誕生7話 エカテリーニのお店へ -2-
「はぁ……よき」
はたして、その言葉が誰の口から漏れたものだったのか。
ジネットに作り方を教えたところ、あっという間に人数分のメロンクリームソーダを作り上げてしまった。
さっさと運んでさっさと飲ませてやると、連中は揃いも揃って満足げに、若干アホっぽい顔で呆けてしまった。
幼児退行してないか、こいつら。
椅子に座りながら足ぱたぱたさせんな。
幼女か!
「ヤシロ。なんでこんないいものを今まで黙ってたのさ」
「氷室がなかったからアイスが作れなかったんだよ」
「もっと早く氷室を作ればよかったのに」
「儲けが出る確証もないままに設備投資なんか出来るか」
ほんの二年前まで、海魚はおろか、白パンすら仕入れられなかったんだぞ、この店。
一年目はリフォームにかまどの設置もしたんだ、氷室なんか後回しになっても当然だろうが。
「教会の子供たちにも食べさせてあげたいですけど、アイスクリームが少し足りませんね」
めっちゃ食ったからなぁ、ここにいる連中で。
「あ、あの、私は昨日からいただいてばかりですのでお手伝いします」
と、モリーが名乗りを上げる。
「で、完成品の出来を確かめるために味見がしたいと」
「い、いえ……まぁ、したい、ですけども……それが目的では……」
モリーならそうだろうな。
施しを受けるだけだと恐縮してしまうタイプなのだろう。
ジネットは施してるつもりなんか微塵もないんだろうけど、受け取る方がそう思っちまうからな、こういうのは。
「陽だまり亭の手伝いでもしてもらいたいところだが、今日は休みだからなぁ」
「えっと……では、何か別のことで」
「じゃあ、寄付の準備の間、教会でガキたちの相手でもしてもらおうか。今日はジネットが三十五区に行くから、ガキどもが寂しがるかもしれないし」
「そうですね。モリーさんのご迷惑でなければ」
「いえ、迷惑なんて。教会の子供たちはみんな可愛いですし。……赤ちゃん、ぷにぷにですし」
モリーはどうやら赤ん坊が好きらしい。
教会にいる赤ん坊のことも気に入っている様子だ。
「じゃあ、アイスは仕込みだけしといて、明日だな。帰ってきてから夜に食わせるわけにはいかないし」
「そうですね。では、アイスクリームとメロンクリームソーダのことは明日まで内緒にしておきましょう」
さて、どっちを先に食わせるかが問題だな。
「……まずアイスを紹介して、後日メロンクリームソーダ」
「そうですね。アイスで感動! 後に、『あのアイスがこんなすごいものに!?』ってさらに感動です! 最強同士のタッグに子供たちも大盛り上がり間違いなしです!」
マグダとロレッタの意見は、ジネットの意思に沿うものだったようで、「そうですね。では、そのようにしましょうか」と同意を示していた。
確かに、続けて出して、どっちもぺろっと食っちまうこいつらの方が異常だよな。
俺も、アイスかクリームソーダ、どっちかで十分だわ。
「モリー姉さま。本日、お仕事は大丈夫なのですか?」
「うん。大丈夫だよ。ヤシロさんのお誕生日会に招待された時から、今日はお休みって決めてたから」
ほぅ、そうなのか。
「あ、では、モリーさんも一緒に三十五区へ行ってみませんか? 知り合いの方の飲食店を覗きに行くんですが」
そんなジネットの誘いに、モリーは物凄く苦しそうな表情で首を横に振る。
「物凄く魅力的なお誘いですが……きっと美味しいものがいっぱい出てきてしまいそうなので、今回は涙をのんで遠慮します……っ」
おぉ……本当に涙を飲んでるなぁ。
めっちゃ飲んでるわぁ。
さすがに昨日は食べ過ぎたと自覚しているようだ。
偉いぞ、モリー。
「今日は、恩返しの意味も込めて、教会の子供たちと一日全力で遊びたいと思います!」
それは、食った分動いて帳消しにしようって魂胆なんじゃ……?
しかし、あのガキどもの全力か……
「程々にしないと、翌日に引き摺るぞ。あいつらのパワーは無尽蔵だからな」
体力がいくらあっても足りやしない。
「私もお供したいところですが……」
イネスがグラスの底にうっすら溜まったメロンソーダをじゅぞぞぞぞっと啜り、残念そうに呟く。
いや、音立てんな。
「……さすがに帰らないと怒られそうなので帰ります」
おう、そうしとけ。
また遊びに来ていいから、そんな泣きそうな顔すんな。
「――で、今度二十九区に新しくオープンさせるおしゃれな喫茶店について打ち合わせをしたいのですが、日時はいつ頃が……」
「そうだな。まずそのお前の頭の中にしかない計画をマーゥルとエステラに了承させてからかな」
そんな計画、始まってないどころか、初耳もいいところだから。
「完成した暁には、私が店長に――」
「給仕長は辞めんな。お前がいないといろいろ困るから」
ちょっと、ゲラーシー。
マジでイネスに対する待遇改善してくれるか?
