ベビコン1話 さんぷる! -3-

「わぁ! すごく可愛いじゃないか」


 昨夜ジネットと作った試作品を見せると、エステラは目をキラキラさせて食いついた。


「ヤシロさん、ドレスの方も作られたんですか?」


 ジネットと作ったレオパードゲッコーの着ぐるみパジャマとは別に、俺が単独で作り上げた子供用ドレスを見て、ジネットが目を丸くしている。


 あぁ。

 作ったんだよ。

 昨夜は、とある事情で眠れなくなってしまったからな。

 心臓のお祭り騒ぎが収まるまで黙々と針仕事をしていたら、いつの間にか出来上がっていたのがそのドレスだ。


「ふふっ……」


 ドレスを広げて見ていたエステラが、声を殺すようにして笑っている。


「なんだよ?」

「あぁ、いやごめん。なんかさ、こんなに可愛くて豪華なドレスなのに、ファスナーで簡単に着脱できるようにしてあるのが面白くってさ」


 とてもゴージャスなドレスだが、それを着るのはガキだ。

 つまり、それを着せるのは親ということになる。

 だったら、着脱は簡単な方がいいに決まっている。

 ガキなんて、じっとしていると死ぬと思い込んでる節があるからな。

 あいつら、ホント一分もじっとしてられないんだからよぉ。


「これでしたら、あっという間にお着替えが終わって、子供たちも気軽にドレスを楽しめますね」

「さすがの着眼点だね、ヤシロ」


 素直な称賛をするジネットと、いろいろと含みまくっているエステラ。

 そんなにやにやした目で俺を見るな。


 手間を省くだけで物の需要というものは爆発的に増えるものなのだ。

 知ってるか?

 種無しブドウが登場しただけで、ブドウの売上が爆上がりしたことを。

 その後皮まで食べられるブドウが登場して売上はさらにうなぎ登りになったのだ。


 ブドウを食べなかった連中の言い分は「食べるのが面倒くさい」だったからな。

 そういう手間が客の足を遠ざけ、手間を省くことが多くの顧客を獲得することに繋がる。


「だからこそ、一工夫ってのが重要になってくる――って、聞けよ、にやにやしてないで!」

「聞いてる、聞いてるって」


 お前は、人の話を聞く時は半笑いをやめましょうって教わらなかったのか?

 俺も教わってないけども、そんなしょーもないこと。


「こういうのを見ると、アイデア部門も残すべきだったかもしれないなぁ……」


 エステラが、さほど深刻ではなさそうに困り顔を見せる。


「最初は、子供たちのお世話が楽になるような、そんなアイデアの詰まった服のコンテストもやろうと思ってたんだけど、そういうアイデアって見た目的に地味でしょ? 時間も限られるだろうし、今回は取りやめにしたんだよね」


