ベビコン1話 さんぷる! -4-

 告知イベントは昼から、ということになったので俺はいそいそともう一着服を縫っていた。


「ヤシロちゃん、お待たせしました。超特急で作ってきましたよ」


 ジネットたちが教会の寄付に行っている間、陽だまり亭に居残ってもう一つの衣装を作る俺のもとへ、朝っぱらからパワー全開のウクリネスがやって来る。


「まぁ、小さくて可愛いですね」

「そっちもな」


 俺が作っているレオパードゲッコーの着ぐるみパジャマ(小)を見て、お子様ドレス(小)を持つウクリネスがぱぁっと顔を輝かせる。


「これで、お姉ちゃんと妹でお揃い、みたいな楽しみ方も出来ますねぇ」


 そう。

 俺が作っているのは、昨夜ジネットと作った着ぐるみパジャマの小さいバージョン。

 昨夜はテレササイズで作ったが、今度は赤ん坊サイズだ。

 お揃いの服って、親には刺さるだろ?


 ドレスは難易度が高いのでウクリネスに投げておいた。


 え、いつ投げたかって?

 ジネットが寄付に向かう前に、ナタリアにひとっ走りお使いを頼んだんだよ。

 夜明け前に持ち込まれたドレス制作の依頼を、ほんの数時間で完遂して持ち込んでくれたわけだ。


 ちなみに、太陽はとっくに昇り、ぼちぼち陽だまり亭のオープン時間だったりする。

 こんな時間までジネットたちが戻ってこないのは、きっと今頃教会のガキどもがアイスクリームに大はしゃぎしているせいだろう。


 ……想像するだけで疲れるな、アイスにはしゃぐガキどもとか。


「ジネットちゃんたちはまだ教会から戻られていないんですか?」

「今日は屋台での営業だから、仕込みの量が少ないんだよ」


 テレサとシェリルが衣装を着てイベントに出ると決まった直後、ジネットが瞳をうるうるさせて俺とエステラにおねだりをしてきてなぁ……


「本日の陽だまり亭は、屋台での営業ということに出来ないでしょうか?」


 ってな。

 テレサとシェリルについて会場を回り、そこで営業をしたい――つまり、テレサたちの晴れ姿を見守り応援したいんだそうだ。

 おそらく、イベントのあとに個人宅を回るのにも同行するつもりだぞ、あいつ。


「うふふ。ジネットちゃんは仕事に趣味に大忙しですね」

「それはお前もだろう」


 笑うウクリネスだが、人のことは言えないからな?

 日の出前に持ち込まれた無茶な依頼を数時間で完遂させたこいつは、完全なワーカーホリック、いや、お仕事ジャンキーだ。


「事前にコンテストの開催は聞いていましたし、それに先駆けたお披露目イベントのことも伺っていましたからね。いつお声がかかるか首を長くして待っていたんですよ」


 ヒツジが首を長くしたら、アルパカみたいになっちゃうぞ。


「こちらは大至急ということでしたので優先させましたが、もう一つの方は本大会までに仕上げておきますね」


 ウクリネスには、今回のお子様ドレス(小)とは別に、俺とジネットではちょっと難しい、平たく言って非常に面倒くさいドレスの図面も渡してある。


 以前ベルティーナから、「子供たちがウェディングドレスに憧れている」って情報を得ていたし、華やかなドレスを見ればガキどもが着たがるだろう。

 で、ガキに全力のおねだりをされれば、親も財布の口を開かなければいけなくなる。


 ガキは両親の財布の口を開かせる鍵だ。

 存分にねだるがいい、ガキどもよ!

 ふはははは!


「あと、ウチの子たちにも子供服を作るように言ってありますので、当日までにはある程度の数が揃うと思いますよ」

「その中から何人か、俺のデザインした服を作ってくれるヤツ貸してくれないか?」

「私が作ります!」

「いや、総大将にやってもらうような大層なもんじゃねぇよ」

「いいえ、やります! ウチの子たちにはまだちょっと荷が重いでしょうから!」

「いや、マジでちょっとしたものだから……」

「他人に譲るなんてとんでもない!」


 圧がすごいよ!

 こいつも、ウーマロやノーマみたいになってきてないか、最近!?

 ……いや、思い返してみればこいつは昔からこんな感じか。

 四十二区、どんだけ仕事に貪欲なんだよ。


 ウクリネスの目がキラキラからギラギラに変わり始めたので、思いついたデザインをさらさらと紙に描き起こしていく。


 単純なものだ。

 胸にちょっとした絵を描いたTシャツで、二枚で一つの絵になるようにデザインする。

 そうだな、一枚は少年で、もう一枚は少女。ただし、二人の小指と小指は赤い糸で結ばれていて、ペアのTシャツを着て並ぶと運命の赤い糸で結ばれた少年と少女が出来上がるって寸法だ。


「まぁ! 素敵ですね! これなら、大人のアベックにも需要がありそうだわ」


 ……アベックって。

 せめてカップルと…………いや、これは『強制翻訳魔法』の匙加減か。

 見た目とか年齢で言葉選びしてんじゃねぇよ、『強制翻訳魔法』。


「付き合い始めの若いカップルなら、喜んで着るかもな」

「そうですね。このアイデア、いただいても?」

「どうぞどうぞ」


 このTシャツが流行ればいい。

 なにせこのTシャツは、二枚揃わなければ赤い糸は繋がらないのだから!

