誕生7話 エカテリーニのお店へ -4-
そうして、はるばるやって来た駄菓子屋横丁。
ウーマロたちを派遣してないから大きく様変わりはしていな…………なんかいい感じの喫茶店が出来てるんですけど!?
駄菓子屋横丁の中にあって、駄菓子屋横丁の雰囲気を壊さない昭和レトロな雰囲気、且つ、ちょっとシックな外観で大人な雰囲気を漂わせる、ザ・純喫茶。
飴色の木がふんだんに使われた木造建築は、建ったばかりのくせに歴史を感じさせるような重厚さを纏っていた。
そして、掲げられた看板に書かれた店名は――
『純喫茶 ノワール』
「って、おい!」
思わずドアを開けて突撃してしまった。
カランコロンカラン!
「いい音出してんじゃねぇよ、ドアベル!」
なんか、いちいちおしゃれだわ、この店!
「のわ!? その声は、カタクチイワシ様のわ!?」
盛大に鳴り響いたドアベルに反応して、オーナーシェフのエカテリーニが厨房から飛び出してきた。
「のわぁ~! 店長さんも来てくれたのわ!? 嬉しいのわ!」
「こんにちは、エカテリーニさん」
カウンターを越えて、ジネットの前まで駆け寄り、その手を取ってぴょんぴょんと跳ねるエカテリーニ。
相当ジネットに懐いているな、このオバハン。……あぁ、いやいや、お貴族様の現当主夫人。
「こほん。私もいるぞ、エカテリーニよ」
「あ、領主様。ようこそおいでくださいましたのわ」
「歓迎のレベルが低い!」
むきーっと、歯をむき出しにして床をだむだむ踏みつけるルシア。
地団駄踏むなよ、こんなことで。
「お邪魔いたします、エカテリーニ様」
「あらあらあら! カンパニュラちゃん、よく来てくれたのわ! 今日も一段と可愛いのわ!」
「おままき、いたまき、ありまとます!」
「まぁまぁまぁ! テレサちゃん、上手にご挨拶できたのわ。えらいのわ」
いや、上手には出来てないけどな。
エカテリーニは陽だまり亭で料理を学んでいたので、カンパニュラやテレサと接する機会もあったのだろう。
すっかりと骨抜きにされている。
あとでテレサには、招かれてない時に「お招きいただき」は使わないように教えておこう。
「エカテリーニさん、呼ばれてないけど来ちゃったですよー!」
「ま~ぁ! ロレッタちゃん! ようこそ来てくれたのわー!」
テンション高いな!?
ロレッタと同じ目線ではしゃげるって、どんだけバイタリティあるんだよ!?
「……まぁ、素敵な内装ですこと」
「ようこそのわ、レディ・マグダ。歓迎いたしますのわ」
急に優雅!?
なに!?
これまでマグダとどーゆー会話してきたの!?
人に合わせて態度をここまで完璧に切り替えられるのは、接客業として強みに出る時と逆効果になる時の両極端ではあるが、エカテリーニの場合は成功していそうだな。
若干一名、ふくれっ面で床をだむだむ踏みつけているけれども。
「来た、私も。視察に」
「わざわざご足労いただき、感謝の念に堪えませんのわ、ギルベルタ様」
「どーゆー関係だ、お前ら!?」
ギルベルタの直属の部下か!?
「うふふ~。こうすると、領主様がと~っても可愛く拗ねてくれるから、ついつい嬉しくなっちゃうのわ」
結局、ルシアのことが大好きなわけだな、この三十五区の貴族は。
「よかったな、フレンドリーな関係になれて」
「なんだか釈然とせぬ!」
とはいえ、お前が密かに羨んでいたエステラの扱いもこんなもんだぞ、四十二区内ではな。
「それはそうとエカテリーニ」
「のわ」
「店名なんだが……アレはなんだ?」
「お手伝いの子たちが『絶対これがいいのわ』って勧めてくれたのわ」
絶対『これがいいのわ』とは言ってないだろう。
しかしまぁ、いい店名ではある。
ただ、おもいっきりオーナーの顔が思い浮かんでしまうことを除けば。
もう、この店名見るたびにエカテリーニのことを思い出しそうだ。
「さぁさ、せっかくいらしたのわ。席に座ってのわ。大歓迎するのわ。みんな~、お客様のわ~!」
「「「「いらっしゃいのわ~!」」」」
店員に口癖が
「つーか、全員奥に引っ込んで、何してたんだ?」
「休憩のわ」
「誰か一人はフロアに立たせとけ!」
仲良しのお宅か!?
「奥入って休んでて~」か!?
客がいなくても営業中は仕事してろ!
「ご注文は何にするのわ?」
「……うむ。いつもの」
こら、そこの初来店のマグダ。
エカテリーニも「分かったのわ」じゃねぇだろ。何を分かったんだよ、お前は今。
「メニューはないのか?」
「頭の中に全部入ってるのわ」
「アウトプットしろや!」
こっちは分かんねぇんだよ!