イネスがいるといないじゃ、雲泥だから。
今後の連携とか難しくなりかねないからな。
「……えっと、今、なんと?」
「いや、だから、お前がいないといろいろ困るんだよ」
「………………え、なんて?」
「なんでそんなに飢えてんの、褒め言葉に」
そんな何回も聞きたがるなよ。
「エステラ、ルシア。給仕長は定期的に褒めてやれよ」
「なにさ、急に。ボクはナタリアにいつも感謝してるよ」
「それを言葉や態度で示してやれって言ってんだよ」
「言わなくても分かるでしょ?」的な対応は、結構寂しいんもんなんだぞ。
熟年離婚する夫婦のほとんどが、そーゆーコミュニケーションの不足によって関係が冷めきってしまっているのだから。
「私は毎日ギルベルタをギューッとしてはすはすしてすりすりしてくんかくんかしつつ愛情表現しておるぞ!」
「お前はもっと自重しろ。つーか、逃げてギルベルタ」
お前のそれは感謝とは違うベクトルの何かだ。
「でもまぁ、ヤシロの言うことも一理あるよね」
こほんと咳払いして、少し照れくさそうにエステラがナタリアに向かい合う。
「え~っと、さ。ナタリア」
「はい」
「あの……いつも、苦労をかけるね。その…………いつもありがと、ね」
エステラからもたらされた、物凄く素直な感謝の言葉に、ナタリアはぐっとまぶたを閉じ、ゆっくりと頷いてから、前髪を指先でくるくると弄り始めた。
「ナタぴぃ、新しいお洋服が欲ぴぃ☆」
「……なにさ、そのキャラ。じゃあ、今度買ってあげるよ」
「わぁ、マンモス嬉ぴぃ☆」
だから、なんなんだよ、そのキャラ。
盛大に照れているってことは、よく分かったけども。
「コメツキ様」
「ん?」
エステラとナタリアのやり取りを見て、イネスが優しげな微笑みを浮かべて言う。
「いい街ですね、四十二区は」
その言葉、きっとエステラが喜ぶぞ。
「私、ここの子になります」
「それは思いとどまれ。つーか、帰ってくれ、マジで」
給仕長の引き抜きとか、マジで区間紛争になりかねない。
アホのゲラーシーはともかくとして、マーゥルと敵対するのはしんどい。
絶対にメンドイことになる。
「では、イネスさん。お時間が出来ましたら、いつでも遊びに来てくださいね。ここを自分の家だと思って」
「横から失礼します、店長さん。私は家では服を身に着けない派なのですが――」
「ナタリアは黙って! 君に言ったわけじゃないから!」
「私も最近、ナタリアさんを見習って家では全裸で過ごしておりますが」
「変なもの見習わないで、イネス!」
「変なものとか言われました」と、ナタリアが分かりやすく落ち込んでみせる。
かまってオーラがほとばしってるな、その背中。
「ほなみんな全裸でえぇんちゃうん?」
「レジーナ、うるさい」
「わぁ、ウチにだけ厳しぃわぁ、微笑みの領主はん。微笑み、どこに忘れてきはったんやろ?」
余計なことしか言わないレジーナを黙らせ、エステラがナタリアとイネスを遠ざけている。
もう手遅れだと思うなぁ。
バイオハザード……いや、ナタリアハザードだよ、もう。
「準備が整った、馬車の。――と、報告する、私は」
こちらでゴチャゴチャしている間に、ギルベルタは馬車の手配をしてくれていたようだ。
ギルベルタの隣に、イメルダの家の給仕が立っている。
……なんか、物凄くやつれてない?
え、そんなに酷かったの、昨夜のハビエルとデミリー?
イメルダ、労ってあげてね、ちゃんと。
「いつも苦労をかけますわね」
おぉーっと、行動が早いぞイメルダ!
イネスのいじけっぷりを目の当たりにしたから、危機感持てたのかなぁ?
うん、いいこといいこと。
「……お休みが欲しいです」
「そうですわね。ローテーションで少し長めの休暇を取れるように調整いたしますわ。ゆっくり休みなさいまし」
うん。
こういうところ、イメルダっていい主だと思う。
柔軟だしな。
「よっし、恋人岬!」
「その前に、お相手を見つけなさいまし」
「はぅっ!?」
結構フランクな関係なんだなぁ、あそこも。
「ヤシロさんのせいですわ」
なんも言ってないのにクレーム寄越された。
うわぁ~、めっちゃ真顔でこっち見てくるじゃん。
イメルダさん、顔怖ぁ~い。
「あぁ~、ギルベルタは仕事が出来て偉いなぁ~! よし、ぎゅーしてやろう!」
「仕事中、私は。願う、自重を、ルシア様には」
あっちは、別の意味で愛想を尽かされればいいのに。
でもギルベルタがいない三十五区は面倒くささ倍増しそうだしなぁ……
自重しろ、ルシア。
「じゃあ、教会の寄付が終わったらさっさと出発するか」
「そうですね。あの、お馬さん、子供たちに見せてあげてもいいですか?」
「うむ、構わぬ。昨夜ジネぷーからそのような話があったとギルベルタから聞いてな、早めに馬車を用意させたのだ。今日は馬車で教会へ向かうとしよう」
そんなルシアの提案で、なんとも豪勢な移動となった。
デカい馬車を間近で見たガキどもは大はしゃぎし、飯を食わせるのに苦労した。
明日はアイスクリームで、明後日はメロンクリームソーダか。
いい思いしてやがるなぁ、ガキども。
アイスのお披露目、二~三日待たせてもいい気がしてきたわ、なんか。
そんな賑やかな朝食を終え、俺たちはルシアの馬車で三十五区へと向かった。
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