誕生6話 風呂と就寝の間に -3-

 それからしばし、みんなでアイスを食う。

 うん。やっぱ美味いわ。

 さすがジネットってところか。


「みりぃ、チョコのヤツ、好き……」


 スプーンを咥えて「ん~!」と幸せそうに目を細めるミリィ。

 ただ、やっぱりアイス二個は多かったようで、食べきるのに苦戦している。


「残してもいいぞ。寝る前だし、体を冷やすのもよくない」

「そうですね。少し量が多過ぎましたね。すみません」

「ぅうん。でも、ちょっと寒くなっちゃったかも」


 四十二区は常秋の気候で、夜になると案外冷え込む。

 アイスを食うなら、やっぱ日中か、風呂上がりに一個が限度だな。

 しかも、コーヒー牛乳飲んだ直後だったし。


「ミリィが嫌じゃなきゃ、俺が残りもらうけど?」

「ぇ……でも、てんとうむしさんも、食べた、ょね? 平気?」


 俺なら大丈夫だ。

 ガキのころ、でっかい入れ物に入ったバニラアイスを一人でむさぼり食うことに憧れたくらい、アイスが好きだったからな。


 それに、ジネット作のアイスは美味いし。

 確かに、もうちょっと改良の余地はあるけども、それでも現段階で十分商品として店に置けるレベルだ。


「あの、ヤシロさん……今夜はこちらの都合で突然ご厄介になったわけですし、私に出来ることでしたらお手伝いを……」

「モリー。合宿、するか?」

「いえ、でも、今日はおめでたい日ですから、ノーカンで……!」


 うん。

 ないから。

 おめでたい日は何食べてもカロリーゼロとか、そんな謎理論、存在も通用もしないから。


「あ、ではわたしも半分いただいていいですか?」


 と、ジネットが名乗りを上げる。

 その目は、研究者のきらめきを有していた。

 食べて研究したいんだな。そうかそうか。


「じゃ、半分こな」

「はい」

「ぁの……ごめんね、食べさしで」

「ふむ、ミリィたんの食べかけなら、私もいただこう」

「ギルベルター! あぁ、くそ、もう寝てるのか!」


 お前んとこの主がまた発症してるぞ!

 後日、キツめにお灸据えといて!


「あたいも食べたい!」

「ほんじゃ、アタシももらうさね」

「もうほとんど一口だな、この人数で分けると」

「いいじゃないですか。幸せのお裾分けですね」


 幸せのお裾分けねぇ。

 確かに、みんな幸せそうだ。


「ミリィ先輩、あざーっす!」

「ぇ、なに? なに?」

「「「あざーっす!」」」

「ぁあっ、みんなが悪ノリしてるぅ……っ!」


 ミリィも、いろんなヤツといろんなところに行って、連中の悪ノリに慣れてきたんだろう。

 状況の把握が早くなってる。


「いい街ですね、四十二区は」


 わいわいと、賑やかに盛り上がる面々を見て、イネスがぽつりと呟く。


「幼女の食べ残しにありつけるだなんて」

「そんなところじゃないはずだよ、四十二区のいいところは!? もっと広い視野で物事を捉えて! ほら、みんなのこの笑顔とか、ほんわかした雰囲気とか!」


 エステラが懸命に反論するが、イネスには届かない。


「みりぃ、幼女じゃないもん!」

「わはぁ~」


 あ、ミリィの抗議はすんなり届くんだ。

 つか、刺さり過ぎだろ、お前。

 ハビエルがいないから余計酷く見えるな。


「お父様みたいになりますわよ」


 娘公認、女版ハビエルか。

 危険度ランクBくらいだな、こいつ。


「アカンでぇ、銀髪の給仕長はん」


 レジーナがミリィの前に立ちはだかり、イネスと向き合う。


「自分くらいの高レベルやったら、大人になりたてでわくわくどきどき☆ もう自分一人でなんだって出来るもん――と油断しとる脇のあま~い少女にオトナの遊びを教え込む背徳感辺りを攻め込まな! なぁ!?」

「こっち見て同意を求めんじゃねぇよ」

「久しぶりにしゃべったと思ったら、他の追随を許さないレベルで最低な発言だね、レジーナ」


 エステラの言うとおりだとするならば、レジーナは1ターン力を溜めることで次のターンで二倍の攻撃力を発揮するタイプのキャラクターか。


 ゲームでたまに見るけど、「じゃあ普通に二回攻撃するのと一緒じゃね?」と思っていたが……そうか、二倍の攻撃力って、こんなに胃にダメージが蓄積されるのか……強烈だな、おい。


「とりあえず、モリー。レジーナには近付くな」

「えっと……はい、気を付けます」

「ぃやん、物分かりのえぇ娘!」


 体をクネクネさせるな。

 お前の目的はなんだ?


