ベビコン1話 さんぷる! -2-

「むふー」


 と、マグダがフロアで息を漏らす。

 ストロベリーとバニラのミックスが相当お気に召した様子だ。


 作り方は簡単。

 ディッシャーにストロベリーアイスを半分掬い、その後バニラを満杯になるまで掬う。

 これで、ストロベリー半分バニラ半分の丸いアイスが出来る。

 こんな単純なことでお得感が倍増するのだから単純なものだ。


「ジネットの方はどうだ?」

「はい。とても美味しいです。甘みの中にほろ苦さがあって、温かくて冷たくて、不思議な感覚ですね」


 バニラアイスに熱々のコーヒーをかける。

 今回はかなり濃い目に作ってもらった。

 やはり、アフォガードにするならコーヒーは苦めの方がいい。

 エスプレッソとか、物凄くいい。


「おはようございまーすでーす!」


 どばーん! と、ドアを開け放ちロレッタが陽だまり亭へやって来る。

 朝から元気全開だな、お前は。


「あぁっ! なんかみんなで美味しそうなの食べてるです! いいな、いいなぁ~です!」


 わっさわっさと体を左右に揺らしながら俺たちの周りをぐるぐる回り始めるロレッタ。

 えぇい、ちょろちょろするな!


「ちゃんと、ロレッタさんたちの分も用意してありますよ」

「ホントですか!? わ~い、やったです! マグダっちょは何を食べて……むはぁあ!? なんですかそれは!? なんかとてつもなく可愛くて美味しそうですよ、それ!」


 ホント、朝から全力投球だな、お前は。

 まだ日が昇りきってない時間だぞ。

 朝起きて「うわぁ……ダルぅ……」とかないのか、お前には。


「……これは、ご褒美」

「ご褒美? マグダっちょ、何かすごいことしたですか?」

「……洗顔を、少々」

「甘やかし過ぎですよ、お兄ちゃん!? 洗顔くらい、ウチの年少組でも毎朝ちゃんとやってるですからね!?」


 バカモノ。

 苦手を克服させるのがどんなに大変なことか……

 狩猟ギルドでは、腕立てとか腹筋とかを毎日500回はこなしているのだそうな。

 それを一般人が真似できないように、誰かがやっているから出来て当然ということはないんだぞ。


「そんな難易度の高いことじゃないですよ、洗顔は!?」


 むぅ……

 ロレッタの分からず屋め。


「じゃあ、ロレッタが苦手としてることを克服できたら、ご褒美をやろう」

「ホントですか!? ん~……でも、あたしの苦手なことって、なんですかねぇ」

「弟妹を増やさない、とか?」

「それは……あたしの一存ではなんとも……」


 おぉ、ここに来て初めてロレッタの元気が萎れた。

 心なしか、顔がうんざりしているように見える。


「実は、ウェンディさんの赤ちゃんがあまりに可愛くて、それが如何に可愛かったかという話を妹たちに語って聞かせてしまったです、家で」

「ほほぅ。それで?」

「……また、増えそうです、弟妹」


 ロレッタが視線を逸らし、未来から目を背ける。

 まぁ、大丈夫だ、ロレッタ。


「特別なことがあろうとなかろうと、どうせお前の弟妹は増える」

「それは、きっとそうなんだとは思うですけども!」

「増え続ける」

「シャレにならないからやめてです……」


 両親の話をすると、ロレッタのテンションが低くなる。

 これは裏技か何かかな。


「ロレッタさんもアイスを食べて元気出してください」

「ありがとうです、店長さ~ん!」


 心の傷は、甘いものが癒やしてくれるらしい。

 ……それって、太って傷が埋もれただけなんじゃ……まぁ、別にどっちでもいいけども。


「ミックスにしますか?」

「それも非常に興味深いですけども、お兄ちゃんと店長さんが食べているものはなんです? 何かかかってるみたいですけど」

「あぁ、これは――」

「……マグダが説明する」


 ずいっと、話に割り込んできたマグダが胸を張って言う。


「……それは、バニラアイスに濃い目のコーヒーをかけた大人のスイーツ。その名を、ベッコバリアーという」

「アフォガードだ」

「……惜しい。けど、意味はほとんど一緒」


 アホをガードするわけじゃないんだ、これ。

 アフォガードの意味は、イタリア語で「溺れた」だな。


「一口食ってみるか」

「お兄ちゃんのをもらっていいですか?」

「結構苦いからな。口に合わなきゃ俺かジネットがもう一個食う羽目になるだろ」


 残すだなんてとんでもない。

 お残しは許しまへんで!


