誕生10話 この先の未来も -3-

「あぁ、カンパニュラ! 愛しい我が子! 会いたかったわ!」


 カンパニュラを送り届けると、ルピナスが飛び出してきてカンパニュラに飛びつき、抱きしめた。

 ……嘘吐けぃ。

 昨夜はお楽しみでしたね?


「こほん」


 俺の視線を感じ取り、こちらに意味ありげな視線を向けてから「しぃ~」と唇に人差し指を当てる。

 やかましいわ。

 誰がしゃべるか、こんな話。


「お~、カンパニュラ、ヤシロと店長もおかえり~。お、マグダもいたのか」


 デリアが奥から出てくる。

 マグダは小さくて、ちょっと見えなかったっぽい。

 マグダがほっぺたを膨らませている。


「拗ねんなよぉ、明日もポップコーン食いに行ってやるからさぁ」


 うん、デリア。

 それはお前にとってのメリットだな。

 むしろ、マグダは作ってやる立場だ。


「……デリア」


 マグダの尻尾がゆっくりと水平に揺れている。

 何か、デリアに反撃をするつもりらしい。

 どうやら、ついで扱いにへそを曲げたようだ。


「……赤ちゃんって、どこからくるの?」

「んぁ?」

「ごふぅっ!」


 デリアに向けられた言葉で、なぜかルピナスが咽た。

 なぜだろうねぇ~?


「それはね、マグダちゃん。本当の愛を教えてくれる異性に出会ったら、自ずと分かるものよ」


 ルピナスがマグダの肩に手を置いて、言い聞かせるようにして言葉を発する。

 言葉を濁しつつ、適当な嘘に逃げない姿勢はお見事だ。

 まぁ、コウノトリとかキャベツ畑とか言ったらカエルにされかねないもんな、この街じゃ。


「なぁ、オッカサン。本当の愛ってなんだ? 普通のとは違うのか?」

「そうね、本当の愛は、とっても甘いものなのよ」

「本当か!? よっし、あたい探してくる!」

「違うわ、デリア、待ちなさい。いいから戻ってくる! そこに座る!」


 暴走しかけたデリアをピシャリと止めるルピナス。

 さすがだ。

 デリアを完全に制御下に置いている。……侮りがたし!


「まず、本当の愛は食べ物ではありません」


 うん。

 そこからなんだな。

 大変だなぁ、子育てって。


 こりゃ、時間食いそうだ。


「それじゃ、俺らは帰るな」

「えぇ。カンパニュラを送ってくれてありがとうね」

「ありがとうございます。姉様たちもヤーくんも、夜道にお気を付けて」


 夜道に気を付けろって言われると、襲撃されそうで怖いよな。


「あんまりデリアにおかしなことを吹き込むと、夜道に気を付け続けなきゃいけなくなるわよ?」


 そうそう、こういうニュアンスで。

 ……俺に言うなよ。マグダだろうが。


「あぁそれと」


 ドアを出ようとした俺たちを呼び止め、ルピナスが手を叩く。ぽふっと。


「明日、コーヒー牛乳とアイスクリームをいただきに行くわね。とっても美味しいって、デリアがずっと自慢するから」


 そうか。

 やっぱ自慢しちゃったか。

 マグダたちに自慢して正座させられたナタリアたちを見ていただろうに。

 というか、とばっちり食らってただろうに。

 学習しないもんだねぇ。


「では、今日のうちに準備をしておきますね」


 アイスは仕込んでおかないとすぐなくなるからなぁ。

 今仕込んであるのは、教会のガキどもの分だけだ。

 こりゃ、さっさとレシピを公開して広めないと、アイスばっかり作ることになるな。

 明日、エステラに言ってニュータウンと港で広められるよう手配してもらおう。


 カンパニュラに手を振って見送られ、デリアの家をあとにする。


 デリアの家が見えなくなると、マグダが急に立ち止まった。

 何事かとジネットと二人、振り返ってみれば――


「……二人は何かを忘れている」


 と、両手をパーにして前に突き出していた。


 どちらからともなくジネットと顔を見合わせ、目が合った瞬間、同時に吹き出した。

 マグダにしては、分かりやすいおねだりだ。


「あっ、いっけね! 俺、危うく迷子になるところだった」

「わたしも、暗くなってきたので誰かに手を握っていてほしいと思っていたところでした」

「……ふむ。どちらもマグダにお任せ」


 マグダの左右それぞれの手を、俺とジネットで取り、そのまま手をつないで歩き出す。

 俺とジネットに挟まれてご満悦のマグダの耳と尻尾がぴこぴこ揺れる。

 やや低い位置から「むふー」っと会心の息が漏れていた。


 まったく、甘えん坊め。

 それを放っておけないジネットも大概だけどな。


 俺?


 俺はさっきも言ったろう。

 迷子になりそうな気がしたから、念のためだよ、念のため。


「よぉ~し、今日はこのまま三人でお風呂に入っちゃおうか~!」

「ぅぇえ!? だ、ダメですよ!?」


 いやいや、ジネット君。

 そこは流れでさ?

