、イベント運営の見返りなら領主が準備しろよ、報酬。

 全部陽だまり亭の持ち出しじゃねぇか。


「俺とジネットも頑張ったんだから、ご褒美が欲しーなぁー! ねー、りょーしゅさまー!」

「これみよがしに圧をかけないでくれないかな? 感謝はしてるし、報いるつもりはあるけどさ……何が欲しいのさ?」

「女風呂フリーパス」

「そんなもの、ボクの一存で渡せるわけないだろう。大衆浴場の利用回数券ならいいよ」

「女湯か!?」

「当然男湯だよ」

「見ず知らずのオッサンの肌色に、何の価値がある!?」

「じゃあ、よく見知っているオッサンと一緒に入りに行けばいいじゃないか」


 違ぇわ!

 見ず知らずのオッサンだから価値がないんじゃねぇんだよ!

 よく見知ったオッサンの肌色に、俺が価値を見出してたら怖いだろ!?

 大問題だろうが!


「とにかく、ボクに用意が出来て、且つ、君とジネットちゃんがどちらも嬉しいものだったら、ボクは惜しみなくそれを進呈しようじゃないか」

「ジネットは、お風呂大好きだもんな~?」

「懺悔してください」


 ちぃ!

 女湯フリーパスなら、ジネットだって喜んでくれると思ったのに!

 お風呂好きなくせに!


「まったく、しみったれ領主め。これじゃあ、コンテストの優勝賞品も期待薄だなぁ~っと」

「そんなことないよ。すごくいいものを発注したんだから」


 発注……ねぇ。


「これで、賞金や商品券じゃないことが確定だな」

「う~ん、実は子供服レンタルの年間フリーパスっていう案もあったんだけど、ナタリアに却下されてさ」


 そりゃそうだ。

 服を作りたい層と子育て世代は必ずしも合致しない。

 ムム婆さんやシラハが優勝したとして、子供服の年間フリーパスなんかもらっても使い所がないからな。


「さすがナタリア。賢明な判断だ」

「むっ。ボクだって真剣に考えたんだよ?」

「で、真剣に考えた結果、何にしたんだよ?」

「それは言えないなぁ~。当日までのお楽しみさ」

「トルソーです」


 俺の背後に立ち、ナタリアが正解を教えてくれる。

「わぁ! なんで言っちゃうのさ!?」とエステラがほっぺたを膨らませているが……


 トルソー……?


「微妙……」

「えぇ、なんでさ!?」


 トルソーというのは、服を着せてディスプレイするためのもので、まぁ言ってしまえば首と手足のないマネキンだ。


「俺はいらねぇなぁ」

「でもさ、洋服作りが趣味だったら、自分の作った服を飾っておけるのって嬉しいんじゃないかな?」

「人によるだろう」


 誰かに着てもらって、喜んでもらいたいってのが一番なんじゃないか?

 自分で作った服を、自分の家に飾っておくってのはなぁ……


「えぇ……ダメかなぁ?」


 物凄く悲しそうな顔をするエステラ。

 そして、振り返ってみれば、ナタリアがなんとも言えない表情でうつむいている。

 なんとかやめさせようと説得したけれど、エステラの熱量がすごかったのか、他にまともな案が出てこなくて妥協したのか、その両方か、とりあえずこれでいいか……みたいな感じで決まったんだろうなぁ、優勝賞品。


「優勝賞品としては弱いな」

「そうかなぁ?」

「誰に依頼したんだ?」

「ベッコ」

「なんで蝋で作ろうとしてんだよ……」


 服、汚れんだろうが。

 せめて木工細工師に依頼しろよ。ゼルマルのジジイとかでもいいからさぁ。


「大体、パウラが優勝したら、置くとこないぞ?」

「大丈夫だよ。パウラは優勝しないから」


 そーゆーこっちゃねぇんだよ。

 で、さらっとヒドイな、お前。

 お前もどっこいどっこいの腕前だろうが、裁縫。


「もう素直に金を渡しておけよ。服作りは材料費も馬鹿にならないんだし」

「そりゃあ、賞金は多少出すけどさぁ……」

「あとはトロフィーとかでいいだろう」

「ミスコンみたいな? ……う~ん、まぁ確かにアレはもらうと嬉しいかもしれないね」

「場所も取らないしな」

「そっかぁ……ウチだったらトルソーをいくらでも置けるから、場所を取るって視点はなかったなぁ」

「お前ん家、四十二区で一番デカいじゃねぇか」


 領主の館を基準に考えるな。

 世間知らずのお嬢様か。


「じゃあ、トルソーはやめておこうかな」

「そうしとけ。今からゼルマルとノーマに言ってトロフィー作ってもらっとけ」

「分かった。そうする」


 ここで言うトロフィーは、いわゆる盾だ。

 木の台座に鉄のプレートをはめ込む。

 その鉄に模様を刻むのは……まぁ、ベッコにでもやらせるか。


「たぶん今頃、ベッコが必要もないトルソー作ってるから『遊んでないでイベントに協力しろ!』って彫刻を任せるといい」

「いや、さすがにそれは……心が痛むから、ちゃんと謝っておくよ」


 まぁ、おそらくもう完成してしまっているであろうトルソーは、イベントの時にでも活用してやればいいだろう。

 あ、そうだ。


「じゃあ、そのトルソーは、ウクリネスの店でお手本のドレスとレオパードゲッコーの着ぐるみを飾る時に使ってやれよ」

「あ、そうだね。注目度はガタ落ちになっちゃうけど……ベッコ怒るかな?」

「大丈夫だ。ベッコは何をしても怒らないし、何をしても死なない」

「そんなことはないと思いますので、優しくしてあげてくださいね」


 ん?

