誕生6話 風呂と就寝の間に -2-

 夜食に甘いもの――と言って、ジネットがウキウキと氷室の方へ歩いていった。


 ……つーか、こいつらどんだけ食ったんだよ。

 ウーマロたちが片付けた洗い場が、また洗い物で埋まってるじゃねぇか。

 しょうがない……


「手伝うよ」

「どうした、エステラ? 風邪か?」

「洗い物くらい手伝えるよ、失敬な」


 自ら進んで家事をしようなんて発想、こいつは持ち合わせてないのかと思ったが……


「イメルダにやらせるわけにもいかないしね」


 面倒な酔っぱらいを全部イメルダに押し付けたことで、罪悪感に苛まれているらしい。

 少しくらい苦労しておかないと、心苦しいのだろう。


「じゃあ、俺が洗うから、お前はその布巾で拭いていってくれ」

「なんか、簡単な方振ってない? ボクだって出来るよ?」

「こんな夜中に冷たい水使ってたら、指先が荒れるだろう。手荒れの領主なんか、カッコつかないからな」

「もう……ヤシロはボクを甘やかし過ぎる時があるよね」


 どうしたもんかと眉を曲げ、それでも「ありがとね」と感謝を寄越してくる。

 そろそろ眠たいのか、やけに素直じゃないか。


「おや、洗い物ですか?」

「お手伝いいたしましょう」


 俺が食器を洗い始めると、ナタリアとイネスの給仕長コンビが廊下からやって来た。

 二階に行ってたのか?


「お子様たちを寝かしつけてまいりました」

「ミリィさんが『みりぃはもう大人!』と駄々をこねられて、一番大変でした」


 いや、イネス。

 それな、信じがたいけど、事実なんだぜ?


「ミリィは寝たのか?」

「……ぉきてる、もん」


 そろ~っと、イネスたちの後ろからミリィがやって来て厨房を覗き込む。

 いくら言っても無駄だと悟り、イネスをやり過ごして起き出してきたのか。

 頭脳派だな。


「ギルベルタは?」

「お休みになられました。マグダさんとロレッタさんに挟まれて、非常に幸せそうでした」


 じゃあ、その三人はマグダのベッドで寝てるのか。

 ちなみに、ギルベルタはお子様ではないんだが。

 二十歳も越えたレディなんだよ、あの見た目だけど。


「ちなみに、カンパニュラさんとテレサさんはヤシロ様のベッドでご就寝です」

「じゃあ、俺ベッド使えねぇじゃん」

「入ってきてもいいと、お二人共おっしゃっていましたよ?」

「二人がいいと言ってもよくないのがこの街なんだろ」

「さすがヤシロ。紳士的だね」

「おっぱいさえ絡まへんかったらな」


 エステラが俺をからかい、レジーナがそれに便乗する。

 おっぱいに絡まって非紳士的行動を取ってやろうか、このやろう。


「お待たせしました」


 と、ジネットが氷室から白い息を吐いて出てくる。

 鼻とほっぺたが微かに赤く染まっている。

 寒そうだな、おい。


「ヤシロさんに教えていただいたものを試作してみたので、みなさんで試食してみてください」


 俺が教えたもの?

 ……はて?


「何を作ったんだ、ジネット?」

「アイスクリームです」

「俺、いつ教えた!?」

「氷室が出来た時に、『これでアイスクリームが作れるな』とおっしゃっていましたので、『あいすくりーむとはなんですか?』とお伺いしたら、レシピと作り方を教えてくださいましたよ」


 やっべ!

 全然記憶にない!?

 いつの話だろう……


 でもまぁ、実際ジネットが作ってるんだし、教えたんだろうなぁ……あれ? 俺、始まってる?


