誕生5話 ひとっぷろ -3-

 暫しの後。


「最っ高だったさね!」


 女子たちが風呂から出てきた。

 ノーマが殊の外上機嫌だ。


「タコわさと、あの長芋のヤツが特に熱燗に合ってねぇ……く~ぅ、思い出しただけでも酒が飲みたくなるさね」

「お兄ちゃんからの差し入れが嬉しくて、ノーマさんが全然湯船から出てこなかったですよ」

「……マグダたちも付き合わされた」


 酒は飲まないが見目麗しいという理由で、マグダたちはノーマに拘束されたらしい。

 可愛いのを侍らして風呂場で酒を飲むとか、堕落した権力者みたいな豪遊だな。


「あら、まぁ。知らない間に、素敵な小料理屋さんがオープンしていますね」


 厨房飲みの現場を目撃しても、ジネットは怒ることなく、「楽しそうですね」とにこにこしている。


「そっちのちょい飲み屋はどうだった?」

「ノーマさんとルシアさんとマーシャさんとナタリアさんとイネスさんがとても楽しそうでしたよ」


 酒飲みがハッスルしていたようだ。


「そして、ボクと――」

「ワタクシが、物凄く苦労しましたわ」


 で、酒飲みどものお世話係が真っ白に燃え尽きている。


「お酒が入ってさ、気分が大きくなってたんだろうけどね……『次におかわりが来た時には、アタシがこの泡ビキニで出迎えに行ってやるさね!』って、ノーマが泡風呂の泡を三ヶ所につけて出ていこうとしてさ……」

「バカ、エステラ! そーゆー情報はもっと早く寄越せよ!」


 おかわりくらい、いくらでも持っていったのに!

 ビキニだったら見られても恥ずかしくないもんね☆


「当然、君には知らせないし、そんな格好では外には出させないよ」

「お前は、ほうれんそうの大切さを理解しろよ」

「ほうれんそう? おひたしとか?」


 ちげぇーよ!


「報告と連絡と相談で、報連相ほうれんそうだよ!」

「あ、なるほどね。組織内の情報共有とかコミュニケーションの必要性を言い表したものか。へぇ~、ほうれんそうね。ははっ、覚えやすくていいじゃないか。今後使わせてもらおっと」


 こいつもちょっと酔っているのか、からからとよく笑う。

 のぼせてないだろうな。顔がちょっと赤いぞ。


「ウチんとこでは、チンゲンサイやったなぁ、それ」


 ほこほこと、緑の髪から湯気を昇らせてレジーナがやって来る。


「チンゲンサイ? それも、報告、連絡、相談みたいに何かの頭文字をとっているのかい?」

「せやで。チン【自主規制】、ゲン【自主規制】、サイ【自主規制】や」

「ろくでもねぇーな、お前の国!?」


 どんなコミュニケーション取る気だ!?


「ねぇ、ヤシロ……ゲン【自主規制】って何?」

「聞くな、エステラ。で、二度と口にするな」


 レジーナ案件だっつーの。

 説明したら、俺が懺悔食らわされるっつーの。

 親切なんかするもんじゃねぇっつーの。


「ヤシロさん」

「懺悔なら、レジーナにさせとけ」

「へ?」


 レジーナ案件の直後にジネットに声をかけられ、思わず身構えてしまったが、どうやら懺悔を言い渡しに来たのではないらしい。


「あの、みなさんお風呂に入られますか?」

「あぁ、入る入る」


 そっかそっか。

 その確認か。


「では、厨房小料理屋はわたしが引き継ぎますね」

「まだ飲むのかよ、ノーマたち……」

「焼きそばのいい匂いがするとおっしゃってますよ」


 美味そうなニオイが残ってて、腹の虫が鳴いたらしい。

 タコわさや長芋を短冊切りにして出汁をかけたヤツじゃ腹は満たされなかったようだ。


 夜に焼きそば……


「モリー」

「はい」

「ほどほどにな」

「えっと……私はお酒を飲んでいませんので」


 思考回路が鈍って暴食には走らないと、そう言いたいのか。


「ノーマさんたちよりも幾分多く食べても太らないと思います」


 違った。

 残念回路が暴走してた。


「モリー」

「はい」

「ほどほどにな?」

「な、なぜ二回も……?」


 モリーが陽だまり亭に泊まり込んでダイエット合宿する日も、そう遠くはなさそうだ。


「じゃあ、オイラたちもお風呂をいただいてくるッス」


 と、男連中が風呂場に向かおうとしたので呼び止める。


「その前に。お前たちにプレゼントがある」


 折角なので、みんなの反応を見てから風呂に行きたい。


「ちょっと待ってろ。ジネット、コップを人数分出しといてくれ」

「はい」


 氷室へ向かい、コーヒー牛乳を取ってくる。

 氷の上に寝かせていたおかげで、すっかりキンキンだ。

 火照った体にこいつはキクぞぉ~。


「ヤシロさん、それは?」

「コーヒー牛乳だ」

「……コーヒー……」


 空のコップを持って俺を出迎えたマグダの耳がぺたんと寝る。

 あからさまにがっかりしたな。

 あ、こら、デリア。コップを返すんじゃない。

 美味いから!

 ちゃんと甘いから!


