報労記71話 しめやかに終わる……わけもないバザー -2-
「ヤシロさん。片付け、終わりました」
ぱたぱたと、ジネットが駆けてくる。
向こうでは、ガキどもがベルティーナの周りに群がっている。
全員お揃いのちっさいカバンを持って。
あれは、売れ残り……ではなく、あいつらの分の駄菓子だな。
ちゃんと確保してたのか。現金なガキどもめ。
「悪いな、手伝いもしないで」
「いいえ。お片付けまでが、お店のお仕事ですから」
今日はガキどもが店の主役だ。
なので、最初から最後まで、きっちりと経験させてやったらしい。
「商品を作って、準備して、どんなお店にしようかと話し合って……ふふ、とっても楽しかったですね」
それは、文化祭のような感覚かもしれないな。
今日一日のことなので、装飾も運営も思い切って出来る。
利益も度外視だしな。
「将来、お店を開くと言っている子が何人もいましたよ」
「分っかりやすい性格してんなぁ、ガキどもは」
釣りでもさせてやりゃ、「川漁ギルドに入る!」とか言い出すんだろう、どうせ。
「でも、シスターが一番嬉しそうでした」
「バザーが気に入ったって?」
「いいえ。子供たちがお菓子のお店を開けば、いっぱい食べられますって」
「各店舗にたかりに行くのか……」
陽だまり亭で盛大に甘やかされてるもんなぁ。
教会のガキどもの店なら、ジネットと同じくらい甘やかすんだろうな。
もうちょっと、パウラとかを派遣しとこうかな。
あぁいう、しっかりした感性も身に付けさせないと。
まぁ、パウラはしっかりというか、ちゃっかりに近いけども。
「少し前は、陽だまり亭で働きたいと言ってくれていた子たちが多かったのですが、みんな、自分のお店を持ちたくなったみたいですね」
「アイデア出して、店を作り上げていくって過程が楽しかったんだろうな」
「はい。ハロウィンの時にはどんな飾り付けをしようか、なんて話も出ていましたよ」
どんだけ店を維持するつもりだよ。
今日だけだぞ、光の微笑み亭は。
ガキはアレもコレもと一気に考えて欲を張りがちだ。
身の丈ってもんを、早めに知っておけよ。
大火傷する前にな。
「じゃ、撤収するか」
「ヤシロさんもお帰りになりますか?」
「帰るよ。なんで俺だけ残るんだよ」
「だって、みなさん、ヤシロさんと一緒にいたそうですよ」
と、ジネットが指さした先には、すっかりと出来上がった濃い連中が手招きしていた。
ハビエルにデミリー、ノーマにゼルマルたちジジイもいるな。
「速やかに帰ろう」
「うふふ。では、そうしましょうか」
あんなもんに絡まれちゃ堪ったもんじゃない。
「イネス」
「なんでしょう?」
「悪いが、もうしばらくここにいるなら、ノーマを見ててやってくれないか?」
一応女子だし、危ないし。
イネスなら、きっといい感じで捌いてくれそうな気がするし。
「いねすぅ~、あんたもこっちにきて、いっしょに飲むさねぇ~」
にへらにへらと、酒の入った樽ジョッキを持ち上げて揺らすノーマ。
そんなノーマをしばし見つめた後、イネスは静かにこちらへ向き直る。
「本日は教会の子供たちをお風呂へ入れてあげるのだと聞きました。店長さんお一人では大変でしょうから、お手伝いいたします」
「おぉ~っと、ノーマのお世話をお断りされたぞ」
「噂は耳に入っております。あの女狐とあっちの人魚が酔っ払っている時は近寄るなと」
「女狐って呼ばれちゃってるのかぁ……発信源、たぶんイメルダなんだろうけど」
素敵なネットワークが出来上がっているようだな。
被害者が減ることを祈るばかりだ。
「じゃ、乙女たちに任せておくか」
「では、うまく誘導……もとい、お願いした後、陽だまり亭へ伺います」
「遅くなってもいいのか?」
「はい。主の方がもっと遅くなるはずですので」
ドニス、本気モードだったしなぁ。
「じゃ、乙女たちをうまく騙……よろしくな☆」
「お任せください☆」
「すっかり仲良しさんですね」
「ジネットちゃん。騙されちゃダメだよ。あの二人の心の声は、そんな穏やかなものじゃないから」
ひょっこり現れたエステラの偏見がすごい。
俺たちはただ、適材を適所に割り振ろうとしているだけなのに。
「ナタリアたちは?」
「今日は休みにしたからね。給仕たちと飲んで帰るんじゃないかな?」
今日はたっぷりと職場の者たちと親睦を深めたことだろう。
「最終公演どうだった?」
「うん。まともだったよ」
念のため、一番テンションが爆発するであろう最終公演をチェックしに行っていたエステラ。