お前の頭の中なんか覗けないからな!
「なるほど……盲点だったのわ」
たぶんだけど、真ん前、真正面だと思うんだ、それ。
そこが盲点だとしたら、お前は普段どこを見ているんだ。
「すぐに書き出すのわ」
コンッ! と、木の板をテーブルに置き、さらさらと筆で文字を書き殴っていくエカテリーニ。
字が汚い!
殴り書きにもほどがある!
単語の最後の「のわ」しか読めねぇよ!
つか、メニューの後ろに「のわ」いらねぇわ!
「出来たのわ!」
「出来てねぇわ!」
めっちゃ書き込んだな。
メニューはかなりあるようだ。
陽だまり亭ではジネットが綺麗な字でメニューを作っていたから気にしたことなかったけど、こういうメニュー表もプロに任せた方が見栄えのいいものになるんだろうなぁ。
「お~い、この中で一番字が綺麗なヤツ~?」
と、挙手を求めると、店員全員が目を逸らし、エカテリーニが自信満々に手を挙げた。
マジか、お前ら。
お前ら、マジなのか。
「とりあえず、飲み物とそれに合いそうなものを、お勧めで持ってきてくれるか?」
「分かったのわ! みんな、シェフのやさぐれコースのわ!」
「「「のわ!」」」
「せめて『気まぐれ』!」
やさぐれシェフのやさぐれスイーツなんか恐怖しかねぇわ!
「……大丈夫なのか、この店」
「ケーキやクッキーは美味しいと思いますよ。陽だまり亭で練習した時は、すごく美味しく出来ていましたし」
じゃあ、あとは接客か。
……いや、運営の基礎から学ばせる必要があるのか?
「のわ? あ、やっぱりカタクチイワシ様いたのわ!」
店のこれからに頭を悩ませていると、入り口からアルシノエがひょっこり顔を出した。
「なんだかいそうな気配がしたのわ」
え、なにそれ?
ちょー怖いんですけど?
「役者とは、場の空気を感じ取り、その空気に馴染まなければいけないのわ。お芝居は生ものなのわ!」
ナタリアのヤツ……、また妙なもんを他人に教え込みやがったな。
そんな武術の達人みたいな役者、いねぇよ。
「のわ? これは何のわ?」
テーブルに放置されたメニュー表(見た目ぐっちゃぐちゃ)を手に、首を傾げるアルシノエ。
「母上の字なのわ」
「メニュー表だそうだ。読解が難しくて、一般人にはお手上げだけどな」
「まったく、母上は……」
呆れたように厨房へ視線を向けるアルシノエ。
腰に手を当ててピシッと指を立てる。
「値段を書き忘れてるのわ!」
「それ以前の問題だからな!?」
値段が書かれているかどうかすら、俺には判別できなかったから!
「私が清書してあげるのわ」
と、新たな木の板をコンッ! ――と、テーブルに置いて筆で文字を書き始めるアルシノエ。
この店、なんでそんな何枚も木の板置いてあんの!?
どっから出てきてんの、その板!?
「お待たせしましたのわ~」
アルシノエが隣のテーブルでメニューの清書を始めるのと同時に、エカテリーニが飲み物を持って出てきた。
「紅茶のお客様のわ~?」
いや、知らねぇよ!
お前が「これがいいかな~?」って選んできたメニューだから!
こっちは誰も何も頼んでないから!
適当に置けばいいよ。
「今日の紅茶は、ディンブラのわ」
ディンブラ?
それって、スリランカのディンブラ地方でとれる茶葉なんだけど、この世界にはねぇよな、ディンブラもスリランカも。
似たような茶葉ってことでいいのか、『強制翻訳魔法』?
「きりっとした渋みが特徴で、とても美味しいのわ――と、給仕長のシュレインが言ってたのわ」
まさかの受け売り!?
まぁ、紅茶に関しては給仕長に任せておくのがベストだろう。
なんか、うきうきして茶葉を選んでいる姿が目に浮かぶようだ。
「「「お待たせしましたのわ~」」」
それに続いて、店員たちがトレーを持って出てくる。
「「「豚の生姜焼きのわ~」」」
「なぜゆえに!?」
生姜焼き!?
……えっ、生姜焼き!?
「実は、ケーキ食べ放題のお手伝いをしてくださった時に作り方をお教えしたんです。そうしたら、とても気に入ってくださって」
「作ってたの知らなかったなぁ」
「それはその……味見ですべてなくなってしまいまして……」
「ジネット。そーゆーのはつまみ食いって言うんだぞ」
全部つまんでんじゃねぇよ。
つまみ尽くしてんじゃねぇよ。
「よし、書けたのわ!」
アルシノエが書き上げたメニューを見ると、しっかりと『豚の生姜焼き』の文字が。
ケーキのとこに書いてんじゃねぇよ。
メニューの内容も、一回考え直させなきゃいかんな、これは。
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