「じゃあ、一口いただくです」


 と、ロレッタが近付いてきたので、一口分を掬って差し出してやる。

 しっかりと、コーヒーを絡めてな。


「ぅえ……っと、食べさせてくれるですか?」

「おう。ほれ、『ぷ~ん』」

「『あ~ん』ですよ、食べさせる時は!? 『ぷ』の口じゃ入りづらいですし、ちょっと嫌なニオイがしそうです!」


 きゃいきゃい騒ぎながらも、ロレッタの頬が薄っすらと赤く染まっていく。

 弟妹がいる時は大っぴらに甘えられないと本人は思っているようで、こういう機会は陽だまり亭にいる時にしかないっぽい。


「えっと……じゃ、じゃあ…………あ~ん」


 若干そわそわしながら、ジネットとマグダに見守られてアフォガードを口に入れるロレッタ。


「ぅわ、苦っ、……あ、でもすぐにクリーミーな甘さがきて……んっ、美味しいですね、これ!?」


 舌の上で味が二転三転したようで、ロレッタの表情がころころと変化していく。

 表情筋が他人の三倍くらい多いんじゃないか、こいつ?


「あたし、お兄ちゃんと一緒のヤツが食べたいです」

「……それはまだ早計。こっちは、ハムっ子農場で採れたイチゴを使ったストロベリーアイス」


 マグダが負けじと、ストロベリーアイスを一口分スプーンに掬ってロレッタに差し出す。


 こっちは、なんの抵抗もなく「あ~ん」っと食べるロレッタ。


「甘っ!? なんですか、この甘みは!? なのに全然しつこくなくて口の中が爽やかです! まるでフレッシュフルーツがそのままアイスになっちゃったみたいです!」


 ストロベリーアイスも大層お気に召した様子だ。


「さぁ」

「……ロレッタが選ぶのは」

「「どっち?」」

「むぁああ! これは究極の選択です!」

「朝から賑やかだね、君たちは」


 頭を抱えて上半身をのけぞらせ、天に向かって吠えるロレッタの後ろからエステラがやって来る。


「おはようジネットちゃん、みんなも」

「おはようございます、エステラさん」


 な?

 やっぱり朝イチで来ただろ?


「子供服の催促か?」

「え? あ、いや、別に催促するつもりはないんだけど、ヤシロだからもしかしたらって思ってさ」


 子供服のコンテストを開催するにあたり、俺がサンプルを作ることになったのが昨日の話だ。

 昨日の今日で服が出来ると思うなよ?


 まぁ、出来てるけども。


「一応完成してるぞ」

「ホントに!? さすがだね、ヤシロ!」


 催促はしないが、出来ていた場合と出来ていなかった場合では、こいつのテンションが雲泥なのは明白だった。

 そんなもん、遠回しな催促と一緒だろうが。


「それで、今日は朝からアイスクリームかい?」

「はい。アイスクリームの新しい食べ方です」


 と、ジネットがアフォガードの説明をし、一口エステラに食べさせてやっていた。

 一口食べたエステラは「苦っ!」と、顔をクシャッと歪ませていた。

 ロレッタよりもマグダに近い反応だな、それは。


 そして、続いてマグダがストロベリーアイスを食わせてやると「ぱぁああ!」っと表情をきらめかせていた。


「ヤシロ……今、世界に革命が起こったよ」

「なら、権力者は権力を奪われ民衆によって引きずり出されないとな」

「そんな危険な革命は四十二区では起こらないよ!」


 いや、革命ってそーゆーもんだろうが。


「美味しいね、これ。凄まじく美味しいよ、ストロベリーアイス!」

「昨日、マグダが原液を飲み干そうとしたのを止めるのが、どれだけ大変だったか分かるか?」

「あははっ、マグダの気持ちも分かるなぁ」


 そっちを分かるんじゃねぇよ。

 こっちを分かれよ。

 止めるのが大変だった側の気持ちをよぉ!


「おはようございます、ヤーくん、姉様方」

「おぁよう、ごじゃましゅ!」

「おはようございます、カンパニュラさん、テレサさん」


 ちびっこ組も、暗いうちからご出勤だ。

 こんなに早く来なくてもいいのに。


「さぁ、みなさん座ってください。新作スイーツの試食会ですよ」


 そうして、集まった連中にアイスが振る舞われる。

 ロレッタはアフォガードを、エステラとちびっこ二人はストベリーとバニラのミックスを食べた。

 ……エステラはちびっこチーム。


「これ食べたら、子供服見せてね」


 口の端についた薄ピンクのストロベリーアイスをぺろりと舌で舐め取り、エステラが「仕事してます」感を出して言うが……「おかわり欲しいなぁ」って顔に書かれてるからポンコツ感の方が際立って見えてるぞ。


 おかわりは、金を出して食え。






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