誕生5話 ひとっぷろ -2-

「……さて、どうしたものか」

「これは、難題ッスね」

「大問題でござる」

「ワシらじゃどうすることも出来ねぇな」

「領主として様々な窮地をくぐり抜けてきたけども……こればっかりはお手上げだね」


 野郎どもが雁首揃えて直面した問題に頭を悩ませている。


 コーヒー牛乳がキンッキンに冷えるまで、ゆっくりと入浴してもらおうと、湯船に浸かるノーマに熱燗の差し入れをしようと酒を温めたまではよかったのだが……


 どうやって持っていくんだ、これ?


「しょうがない。俺が代表して――」

「入っちゃダメッスよ!?」

「大丈夫だ。これはただの親切心であり、下心なんてこれっぽっちしかない」

「と、全力で両腕を大きく広げたでござるな、ヤシロ氏!?」

「そんなでっかい『これっぽっち』を初めて見たぞ、ワシは」

「オオバくんの正直なところは美点なんだけどねぇ」


 早くしないと女子たちが出てきてしまう。

 さて、どうしたものか……


「廊下からデカい声で呼べば、誰か出てきてくれんじゃねぇか?」

「だ、ダメッスよ!? 入浴中の、じょ、女性が、脱衣所までとはいえ出てくるなんて、大問題ッス!」

「体にバスタオルを巻いておけば問題ない!」

「問題大ありッスよ!?」


 バスタオル姿はテレビでも放送できるんだから倫理的にOKなんだよ。

 きっと、バスタオル姿で渋谷を歩いていても、誰にも何も言われないはず!


「テレサとかカンパニュラなら問題ないだろ?」

「いや、まぁ……テレサちゃんなら、まだ、……それでも、他所様の娘さんッスし……でも、カンパニュラちゃんはもう絶対アウトッスよ」

「なぁ、トルベック……もう一回、よく考え直してみろよ」

「黙るッスよ、ハビエル! イメルダさんに言いつけるッスよ」

「お前がか? 面白い、出来るものならやってみろ! 風呂上がりのイメルダに近付けるものならな!」

「くっ……!」


 魔王と勇者みたいな顔して睨み合ってるけど、内容すっげぇくだらないからな?