「もぅ、レジーナさんもイネスさんも、ダメですよ」


 そうだそうだ、叱られろ。

 お前らも懺悔をさせられるといい。


「まぁ、一番懺悔していただきたいノーマさんとマーシャさんとルシアさんがいまだ無傷ということこそが、一番納得できないことですけれどもね!」


 イメルダ、渾身の訴えである。


 そのメンツは今日、やけに大人しく飲んでいる。

 ジネットがいるから懺悔を回避するためか……ミリィやモリーというお子様がいるから遠慮してるのか……それが出来るなら、毎回節度を守れよ、レディども。


「しかしアイスクリームというのは甘いな。少ししょっぱいものが食べたくなった。カタクチイワシよ、すぱげっちーを作るのだ」

「太れ」


 お前、それでしょっぱいの食べると甘いのが食べたくなるだろ、絶対。

 四十二区の滞在時間が伸びれば伸びるほど、幼馴染のダックに近付いていくことになるぞ、ルシア。


「一口でかまわん」

「一口分だけ作るとか、普通に作るよりめんどくせぇわ」


 一口分だろうと一人前だろうと、使う器具は変わらないし、洗い物の量も一緒なんだよ。

 我慢しろ。


「…………むぅ。食べたいのにぃ……」

「おい、誰だ!? ルシアにあのタイプの甘え方教えたヤツ!?」


 ルシアは、その手の甘え方はしてこなかったはずだ!


「それでしたら、イメルダさんですね」

「なんでも、以前ヤシロにやって効果があった甘え方らしいさねぇ。今度アタシもやってみよぅかぃねぇ~」


 ナタリアの暴露にノーマが面白がって乗っかる。


 イメルダを見れば、そっこーで目をそらされた。

 ……おい、てめぇ。


 つか、いつやったよ、こんな甘え方。


「ヤシロさんは、寂しそうに甘えてみせると、結構お願いを聞いてくださいますわ」

「開き直って講義してんじゃねぇよ。『ほぅほぅ』じゃねぇよ、受講者ども」


 お前ら全員デコピン食らわせるぞ。


「塩昆布でもかじってさっさと寝ろ」


 明日の朝になれば、ジネットが美味い朝食を作ってくれるだろうよ。


「ジネットも、早く寝ないと明日の営業に差し支えるぞ」

「え?」

「……ん?」


 え、なに?

 その驚いた顔?


 俺、なんか変なこと言った?


「あっ!」


 と、ジネットは口と目をまんまるく開き、わたわたと焦り始める。


「す、すみません。ヤシロさんに伝え忘れていましたが、明日、陽だまり亭はお休みなんです!」


 う~っわ、めっちゃ初耳。


「休むのか?」

「はい。みなさんで、三十五区へお出かけしましょうということになっていまして」


 そのみなさんに、俺は入ってないのかもな。教えてもらってないんだし。


「じゃあ、留守番は任せろ」

「いえ、もちろんヤシロさんも一緒にです!」

「いや、でも、聞いてないし」

「すみません……あの……どれとどれをヤシロさんに秘密にしなければいけないのか、ちょっとごっちゃになってしまっていたみたいで……」


 うん。だろうね。

 薄々そんな気がしてたよ。


「またルシアがわがまま言ったのか?」

「違いますよ。わたしがお願いしたんです」


 三十五区へ行きたいのはジネットらしい。


「エカテリーニさんのカフェにご招待いただきまして、それで、折角なのでみなさんで行ってみたいなと。……あの、付き合ってくれますか?」


 不安げに、俯きつつも上目遣いで、ジネットがそこそこあざとくおねだりしてくる。


 こいつ……知らん間にそーゆーあざとい技を身に付けやがって…………


「まぁ、行くくらい別にいいけど」

「ありがとうございます!」

「――と、このように、ですわ!」

「別にお前の持論が証明されたわけじゃないから、黙ってろイメルダ!」


 俺におねだりなんか通用しないから!

 ……基本的には!

 …………たま~に例外があるけども。

 ………………極稀に、だけどな!


「明日は私が馬車を出してやろう。八人乗りだから広いぞ」


 と、ルシアが胸を張る。

 ささやかな胸を。


「なので、感謝してすぱげっちーを作れ」

「…………」

「…………むぅ」

「作るから、それやめろ」


 なんか、背中がぞわぞわするから。


「一人前だけ作るから、欲しいヤツ全員で突いてさっさと寝ろ」

「――と、このように、ですわ!」


 だから、証明されてないから!


 さっさと作った方が面倒が減る。

 ただそれだけのことだっつーの。

 俺がそんな安いおねだりなんぞに屈するか。


 ほれ、すぱげっちー、お待ち。






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