ベビコン
ベビコン1話 さんぷる! -1-
爽やかな朝。
差し込む朝日。
小鳥のさえずり。
美味そうな朝食の匂いと、微笑むジネットの声。
「おひゃよぷごじゃりましゅ!」
落ち着けジネット。
……まぁ、昨夜、このジネットはちょっととんでもないことをやらかしたわけで、朝顔を合わせたらきっとこうなるだろうなと予想はついていた。
だから、大丈夫。
平常心、平常心。
「あ、あのっ、さく、昨夜のことは、その…………なんでもないですっ」
言い訳したかったが、その説明も恥ずかしい。
そんな感じで、ジネットが俺から逃げていく。
まぁ、な。
分からんではない。
ウェンディとセロンの赤ん坊を見て、ベビー服を作って、何気なく口からこぼれた言葉がちょっと言葉足らずだったのだ。
『わたしたちの子供が大きくなるころには、どんな街になっているんでしょうね』
「わたしたちと同年代の、同世代の、ノーマさんやデリアさんやパウラさんやネフェリーさんたちというお友達世代の子供たちが」という意味合いの言葉が、決定的に言葉足らずでちょこっと変な意味になってしまっただけで、特に深い意味はない。
きっとない。
だから、大丈夫。
気にするようなことじゃないし、俺は全然気にしていない。
「いやー、俺たちと同年代の連中のガキどもが見る未来はどんなことになってるのかなーっと!」
「そ、そうですね! わたしたち世代の!」
「あははは!」
「えへへへ!」
「……店長もヤシロも、朝からうるさい」
「ふぉう、マグダ!? いたのか」
寝ぼけ眼をこすりながら、マグダが背後に立っていた。
うむ、実に爽やかな朝だ。
心臓がばくばくいってるぜ☆
「あ、あのっ、眠気覚ましにコーヒーはいかがですか?」
「あ、あぁ。もらおうかな」
ジネットが懸命にいつもの空気に戻そうとしているので、俺もそれに乗っかる。
ちょっとした言葉足らずを、いつまでも引き摺っているわけにもいかない。
今日も今日とて、陽だまり亭はオープンするのだから。
「……マグダはコーヒーよりアイスクリームがいい」
全然別物じゃねぇか。
「アイスで目が覚めるかどうかは分かりませんよ」
いやいや、そんなことはどうでもいいし、絶対覚めないから。
「百歩譲ってもアフォガードだな」
「あほ……なんですか?」
「アフォガードだ。アイスの上に熱いコーヒーをかけて食べるデザートでな、結構美味いぞ」
「やってみたいです」
ぱっと、ジネットの顔に笑みが浮かぶ。
こいつの場合、新しい料理を知ると「食べたい」より「作りたい」が先に来るんだよな。
作り方は簡単。
アイスに熱いコーヒーをかけるだけだ。
「甘味と苦味が合わさって、実に趣き深い味わいになる」
「なるほど。では、ほんの少し濃い目のコーヒーを入れますね」
「普通に飲むやつも頼む」
「はい」
「……マグダはコーヒーではなくはちみつをかけたアイスを」
甘そうだな、おい。
それもうアフォガードじゃねぇよ。
「はちみつとバニラのアイスクリームは合いそうですね」
「コクがあって美味いぞ。俺には甘過ぎるから、ちょっと勘弁だけどな」
はちみつを練り込んでジェラートにするのもありかもしれない。
この街の女子連中にはウケるだろう。
「……ハニーポップコーンを究めたマグダだからこその着眼点」
「ふふ、そうですね、さすがマグダさんです」
「……むふん」
というか、マグダは何にでもはちみつをかけようとしているだけだろうに。
創作定食にハニーポップコーン添えようとしたこともあるしな。
「では、わたしはコーヒーを淹れますので、マグダさんは顔を洗ってきてください」
「じゃあ、俺は仕込みを手伝うか」
「よろしくお願いします」
役割分担をして動き出す。
……いや、マグダのは役割ではないが。
「未来の子供たちは幸せですね」
焙煎した豆をミルで挽きながら、ジネットがぽつりとつぶやく。
「こんなに美味しいデザートが存在するんですから」
これまで、四十二区には甘味らしい甘味は果物くらいしかなかった。
他所の区で買ってきた甘味をありがたがって食ってたんだっけ。
闇市に流通していた砂糖を使った今川焼とか。
「その分、親が大変になるぞ。ガキどもに我慢させるのは至難の業だ」
「教育の腕が試されますね。是非頑張っていただきましょう」
「それを上回る勢いで、我慢できないスイーツを生み出していってやろうぜ」
「ふふ、ほどほどにしてあげないと、クレームが来てしまいますよ」
「ウチの子が甘いものばっかり食べたがるんだ! 手加減しろ!」って?