「ぁの……ごめんくださぃ……」


 そこへ、ミリィがひょっこりと現れる。


「どうした、ミリィ?」

「ぅん、ぁの、ね? 今日、お泊まりしようって、まぐだちゃんに誘われて、それで、お泊まりと明日の準備、してきたの」


 急な宿泊の誘いに、一度自宅へ戻って諸々の準備をしてきたらしいミリィ。


「ミリィが来るのを知ってるなら、待っててやりゃあいいのに」


 なに先に風呂入ってんだよ、女子連中。


「ぁ、それならね、泡々のお風呂で待ってるから、ゆっくりでいいょ、って」

「あいつら、また泡風呂してんのか。そういや、レジーナも混ざってたっけな」


 レジーナが何か持ち込んだのかもしれない。

 あいつもすっかり、輪の中に入ることに抵抗をなくしているようだ。


「じゃあ、悪いんだけどさ、これを持っていってくれないか?」

「これ……ぉ酒?」

「泡風呂には合わないかもしれないけど、湯に浸かりながら飲むと美味いって、俺の故郷では言われてたからさ」

「分かった。じゃあ、みりぃもお風呂、いただいてくるね。……先に使っちゃて、ごめん、ね?」

「いいよ。ゆっくり楽しんでこい」

「ぅん!」


 大きな荷物を軽々と抱え、ミリィが浴室へ向かう。

 ミリィが声をかければ、きっと誰かが出てきて中から鍵を開けるのだろう。


「さぁ、男は厨房から出るッスよ」


 万が一を防ぐように、ウーマロが男たちを厨房から追い出そうとする。

 しょうがねぇな。


「じゃあ、廊下の方へ――」

「逆ッスよヤシロさん!? フロアに出るんッス!」


 えぇ~……

 お前が「厨房から出ろ」って言ったんじゃ~ん。


 ハビエルに首根っこを掴まれて、フロアへと連行される。

 こいつ、イメルダも混ざってるからってウーマロ側に寝返りやがって。


「出てくるのはテレサかもしれんぞ」

「ワシはな、姑息なことはせず、もっと純粋な心で彼女たちを愛で、守り、育んでいくと決めてるんだ」


 その割には、ヨコシマな感情がダダ漏れてんぞ、お前。


「ベッコ、ちょっとハビエルに『精霊の審判』かけてみてくれるか?」

「やめろ! 絶対に大丈夫だという自信はない!」

「スチュアート。仮にそうだとしても、認めちゃ負けだよ」


 度し難い親友に苦笑を漏らすデミリー。

 友達なら、ちゃんと悪いところを指摘してやれよ。

 お前が長年放置するから、こんな仕上がりになっちまったんだぞ。


「ぃぃいいいやったさねぇー! お酒さねぇー!」


 遠くから、ノーマの歓喜の声が響いてくる。


「あ、無事中に入れたらしいぞ」

「まったく、騒がしい女ッスねぇ。もっとミリィちゃんたちを見習って、淑やかになればいいッスのに」


 呆れてため息を漏らすウーマロ。

 たぶん、向こうもお前のことそんな感じで見てると思うぞ。


「さぁ、ヤシロ! こっちも始めようじゃないか! もちろん、ワシたちの分もあるんだろ? ん?」

「お前、風呂でも飲むつもりだろ?」

「当然だ! 家では家の、店では店の、外では外の、海では海の、そして風呂では風呂の酒が楽しめる。どれ一つとして疎かには出来んさ」

「ほどほどにしとけよ」


 ま、言っても無駄なんだろうけど。


「デミリーはどうする?」

「私はスチュアートほど強くないからね。嗜む程度にしておくよ」


 飲むんかい。

 こいつも結構好きなんだな、酒。


「ウーマロとベッコは?」

「いただくッス!」

「拙者も、今日は酔いたい気分でござる」

「お前らも程々にしとけよ。明日から八徹なんだから」

「「何やらせる気ッスか!?」でござるか!?」


 特に何もないけど、そこまで完全に油断されてると何かしら仕事を与えたくなっちゃうだろうが。


「とりあえず、キツネの嬢ちゃんに出したツマミはこっちにもくれ」


 鍋を洗いながら、俺が作るツマミをしっかりとチェックしていたらしいハビエル。

 へいへい。作ってやるよ。


「ちょっと待ってろよ」

「まぁ、待て、ヤシロ」


 厨房へ向かおうとした俺を呼び止め、ハビエルが近付いてくる。


「行ったり来たりすんのは手間だろう? 厨房で飲もうじゃねぇか」

「そんなことしたら、お前ら厨房で騒ぐじゃねぇか」


 ジネットがブチギレても知らねぇぞ。

 キレさせたら、きっとイメルダより怖いぞ。

 滅多にキレないからこそ、その一回の破壊力が増すタイプだ、あれは。


「掃除手伝うからよぉ! な? な!?」

「あはは。スチュアートは好きだよねぇ、厨房でお酒を飲むのが」