つつがなく終わったようだ。
「ステージの方は片付けが進んでいないようですね?」
ジネットが紙人形芝居のステージに目をやって小首を傾げる。
「手伝いに行きましょうか?」とか言っているが、やめとけ。
向こうは給仕の軍団だ。片付けはお手の物。わざわざ手を貸す必要なんかない。
そんな連中が揃っていて、まだ片付けが済んでいないということは――
「おや、イネスさん。いいところに」
「あら、ナタリアさん。公演お疲れ様でした」
「それなのですが……シスターと子供たちが帰った後、一度きりの本領発揮公演、桃太郎限界突破バージョン(年齢制限あり)を開催いたしますので、お時間があるようでしたら是非」
――そんなこったろうと思ったよ。
「ナタリア。……羽目を外し過ぎないようにね」
「もちろんです。四十二区らしさは失わないよう、細部にまで配慮いたします」
「それならいいけど……」
「四十二区の有名人、ヤシロ様とレジーナさんを参考に!」
「物凄く不安だよ、それ!?」
どっちも失敬だな、この主従。
「ちなみに、ナタリア。ぽろりは?」
「そういった俗物的なものはございません。我々が目指すのは、もっと精神的な、肉体のその先にある崇高な概念なのです」
「じゃ、俗物的な出し物をやる時があったら声かけて」
「させないよ、そんなものは」
ぽろりもあるよというか、ぽろりしかないよみたいなものでもいいじゃないか!
昔の日本は、ゴールデンタイムのバラエティでさえぽろりがあったというのに!
古き良き日本、カムバック!
「では、拝見してから陽だまり亭へ伺います」
「見てくんだ……」
イネスが、なんかきらきらしている。
機嫌はすっかりよくなったようだ。
「エステラはどうする?」
「ボクは見ないよ……」
「そうじゃなくて、給仕が全員残るみたいだけど?」
「あぁ、そうだねぇ……」
「エステラさんも陽だまり亭へいらっしゃいませんか? 今日はマーシャさんもお泊まりされますから、もしよければ一緒に」
あぁ、そうだった。
マーシャを引き取ってもらうのを忘れてた。
「それじゃ、お願いしようかな。仕事があるから、朝一で帰ることになっちゃいそうだけど」
「では、朝ご飯まではご一緒出来ますね」
嬉しそうにえへへ~っと笑う二人。
お前、どんだけ泊まるんだよ。
この不良領主め。
「お、エステラ!」
そんな素行不良の領主のもとへ、見た目不良のリカルドがやって来る。
「エーリンを見なかったか? ハンターゲームと釣りで一勝一敗だったから、飲み比べで決着を付けようと思っているんだが」
「帰れ。さぁ、帰ろうかみんな」
「おい待て! 一個目と二個目の『帰る』の温度差がエグかったぞ、今!?」
そりゃリカルドに向ける「帰れ」とジネットに向ける「帰ろう」じゃ、温度差があって当然だろうに。
好感度が雲泥なんだから。
あと、エーリンことゲラーシーは、その放蕩のせいで今から居残り特訓だ。
お前も受けていけばいいんじゃね?
「あ、リカルド。ボクたちはこれから陽だまり亭に行くけど、今日はシスターが入浴するからさ、大通りから一歩でも西側に踏み入ったら……四十一区潰すよ?」
「お前ごときにやられるか!? いや、行かないけども! 行かないぞ! 行かないからな!?」
必死過ぎるリカルドは、逆にアレに見えて、なんかアレだなぁ……
「エロ筋肉」
「行かねぇつってんだろ!? 俺はもう帰るんだよ!」
ぎゃいぎゃい叫んで、リカルドが帰っていく。
「お小遣いポイント換金し忘れて、いくらか金を無駄にすればいいのに」
「そうだねぇ。そうしたら、寄付が増えるもんね」
「あ、ではわたしたちも換金はやめておきますか?」
「いや、それだと行商ギルドの利益も上がるからきっちり換金はする」
「寄付は別のルートでも出来るしね」
「では、忘れないうちに換金して、帰りましょう」
マグダたちとも合流して、余ったお小遣いポイントを換金して、会場を出る。
明日、今日の売り上げを計算して、しかるべき金額が教会への寄付として持ち込まれる。
それは、今後ベルティーナとガキどもが好きに使用していい金にすると言っていたが、結構な額になったろうな。
ウェディングドレスを着たがってるガキんちょもいるし、貯めておいてやればいい。
「お空、真っ赤ー!」
俺たちの前を楽しげに歩くガキんちょが、ウェディングドレスを着るころには、もっと貯まってそうだけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます