誕生8話 喫茶店の切り札 -1-

「……ふむ。ディンブラのキリッとした渋みと、生姜焼きのコクのある深い甘みが……合う」


 マジかよ、マグダ。

 俺、生姜焼きは日本茶で食いたいわ。


 ただ……美っ味いなぁ、この生姜焼き!

 ちょっと違うけど、確かにジネットの系譜だ。

 すげぇ白米が食いたい!


「エカテリーニ、飯!」

「置いてないのわ」


 置けや!

 生姜焼きがあるならご飯がいるでしょうが!


「喫茶店はケーキを食べて紅茶を楽しむところなのわ」


 じゃーこの生姜焼きはなんだ!?

 というか、喫茶店の認識が大きく間違っている!


「まったく、お前は……なんにも分かってないんだから!」

「お兄ちゃんがネフェリーさんみたいな感じになったです!?」

「……カンカラコンとノーマのところの鉄製の筒が転がるべきところ」


 あぁ、そうだった。

 まだこの街には缶詰とか缶ジュースってないんだった。

 早く作らないと、空き缶が誕生しないんだよな。

 いや、別にその誕生は急がんでもいいけども!


「いいか、いい喫茶店というのは、コーヒーや紅茶、ケーキが美味いのはもちろんのこと――軽食が美味い店が真に素晴らしい喫茶店と言えるのだ」


 喫茶店のカレー!

 喫茶店のナポリタン!

 喫茶店のサンドイッチ!


 どれもこれも、『喫茶店の』と付くだけで数段美味さが増したように感じる魔法がかけられるのだ!


「厨房を借りるぞ」

「お兄ちゃんのやる気に火がついちゃったです!?」

「あっ、わたしもお手伝いします!」

「……店長もやる気爆発」

「陽だまり亭になっちゃわないですか、この喫茶店!?」

「私たちもお手伝いに行きましょうか、テレサさん」

「おてつまい、すゅ!」


 俺の後ろをジネットとお子様二人がついてくる。

 手伝うようなことでもないんだが……まぁいいか。


「よし、のわども、解散!」

「「「のわっ!?」」」


 厨房の作業台前に集まっていた店員たちを解散させる。

 そこ邪魔。俺が使うから。


「それから、ボスのわを呼んできてくれ」

「「「の、のわ?」」」

「私ならここにいるのわ」

「おぉ、いたかエカテリーニ」


 ボスのわことエカテリーニは付いてきていたようだ。

 よしよし。勉強熱心でよろしい。


「一応、お前らも見とけよ。調理を担当する予定のヤツもいるだろ?」

「「のわ」」


 二名が前に進み出てくる。

 一人は、頭頂部に二つのお団子を作った小柄な少女。お団子ヘアの影響で、ぱっと見、頭のシルエットがカマキリの顔に似てるな。


「カマキリ人族か?」

「せ、正解です! すごい……私、獣特徴ほとんどないのに……初めて言い当てられました。…………あっ、のわ!」


 いいよ、わざわざ「のわ」つけなくて!

 つか、やっぱ無理してつけてるのか、その語尾。

 店名が『ノワール』だから絶対なのか?

 そんなわけあるか!


 というか、頭のシルエット、自分から寄せにいってるよね?

 何人族か気付かれないのって、地味にショックなの?

 まぁ、なんとなくみんな自分の種族にプライド持ってそうな雰囲気はあるよな。


 で、もう一人なのだが、こっちはまったく分からないな。

 触角が生えているから、虫人族なんだろうが……


「すまん、何人族だ?」

「クロウリハムシ人族でつ!」


 ん?

 今のは噛んだの?

 そーゆー語尾なの?


 クロウリハムシは、顔が黄色くて羽が黒い。

 カブトムシの仲間の小さな虫で、「こっち見んな虫」として一部界隈では有名な虫だ。


 この少女、触角が生えているだけで別に顔が黄色くもない。

 ただ、なんだろう……


「じぃ~」


 めっちゃこっち見てくる!?

 こっち見んな!


「じゃあ、その二人は一緒に見学しててくれ。残りはフロアに出て、マグダとロレッタから接客のいろはを学んでこい」

「了解なのわ!」

「学ぶのわ、接客のいろっぺー!」

「いろっぺー接客を学んでくるのわ!」

「違う違う違う! 接客のいろは! いろっぺー接客とは全然違うから!」


 くっそ聞きゃーしねぇ!

 お前らはもっとこっち見ろよ!


