誕生6話 風呂と就寝の間に -4-
スパゲッティーナポリタンを平らげ、ようやく三次会は終了した。
……こんだけ騒ぐんなら、ハビエルたちもいればよかったのに。
「で、どうすんだ?」
俺の投げかけた疑問に、その場にいた女子たちが小首を傾げる。
いや、だからさ。
「マグダのベッドに、マグダとロレッタとギルベルタが寝てるんだろ? で、俺のベッドにはカンパニュラとテレサ。ジネットのベッドはジネットとモリーとあと一人くらいだとして……残ったエステラとルシアとイメルダとレジーナとデリアとミリィとナタリアとノーマとマーシャとイネスは客間のベッドで寝るのか?」
どう考えてもキャパオーバーだ。
「わたしのベッドはくっついて眠れば四人でも寝られますよ。モリーさんは小柄ですし、五人までなら眠れそうです」
「はい! ボク、ジネットちゃんの隣がいい!」
「ワタクシもですわ!」
お前ら、自分の責務から逃げんなよ。
お前らが相手しないと、誰が面倒見るんだよ、あの残った酔っぱらいども。
「もう一人は、ミリィさんだとたぶん大丈夫だと思います」
「ぅん。じゃあ、みりぃもじねっとさんのベッドにお邪魔する、ね」
なんかそのベッド、アタリだな。
エステラの顔がにこにこしてやがる。
「ほいじゃ、アタシはカンパニュラたちと一緒に寝かせてもらおうかぃねぇ~。あのお子様二人なら、オトナがもう一人入っても寝られるだろうしさ」
「なるほど。ノーマさんは、子供をダシにヤシロ様の枕をすーはーすーはーくんかくんかしたい――というわけですね」
「というわけじゃないさよ!? 何言ってんさね、ナタリア!?」
「でしたら代わりに私が、枕と言わず、幼女と言わず、ありとあらゆる物をくんかくんかしてまいりましょう!」
「お、どうした二十九区給仕長? もう頭が完全に寝ちまってんのか?」
勢いだけでしゃべるな。
ボロが出過ぎて、後日マーゥルに叱られても知らんぞ。
「ほなウチは、その給仕長はんをくんかくんか――」
「お前は早く寝ればよかったのに」
そうしたら、そのくだらないことしか言わない口も動かなかったろうに。
「カンパニュラたちのところは、一番安全なデリアがいいかもね」
「あたいが安全? どういうことだ、エステラ?」
「えっと……説明は、差し控えさせてもらうよ」
カンパニュラとテレサにイタズラしそうなオトナが残っちまったもんなぁ。
しょうがないか。
「えっと、残ったのは、ルシアさん、マーシャ、ノーマ、レジーナ、ナタリア、イネス……うわぁ」
おいおい、エステラ。
本音がだだ漏れてるぞ。
「私は水槽でいいよ~☆」
「では、せめてわたしの部屋で眠るまでお話ししませんか?」
「うん☆ じゃあ、店長さんの部屋ね」
どんどんと決まっていくな。
となると、あとは何人かが雑魚寝だな。
まぁ、布団はあるから、床で我慢してくれ。
「ルシア様にベッドをお使いいただきましょう」
「そうですね。我々がベッドを使うわけにもいきませんし」
と、給仕長ズがベッドを辞退し、ルシアを推薦する。
「一人は寂しいな。ノーマたん、レジむぅ、一緒に寝るのだ!」
「いや、ウチはえぇわ。端っこで丸まって寝るさかい」
お前はホコリちゃんか。
タンスとかどけたらまるまったレジーナがいたりして。
うっわ、怖っ。
「じゃあ、ノーマたんにぎゅーってして寝る!」
「なんか身の危険を感じるさね……アタシも床でいいさよ」
「寂しいではないか! なら、私も床で寝る!」
「では、ベッドが空いたので使わせていただきます」
「ナタリアさんに同じく」
したたか!
この給仕長ズ、めっちゃしたたかだった!?
立場上真っ先に辞退したように見せかけて、ベッド使う気満々だったな、お前ら!?