 ジネットがよく分からないことを言っている。

 よし、スルー!


「ありがとうございます、ヤシロ様」


 ナタリアが深々と頭を下げる。


「強硬に却下するほど的外れではないものの、『いやぁ、それはないだろぉ』というレベルのしょーもないチョイスをどう諌めたものか思い悩んでいたのですが、おかげさまで思いとどまっていただくことが出来ました。これで『ぷぷぷっ、微笑みの領主のセンス……っ!(笑)』と民衆にうしろ指さされずに済みました」

「そんな言われ方するほど酷くはなかったよね、トルソー!? 欲しい人は欲しいと思うんだけどなぁ、トルソー!」

「私はトルソーよりチョリソーの方が好きです!」

「うまいこと言ったつもりかな、それで!?」


 俺もチョリソーの方が好きだなぁ。


「でも、エステラさんがおっしゃるように、出来上がった自作の服を眺めていたいと思う気持ちは多少ありますよね」

「だよね、ジネットちゃん! ほらご覧よ。君たちは裁縫愛が足りないから分からないだけさ」


 エステラの負け惜しみがとどまるところを知らない。

 ジネットの精一杯のフォローだっつーの。

 見ろ、ナタリアが酸っぱそうな顔してんぞ。


 よぅし……だったら。


「ジネットも、完成した自作の服をちょっと離れた場所から眺めてみたいな~とか思うのか?」

「はい。普段はベッドに広げて、少し離れて全体のバランスを確認しているんですが、トルソーのように立体物に着せられると、より見栄えがするだろうな~と、時々思います」

「そうかそうか」


 ちょっと引きで眺めるってのは、結構重要だもんな。

 自作の服なら、きっと眺めているのも楽しいのだろう。


「じゃあ、今回のイベントに協力したご褒美は、そういうのにしておこう」

「トルソーが欲しいのかい? 二人にならあげてもいいよ。ちょうど、トルソーが余りそうだから」


 賞品としてボツになったものを流用するんじゃねぇよ。

 感謝の気持ちって、そーゆーところで面倒くさがると一切伝わらなくなっちゃうんだぞ。


「トルソーをもらっても、置く場所に困る。それよりも、別のものがいい」

「……高いものはやめてね?」


 しみったれめ。


「金はかからん。お前が保有しているものを少しの間貸してくれるだけでいい」

「なるほど、パンツですね」

「ナタリア、黙って! そしてヤシロは懺悔するように!」


 俺はパンツなんて言ってねぇだろうが!


「ジネットが喜ぶもんだよ」

「ジネットちゃんが? ん~……なんだろう?」


 エステラの隣で、ジネットも一緒に首を傾げている。

 だからさ、自作の服を、ちょっと離れた場所から眺めたいんだろ?

 立体物に着せて。


「エステラ。お前、俺とジネットが作った服を着て、陽だまり亭で客寄せしてくれ」

「えぇええ!?」

「わぁ、それは素敵ですね! わたしが作った服をエステラさんが着てくださるなら、とっても嬉しいです!」


 な?

 ジネットも喜ぶし、金もかからない。

 お前がすでに保有している「エステラの体」を少しの間貸してくれるだけでいい。

 簡単なことじゃないか。

 なぁ?


「いや、ジネットちゃんはいいけど……ヤシロも?」

「ちゃんとジネットのOKが出たものしか着せねぇよ」

「そうですね。エステラさんに破廉恥な格好はさせられませんからね。安心してください、エステラさん。変な服はわたしが全部ダメですって言っちゃいます」


 むんっと腕を曲げて頑張りますアピールをするジネット。


「まぁ……ジネットちゃんがそう言うなら……」

「じゃあ、決まりだな。俺とジネットそれぞれで作るから、二日間体を空けてくれよ」

「えぇ、二日も!?」

「お前、服を一着作るのがどれだけ大変か分かってるのか? 今日の衣装を作るのに一体何日かかったと思ってんだ!?」

「半日じゃないか!」


 ん、正解!


「はぁ……でもまぁお陰で今日のイベントは大成功だったし、分かったよ」

「あの、エステラさんもお忙しいでしょうから、午前と午後で衣装を変えて、一日でも構いませんよ?」

「ううん。せっかくだから二日間陽だまり亭でのんびりさせてもらうよ。よろしくね」

「はい、エステラさんと一緒にいられるなら、わたしも嬉しいです」


 にっこりと笑い合うジネットとエステラ。


 エステラ。

 お前はまだまだ甘く見ているんだよ、ジネットという人間を。


 ジネットOKが出れば絶対安心だと思っているだろう?

 だがな……ジネットの感性は、ちょっと独特なんだぞ……ふっふっふっ。


 まぁ、衣装の完成を楽しみにしているがいい。


「お兄ちゃーん! テレさーにゃとシェリルちゃんをお家まで送ってくるですー!」


 向こうで、今日頑張ったテレサたちを囲んでわいわいと今日の感想を言っていたマグダやロレッタたち。

 教えてやればきっと食いつくだろうな、着せ替えエステラちゃん企画。


 その日はきっと、売上が上がるだろうなぁ~。ふふふん♪






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