 アイデアは、それ単体で服になるわけではなく、様々な服に取り入れられるものだ。

 服の見栄えにこだわれば、アイデアを引き立たせるという趣旨がぶれてしまう。

 確かに、アイデアのコンテストは難しいか。


「それに脱着のやりやすさとかだと、みんなの前で着替えさせることになりかねないからさ」

「そりゃ問題だな」


「こんなに簡単に脱がせることが出来るんですよ~」なんて言って、大勢の目の前でガキを素っ裸にひん剥くわけにはいかない。

 一部の手遅れな界隈が大はしゃぎしちゃうからな。


「ヤシロが大はしゃぎしちゃうと困るからね」

「バカモノ。薄っすらも膨らんでないガキでどうはしゃげっていうんだ」

「『はしゃぐわけないだろ』と即答してほしかったんだけどねぇ、今のは」


 エステラの目がじと~っとこちらを睨む。

 はしゃぐことだってあるかもしれないじゃないか。にんげんだもの。


「いいですねぇ……あたしも、こういう服が作れるようになったら、弟妹たちの服を作ってあげたいです」


 ロレッタがドレスを広げてあちこち眺めている。


「練習すれば、そのうち作れるようになりますよ」

「あたしが縫うと、全部塞がっちゃうです」

「ちゃんと図案を見て作らないからだよ、お前は」


 こいつは、ズボンの裾をぴっちりと縫い付けるタイプだ。

「もう覚えたです!」とか言って図案も見ずに進めるからそういうことになる。

 手順書通りに作れば、最低限のものは出来るんだよ。


「せっかくだからさ、コンテストのあとに練習してみたらどうだい? きっと、多くの人がそのタイミングで練習を始めるだろうから、裁縫教室をいくつか開催する予定なんだ」

「わぁ、楽しそうですね! わたしも参加してみたいです」

「えっと……ジネットちゃんはもう講師のレベルだから」


 ま、そうだな。

 下手したら、講師よりうまい可能性もある。

「あ、そこはこんな風にした方が丈夫に縫えますよ」とかいって。


「というか、可能ならジネットちゃんには講師をお願いしたいんだけど」

「わたしが講師をですか?」

「ジネットちゃんの腕前は、ウクリネスにも匹敵するからね」

「そんなことはないですよ。ウクリネスさんとわたしでは雲泥の差がありますよ」

「巨貧の差……」

「うるさいよ、ヤシロ。ジネットちゃんは雲泥と言ったんだよ」


 ちょっと冗談を挟み込んだらめっちゃ叱られた。

 心にゆとりがないんだろうなぁ、スペース限られてるもんなぁ。


「心の真空パック」

「その言葉の意味はよく分からないけれど、ケンカを売られているということだけははっきりと理解したよ」


 やだ、エステラさんの眼、怖ぁ~い。


「コンテストはいつやるんだ?」

「今日告知をするけれど、参加者が服を作る時間も必要だから開催はもう少し先になりそうだね」

「じゃあ、このサンプルはウクリネスの店先にでも飾っておいてもらうか」

「そうですね。そうすれば、布を買いに来た時に参考に出来ますからね」


 共同制作者であるジネットも快諾し、俺たちが作った服は、今日の告知でお披露目されたあとウクリネスの店に預けることになった。


「今日のお披露目でこの服を着てくれるモデルが欲しいところだけど……」

「では、教会の子供たちにお願いしてみましょうか?」

「いや、あそこのガキどもは誰か一人がやると自分もやりたいと全員が言い出してうるさいからな」


 ハロウィンの時も、仮装できなかったガキどもが寂しそうにしていた。

 教会は良くも悪くも平等であるべきなのだ。


「だから、テレサ」

「ぁい! ……ぇ? あーし?」


 名を呼ばれ元気に返事したテレサだが、このあと何を言われるのかを察知して少々戸惑っているようだ。

 さすがテレサ。頭の出来がそこらのガキとは違うな。


「お前とシェリルでモデルをしてくれないか?」

「シェリゥちゃんも!?」


 ぱぁぁあっと、テレサの顔が明るくなる。


「なにを隠そう、この服はばっちりテレササイズに作ってある」

「そうなの!?」


 テレサがびっくりという声を上げる。

 試しにテレサの体にドレスを当ててみると、ジャストフィット。ばっちりなサイズだった。


「ヤシロさんは、最初からテレサさんに着てもらうつもりだったんですね」

「大舞台に上がっても緊張しないし、仮に緊張しても失敗はしないと信頼できる子供ってのはなかなかいないからな」


 テレサは以前ミスコンの舞台にも立っている。

 テレサになら安心して任せられる。


「それにテレサは、ドレスが映えるくらい可愛いからな」

「えっ!? えーゆーしゃ、あーし、かわいい?」

「もちろんだ。テレサは可愛いぞ」

「わーい!」


 褒めてやると、テレサが両手を上げて飛びかかってきた。

 一回のジャンプで俺の首に飛びついて、肩に尻を乗せて座る。

 さすがサル人族。すげぇ跳躍力。


「ふふふ。ヤシロさんはテレサさんに甘々ですね」

「はい。ヤーくんはいつも優しいです」

「親バカなんだよね、ヤシロは」

「兄バカでもあるです」

「……ヤシロバカ」


 こらマグダ。

 それはただの悪口だ。


「でしたら、私から一つお願いがございます」

「ぅぉわぁああぉう!?」


 突如、背後からにゅっとナタリアが生えてきた。

 ……心臓止まるかと思ったわ。


「一応、告知イベントは広場で行う予定ですが、今日の今日では、一箇所に人を集めることが困難なのです。ですので会場を分け、西側は港、中央は大通り広場、東側は運動場で行う準備を進めています」

「で、その全部に、テレサを貸してほしいと」

「それももちろんなのですが、イベントに来られなかった人のために、少し街を練り歩いたり、戸別訪問したりしようと思っているので、そちらにもお付き合いいただければと」


 ナタリアが言うには、是非参加してほしい裁縫上手がイベントに来てない場合、自宅を訪ねてコンテストに参加してくれるよう頼むつもりらしい。

 そこまでするほどの裁縫上手がいたとはねぇ。


「ってことらしいが、どうだテレサ?」

「え……っとぉ」


 急に言われても、なかなか判断は難しいらしい。

 体力に不安がないならナタリアに協力してやってほしいところだ。


「おしゃれして、いろんな人に見てもらってこい。ついでに、陽だまり亭の宣伝もしてきてくれな」

「ぁい! がんばります!」


 俺が言うと、テレサは腕をぴんと伸ばしていい返事をくれた。

 その元気な返事に、ジネットがくすくすと笑っていた。






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