 ちょっとでも離れた瞬間に赤い糸はぷっつりだ!

 うけけけけ!

 世のバカップルどもめ!

 知らず知らず縁起の悪い服を喜んで着るがいい!

 うけーっけけけけ!


「でも、一着で見た時に赤い糸が切れているのはなんだか寂しいですから、背中の目立たないところに小さく相手の子を入れておきましょう。そうしたら、二人並んだ時には前面も背面も赤い糸で結ばれた男女の絵が出来ますしね」


 なに余計なことを思いついちゃってんの!?


 いいんだよ、縁起悪くて!

 つーか、この街でも赤い糸の伝説とか知られてる感じ?


「この赤い糸は、何か意味があるんですか?」

「こっちでは言わないか? 運命の赤い糸」


 どうやら知らないようなので、ざっくりと説明しておいた。

 そしたら、ウクリネスが「ほふぅ……」とため息を吐いてうっとりと宙を見上げる。


「素敵ですねぇ……運命の相手と繋がる赤い糸……」


 あ、刺さったっぽい。


「……私にも、赤い糸が繋がったお相手がいるのかしら」


 と、自身の小指をじっと見つめるウクリネス。

 やっぱ、ちょっとはそーゆーことにも興味あるんだ。

 服のことしか頭にないと思ってた。


「これは、ノーマちゃんと共有しましょう」


 うわぁ、ノーマ好きそう、こういうの。

 今後、小指付近に刃物を近付けるだけでブチギレるノーマが散見されそう……血の雨が降りかねないな。


「……ちなみに、刃物程度じゃ切れないものだから」

「そうよね! 愛って最強だものね!」


 あぁ……ウクリネスってノーマやネフェリー系の乙女思想の持ち主だったのか。

 どっちかっていうと、美少女に露出をさせたがるおっさんメンタルの持ち主だと思ってた。

 ……まぁ、そのメンタルを持ち合わせているのは間違いないけども。


「これ、刺繍で作るわね」

「いや、それ、めっちゃ大変じゃね!? 普通にペイントでいいだろう」

「ダメよ! 洗濯で色落ちなんかしたら……ノーマちゃんが荒れるわよ?」

「え……ノーマ一人でそれ着る予定なの?」


 それって、ペアで着ることに意義がある服なんだけど……

 ウクリネスの想像の中のノーマは一人で着る設定なのか…………着そうだなぁ、ノーマ。


「じゃあ、すぐに作業に取り掛かるわね」


 言って、ダッシュで帰っていくウクリネス。

 服飾魂に火がついてしまったらしい。


 ……荒れなきゃいいけど、ベビー服コンテスト。



「ただいま戻りました~」


 ウクリネスが飛び出していった直後、ジネットたちが陽だまり亭に帰ってきた。


「ウクリネスさん、いらしてたんですか?」

「あぁ。ちょっと迂闊な発言をしてしまったせいで飛び出していってしまった」

「迂闊、ですか?」


 ウクリネスが残していったお子様ドレス(小)を「わぁ、可愛いですね」と広げて見ながら、ジネットは俺の向かいの席に腰掛ける。


 話を聞きたそうにこちらを見るジネットに先程の状況を説明する。

 するとジネットは大きな瞳をきらきらと輝かせて「ずずい!」っと身を乗り出してきた。


「運命の赤い糸、ですか? すごく素敵です!」


 あ、そっちに食いつくのね。


「お兄ちゃん、大変です! 見えないです!」

「見えないもんなんだよ」

「……見るのではなく、感じるもの」

「気配もないな、残念ながら」


 後ろで話を聞いていたロレッタとマグダも、自分の小指を凝視して赤い糸を探している。

 目視できる糸が絡まってたら、今まで気付かずに過ごしてるわけないだろうが。


「きっと、運命の人と出会った時に感じられるのでしょうね」


 と、自身の小指をそっと見つめてジネットが言う。

 その視線が、不意にこちらを向いて、さっと逃げていった。


 ……ん。

 気付かなかったふりしとこ。


「えっと……あ、そうです! 開店の準備をしましょう!」


 ぱんっと手を叩いて、何かを誤魔化すような大きな声で言って、ジネットは厨房へ向かう。


「今日は屋台ですよね。何を作るですか?」

「……マグダのお好み焼きとたこ焼きは必須」


 ジネットを追いかけるようにロレッタとマグダも厨房へ向かう。


 カンパニュラはテレサについてヤップロックの家に向かったらしい。

 シェリルを連れてこなきゃいけないし、ヤップロックたちに説明も必要だからな。

 カンパニュラがいれば問題なく説得してくれるだろう。


 朝は通常通り陽だまり亭をオープンさせ、午後からは屋台の営業になる旨を告知する。

 ナタリアたちが事前にイベントの告知をしていたおかげで、常連連中は「あぁ、アレね」という反応だった。



 そうして午後になり、出発の準備が整ったころ、エステラたちが迎えに来た。


「さぁ、諸君! 会場に向かおうじゃないか」






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