「あのベッド、三人はいけるから、あんたらがルシアを預かりなね」
だが残念。
ノーマによって、ルシアを押し付けられた給仕長ズ。
客間のベッドに大人三人は狭いだろうに。
「のぉ~またぁ~ん……そんなに私が嫌かぁ……」
「泣くんじゃないさね、領主が! 同じ部屋で寝てやっから、そんな顔すんじゃないよ」
「ならばよい! さぁ、みんなで楽しく恋バナだ!」
「寝るんさよ、もう!」
「はぅ……ちょっと興味が……ぁのっ」
恋バナに興味をそそられたジネットがわたわたしているが、エステラに優しく諭されて、さっさと眠ることにしたようだ。
今日は結構夜ふかししたなぁ。
俺もちょっと眠たくなってきた。
「それではヤシロさん、おやすみなさい」
「おう。狭いけど、いい夢見ろよ」
「はい。ヤシロさんは……広くて寂しいかもしれませんが」
「寂しくなったら潜り込みに行くから、心配すんな」
「へっ!? ……もぅ、ダメですよ。今日はみなさんが一緒なんですからね」
みなさんが一緒じゃなきゃいいのかよ。
今度試すぞ、このやろう。
そうして、女子たちが賑やかに二階へ上がっていく。
……孫たちを迎え入れた祖父母って、こんな感じなのかなぁ。
騒がしいのがみんな二階に行っちまった。
「コメツキ様」
と、イネスが布団を持って戻ってくる。
「あぁ、悪いな。わざわざ持ってきてくれたのか」
「ま、ままま、まさか、そんなっ、ドサクサに紛れて一緒に寝ようだなんて、これっぽっちしか思っていませんよ!?」
「なぁ、俺、一切核心を突くようなこと言ってないから、勝手に自爆して本音ぽろりするのやめてくんない?」
「こういうお遊びがお好きだと伺いましたもので」
どこ情報だ。
つーか、誰情報だ。
まったく、ろくでもない知り合いしかいないんだな、お前は。
「布団、さんきゅな」
「いえ。お敷きいたします」
布団を受け取ろうとしたら、イネスはそれをかわして布団を敷き始めた。
すごく丁寧に、それもあっという間に、きれいな寝床が誕生する。
「お見事」
「この程度のことで褒めていただけるとは」
「いや、大したもんだよ。俺には出来ないもん」
「だからこそ、我々に存在意義が生まれるのです」
常人には出来ないことを難なくやってのけるカッチョイー職業。
それが給仕長だと言わんばかりの誇らしげな表情。
なかなかいい顔をしている。
「とはいえ、当たり前のことをして褒めていただくのは、少々気が引けるといいますか、申し訳なくなりますね」
「んなことねぇよ。当たり前のことを当たり前に出来るのは大したもんだし、お前らの当たり前は、誰かのための特別だろうよ。そういうつもりで行動してんだろ、いつも?」
「それは……まぁ、そのとおりではあるのですが」
こいつらの行動は、常に主を引き立たせるための特別なものだ。
そんじょそこらの並レベルじゃない。
もっと誇っていい。
そんなすごいことを「当たり前だ」と言えてしまう自分を。
「今日はぐっすり眠れそうだよ。イネスのお陰でな」
「そう言っていただけると光栄です。……いつも世話しているどっかの誰か様の口からは絶対に聞けないそのようなお言葉をいただけて!」
ゲラーシー。
お前はもうちょっと周りをよく見ろ。
一番敵に回しちゃいけないヤツが敵に回りかけてるぞ。
「騒がしいと思うけど、ゆっくりしていけよ」
「そうですね。滅多にない機会ですので、堪能させていただきます」
「マーゥルが宿泊の許可を出すなんて、よっぽど目に余ったのかもな。せいぜい羽を伸ばせ」
「許可はいただいておりませんが?」
「……え?」
「……はい?」
えっと……
「マーゥルの許可があったから、泊まってくんだよな?」
「いえ、主様からは『ゆっくりしていけ』とだけ」
そこは俺も聞いてたけど、その後、宿泊の許可、取ったんだよな?
「宿泊は、私の意思です」
いいのかなぁ!?
大丈夫かなぁ!?
過去にギルベルタも似たようなことやらかしてルシアが乗り込んできたんだけど、明日の朝、マーゥルが俺の枕元でにっこり邪悪に微笑んでたりしないかなぁ!?
「……もし、マーゥルが怒鳴り込んできたら、お前が責任持って対処しろよ」
「『だって、昨夜はコメツキ様が……おっと、これ以上私の口からは……』」
ダメだ、悪意の塊だ、こいつ!
「まぁ、今さら帰れってのもな」
「ふふ……生まれて初めて、イケナイことをしている気分です」
夜中に異性と家の外で会話する。
それをイケナイことだとはしゃいでみせる。
昭和の若者みたいだな。
盗んだバイクで走り出したり、校舎の窓叩き割ったりすんなよ?
「じゃあ、俺はもう寝るけど、お前も程々にして寝ろよ」
言って、イネスが敷いてくれた布団で横になる。
おぉ……ジネットとは違う感触が体を包む。
布団は同じなのに、なんか他人の家に来たみたいだ。
「あの、コメツキ様」
「ん?」
慣れない布団の感触にちょっと緊張していると、イネスが俺の枕元に座り、俺の顔を覗き込んでくる。
「あなたが眠るまで、ここで見ていても構いませんか?」
「……妙な噂が立っても知らねぇぞ」
見てても、なんも面白くもないだろうに。
「そうですね……」
少し考え、イネスが息を漏らす。
顔は見ていないが、微かに笑っていた気がした。
「コメツキ様を手っ取り早く二十九区へ取り込むには、私かマーゥル様か、マーゥル様付き給仕長のシンディさんと恋仲になっていただくのが最良だと考えているのですが」
「物凄ぇ狭くない、その選択肢!?」
ざっくり言って一択じゃない!?
「そのような策略や謀略は横に置いておくとして……、もう少しだけ、この贅沢な空気に浸っていたいのです」
「なんもねぇぞ、俺の寝顔なんか見たって」
「おや、私はそんなに悪女ではないのですよ?」
悪女?
「殿方の寝顔など、数えるほども見たことがありません。ですので、このような時間は特別に決まっています」
その特別が俺でいいのかってことだよ。
……ったく。
「俺が寝たからって、顔にらくがきなんかするなよ」
「はい。いい子にしています」
「……イケナイことしてんじゃないのかよ」
「ですので、イケナイいい子なんです、私は」
なんじゃそら。
目を閉じて黙っていると、空気に溶けていくような小さな音が「る~、るる~♪」と、メロディを奏で始める。
優しい音色に身を委ねているうち、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
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