誕生6話 風呂と就寝の間に -1-

 無限に広がる大宇宙……


「やっぱり、風呂上がりのコーヒー牛乳は宇宙だよなぁ!」

「うちゅう?」


 ジネットが小首を傾げてしまった。

 そうか、この世界には宇宙って概念がないのか。


「すごく広大で果てしないってことだ。それくらい、コーヒー牛乳は美味い!」

「ふふ、そうですね。コーヒーがこんなに甘く美味しくなるなんて、ちょっとビックリです」

「氷室のおかげでもあるけどな」

「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があったッス」


 一晩で氷室を作り上げた張本人が嬉しそうに胸を張っている。


「ワシは冷酒の方がいいけどな」


 お前はもうずっと飲んでろ。


「モリー君、ごめんね。送っていくという約束を反故にしてしまって。この埋め合わせは、必ずするから」

「いえ。陽だまり亭さんに泊めていただけることになりましたので、どうかお気になさらないでください。当然、『精霊の審判』も使用しません」


 こういう時に『精霊の審判』を向けられないのは、人徳のなせる業なんだろうな。

 日頃の行いが物を言うのだ。

 で、後日しっかりと見返りを用意しておけば、「こいつはカエルにするより利用した方がいい」と思わせることが出来、敵が減る。


 ちゃんと使わないと明言してやるモリーも優しいもんだ。

 こういう時のマナーとかだったりするのかもしれないけどな。

 そういや、エステラは大多数の人間がいる時はいちいち明言してるっけ。「今回のことに『精霊の審判』は使わないように」とか「ボクは使わない」とか。


 やだ、メンドクサイ。

 お前のせいでメンドクサイことになってんぞ、精霊神。

 一回謝りに来いよ、この世界の住人にさぁ。


「それじゃ、ワシらはもう行くぞ」

「店長さん、おツマミ、ありがとうね」

「いえ。お酒もほどほどに、ゆっくりと休んでくださいね」

「あはは。執事以外にそう言ってもらえるのは久しぶりだね。ありがとう、留意しておくよ」


 留意しつつも実践するかは分からないって?

 ハビエルも、久々に絡める相手がいて喜んでいるんだろう。

 メドラなんか、明日に備えてさっさと帰ったってのに。

 しっかりしろよ、ギルド長。


 まぁ、マーシャは泊まる気満々だけども。


 風呂上がりに陽だまり亭で三次会をと言っていたハビエルだったが、風呂から出てみたら、マグダやテレサやカンパニュラがもうすでにおねむだったので、気を利かせてイメルダの館へ戻ることにしたのだ。


「お父様、忘れ物ですわ」


 と、マーシャとルシアとノーマを指さして抗議するイメルダ。

 だが、その三人にしがみつかれて「つれないこと言うんじゃないさよ~」と甘えられ、盛大なため息とともに諦めがついたようだ。


 わぁ、メンドクサそうだなぁ、あの三人が揃うと。

 よし、メンズバリアー。


「トルベックと丸メガネも来い。いい酒を飲ませてやるぞ」

「オイラは明日も仕事があるんッスよ」

「うるせぇ! ワシに口答えするとは、随分偉くなったもんだなぁ、トルベック! いいから来い!」

「……まったく。今日は一段と絡み酒ッスねぇ」

「ウーマロ氏。頃合いまで付き合ってあげるでござるよ」

「しょーがないッスねぇ」


 あぁ、メンズバリアーがさらわれていく!