「大丈夫かね……」

「大丈夫ですよ。マグダさんたちですもの」


 いや、あのな、ジネット。

 マグダたちだから心配なんだぞ。

 ……あいつら、面白いと思った方に全力で乗っかりに行くから。


「まぁいい。とりあえず、喫茶店の定番軽食を作っていこう。ジネットはカレーの準備を」

「はい」


 喫茶店のカレーは、美味いからなぁ。

 これは必須だ。


「でだ。お前たちにはナポリタンを覚えてもらう。……が、パスタがないな。カンパニュラ。悪いがギルベルタにパスタを用意してくれるように頼んできてくれ。ついでに食パンも」

「畏まりました」

「あーしは?」

「テレサは、ジネットと一緒に野菜の皮むきだ」

「むくのゎー」

「テレサは『のわ』使わなくていいから!」


 四十二区に持ち込むと感染者が増えそうで怖い。

 ……ちょっと見ない間に、のわ族が結構増えてるしな。

 この店は、完全に『のわ』に侵略されている!


「じゃ、俺は米を炊くか」

「お米なんてないのわ」

「大丈夫だ、持ってきた」

「なんでのわ!?」


「こんなこともあろうかと」だ!

 喫茶店だったら、カレーとピラフくらいは欲しいなと思っていたからな。


「じゃあ、普通に炊く白米と、出汁で炊くエビピラフを作るぞ」

「エビなんてないのわ」

「持ってきた」

「なんでのわ!?」


 必要だからだっつーのに!


「ふふ……出発前に、ヤシロさんがあれもこれもと準備していたのは、このためだったんですね」


 ジネットが出発前の俺を思い出して笑っている。

 だってよ。

 どーせ教えたものしか置いてないだろうと予測は出来たし、喫茶店には軽食が必要だし、行ってすぐ食材を準備できるほど三十五区の行商ギルドは優秀じゃないし、だったら持参するしかないだろうが。

 え~っと、なんだったけなぁ、ここの行商ギルド支部代表……ダルシームだっけ? バルロッグンだっけ? …………あ、そうそう、エドモンディオだ。


「いいですか? お米を研ぐ際、最初の水はすぐに捨ててください。濁った水をお米が吸ってしまいますので。それで――」


 俺がオッサンの名前を思い出している間に、ジネットが米の研ぎ方を店員たちに教え始めていた。

 野菜の皮むきは? あ、もう終わってんの。早いねぇ、相変わらず。

 残ってんのはテレサのお手伝い用だけか。


「ここにジネットレシピがある。これを見ながら、俺の作業を見ておけ」

「分かったのわ。勉強させてもらうのわ」


 なんだかんだ、料理が好きなエカテリーニ。

 師と仰ぐジネット直筆のレシピを大切そうに抱きしめて、俺の隣で手元を注視する。

 まずは、ピラフを炊き込む出汁だな。


 出来ることならジネット特製ブイヨンを使用したいところだが、今から作るには時間がかかり過ぎるし、今後その味を維持するのがとても大変になる。

 なにせ、ジネット特製ブイヨンは、俺ですら「三日続けて作れ」と言われたら音を上げる高難易度なのだ。

 ……というか、非常に面倒くさい処理が多い。多過ぎる。


 それを鼻歌交じりで楽しそうに、なんの苦もなさそうにやってのけちゃう生き物はジネット以外には存在しないだろう。

 ジネットが下処理した牛の大腿骨は、素人が焼いたサーロインステーキより美味そうに見えると言っても、きっと『精霊の審判』に引っかからないだろう。


 そんなもんを伝授しても無駄なので、物凄く簡単に出来るお手軽ブイヨンを採用する。

 骨から旨みを抽出するのは時間も手間もかかるので、今回は牛の肩ロースを使用する。

 そこに、タマネギ、ニンジン、セロリ、ローリエ、タイム――


「あ、ヤシロさん。それでしたら、トマトを少し加えると味が引き締まりますよ」


 ――ということらしいので、トマトを追加。


「セロリは匂いが強くなり過ぎますから早めに取り出しましょうね」


 おぉう……ジネットが完全にこっちの作業に付きっ切り。

 なぁ、タスク処理能力がバグってないかい、ジネットさんや?


「あ、ヤシロさん。ここで塩コショウです」

「へいへい」


 物凄くやりたそうにしていたので、塩とコショウをジネットに手渡して代わってもらった。

 まぁ、任せておけば間違いなく美味い物が出来るからな。




 ブイヨンが出来たら、海老ピラフをデカい鍋で炊いていこう。






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