ベビコン2話 いべんと! -1-

 わっと歓声が上がる。


 正午からスタートした子供服コンテストの告知イベント。

 今日告知して今日開催というゲリラ的イベントにもかかわらず、かなり多くの人間が集まっている。


 現在地は四十二区の港。

 生花ギルドの面々と、ベルティーナに連れられた教会のガキどもも見に来ている。

 あ、寮母のおばちゃんたちもいるのか。

 なんか、やたらと真剣な眼差しだな、寮母のおばちゃんたち。


「寮母さんたち、コンテストに参加するんだって意気込んでいたんですよ」


 今朝、そんな話をしたのだと、ジネットが隣で教えてくれる。

 俺たちは今、急遽港に設けられた特設ステージの舞台袖にいる。

 ウーマロのヤツ、ムム婆さんの家のそばに寮を建てつつ、今日はイベントのためにステージの組み上げとバラシとついでに運搬までやってくれるらしい。


 あいつの体力に限界はないのか?


「……ふむ。今日のステージも、よき」

「マグダたんに気に入ってもらえて、オイラ感激ッス!」


 あの程度でご褒美になるんだから、安いよなぁ、ウーマロは。

 とはいえ、さすがになぁ……ったく、やれやれ。


「今日は少し暑いな」

「そうですか? ……あ、そうですね」


 俺のつぶやきを拾って、ジネットがぽんっと手と打つ。


「頑張ってくださったウーマロさんのご褒美には、マグダさんのアイスクリームがいいですね」

「お前がそう思うんなら、それでいいんじゃないか」


 俺は知らんけど。


「まったく」


 舞台から降りてきたエステラが肩をすくめて俺の前へとやって来る。


「素直に、頑張ったウーマロにアイスを食べさせてあげたいと言えないのかい、君は?」

「食べさせたいと思ってないからな。この街で嘘を吐くなんて、恐ろしくて恐ろしくて」

「君ならバレない嘘を平気な顔して吐いていそうだけどね」


 まぁな。

 指摘さえされなければ問題ない。『精霊の審判』はザルだからな。


「観客の反応は上々だね。この後、コンテストの参加方法をナタリアが説明するから、それが終わったら移動しようか」


 舞台上でコンテストの概要を説明しつつ実際に子供服を身にまとったモデルを見せて会場をわかせたエステラは役目を終えて舞台を降り、現在はナタリアがモデルたちの間に立って詳細を説明している。


 参加者は、コンテスト前日までに服を仕上げて領主の館に作品を持ち込むこと。

 その際、作品の裏側、見えない場所に自身の名前を明記した布を縫い付けておくように――そんな内容だ。


 名前がないと、誰が作ったのか分からなくなるからな。

 あと、表にデカデカと「ウクリネス作」とか書いちゃうと審査員が素直に服だけで審査できなくなるかもしれないので見えない位置に縫い付けてもらうことになった。


「わたしも、今晩から頑張って作ります」

「ジネットちゃんも参加するんだね」

「贔屓すんなよ」

「しないよ」


 こいつだけは、誰が作った服なのか確認できるからなぁ。

 ジネット贔屓をして特別賞とか与えそうだ。厳しくチェックしておかなければ。


「ちなみに、優勝賞品はなんだ?」

「それは見てのお楽しみだよ」

「見たら楽しいもの……パンツか!?」

「そんなワケないだろう!?」

「楽しさを最大限活かすなら、事前に穿いておいて『てってれ~♪』という音楽とともにスカートを捲り上げ『これが賞品で~す!』って感じがベストだ!」

「ベストじゃない!」

「じゃあ、バストだ!」

「何がさ!?」

「『てってれ~♪』」

「バストが見えるほど捲り上げるな! しないから、そんなこと!」


 なんだよ!

 見て楽しい賞品って言ったくせに!


「見てのお楽しみって言ったんだよ、ボクは! 内緒ってことさ」

「ナ・イ・ショ・の賞品!?」

「子供たちのイベントで卑猥な発想をしないように!」


 もし優勝賞品がパンツなら、ジネットのサポートを全力でしようと思ったのに。


「ヤシロさんのお手伝いは必要ありません! もう、懺悔してください!」


 サポートを、本人自ら断られてしまった。

 パンツの山分けはお気に召さないらしい。


「やちろー!」


 たたたっという足音に続いて、んばっと飛びついてきたレオパードゲッコー。

 ――の、着ぐるみを着たシェリル。


「やちろ、にあう? にあう?」

「あー、はいはい、可愛い可愛い」

「えへへ~」


 ずっとこの調子だ。


 二つ返事でOKしてくれたヤップロック夫妻。というか一家。

 テレサとシェリルの晴れ舞台を見るために総出で応援に駆けつけている。


「えーゆーしゃ」


 シェリルから遅れること数秒。

 テレサもドレスのスカートを持ち上げて、階段を駆け下りるシンデレラよろしく駆けてくる。


「あーしも、あーしもー!」


 両腕をこちらに伸ばしてぴょんぴょん跳ねるテレサ。

 陽だまり亭ではそんなに甘えてこないのに、シェリルが先に甘えていると羨ましくなるらしい。


「モテモテだね、ヤシロ。人生最大のモテ期がきているんじゃないのかい?」

「こんな未発達どもでモテ期を浪費してたまるか」


 俺のモテ期は、ばいんばいんのぼいんぼいんにもみくちゃにされる時にピークを迎えるのだ。

 まだかな、まだかなぁ~♪


「あー!」

「たーっ!」


 テレサを左腕で抱え上げ、両腕にちびっこを抱えていると、最後にウェンディとセロンに抱っこされたヒカリとマモルがやって来た。


 赤ん坊用の衣装を着せるモデルとしてこの二人に依頼したところ、こちらも二つ返事で了承をもらった。


 ちなみに、マモルがドレスでヒカリがレオパードゲッコーを着ている。


 ……ヒカリにドレスを着せようとしたらギャン泣きされたんだよ。

 先にレオパードゲッコーを着ていたマモルに向かって手を伸ばして「あ゛ー! あ゛ー!」って。

 男の子にドレスって……と思ったんだが、ヒカリの泣き方が尋常じゃなくてなぁ……

 仕方なく衣装を換えたら、もうにっこにこなんだ。どっちも。


 ……マモル。お前まさか、その年齢にしてもう?