「まずはバニラとチョコを作ってみました」


 そう言って、金属製の筒を作業台へ載せる。

 ま~ぁ、アイスクリームを作るのに適した形状。

 金属製で円筒形の容器に材料を入れ、塩を振ったクラッシュ氷の中にその金属の筒を差し込んでおけば、中の液体が凍る。

 途中途中で撹拌してやれば、空気をふんだんに含んだアイスクリームの出来上がりだ。


 生クリームを十分に泡立てておくと、案外簡単にふわふわのアイスクリームが作れる。

 生クリームではなく牛乳で作りたい時はメレンゲを活用すると、同じように原液に空気を含ませることが出来るので失敗しにくいだろう。


「このアイスクリーム製造器とディッシャーはノーマさんが作ってくださいました」

「ノーマ、寝て!」


 お前、ここ最近いろんな物作ってたよね!?

 作りっぱなしだったよね!?

 もう、ほんと、寝て!


 ノーマ作のディッシャーは、グリップを握ると半球状のカップの中を細いブレードがワイパーのようにスライドして掬ったアイスを半球の状態でこそぎ落としてくれる、昔ながらのアイスクリーム屋さんでよく見るあの器具だ。


 アイスかポテトサラダでしか使ってるとこ見たことないけどな。


「めっちゃ動作がスムーズ」

「ヤシロの図面が正確で分かりやすかったからねぇ、そんくらい軽いもんさね」


 上機嫌にからから笑うノーマ。

 そっかぁ。俺、アイスクリームディッシャーの図面まで描いてたのかぁ。

 ……寝不足の弊害?

 大丈夫か俺の海馬?


 オオバヤシロ、十八歳。

 好きなおっぱいは、半生おっぱいです!


 ……うむ、基本的な情報はなくなっていない。

 じゃあ、徹夜中と徹夜明けのテンションMAX前後が怪しいんだな。

 今後は気を付けよう。


「ゎぁ、かわぃい盛り付け!」


 小鉢に盛り付けられた半球のバニラアイスとチョコアイス。

 ちぎったミントの葉っぱも添えられて、ぱっと見、そこらのホテルで出てきそうな高級感を感じる。


「マグダさんたちには明日の朝振る舞いますので、みなさんと先行試食会です」


 試食に先行も後行もあるか。


 しかし、女子たちの目がキラキラと輝いている。

 ん……眩しっ。

 ウェンディでも紛れ込んだか……って、デリアの目からめっちゃキラキラした星が飛び出してる!? いや、飛び散ってるね!?


「絶対美味しいヤツだ……」


 そうか、分かるのかデリア。

 確信できるが、絶対お前が好きなヤツだ。


「ただ、これも冷たいから食い過ぎると腹壊すぞ」

「大丈夫だ! あたいは無敵だから!」


 今日二回目だわ、そのアホっぽい謎理論展開されるの。


「では、召し上がってください」

「やったぁ! いただきうまぁ~い!」


 速い、速い!

 デリア、速いよ!


「店長~ぉ……あたい、ここの子になるぅぅぅううぇぇええ……」


 泣き出しちゃったよ!?

 そんなに美味かったか?

 まぁ、美味いけども。


 つーか、ジネット、「いつでも大歓迎ですよ」じゃないから。

 デリアが抜けると、川漁ギルドがいろいろ大変になるから。


「これ、ヤシロが考えて、店長が作ったのか?」

「俺が考えたんじゃねぇよ」

「あたい、二人とも好きだぁ~!」

「だから、俺が考えたんじゃ……はぁ、もう。はいはい。ありがとな」


 泣きじゃくるデリアには、何を言っても無駄なのだ。

 今、口の中にある甘さに感動して、細かいことは全部どうでもよくなってしまう。


 まぁ、悪意もなく、その後トラブルにも発展しないから放っておいても問題ない。

 好きにさせておこう。


「店長~、ぎゅー!」

「はい。ぎゅ~、ですよ」


 デリアが感涙しながら両手を広げると、ジネットがデリアに抱きつき、ぎゅっと腕に力を込めて抱きしめる。


 わぁ、大きな膨らみがぶつかってむっぎゅむぎゅ☆


「ヤシロぉ~」


 よしきた!