そんなもんは知らねぇなぁ!
「ガキのわがままくらい封殺できないで何が親だ。立派な大人に育て上げるのが親の責務! 甘やかすことが愛情を注ぐことではない。厳しく躾けることこそ、真の愛情だと言えるだろう。そこのところを、親連中にはしっかりと認識してもらう必要がある」
なので、こちらは手加減せず、じゃんじゃん美味いものをこの街に持ち込ませてもらおう。
それで利益がガッポガッポだ。
親から強要される躾という名の締め付けをかいくぐり、ガキどもよ、盛大にわがままを抜かすがいい!
そして、親の財布の紐を緩めるのだ!
「親子共々、おしゃれで美味しいスイーツの虜にしてやるぜ……ふっふっふっ」
「陽だまり亭によく来られる親御さんはしっかりされてますが、これから父親母親になられる新米さんは苦労されそうですね」
くすくすと笑って、微笑ましいと言わんばかりに幸せそうな表情を浮かべるジネット。
陽だまり亭に来るママさん連中も、全然ガキを制御できてねぇけどな。
というか、そのママさん連中こそが新作スイーツに目がないという有り様だ。
この街で、ガキに厳しくできる大人なんかいないのだろう。
もし、そうなれる可能性があるとすれば俺くらいか。
俺が父親になったら、頑固親父とか雷親父とか、そんな畏怖を込めた呼び方をされるに違いない。
「ヤシロさんも、甘々なお父さんになりそうですね」
「それは見当違いも甚だしいぞ。俺が父親になったら『うるさい。子供が口答えするんじゃない!』とピシャリと言って、反論なんかさせない、厳しいオヤジになるのだ。一家の大黒柱には威厳が必要だからな」
「うふふ……、そうですね」
全然信用してないよな、その言い方と、その表情。
日本男児は亭主関白になるもんなんだぞ。
この街の甘っちょろい男どもとは違うのだよ。
「……顔、洗ってきた」
「ほほぅ。気のせいか、鼻の頭しか濡れてないように見えるんだが?」
「…………乾いた可能性も否定は出来ない」
いや、ねぇよ。
外、どんだけ高温の乾燥地帯だ。
乾いた突風でも吹いてたのか?
「ちゃんと洗ってこないと、アイスはなしだ」
「……ヤシロが、鬼に……っ」
そうだろうそうだろう。
俺は厳しい大人なのだ。
「……では、無事に任務を遂行した暁には、バニラとイチゴの両方を所望する」
「えっと……さすがに、朝からアイスクリームを二つも食べるのは……どちらか一つになりませんか?」
「……では、洗顔も半分ということで」
「ちゃんと両方食わせてやるから、全部洗ってこい」
「………………ほんとう?」
マグダのこの顔。
二個はダメだって断られると思っていたんだな。
なのに、予想に反してOKが出たから驚いている。そんな顔だ。
「男に二言はない」
「でも、ヤシロさん。朝から冷たいものをたくさん食べるとお腹を壊しませんか?」
「二種類食べるからと言って、なにも二つ食べることはない」
要は、一つで二度美味しければいいのだ。
「ジネット。そしてマグダ。アイスにはな……ミックスという概念が存在するのだ」
一つで二つの味を楽しみたいなら、二つの味を混ぜちゃえばいいじゃない!
「スペシャルなアイスを作ってやるから、しっかり顔を洗ってこい」
「……そういうことなら、十年に一度の最上級の洗顔をお見せする」
そこまで張り切らんでいいから、毎日ちゃんと顔を洗え。
顔が濡れるの、本当に嫌いだからなぁ、マグダは。
だが、そのマグダが自分から進んで顔を洗いに向かった。
尻尾をぴーんと立てて。
嫌がることもきちんとやらせる。
これが教育というものだ。
しかも、アイスを二個食いたいという要望を突っぱね一個で我慢させた。
申し分ない成果だ。
非の打ち所がないとは、まさにこのことだ!
「さぁ、ジネット。コーヒーを淹れる前にミックスの作り方を教えてやろう」
「はい。……ふふふ」
氷室へ向かう俺の後ろについてきながら、ジネットが小さく肩を揺らす。
なんだ?
「やっぱりヤシロさんは、とっても優しいお父さんになりそうですね」
はぁ?
何を見ていたんだ、今の一連で。
ガキのわがままを一刀両断にし、こちらの要望をすべて丸呑みさせてみせただろうが。
まったく。
「お前の目を通すと、全部がお人好しに変換されるみたいだな」
「わたしは、見たものを見たままに受け止めていますよ」
くすくす笑うジネット。
これ以上は水掛け論になるだろう。
まったく……
これだから、自覚の足りないヤツは困るんだよなぁ、まったく。
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