誕生10話 この先の未来も -4-

 そして、仕込みも終わった風呂上がり。


「寝たか?」

「はい。えっと……あっ……『瞬殺』でした」


 言葉が出てこず暫し逡巡し、嬉しそうな顔で似合わない言葉を口にするジネット。

 なにそれ?

 俺がよく言う言葉をマネしちゃいました系?


 悪い子に染まっていくなよ。

 ママに叱られるぞ。


 アイスの仕込みを終え、明日の寄付と営業の仕込みをしつつ、風呂が沸いたタイミングでジネットとマグダを先に入らせて、その間俺が仕込みの続きをし、その後風呂と残りの仕込みを交代して、今に至る。


 マグダは、俺の風呂上がりを待っていたのだが、風呂から出た俺を見た瞬間眠気に屈して、たった今ジネットにベッドまで運ばれていったのだった。


「あ、それがデザインですか?」


 ジネットがマグダを二階へ連れて行っている間、エステラに課せられた宿題を片付けていた。

 子供服コンテストの、告知のためのオシャレな子供服。

 要は、「こんな可愛い服、愛するおこちゃまたちに着せてみたくな~い?」と訴えかけるような一着だな。


「今から作るんですか?」

「だって、明日の朝イチで見に来るぞ、エステラ」


 容易に想像できる。

 日が昇ると同時に「出来た?」ってやって来て、出来てなかったら「あ、そうなんだ」って、強く言わないまでもちょっとがっかりした表情をするエステラがな。


「では、わたしもお手伝いしますね」

「寝なくて平気か?」

「少しくらいなら大丈夫ですよ」

「んじゃ、ちゃっちゃとやっちまうか」


 今回は、見栄え重視で、機能性は二の次だ。

 ガキが普段使いできるような頑丈さや、洗いやすさは度外視する。

 そこまでこだわってたら一晩で作れるか!


「なぁ、ドレスと着ぐるみパジャマ、どっちがいい?」

「そうですねぇ……これは悩ましい二択です」


 むむむと、俺が描いたデザイン画を睨みつけるジネット。

 定番として、お子様用ドレスと着ぐるみパジャマ(レオパードゲッコーバージョン)を描いてみたのだが、ジネットは決めかねているようだ。


「じゃ、簡単な着ぐるみパジャマの方を作って、ドレスはウクリネスに丸投げだな」

「ウクリネスさんなら、きっと素敵に仕上げてくださいますね」


 そうなると、もっとこだわったデザインでもいけそうだよなぁ。


「よし、ウクリネスにはもっと難しいヤツも渡しておこう」

「ほどほどに、ですよ」


 寝ないからなぁ、この街の人間は。

 もしかしたらこっちの一日は、二十四時間より短いのかもしれない。だって、時間足りないもん。


 精霊神~、お前、やっちゃったな?


「布、持ってきますね」

「いや、俺が持ってくるからお茶を頼む。何かつまみながらのんびりやりたい」

「ふふ、そうですね。では、おまかせします」

「こちらこそ、おまかせします」

「はい。おまかせください」


 役割分担――というほどでもないが、二手に分かれて準備を始める。

 二階へ行き、祖父さんの部屋から布と裁縫道具を持ち出す。


 マグダはぐっすり眠っているようで、部屋が物凄く静かだった。


 フロアに戻ると、お茶の準備がすっかり整っていた。


「お、やった。おかき」

「これなら、あまり手が汚れないかと思いまして」


 裁縫するからな。

 大福だったら粉まみれになってるところだ。


「じゃ、始めるか」

「はい」


 向かい合わせの席に座り、材料をテーブルに広げて作業を始める。

 慣れたもんで、二人で分担するとすいすい作業が進んでいった。


「……ふふ」


 ふいに、ジネットが笑い出した。


「どした?」

「いえ。あの……不思議だなぁ~って」


 布を縫い合わせながら、ジネットがそんなことを言う。


「明日になったら、いろんな人に会えるな~って確信している自分がいまして」

「別に不思議でもなんでもないだろう」

「だって、ほんの数年前は一日誰もお客さんが来ないことなんてザラにあったんですよ」


 俺が訪れる前の陽だまり亭。

 そこには、ジネット一人しかいなかった。

 日が昇って暮れるまで、この場所で、一人で過ごしていたのか。


「でも、今は違います。明日になれば、エステラさんが『服は出来た~?』って聞きに来られて、デリアさんが『ポップコーン作ってくれ~』ってマグダさんを訪ねてきて、カンパニュラさんやテレサさんも元気いっぱいやって来て、マグダさんとロレッタさんが楽しそうにお客さんをお迎えするんです」