 テンションアゲアゲでさ?

 もうノリで「ぅえ~い!」的な感じでさ?


「水着を着て入りゃ問題ないだろう」

「水着……ですか………………」


 う~ん……と、空いた手でアゴを摘んで考え込むジネット。

 黙考すること二十五秒。


「や、やっぱりダメですよ!?」


 ちぇ~、やっぱりダメかぁ。


「も、もう! 変なことを言わないでください」

「……ちょっと悩んでた」

「そ、そんなことないですよ、マグダさん!? 考えるまでもなく、ダメです。お風呂とは、そういうものです。特別な何かがあるわけでもないのですから」


 特別なことでもない限り、混浴はダメっぽい。

 じゃあ、特別なことを起こそうじゃないか!


「今日のパスタは特別に美味しかったな☆」

「はぅっ! ありがとうございます……でも、そんなんじゃダメですっ」


 ダメかぁ~、ちぇ~。


 その後、陽だまり亭に着くまで五分ほど粘ってみたが……結果は覆らなかった。




「♪……あっわあっわ、もっこもこ♪」


 陽だまり亭に帰り、「どうやらアイスの情報が漏れているらしい」という危機感から、俺たちはアイスの仕込みを大量に行うことにした。

 現在、マグダが鼻歌交じりに生クリームを撹拌している。


 ……で、なに、その歌?


「かわいい歌ですね。真似してもいいですか?」

「……特別に許可する」

「では。♪もっりもっり、むっきむき♪」

「ちゃんと聞いて、ジネット!?」


 もこもこの泡がムキムキの筋肉になってるから!

 似て非なるもの……いや、似てすらいないから!


 なんで音楽が絡むと途端にポンコツになるんだ、ジネットは?

 天がちょっと二物を与え過ぎて「やっべ、やり過ぎた!」って焦って取って付けた弱点がソレか?

 キャラメイク雑過ぎんだろ、天!?


「……ヤシロ、次は?」

「今回は、イチゴを使ってみるか」


 ハムっ子農場特製、あまおうもどき!

 これが、暴力的に甘い!

 ショートケーキに載せるならもうちょっと酸味が欲しいところだが、アイスにするならこの甘さが一層引き立つことだろう。


「こいつを、刻み、すりつぶし、裏ごしして混ぜる!」

「……贅沢な使い方」

「わ、見てください。すごく可愛い色になりましたよ」


 ピンクに染まる原液。

 スプーンで掬って味を見てみれば――


「あっま!」

「すごく豊かな甘味ですね。それに香りも素晴らしいです!」

「……よき」

「こら、マグダ待て。でっかいスプーンに持ち替えてがっつりむさぼり食おうとするんじゃない。固まるまで待て」

「……これは、秒でなくなる」

「そうですね。こちらは、少し多めに仕込みをしておきましょう」


 マグダとジネットがうっきうきで増産を決める。

 店長と副店長が決めたことなら、それに従うまでだ。


「ちなみに、アイスを盛り付ける時は半球――ドーム状になるから、丸いクッキーを二枚さして目と鼻をつけたらクマになるぞ」

「それは可愛いですね!」

「……待って。そこはトラにするべき」

「では、他にどんな動物が出来るか、考えてみましょうか」

「……うむ。生クリームを泡立てながら考える」

「では、わたしはイチゴを刻みながら、です」


 顔を見合わせて楽しそうに笑う。

 母と娘にも、姉と妹にも見えるその光景は、ジネットが全身全霊でマグダを甘やかしてやっていることがよく分かるものだった。


 ウェンディに赤ん坊が生まれ、カンパニュラやデリアとルピナス、テレサとウェラー、アルシノエとエカテリーニ、様々な親子関係を見てきた。

 みんな形は違えど、どこも仲良さそうにうまくやっている。


 マグダも、早く会えるといいな、両親に。


「マグダさん。ヤシロさんが考え事をしている今がチャンスです」

「……あ~ん」


 ジネットがこちらをチラ見しつつ、マグダにイチゴを食わせていた。

 ……バレてるっつーの。


 そんな風にして、マグダにもちゃんと子供として甘えられる場所を与えてやる。

 それが、ジネットなりの愛情表現なのだろう。


「マグダ、あ~ん」

「……シュート」


 口を開ければ、マグダが狙いすまして俺の口にイチゴの欠片を放り込んでくる。

 ナイスシュート。


「……ヤシロは食いしん坊」

「どの口が言ってんだ。口の端が赤くなってんぞ」

「……隠滅完了」


 イチゴの果汁がついていた口を袖で拭い、「ハンカチを使いましょうね」とジネットに優しく叱られ、マグダはいつもの半眼ながら楽しそうにしていた。


「……ヤシロ、手が止まっている」

「へいへい」


 スパルタな副店長と、副店長には甘々な店長に見張られつつ、俺は大量のアイスを仕込んだのだった。






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