誕生7話 エカテリーニのお店へ -1-
朝、目が覚めると枕元にマーゥルが……なんてことはなく、ほっと安堵の息を吐き――
「……じぃ~」
「ぅおうわぉう!?」
吐き出せなかった。
目を開けたら、目の前に、真ん前に、視界いっぱいにマグダの顔があった。
飛び起きてたらヘッドバッドかましていただろう。
そして、そうなったら大ダメージを受けていたのは俺の方だ。
「ち、近いぞ、マグダ……」
「……懺悔」
は?
「……ヤシロは懺悔が必要」
言って、マグダがフロアの一角を指差す。
その先には、正座させられているイネスが。
まさか、昨夜の子守唄のことを言っているのか?
確かにしばらく一緒にいたが、別に何もなかった…………と、視線を横にスライドさせると、イネスの横にナタリア、そしてジネット、エステラ、イメルダ、ルシア、レジーナ、ミリィ、モリー、ノーマ、デリアが正座させられていた。
……えっと、デリアの隣で水槽に入っているマーシャも同じ扱いなの、か?
あいつだけ普段通りだけれども。
「お兄ちゃんたち、ズルいですよ。こんないいものをあたしたちに内緒で食べていたなんて」
と、小鉢に入ったアイスクリームを食べながらロレッタが厨房から出てくる。
「……ヤシロと店長はこの情報を秘匿していたため、他よりも深い反省が必要」
どうやら、アイスクリームを秘匿した罰らしい。
……なんだよ、そんなことか。
「別に悪気があったわけじゃないんだ。そう怒ってやるなよ。萎縮して、ジネットが新しくて美味しいもの作ってくれなくなったらどうするんだよ」
「……それは、困る」
だろう?
「……では、店長はもういい。ただし、ナタリアとイネスはまだダメ」
あぁ……なるほど。
あいつら、起きてすぐアイスクリーム未体験者を煽りやがったな?
それで悔しくなって懺悔とか言い出したわけか。
虎の尾を、みすみす踏みに行くんじゃねぇよ。
こっちまでとばっちりだ。
「しょうがない。とっておきを出してやるから、それで機嫌直せ」
と、布団から起き上がると、カンパニュラとテレサとギルベルタがほっぺたをまん丸く赤く染めアイスクリームを頬張っていた。
……機嫌、悪くなってなくないか、これ?
「……ヤシロ。早く」
わくわくと、俺をせっつくマグダ。
はいはい。
一応、機嫌が悪いふりしてんのね、それ。
尻尾、めっちゃぴーんっとしてるから機嫌いいの丸分かりだけれども。
結局、仲間はずれにされたみたいでちょっと拗ねたのだろう。
それが分かっているから、大人チームは大人しく正座してたわけだ。
デリアでさえ、へそを曲げたマグダの要望をすんなりと聞き入れている。
案外大人なんだよな、デリアも。
「……カタクチイワシ……足にアリの大群が群がっている気がする……っ!」
しびれてるんだよ、それ。
え、初体験?
まぁ、貴族令嬢が正座なんかしないもんな、普通。
「ルシア。……足、つんつーん」
「ぎゃぁあああ! やめろぉ!」
うっわ、なにこれ!
めっちゃ楽しい!
「ヤシロさん、ダメですよ。女性の足にみだりに触れたりしては」
あ、そっちで叱られるのね。
「しょうがない。痛いのか? 撫でてやろうか?」
「や、やめぬか! ……本当に、今だけは、頼む」
おぉ、ルシアがしおらしい。
こいつ、ずっと足がしびれてればいいのに。
「……ヤシロ。面白ルシア劇場よりも、とっておきを、早く」
へいへい。
ぴくぴくするルシアを一通り堪能して、マグダが催促を再開する。
ちょっと楽しんでたくせに。
ルシアの介護はその場の者たちに任せ、俺は必要な材料と道具を持ち氷室へと向かう。
見た目のインパクトも重要だから、ここで作業していこう。
えっと、昨日アイスを食えなくてへそを曲げている(
ついでに、しびれた足を触られてきっとブチギレているであろうルシアの分も作っておくか。
後々面倒になるのが目に見えてるし。
というか、俺ならしびれてる足を突っついてきたヤツを地獄に送る。
絶対に許さないし、絶対に逃さない。
……わぉ、俺とんでもないことしちゃったな。
反省、反省☆
「さて、と」
ハムっ子農場の力作、赤肉メロンを裏ごしして水で溶き、そこへ砂糖を追加して甘みを強烈にしておく。
ギンッギンに冷えた水とレジーナの調合した発泡セットで炭酸水を作り、そこに先程のメロンピューレを混ぜ合わせて、食紅で鮮やかな緑色に染め上げる。
そこへバニラアイスを載せて、仕上げにさくらんぼを添えれば――
「メロンクリームソーダの完成だ!」
しかも、本物のメロンを使用した香り豊かな逸品。
しかもしかも、添えたさくらんぼはハムっ子農場で俺が手塩にかけて品種改良した佐藤錦もどきだ!
