誕生8話 喫茶店の切り札 -2-

「ヤーくん。パスタを購入してきました」

「出来たて、この生パスタは。保証する、領主の館の給仕長として、このパスタの味を」


 炊き上がりを待っていると、カンパニュラとギルベルタが厨房へとやって来た。

 聞けば、二人で仲良くお買い物に出かけたのだとか。


「まさか、領主様付きの給仕長様と一緒に三十五区の商店へお買い物に行く日が来るだなんて、三十五区に住んでいた時には考えもしませんでした」

「いつでも歓迎、私は、楽しい思う、カンパニュラとのお買い物は」

「私もとても楽しかったです、ギルベルタ姉様」

「むふー」


 おぉっと、ギルベルタがカンパニュラの可愛さに思わずマグダ化してしまったようだ!?


 近くに住んでいた時は接点がなく、対角線上の遠い区に引っ越したあとで仲良くなるなんてこともあるんだよなぁ。

 人の縁ってのは面白いもんだ。


「で、これは領主の館御用達のパスタなのか?」

「そうと答える、私は。好き、ルシア様が、ここのパスタを。もっちもち、歯ごたえが、もっちもち」


 もっちもちを二回言うほどもっちもちなのか、楽しみだなもっちもち。


「じゃあ、軽く茹でてナポリタンを作ってみるか」

「あの、ヤシロさん。茹でる時のお湯の温度、わたしに任せていただけませんか? このパスタだと、ほんの少しだけ低めの温度で軽めに――」

「あぁ、任せるから、好きにやってくれ」

「ありがとうございます!」


 場所が変われば食材も変わる。

 領主の館御用達のパスタを見て、どうしても料理してみたくなったのだろう。

 ……パスタを見ただけで最適な茹で加減とか湯の温度とか分かんねぇよ、普通。

 どーゆー目をしてんだかなぁ、ジネットは。


「わぁ~……小麦の香りが豊かですね」

「デュラムセモリナだな」

「でゅ……もな?」


 聞き取れなかったか。

 なぁジネット、その顔やめろ、可愛いから。抱きしめちゃうだろうが。


「デュラムってのいうのは小麦粉の種類でな――」


 一口に小麦と言っても種類は多い。

 トウモロコシでも、茹でて食べるスイートコーンや、粉にして使うフリントコーン、陽だまり亭お得意のポップコーンと何種類もあるように、小麦にも使用用途によってそれに適した小麦を使う。