 いやいや、きっと何も分かっていないだけだろう。

 乙女の扉を開いたわけではない……と、思う。たぶん。


「あー!」

「たー!」


 で、俺の前まで来て、俺に向かって両腕をぴーんと伸ばしてくる双子の赤子。


「どう見ても満席だろうが」

「あー!」

「たー!」


「あー!」じゃねぇよ!

「たー!」でもねぇよ!

 わがまま抜かすな。


「モテモテで羨ましい限りだね、ヤシロ」


 ニヤニヤしてこっち見んな、エステラ。

 全員もれなく未発達だから、嬉しくないんだわ、そのモテ期。


「あらあら、二人とも、英雄様にご迷惑をかけてはいけませんよ~」

「おかーしゃ!」

「あい!」


 舞台袖にウエラーが来ると、まずテレサが俺の腕から降りて駆け寄った。

 追いかけるようにシェリルも母親のもとへ向かう。


 やっぱり母親が一番ってわけだ。


「あー!」

「たー!」


 お前らも母親が一番であれよ。

 今抱っこされてんだろうが、母親に。


 あまりにやかましいので、ヒカリとマモルも抱っこしてやる。

 いい加減、腕がダルくなってきたから、ちょっとくらい落としても文句言うなよ。


「テレサちゃん、ドレス、とっても可愛かったわ。シェリルも、レオパさん可愛いねぇ」

「えへへ~」

「んふふ~」


 褒められて満足気に胸を張る二人。

 なんか、本当に姉妹みたいだな。

 両方妹っぽいけど。


「テレサちゃん、こうかんっこ!」

「うん。こうかん、ね!」


 元気よく言って、テレサとシェリルが着ている服を脱ぎ出した。


「ちょっ、二人とも! ここで脱いじゃダメだよ!」


 急に服を脱ぎ出したちびっこ二人を、エステラが慌てて止める。

 だが、大丈夫だ、エステラ。


「でもこれ、みえてもいいパンツって、やちろがいってたよ」

「みえても、へいち、ょ?」

「……ヤシロ?」

「待て、そんな不審者を見るような目を向けられる謂れはないぞ、俺は」


 俺が何を言おうが信用しそうにないので、ジネットに説明役を任せる。


「こちらは、えっと……あんだーすこーと? というものらしく、ヤシロさんの故郷では激しい運動をされる女性が、下着が見えないようにとスカートの下に穿かれるものだそうです」

「……スカートで激しい運動しなきゃいいじゃないか」

「お前だって、スカートでナイフ投げたりするだろうが」

「……まぁ、するけど」


 スカートを履いている時であろうと、全力を出さなければいけない時もある。

 そんな時、パンツが見えるから本気出せないなんてことにならないように穿くのがアンダースコート、アンスコだ。


「コンテスト本番は、ガキのモデルが大勢いるんだ。全員が大人しく着替えの順番を待っていられると思うか?」

「それは……」


 確実に、今のシェリルのように服を「ぽーん」と脱ぎ捨てるガキが出てくる。

 あまつさえ、そんなあられもない姿でステージの上に「てってけてってってー!」と駆け出していくかもしれない。


「そんなことになったら一大事だろう?」

「そうだね……」

「それに、まだもうしばらくは、木こりギルドのギルド長も必要だろ?」

「そんなピンポイントでの決めつけはやめてあげなよ……ボクも、擁護までは出来ないけれども」


 パンイチ幼女が出没したら、ハビエルが大はしゃぎして……狩られる。

 一切の手加減などしてもらえないだろう。

 さらばハビエル。お前のことは速やかに忘れよう。


 ……ってなるのが目に見えているから、アンダースコートを用意させた。

 理由を説明したら、ジネットもベルティーナもウクリネスも、「それは必要ですね」と賛同してくれた。


 ガキが大人しくしていられないことを、よ~く理解しているからなぁ、コイツらは。


 まぁ、アンダースコートというより、ぴたっとした短パンみたいなもんだけどな。


「デリアのショートパンツみたいなもんだな」

「そう考えると、おしゃれでかわいいよね。上のは?」

「キャミソールだ」


 肩紐の細いキャミソールにしたのは、衣装の邪魔にならないようにだ。

 そんな説明をすると、ウクリネスが「素晴らしいアンダーウェアです」と絶賛してくれた。

 今後、モデルにはこういうのを着せるらしい。



 ……ふふふ。

 そうして、「見せてもいい下着」「見られてもいい下着」が浸透していけば、やがて日本のように「あえて見せる下着」が爆誕するに違いない!

 へそ出しキャミソールにショートパンツって、「それもうほとんど下着じゃん!」って格好で外を出歩くギャルとか、この街にも誕生するかもしれないなぁ!


 うわ~い、未来が楽しみだ~♪


「パンチラの可能性が下がる発明にもかかわらず、ヤシロ様が上機嫌…………これは、何か裏がありそうですね」



 ぼそっとつぶやかれたナタリアの言葉は、聞こえないフリをしておいた。






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