ベビコン2話 いべんと! -2-

 それから大通り広場、東側運動場と場所を変えて告知イベントは行われた。

 会場が変わる度にテレサとシェリルは衣装を交換していた。


 あぁ、ついでにウーマロも会場が変わるごとに設営とバラシをしていたなぁ。

 あいつ、働くの好きだなー。


「……ウーマロ、お疲れ様のアイス」

「むはー! 冷たくて甘くて可愛くて、まるでマグダたんのようなスイーツッスー!」

「あぁっ、棟梁がマグダたんから何かもらってる!」

「ずっりぃー! 俺たちもめっちゃ頑張って設営とバラシしてたのにー!」

「分けろー!」

「いや、寄越せー!」

「うっさいッスよ! お前らには十年早いッス!」


 アイス一つで大工が賑やかだ。

 つーか、ウーマロ。「マグダのような」の中に『冷たい』が入ってたけど、それは褒め言葉にならないんじゃないか?


「……マグダは所詮、冷たい女。……つーん」

「はぁあん! オイラのうっかり失言に可愛いおヘソを曲げるマグダたん、マジ天使ッス!」


 なんでもいいのか、お前は。

 なんでもいいんだな。うん、知ってた知ってた。


「大工のみなさんの分は、この陽だまり亭の元気娘ロレッタちゃんがちゃーんと用意してるですよー! 順番に並んで取りに来てくださいでーす!」

「さすがロレッタちゃん!」

「可愛い!」

「俺たちの天使!」

「普通の天使」

「お兄ちゃん! 大工さんたちに混じって『普通』って言わないでです! 気付くですよ、あたしはそーゆーの!」


 ちっ、勘のいい。


「ナチュラルエンジェル!」

「ノーマルエンジェル!」

「それ、なんかなんとなく普通って言われてる気がするですよ、大工さんたち!」

「ゆーじゅありー、じぇねらりー、おーでぃなりー」

「そこら辺、全部『普通』って意味含んでるですよね!?」

「普通ナリ~」

「変な語尾になってるですよ、お兄ちゃん!?」


 怒られたナリ。


 う~ん、しかし英語と日本語の翻訳、どう使い分けてるんだ『強制翻訳魔法』は……考えるだけ無駄か、アホらしい。


「うまー!」

「冷たっ!」

「甘っ!」

「なにこれ!?」

「こんなの初めて!」


 オッサンたちが大盛りあがりだ。

 しかし、オッサンの「こんなの初めて」ほど気色の悪いもんはないな。

 あいつのアイスにだけ種入ってればいいのに。「イチゴのアイスなのにめっちゃデカい種入ってた!?」ってびっくりすればいいのに。


「ちょっとロレッタ! なんなのよ、アレ!?」

「あ、パウラさん、ネフェリーさん」


 告知イベントを覗きに来ていたパウラとネフェリーがロレッタに詰め寄っている。


 あ、そういえば、アイスのこと知らないんだっけ、この二人。


「こういうのが出来た時はすぐに報告するように言っておいたでしょ! なんで今まで黙ってたのよ、あんたは!」

「いひゃい! いひゃいれす! ほっぺたつねらないれれす、パウラしゃん!」


 みょいんみょいんと頬袋を引っ張られて、ロレッタが面白い顔になっている。


「あのユニークな顔のロレッタもメンコに……」

「いらないですよ、こんなユニークなメンコ!?」


 ロレッタが頬を擦りながら釘を刺してくる。

 面白いと思うんだけどなぁ。


 ちなみにアイスは、アッスントから掻っ払って……もとい、アッスントが善意で置いていった簡易氷室(小)に入れて持ってきている。

 大広場でのイベントのあと、屋台班のマグダとロレッタが取りに行っていたのだ。


 おーおー、日も陰ってきてるってのに、飛ぶように売れていくわぁ。


「あとは、戸別訪問して終わりか」

「そうだね。屋台は……今日のところはもう引き上げてもらおうかな」


 エステラが肩をすくめて言う。

 まぁ、個人宅に屋台を曳いて押しかけるのもどうかと思うしな。


「じゃあ、マグダとロレッタは屋台を陽だまり亭に戻しておいてくれるか?」

「任せてです!」

「……このあとは店舗での通常営業。マグダのコテ捌きが光るディナータイム」


 お好み焼き以外作る気ないだろ、お前。

 マグダのお好み焼きならメインを張れるし、任せておいて問題ないだろう。


「ネフェリーたちも参加するのか、コンテスト?」

「うん、そのつもり。でも、間に合うかなぁ? 意外と日数少ないでしょ?」

「あぁ、ごめんねぇ。ちょっと他所との絡みで急ぐことになっちゃったんだ」


 三十五区の連中を迎え入れるに当たり、子供服のレンタルを早々に始める必要が出てきた。

 そのため、コンテストの開催も急いでいる状況だ。


「あたしは、今回……涙をのんで辞退するわ。時間がないからさぁ、仕事もあるしさぁ、いやぁ残念だわぁ」

「なに言ってるのよ。パウラは最初から『服を最初から全部作るのはハードルが高い~』って言ってたじゃない」

「あはは。だからね、今回はネフェリーと共作で参加するの」

「共作じゃなくて、『お手伝い』でしょ。まったく」


 聞けば、基本はネフェリーがほとんど作って、飾りの部分をちょこっとパウラが手伝う予定らしい。