 それは、確定している未来。

 そうだな。絶対そうなるな。


「今、陽だまり亭はテレサさんも入れると六人も従業員がいるんですよ。お手伝いしてくださる方を含めたら、もっと」


 デリアやノーマ、ミリィやモリー。

 そこら辺を省いても六人はレギュラーとして在籍している。


「一年前は四人でした。二年前はわたしとヤシロさんの二人きりでした」


 二年前つっても、ぎりぎり間に合ってないけどな。

 俺がここに来たのが、二年前の誕生日で、その時は客だったし。


「そして、……三年前は、一人でした」


 少し、表情が沈むジネット。


「あぁー、しまった、あと二人増やしときゃよかったな」

「へ?」


 三年前が一人で、二年前が二人、一年前が四人なんだったら、今年は八人にしとけばよかった。

 そしたら、二倍ずつになったのに。


「で、来年は十六人、翌年は三十二人、その次は六十四人、百二十八人、二百五十六人、五百十二人!」

「うふふ、そんなにたくさんいたら、お客さんが入るスペースがなくなっちゃいますね」


 ジネットが笑う。

 なんか、たったそれだけのことでほっとする。


「三十五区の連中が引っ越してきたら、こういう服作りとか、裏方作業を手伝わせてやろうぜ」

「そうですね。一緒に何かを作るのは楽しいですし、仲良くなれるかもしれませんね」


 いや、俺は無償労働を強制しようと言ったんだが……

 まぁ、ジネットがこんな顔で誘うなら、きっと仲良くなってくれるヤツは多いだろうよ。


「楽しみですね」

「寮を作るハードスケジュールの中で、大工がどれだけ息絶えるかが、か?」

「大工のみなさんには、精のつくお料理を準備しますので、大丈夫です」


 いや、たぶんだけど、ハードスケジュールをやめてほしいってのが連中の第一希望だと思うぞ。

「元気出る料理作ったから頑張れ!」は、たぶんブラック企業の上司の発想だ。


 ま、大工なら大丈夫だろうけど。


「以前、ヤシロさんは言ってくださいましたよね。『この辺はもっと賑やかになる』って」


 あぁ、それで『うるせー!』ってくらい賑やかになったら一緒に『うるせー!』ってもんく言いに行くんだよな。


 絶対行かないだろ、お前。


「そんな未来が、もうすぐそこまで来ていますね」


 住む人が増えれば、あっという間に騒がしくなるだろう。

 なにせ、ここは四十二区だ。

 何かにつけてイベントだお祭りだと大騒ぎする、賑やかな街だからな。


「三年前までは、想像も出来ませんでした。いえ、二年前でも、まだ俄には信じられなかったかもしれません。……ヤシロさんは、ずっと言い続けてくださっていたのに」


 いつか陽だまり亭を客で埋め尽くす。

 そんなことを、俺はずっと前から言っていたかもしれない。

 でもそれは、可能だと思ったからそう言っていたわけで、気休めに適当なことを口にしていたわけじゃない。


「そんだけの土壌が、この場所にあったってだけの話さ」


 別に俺が特別な何かをしたわけじゃない。

 出来ることをやってきた。

 そしたら、いつの間にか人が集まっていた。

 だったらそれは、もともとそういう素養のある場所だったというだけのことだ。

 何も珍しいことじゃない。


「あと十年もすりゃ逆のことを言ってるかもしれないぞ」

「逆、ですか?」


 いつの日か、右を見ても左を見ても人、人、人で――


「この街道を、四人で手をつないで歩けた頃があるだなんて、信じられないな――なんてな」

「うふふ。では、今日という日は、未来に語り継がれる特別な日だったわけですね。貴重な体験をしました」


 いつかそうなるかもしれない。

 ならないかもしれない。


 けど、まぁ、それはどっちでもいいことなのかもしれないな。


「賑やかになろうが、変わらずこのままだろうが、その時になったらその時にしか感じられないいろんなことを感じて、思って、思い出になっていくだろうしな」


 どんな未来が来ようとも、変わらずここに陽だまり亭があって、そこでジネットが笑っている。

 それだけ分かってりゃ、未来がどう転んでもいいんじゃないかと、俺には思える。


「楽しみですね……未来」

「……ん」


 手を動かしながら、何気なくつぶやかれたジネットの言葉。

 重過ぎず、軽過ぎず、ありのままの素直な気持ちのように聞こえて、すんなりと耳に溶け込んできた。


「わたしたちの子供が大きくなるころには、どんな街になっているんでしょうね」

「……ん」




 …………

 ……………………

 ……………………んんっ!?



「んんんっ!?」

「はっ!? い、いえっ! わたしたちの世代の! パウラさんやネフェリーさんやノーマさんのような、わたしたちのお友達世代の子供たちが大きくなるころには、という意味ですっ!」

「おっ、おぉ、そうかそうか! 俺らの時代のな!?」

「はい! わたしたち世代のですっ!」



 …………っくりしたぁ!

 急に何言い出すのかと思ったぞ!?


 って、そこ!

 自分で地雷踏んどいてもじもじしない!

「わたしはアルヴィスタンですので」とかごにょごにょ言わない!

 そして、ま~ぁ、縫うのが速い!

 手先器用なんですねぇ~、じゃねぇーんだわ!


「はっ!? いつの間にか出来てました!? 完成です! ほら!」

「お、おぉう、すごい、いい出来、だな、うん!」

「ありがとうございます! で、では、明日もありますので、わたしはお先に休ませていただきますね!」


 てきぱきと裁縫道具と出来上がった子供服を片付けて、流れるような動作でフロアを出て行くジネット――あ、躓いた。


「い、いつか、ここで躓いたなぁ~って、思い出す日が来るかもしれませんねっ」


 あははと、無理やり笑って、ぺこりと頭を下げて厨房へ逃げ込むジネット。

 ……そこで躓いた思い出、きっとこの先何回も上書きされていくと思うぞ。

 で、三十年後とかに、「いや、昨日も躓いてたじゃん」とか言って笑うんだ。



 ……うん。


 きっと、ウェンディの赤ん坊を見たから、どいつもこいつも浮かれてるんだ。

 そうに違いない。

 あのガキんちょがデカくなるころ、この街はどうなっているのかなぁ~なんて、他愛もない話なんだ。


 けどな……


 …………はぁ。



 ジネット……



「心臓が、もたん……っ!」



 暴れ狂う心臓は、立ち上がるだけでも口から飛び出してきそうだったので、俺は作る予定じゃなかったドレスの方の子供服も作成することにした。


 無心で手を動かしてれば、そのうち心臓も落ち着くだろうなと、安易な期待を込めて。






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