「オオバくんが飲めれば、是非連れ去りたいところだけれど、今回は遠慮しておこうかな」


 酒に頬を染めながらも、いつもと変わらない口調と態度のデミリー。

 こいつは、酒の飲み方もスマートだな。


「今日は本当に楽しかった。お祝いする側の人間が楽しんでしまって申し訳ないけどね」

「そういうもんだろ、こういう会は」

「そう言ってもらえると助かるよ。それじゃあ、また。何かあったら、いつでも頼ってきておくれよ」


 ぽんぽんと俺の肩を叩き、デミリーが騒がしいハビエルを誘導して陽だまり亭を出ていく。

 四十区の重鎮たちが徒歩で帰るのか。

 なんだ、この絵面。


「随分とオジ様との距離が縮まったみたいだけど、風呂場で何かあったのかい?」

「えっ、ナニがあったんやろ?」

「エステラ同様、自分を父親だと思って慕えってよ」


 アホのレジーナは、無言で足蹴にしておく。

「ぃやん、せめて何か言ぅてぇや」とかほざいているが、丸ごと全部無視だ。


「随分と気に入られているようだね。嫉妬してしまいそうだよ」


 と、冗談めかして言うエステラ。


「遺伝的に怖いからって、ちゃんと断っといたぞ」

「君はまたすぐそういうことを言う。オジ様が許しても、ボクが怒るよ、そのうちに」


 とか言いながら、怒らないじゃん、お前。


「お前とリカルドが衝突した時、俺がそうなるようにお前をそそのかしたんだと思って、俺を潰そうとしてたんだって」

「えっ、オジ様が!?」

「俺を警戒するあまり、エステラの気持ちを見落としてたって反省してたぞ」

「オジ様…………えへへ、そっか。教えてくれて、ありがと」


 にへら~っと、口元を緩めるエステラ。

 ホント懐いてるよな、デミリーに。


「そんなに小遣いもらったのか?」

「違うよ。オジ様はね、幼かったボクと同じ目線で話をしてくれて、何をやっても褒めてくれたんだ。……今思うと、物凄く甘やかされてたんだね、ボク」


 この懐き方は、ジネットが祖父さんに懐いてたのと似た感じか。

 一緒に暮らしてた分、ジネットの方が思いは強いだろうが。


「オジ様はね、ボクのもう一人の父親なんだよ」

「なるほど……パパ活か」

「その言葉の意味は分からないけど、たぶん違う、いや、絶対違うから」


 もう一人のパパだろ?

 一緒にご飯食べるとお小遣いをくれるっていう。


「ヤシロも甘えてみるといいよ。きっとオジ様も喜ぶし」

「どうせだったら、ジネットの母親に甘えるよ」

「うふふ。シスターが聞いたら喜びますよ。甘やかし過ぎて、わたしが止めなきゃいけなくなるかもしれませんね」


 ベルティーナに溺愛されてみたいもんだな。

 デミリー?

 いや、そっちは別にどーでもいい。


「オジ様はね、公私をきっちりと分けられる人なんだよ」

「そうか?」

「そうだよ。執務中のオジ様は、話しかけにくい威厳みたいなものを纏ってるもん」


 ちょっと想像がつかんな。

 いつ見てもにこにこしてるし。

 あぁ、そうか、デミリーに会う時は大抵エステラと一緒だからか。


「そんなオジ様ですら、ボクには甘かったからね。セロンやウェンディは相当我が子を溺愛するだろうね」

「そんなもん、火を見るより明らかだろうが」


 立てば感涙、しゃべれば狂喜乱舞、ちょっと熱でも出そうもんならパニックに陥って街中駆けずり回りそうだ。


「ガキは熱を出しやすいって教えといてやらないとな……」

「あはは、そうだね。心労で倒れちゃうかも」

「子供たちの体調管理は大変ですからね。……代わってあげられればと思うことが何度もありました」


 そこはお互い様だ。

 ジネットやベルティーナが体調を崩して寝込めば、ガキどもが泣いて取り乱す。

 なら、大人がしっかりと看病してやる方がまだマシだろう。


「ガキが体調を崩した時は、付きっきりで愛情を際限なく注ぎ込めるチャンスタイムだと思えばいい」

「ふふ、そう言われると、なんだか張り切ってしまいそうです」

「言われてみれば、そうだったかもしれないね。ボクも、両親やオジ様には随分甘やかしてもらったよ」

「愛してもらえていると実感できれば、不安や苦痛も和らぎますよね」

「その結果、ジネットのような大人に成長する」

「あはは、シスターの功績だね」


 そんなことないですよと、ジネットは謙遜をする。

 もちろん、ベルティーナが頑張ってないという意味ではなく、自分が功績と呼ばれるほどの成果ではないという意味でだが……ジネットみたいな性格に育ったなら大正解だろう。

 もう一回やれと言われても、おそらく無理だろうし。


「確かに、シスターにはたくさんの愛情をいただきました。この先一生かかっても返しきれないくらいに。感謝しかありませんね」

「返しきれない分は、お前が下の世代に注いでやればいい」

「そうですね。では、みなさんをたっぷり甘やかしたいと思います」


 もう十分過ぎるくらいガキどもを甘やかしているジネット。

 これからさらに一段階上の甘やかしをするつもりなのだろうか。


「でしたら、その愛情、こちらの愛に飢えた亡者たちに注いであげてくださいまし!」

「イメルダしぇんしぇ~い、さみしぃ~」

「かまってさねぇ~」

「私も便乗~☆」

「あ、ごめん。そっち見ないようにしてるんだ、俺」

「奇遇だね、ボクもだよ」


 愛に飢えた亡者にすがりつかれているイメルダ。

 目を合わせると絡まれるから、視線外しとかなきゃ。

 ずっと視界に入ってたけど、頑張ってスルーしてたんだ、俺☆


「ではみなさん。今日だけ特別に、お夜食に甘いものをお出ししますね」

「やったさね!」

「ジネぷー、愛してるぞー!」

「みんなまとめて太っちゃえ☆」


 マーシャだけ、普段通りだな。

 あれは素面なのか、酔っているのか……絡まれたくないので確認はしないでおこう。そうしよう。






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