 それでもきっと、ネフェリーなら共作ってことにしてやるんだろうなぁ。


「頑張れよ、二人とも。期待してるからな」

「えぇ~、ヤシロに期待されるとプレッシャー感じちゃうよ~」

「頑張って、ネフェリー! ネフェリーがすごいのを作ってくれたら、二人で大きい顔が出来るから!」

「だったらパウラも頑張るの!」


 おんぶに抱っこで手柄だけおこぼれに与る気満々のパウラを、ネフェリーが「こらっ」っと叱る。

 なんだろう、このほのぼの昭和空間。

 銀幕の世界を見ているようだ。


「そういえば、ノーマは来てないんだね」

「デリアは、まぁ、なんとなく分かるけど」


 パウラがキョロキョロと辺りを見渡し、ネフェリーが「デリアはお裁縫とかしないもんねぇ」と肩を竦める。


「ノーマは港でのイベントに参加して、もうすでに制作に取り掛かってるぞ」

「え、そうなの!?」


 ネフェリーが若干焦った声を上げる。


「ちなみに、デリアもルピナスの助けを借りて参加するってよ」

「ルピナスさんの助けって、それもう絶対ルピナスさん主体じゃない! デリアなんて、パウラくらいしかお手伝いできないでしょ!?」

「ネフェリー……無自覚な言葉がぶっすり刺さって胸が痛いよ……」


 ネフェリーの背後でパウラが胸を押さえてうずくまっている。

 やっぱり、ほとんど役に立たないと思われているらしい。

 強力なライバルの出現に、ネフェリーの余裕がなくなった結果だな。


「こうしちゃいられないわ! パウラ、私もう帰るね! ニットのポッケよろしくね!」

「あ、うん! 送ろうか?」

「いい! お店頑張ってねー!」


 手を上げてネフェリーが駆けていく。

 ニットのポッケか。

 パウラ、編み物は出来るからな。ネフェリーの作った服に、パウラの編んだポケットを取り付けるつもりなのだろう。

 うん。案外可愛らしいデザインになるかもな。


「パウラ。ポケットを編むなら、毛糸でぼんぼりを作って、それを紐で繋いでさ、ぷらんぷらん揺れるようにしておくと可愛くなるぞ」

「あっ、それいいかも!」

「アップリケで人形の形でも貼り付けといて、両手がぷらぷら揺れるとか」

「それ採用! あたしが使うから、他の人に教えちゃダメだよ!」


「指切りね」と、俺の小指を強引に絡め取ってブンブン振り、パウラも自宅へと駆けていった。

 きっとデザインでもするつもりなのだろう。

 ぼちぼちカンタルチカが夜の営業を始める頃合いだ。

 忙しくなる前に思いついたデザインを書き留めたいんだろうな。


「ヤシロさんは、子供が喜びそうなことはなんでもお見通しですね」

「そんだけ単純なんだよ、ガキって生き物は」

「ふふふ。新米パパさんたちは悪戦苦闘するらしいですが、ヤシロさんなら安心ですね」


 そのパパになる予定がないんだけどな、俺は。


 違う方のパパなら……

「お小遣いが欲しいのかい? ほぅれ、谷間に挟んでやろう……うっしっし」……うん、アリ、かも?


「紙幣の方が折りたたんで差し込みやすいのだが……まぁ、差し込みにくい硬貨でもそれはそれで、いや、むしろ……うんうん、しょうがないよなぁ、硬貨しかないんだもんなぁこの街、『おぉっと、入れにくいからつい指が触れちゃったぁ~、でへへ……』うん、しょうがない」

「何をブツブツ言っているのか知らないけれど、おかしなことをするつもりならコンテストの日まで牢屋に閉じ込めるよ? 幸い、今は牢屋が全部空いているから、好きな独房を選ばせてあげるよ」


 何が幸いなものか。

 妄想で投獄なんぞされてたまるか。


「そもそも、谷間もないくせに」

「よし分かった。地下の独房にご招待しようじゃないか。そこで黙々とコンテスト用の服を作り続けるといいよ」


 冷たい目で俺の腕を掴むエステラ。

 こいつはどこまで冗談か分からないから怖いよなぁ。まったく。


 そもそも、俺はコンテストには参加するつもりはない。

 サンプルを三つも作ったんだから十分だろう。

 あとは、裁縫上手たちにお任せだ。


「ヤシロさん」


 ぽふっと、ジネットが俺の肩に手を乗せる。


「懺悔してください」


 ま~ぁ、ほっぺたぱんぱん。

 お顔がまん丸くなってますわよジネットさん?


 はぁ……しょうがない。


「懺悔の代わりに、ちょっと頑張って可愛い服を作るから、それで免除してくれ」

「では、一緒にお洋服づくりをしましょうね」


 懺悔は労働をもって免除された。

 アイスが売れていくさまを見ていたせいか、ちょっと肌寒いんだよなぁ。

 こんな日に懺悔なんか、したくないもんな。


 しゃーない、しゃーない。


「お兄ちゃんは、コンテストに参加する理由もこじつけなきゃ気が済まないんですかね」

「……それが、ヤシロという生き物」


 向こうで屋台班がなんか言ってたけど、聞かなかったことにした。

 つーか、まだいたのか。

 さっさと帰って陽だまり亭オープンさせとけよ。


 ……ったく。






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