「俺の故郷では、風呂上がりにこいつを飲むと、人生を彩る幸せの一つを感じることが出来ると言われていたんだ。まぁ、騙されたと思って飲んでみろ」

「……むぅ」


 さぁさぁと、マグダにコップを握らせコーヒー牛乳を注ぐ。

 ほれ、ぐいっと行け。

 ぐぃ~っと。


「……すんすん」


 マグダはコーヒー牛乳の匂いを嗅ぎ、ちろっと、表面を軽く舐めた。

 瞬間、マグダの耳がぴるるっとはためき、尻尾がピーンっと立った。


「マグダっちょのあの感じ! 美味しいですか、それ!」

「……待って」


 ぐいぐい来るロレッタを一度落ち着かせ、マグダはコップの中のコーヒー牛乳をごくごくと一気に飲み干す。


 おぉ、いい飲みっぷりじゃねぇか。

 分かってるねぇ、マグダ。

 そうだ、そいつはそうやって豪快に飲むのがマナーだ。


「……これは、美味!」

「お兄ちゃん、あたしも飲んでみたいです!」

「あの、ヤシロさん。わたしも」


 ロレッタとジネット、その後ろからカンパニュラとテレサもわくわくとした顔をこちらに向ける。

 マグダが飲めるコーヒーということで、それがいかに甘いかが分かったのだろう。


 デリアも、さっき置いたコップを手に列に並ぶ。


「ごくごく飲み干すと一層美味いぞ」


 そんなコツを教えつつ、風呂上がりの女子たちの持つコップにコーヒー牛乳を注いでいく。


「ぷはぁー! これは衝撃です! 美味いの向こう側にいるです! 美味いを超越した美味しさが濃縮されているですよ、これは!」

「とても甘いですが、ほのかにコーヒーの香りがして……美味しいですね、これ」

「マグダ姉様が気に入られた理由も分かりますね。これなら、苦いのが苦手な私でも飲めます」

「あまぁ~い、ね」


 陽だまり亭一同はその味を堪能し、そして気に入ったようだ。

 ジネットのわっしょいは出なかったが。


「甘い! ヤシロ、あたいおかわりしてもいいか?」

「あんま飲むと、腹壊すぞ」

「大丈夫だ! あたいは無敵だし!」


 ホント、腹痛とか体調不良にも勝っちゃいそうだけども、デリアなら。


「甘くて美味しいさね」

「だね~☆」


 と、ノーマとマーシャは余裕の表情。

 こいつらは、甘いものより酒の方が楽しみなんだろうな。

 コーヒー牛乳のターンをさっさと終わらせて厨房飲みを始めたそうだ。


「みりぃ、これ、好きかも」

「同意する、私は、フェアリーエンジェルミリィの意見に」

「ぇ、まって、ぎるべるたちゃん!? みりぃのことは、みりぃって呼んで!」


 ミリィとギルベルタもコーヒー牛乳は気に入ったようで、二人してはしゃいでいる。

 そんな二人を見て、ルシアは――


「二人ともカワヨい!」

「コーヒー牛乳の感想言えよ、お前も」


 風呂上がりの幼い女子を見てはぁはぁすんな。

 同性だからセーフとか、ないからな!


「うむ。火照った体に冷たい飲み物が通っていく感覚は面白い。味も悪くないし、子らが好んで飲むであろう。大衆浴場とともに三十五区へ導入しよう。レシピを寄越せ」

「おう。見返り、期待してるぞ」


 タダじゃねぇからな。


「しくじりましたね……」

「まったくです……」


 一方、厨房の片隅でナタリアとイネスがコップを握りしめて難しい顔をしている。


 何か問題でもあったのかと思えば……


「これは、全裸で仁王立ちをし、腰に手を当てて一気に喉へ流し込むのが一番美味しい飲み方に違いありません」

「そうですね。百歩譲っても、許容できるのはバスタオル一枚まででしょう」

「ナタリア、イネス、正解!」


 さすが給仕長ズだ。

 状況と商品だけで、正しいマナーに行き着きやがった。

 やっぱ、風呂上がりにタオルだけ巻いて飲むのが至高だよなぁ、コーヒー牛乳は。


「そういうのは、自分の家でやるように」

「ですが、私の部屋には浴槽が……あぁ、なるほど、エステラ様の館でやればいいのですね」

「……やってもいいけど、他の給仕に悪影響が出そうだから、絶対見つからないうようにやってね」

「では、その際は是非ご一緒させてください」

「君は自分の区でやってくれるかな、イネス!?」

「ゲラーシー様の前で肌を晒せと?」

「うぐ……それは、……まぁ、問題か」

「いいなぁ、いいなぁ、ナタリアさんは……私なんて、どうせ……くすん」


 イネスが急にいじけだした。

 厨房の隅っこで膝を抱え、指先でイジイジと床をなぞり、分かりやすくいじけてみせる。


「あぁ、もう、分かったよ! 今度招待するから、いじけないの!」

「ありがとうございます。さすがは微笑みの領主様。お心が広い」

「……褒められてる気がしないよ」

「そうですね。もっと分かりやすく、『見た目に反して心が広いんですね、省スペースなのに』と言えば、弄っているともっとはっきり伝わったでしょうに」

「イネスはそんな意図を含んでないよ!」

「次回以降、気を付けます」

「ナタリアに影響されないようにね、イネス!」


 給仕長二人を引き離し、ナタリアに正座を言い渡すエステラ。

 うわぁ~、ナタリアのてへぺろ顔、ムカつくなぁ~。


「で、エステラはどうだ?」

「コーヒー牛乳かい? 最高だよ。大衆浴場での販売を視野に入れて、明日にでもアッスントと話をしておくよ」


 なら、コーヒー牛乳が広まるのもあっという間だろう。


「お兄ちゃん、おかわりしてもいいですか!?」

「いいけど、俺等の分も残しといてくれよ」

「あの、ヤシロさん。私もいいでしょうか、おかわり!?」

「モリーは……お腹と相談して決めろ」


 お腹の減り具合じゃないぞ~?

 お腹の育ち具合と相談するんだぞ~?



 まぁ、飲むだろうけどな。

 意思が弱い子だから、モリーは。






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