「おう! ツマミを作りながら酒を飲む。酒を飲みながらツマミを作る。これがいいんだ!」


 若い頃、デミリーと一緒に外でキャンプをして、ツマミを作りながら飲んでいたというハビエル。

 結婚してからは厨房で飲むことを妻に禁止され、貴族になってからはそこらの外でキャンプも出来なくなったらしい。

 かといって、外の森で思うままに酒を飲むわけにもいかず、ずっと悶々としていたのだとか。


「だからよぉ、船の上で貝を焼きながら食ったのが嬉しくてよぉ」


 それで、料理しながら飲みたい熱が再燃してしまったらしい。


「はぁ……寝る前と朝に掃除だな、これは」

「さすがヤシロだ! 話が分かる! よぉし、特別にワシがとっておきのツマミを作ってやろう。なぁ~に、これでも若い頃は結構好きで料理をやってたんだ」


 好きと得意は違うからなぁ。

 どんなもんなんだと、デミリーに視線を向けると、肩をすくめて苦笑も漏らす。

 ……イマイチなんじゃねぇか。


「このキッチンドランカーめ」

「悪い酒じゃねぇぞ。こいつは祝の、いい酒だ!」


 そうだな。

 酒は悪くない。

 悪いのはいつも、酒に飲まれて痴態をさらす酔っぱらいの方だ。


「よぉし、アンブローズ、金を出せ! ここにある食材を買い取って、ヤシロの誕生日会の三次会だ!」

「君が主役にならないようにね」


 だからな、デミリー。

 そうやって甘やかすからハビエルが……まったく。


「明日の寄付の分まで食い尽くすなよ」


 ベルティーナにブチギレられるぞ。

 ベルティーナにキレられたら……たぶん終わる。

 何がかは分からんが、たぶん、終わる。


「さぁ~て、じゃあまずは何からいくかな~」

「あはは。まるで独身時代に戻ったようだね」


 もしかしたら、デミリーと思いっきり飲めるのが嬉しいのかもしれないな、ハビエルのヤツ。

 いっつも女子たちと飲んでるし。その時は割と遠慮しているのだろう。


「へい、お待ち! ピーマンキャベツの丸焼きだ!」

「せめて芯とヘタくらい取れッス!」

「見た限り、洗ってすらいなかったでござるよね、ハビエル氏!?」

「バカヤロウ! 生でも食えるものは何やったって食えるんだよ!」

「まぁ、昔からずっとこんな感じなんだよ、スチュアートは」

「出来もしねぇくせにやりたがってんじゃねぇよ」


 食材が泣いてるぞ。


 しょうがない。

 食材を無駄にするわけにはいかない。


「それ寄越せ。食えるものにしてやるから」


 軽ぅ~く火が通っているほぼ生のキャベツとピーマンをかっさらい、ざく切りにしていく。

 そこに人参ともやしを追加。

 ラーメン用の麺をほぐして軽く茹で、その間にスライスした豚肉をフライパンで炒める。

 はい、野菜投入。

 しんなりとしてきたら、茹でて水を切った麺をどーん!


 夜だろうと容赦なくソースをどっばどばかけて、卵とオリーブオイルとお酢で作ったなんちゃってマヨネーズで追撃!


 豪快な音とともに立ち上る暴力的なソースの香りが満腹だったはずの腹を瞬時に空腹状態へと引き戻す。


「くぉおお! この匂いはたまらんな! 焼きそばか!」

「おうよ! 真夜中の悪魔的焼きそばだ」


 体重を気にする女子がこの場にいたら、きっと泣いちゃっていただろう。

「なんてものを作ってくれたんだ」と。

「こんなもん、食わずにいられるわけがないだろう」と。


「んめぇ! 酒、酒ぇ! ……っかー! 合う!」


 だろうな。

 つーか、お前はなんだって美味そうに酒飲むじゃん。


「焼きそばなら、ビールの方が合うと思うけどな」

「そうだな、試してみるか。実は、昨日のうちに店長さんに頼んで冷やしてもらってたんだよなぁ~」


 何勝手なことしてんの、このオッサン?

 あぁなるほど。氷室の中に見たことない木箱が積まれてたと思ったが、アレがそうか。


「それじゃあ、オオバくん。改めておめでとう。そして、ありがとう」


 氷室に突入したハビエルを待たず、デミリーが俺にお猪口を向ける。


 礼を言われる覚えはないが、楽しそうなので言わせておく。


「ん~、美味しい。ヤシロくんが女性だったら、猛アプローチしたのになぁ」


 などと、笑えない冗談を言い、デミリーも上機嫌に酔っ払っていった。

 こいつら風呂に入れたら溺れんじゃね?


 程々にしとけっつってんのによぉ……ったく。






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