 むっぎゅむぎゅタイムの到来だ!


「ありがとぉ~!」


 あれ!?

 ぎゅーは!?

 むっぎゅむぎゅは!?


「よかったねぇ、美女からの素直な感謝がもらえて」


 そんなんいらんからぎゅーでむぎゅーをくれ!

 感動するならむぎゅをくれ!


 そんな俺に、イメルダが声を掛ける。


「ヤシロさん」


 むぎゅ!?


「美味しいですわ」


 そんな分かりきった感想はいらん!

 そして隣のノーマが嬉しそうに口元を緩ませて俺を呼ぶ。


「ヤシロ」


 むぎゅ!?


「美味しいさね」


 それもう聞いた!


「ヤシロく~ん☆」


 むぎゅホタテ!


「あまぁ~い☆」


 それはアイスが、俺の考えが!?


「あのねぇ、ヤシロ」


 すとーん。


「うるさいよ」

「なんも言ってないだろう」

「目は口ほどに物を言うってこと、君はさっさと学習するべきだよ」


 ちぃ!

 厄介な!

 おしゃべりな目め!


「みんながこの味に感動しているんだから、素直にその感謝を受け取っておきなよ」


 でも!

 直前に目の前で、あんなすごいむっぎゅむぎゅを見せつけられたらなぁ!

 期待しちゃうやろがい!

 四十二区ナンバーワンとナンバーツーのむっぎゅむぎゅだぞ!?


 俺、たぶん、不慮の事故で命を落としても、あのむっぎゅむぎゅに挟まれたら蘇生できる気がする。自信ある!


「ナタリアとイネスも相当気に入ったようだよ」


 と、妙におとなしい給仕長二人の方を指差すエステラ。

 その先では、アイスを食べて恍惚とした表情を浮かべる給仕長二人が並び立っていた。


「はぁ……愛おしい、この甘さ」

「口の中に入れた瞬間、とろけますね」

「とろけ……愛おしい……」

「めるてぃ」

「らぶ」


 少しだけピュアなアノ気持ちでも思い出してんのか、お前らは。


 それにしても、アイスの破壊力は抜群だな。

 全員が揃いも揃って虜になっている。


「猛暑期に食べたかき氷もよかったが、こちらの方が品のある食感で、私は好きだ。カタクチイワシよ、レシピを――」

「見返り、期待してま~す☆」


 なんでも欲しがるルシちゃんめ。

 まぁ、アイスクリームくらいは広めたって構わないだろう。

 作り方さえ分かれば誰にでも作れるし、研究次第で改良も容易い。

 方々にアイスクリーム屋でも出来れば、その土地土地の名産アイスクリームとか出来るかもしれないし。

 とりあえず、港有三区には広めてもいいか。


 港で海を見ながらアイスクリームとか、昭和のころのオシャレなデートみたいで、こっちの連中には刺さるだろう。


「ジネットはどうだ?」

「はい。とても甘くて美味しいです」

「まだまだ満足してないって顔だな」

「まだまだ試作段階ですから。これからです」


 こいつは、自分が作ったものには厳しいんだよな。

 ホント、女将さんそっくりだ。

 そのくせ、俺が母の日に作った適当なカレーを「世界一美味しいわ」とか言って大袈裟に喜んでさ。


 ジネットも、きっとそのタイプなんだろうな。


「あの、ヤシロさん」


 キレイに平らげられた小鉢を手に、モリーが潤んだ瞳で俺を見上げてくる。


「今晩は、お腹に毛布を二枚かけて寝ますので、おかわりを……」

「腹壊すだけじゃなくて、太るからな、食い過ぎると」

「これもですか!?」


 あぁ、うん、モリー。

 お前が好きな物は、大抵みんな太りやすいと思っとけ。な?






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