美味いぞ、これは!
完成品をトレーに載せて氷室を出れば、待ち構えていたマグダたちの目がきらめいた。
「……しゃれおつ」
言い回し!
どこで覚えてくるんだ、そーゆーの!
あと、逆さ言葉はなるべく使うな。
『強制翻訳魔法』がパイオツカイデーを正しい言葉に翻訳しかねないから、学習させたくないんだ。マジで。割と切実に。
「ほら、昨夜早寝したお子様連中はフロアに出ろ」
「お手伝いします、ヤーくん」
「いや、今回カンパニュラたちはお客様だ、ほら、行った行った」
「はい。では、まいりましょう、テレサさん」
「ぁい!」
「甘える、私は、友達のヤシロのお言葉に」
ご機嫌斜めチームを席に座らせ、一人一人の前にメロンクリームソーダを置いていく。
「貴様、カタクチイワシ! 先程はよくも――」
「悪かったと思って、お前の分も作ってきたぞ。ほら、さっさと座れ」
「お……ぅ、ぅむ。そうか……いや、別にそんなに怒っていたわけではないのだが…………気に病んでおるのか?」
なんで不安になってんだよ。
「俺がやられたらブチギレるからな」
「くくっ……あはは! なら、最初からするのではない」
俺が気にしている理由を聞いて、ルシアが吹き出す。
しょーもない理由に思わず笑ってしまったようだ。
こいつはいつも怒ってみせているが、きっとそういうのが楽しいのだろう。
その証拠に、意表を突かれるとすぐにこうして無防備な笑顔をさらす。
満喫しているようだな、四十二区での時間を。
「ほいよ、領主様」
「ふむ。よい心がけだ。今後も、その謙虚で献身的な気持ちをなくさぬように」
「ねぇ、ヤシロ。ボクも領主なんだけど?」
「ジネットに作ってもらえよ。隣でめっちゃ作りたそうにしてるから」
「はい! 是非教えてください! これはとっても可愛いです!」
長いグラスにストローと長いスプーンが差さっている。
この長いグラスも、パフェの時に作らせたもので、ようやく日の目を見る日が来た。
「ノーマ。柄の長いスプーンの量産頼めるか?」
「それは、その新商品の味を確かめてからさね。使用用途をしっかり把握しておかないと、いい道具は作れないからねぇ」
と、わくわくした顔でメロンクリームソーダを指差すノーマ。
お前は酒も甘いものも好きだよな。
「な、なぁ、ヤシロ! あたい、何したらいい? 何すれば、それ食べさせてくれる!?」
「じゃあ、昨日のむぎゅ~を……」
「背骨と首の骨、どっちを折られたいって?」
エステラ、擬音をよく聞いて。
俺が言ってるのは「むぎゅ~」であって、「ぼぎぃ!」とか「ぐしゃあ!」じゃないから。
「ちょっと待ってろ。すぐに作ってくる……と言っても、昨日から冷たいものが続いてるから、食い過ぎはダメだぞ」
「まかせとけ! あたいは無敵だ」
デリア、その返し万能じゃないからな?
「じゃあ、ジネット。行くか」
「はい!」
デリアもエステラも、待ちきれないようなのでさっさと残りを作りに向かう。
給仕長ズも物欲しそうだしな。
「あ、そうだ。上に載ってるアイスクリーム、ソーダに沈めると溢れるから先にある程度飲んでから――」
「ほにゃぁあああ!? 泡がめっちゃ溢れてきたですぅう!?」
「……盛大にこぼれた」
「あ、あの、ヤーくん! こ、これは、一体どう対処すれば!?」
「あゎあわー!」
「わぁ、と驚く、私は」
……あ、手遅れだったっぽい。
で、ルシアは?
「諦めた!」
「諦めんなよ」
作りに行く前に、テーブル拭かなきゃな。
あと、食べ方講習が必要か。
「お手伝いいたしましょう」
「通常がスペシャルな我々給仕長の出番ですね」
「アピールして、メロンクリームソーダにありつこうという魂胆が見え見えですわね、給仕長のお二人は」
うん、イメルダ。たぶん正解。
でも、イネスのあれは……まぁ、ちょっと違うもんの影響もあるんだよな。
……褒められた言葉をいちいち覚えてんじゃねぇよ。
ったく。
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