 デュラムは、どこぞの外国の言葉で「硬い」とかいう意味だったと思うが、収穫時期が遅く、粒が他の小麦よりも大きく、そして硬い。

 その硬いデュラム小麦からぬかと胚芽だけを取り除き、胚乳を残した粗挽きの状態にしたものを『セモリナ』という。


「見ろ。胚乳が含まれてるから少し黄色いだろ」

「本当ですね。陽だまり亭で使用しているものより黄色いです」


 一応、パスタはデュラム小麦以外でも作れるからな。

 イタリアでは、デュラムセモリナと水で作ることなんてルールがあるらしいが。


 ちなみに、『強制翻訳魔法』が『デュラム小麦』と翻訳しているのでおそらく同じ物か物凄く似たものなのだろう。

 詳しくは知らん。

 味もまだ見てないし。


 これが美味ければ、アッスントに言って陽だまり亭のパスタにも使うようにしよう。

 ……ったく、あるならあるってもっと早く教えろっつーの。

 ルシアもルシアで、パスタならデュラム小麦を使えとか言えばいいのに。

 三十五区でパスタ食う機会なんかなかったからなぁ、見落としてたぜ。

 四十二区でパスタ広めた時は「え、なにそれ?」みたいな反応だったから、他所の区にあるなんて思ってなかったし。


「……んっ! もっちもちです!」


 試しで茹で、一本を試食したジネットの両目が開かれる。


「この弾力と小麦の香りは是非活かしたいですね……とすれば、使うソースは少し香りを抑えて……酸味も少し抑えめにしましょうか……」


 あぁ、ジネットのスイッチがオンになっちゃった。

 はい、購入決定。

 今後、陽だまり亭のパスタは一段階美味くなります。


「よかった、気に入ってくれたようで、友達のジネットが」

「めちゃくちゃお気に召したようだぞ。見ろ、もう周りが見えなくなってる」

「とても楽しそうです、ジネット姉様」

「てんちょうしゃ、うれしそぅ」


 ジネットがパスタにハマったので、こっちはカレーを作る。


「カンパニュラ、テレサ。お手伝いだ」

「はい」

「ぱい!」


 テレサさぁ……俺以外のヤツには「ぁい」なのにさ……いや、もう何も言うまい。


「何か手伝えることはないでつか?」

「私たちもお手伝いしたいです……のわ!」


 クロウリハムシ人族の少女とカマキリ人族の少女が寄ってくる。

 手伝いと言っても、あとはルーを入れて混ぜるだけなんだが……ま、何かやらせてやるか。

 なんかすごくわくわくした顔してるし。

 きっと、ジネットが楽しそうに料理してるから、自分たちもしてみたくなったのだろう。


「じゃあ、ライスの盛り方を覚えてもらおうかな」

「難しいのですか? ……のわ」

「難しいと言えば難しい、かな? カンパニュラ」

「はい。私も、ようやくライスの盛り付けの免許皆伝をいただいたところなんです」

「なんだか、結構難しそうね……のわ」

「なぁ。無理して『のわ』って付けなくてもいいんだぞ」

「あ、はい。分かりました……だぞ」


 今度は俺の語尾付いてるけど!?


「だから、語尾はいらねーっての」

「あぁ、なんかクセになちゃーっての」

「変な言葉になってる!」

「ぅみゃー! どーしましょう!?」


 頭のお団子を抱えて蹲るカマキリ少女。

 なんだろう、ちょっと天然で可愛いな、おい。

 カマキリ人族って、ポップコーンの移動販売を邪魔してきたゴロツキしか知らなかったから印象よくなかったけど、こいつ一人で全カマキリ人族のイメージが爆上がりしそうだよ。


「盛ったでつ」

「おい、雑だな、そこのちっこいの!」


 こっちで話をしている間に、説明も受けずに皿に山盛り飯を盛るクロウリハムシ人族の少女。

 えぇい、長い。

 お前らはもうクロ子とカマ子でいいや。


「姉様、カレーのライスは160gを基本として、大盛りで200g、小盛で120gが目安ですよ」

「たぶんこれくらいで160gでつ」

「んなわけねぇだろ。こんなに盛ったら、320gは超えてる」


 と、空いている同じ皿で0位置を調整した量りにライスが盛られた皿を載せると――


「見ろ、321gだ」

「すごいでつね!? 見ただけでほぼドンピシャだったでつ!」

「ヤーくんはすごい方なんですよ」


 カンパニュラが自慢気に微笑む。

 隣でテレサがドヤ顔で胸を張る。


 君らはなんだ、俺の保護者か何かか?


「あと、料理は見栄えも重要だ。ライスを盛る時は完成系を想像し、そこに映える形状にライスを盛るんだ」


 細長い皿であればラグビーボール状に。

 平らな皿なら、片面を丸く、もう片面を少しなだらかにして、上から見た時にライスの三分の一くらいまでカレーがかかるようにしてやるとか。

 もっと大きな皿だったら、ドーム状にライスを盛って、周りをぐるっとカレーで囲むのもいい。


「この皿なら、こういう形状でライスを盛ってやると見栄えがよくなる」

「今適当にライスをよそったでつけど、重さは見なくていいんでつか?」

「量ってみろ」

「でつ。…………ピッタリ160gでつ!?」

「ヤーくんは、狙った重さに盛る天才なんですよ」

「えーゆーしゃ、すごい!」


 カンパニュラとテレサが俺の自慢を語ると、クロ子が「なにこいつ、すげーんでつけど!?」みたいな目で俺を見上げてくる。

 マグダよりちょっとだけ背が高いくらいか。モリーといい勝負だな、クロ子の小ささは。


「で、こんなこともあろうかと持参したスペシャルブレンドカレールーを投入」

「懐から何か取り出して鍋に放り投げたでつ!? ぁはぁあああ! いい匂いでつ!」

「本当に、堪らない匂いでつね!」


 おい、カマ子、語尾語尾!

 同僚の語尾が伝染うつっちゃってるよ!?

 ややこしくなるから、自分をもっとしっかり持ってて!


「ナポリタン、出来ました!」

「こっちのピラフもいい匂いがしてきたのわ!」

「ヤーくん、カレーも完成です」


 方々から一斉に完成の声が上がる。


「よし、それじゃ試食としゃれこむか! 喫茶店の三大スターのな!」






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