報労記71話 しめやかに終わる……わけもないバザー -1-

 閉会しても、会場にはまだまだ人が溢れていた。

 ガキどもは順次捌けていくのだが、それにも増してオッサンどもがなだれ込んでくる。


「今夜はここで、朝まで営業しちゃうんだ!」


 と、パウラが気合い十分な瞳で語っている。

 各酒場の看板娘たちも、パウラに負けず劣らない気合いの入り様だ。

 いつもは競い合うライバル関係にある店同士が協力して、今夜一晩だけのコラボレーションを行うらしい。


「ビアガーデンだな、これじゃ」

「びあがーでん?」

「外で飲む酒は美味いだろ? そーゆー場所のことだよ」

「なるほどね! なんかいい名前だね。じゃあ、今回の野外飲み屋の呼称は『ビアガーデン』ってことにしちゃおう!」

「「「「いぇーい!」」」」


 ノリノリだな、看板娘たち。


「ヤシロさん! 可愛く描いてくれてありがとね!」


 看板娘たちの何人かが、自分の姿が描かれたメンコを俺に見せてくる。

 関係者にはそれぞれ一枚ずつ渡しているが、もしかしたら追加で買ってきたのかもしれないな。

 ほら、保存用とか、欲しいじゃん?


「可愛く描いたんじゃねぇよ。見たまま描いたら可愛くなっただけだ」

「「「「きゃ~っ!」」」」

「ホント、ヤシロ、いつか刺されるよ?」


 パウラに呆れられたが、こういうリップサービスしとくと、今後いろいろ便宜を図ってもらえるんだよ。

 言うだけはタダ。

 タダで利益が生まれるなら、根回しくらいはしておくさ。


「じゃ、俺ら帰るから、頑張れよ。ネフェリーも」

「は~い! あ、そうだヤシロ! お花ありがとね」


 と、トサカに挿した花を指さすネフェリー。

 ……どこに挿してんの? ピアス的な感じ? 痛くないの?


「みなさ~ん! お片付けは終わりましたか~?」

「「「は~い!」」」


 光の微笑み亭の片付けを行うガキたちに、ジネットが声をかけている。

「では、一緒に確認してみましょう」と、片付けの出来を確認していく。

 あっちも間もなくおしまいだな。


 屋台の方は、マグダとロレッタが妹たちを引き連れて片付けてくれている。

 お小遣い制度のおかげか、率先してやってくれるんだよな、なんか。

 今日お小遣いポイントもらっても、明日以降は使えないのに。


「や~ひろ~!」


 片付けの進捗でも見に行こうかと思ったら、ビアガーデンから陽気な声が飛んできた。


「おぉ、出来上がってるなぁ、ノーマ」

「ま~らまら、ぜんっぜんさねぇ~。くふふふっ」


 いや、もう笑い上戸始まってるから。

 その後、とてつもなく面倒くさい泣き上戸に突入するんだろ?

 地獄の門が見え始めてるぞ、もうすでに。


「適当に切り上げて、今日は早く休めよ」

「はいっ! りょ~かいしたっさねぇ~、上官どの~! きゃははは」


 わぁ……もう、何が面白いのかさっぱり分からないゾーンに突入してる。


「おぉ、イメルダ。ちょうどいいところに」

「帰りますわよ、ワタクシはもう!」


 いや、だって野放しにしとくと不安じゃん?

 かといって、俺が付き合うとか絶対御免じゃん?


 じゃあ、もうイメルダしかいないかな~って。


「ワタクシ、明日は早朝から森へ行く予定ですの」

「あぁ、ハビエルの遺体を埋めにか。あんま奥まで行くなよ?」

「違いますわ!? まだかろうじて息はありましてよ!?」


 かろうじてかぁ。

 首の皮一枚分の娘の優しさを噛みしめておけよ、ハビエル。


 しかし困ったな。

 イメルダがダメとなると……あと頼れそうなのは…………と、ビアガーデンをぐるりと見渡すと、一人でやさぐれ親父のように酒をかっ喰らっているEカップの銀髪美女を見つけた。


「よぉ、イネス」

「え…………あぁ、コメツキ様」


 こちらを振り返ったイネスは、頬がうっすらと朱に染まり、若干色っぽかった。


「一人とは、珍しいな」

「デボラさんは、イベール様と一緒にもうお帰りになってしまわれましたので」


 いや、そうじゃなくて。


「ゲラーシーはどうした?」

「……げらー……しぃ?」

「何があったんだよ?」


 めっちゃ怒ってんじゃん。記憶から抹消するほどに。

 いや、まぁ、なんとなく想像はつくけども。

 きっといくら止めても「ヤダ! 綿菓子機持って行くんだ!」って駄々こねたり、折角会場に来たのに視察もせずリカルドと遊び回ったり、なんならイネスがヒントをくれたのにマーゥルへの感謝の花を贈る気配すら見せなかったりしたんだろうなぁ。


「その通りです」

「なんも言ってないのに肯定すんじゃねぇよ」


 ちょっと怖ぇよ、この街。

 俺の顔にだけ、『強制翻訳魔法』組み込まれてんじゃねぇの?


「コメツキ様、こちらを――」


 と、イネスが一輪の花を差し出す。

 薄紅色のその花は、儚くも楚々とその美しい花びらを広げていた。


「マーゥルへ贈るのか?」

「ですよね! 普通は、そのように思いますよね? ……ところが、とある私の主は――」 


 うん、イネス。

 それ、もう答え言ってるから。

 お前の主、一人しかいないから。


「『ん? いらぬ』……と」

「うわぁ……」


 ゲラーシー……

 あいつ、『BU』が外周区と協力関係になってから緊張感なくなったんじゃねぇの?


 二十四区教会で出待ちして「ふっふっふっ、お前らの考えることなどすべてお見通しだ」的な強キャラ感、どこに捨ててきちゃったんだよ。

 あぁ、そうか。

 あの先読みもイネスの助言あってこそのものだったのか。


「イネス、ちょっと待ってろ」


 イネスを待たせて、片付けを行っているミリィのところに行って花を三本購入する。


「イネス、これ」

「ありがとうございます。ふつつか者ですがよろしくお願いいたします」

「違う違う。分かった上でそーゆー重たいギャグするのやめてくれる?」

「ん~…………それはちょっと難しいですね」

「やめろっつってんだよ」


 ストレスかなぁ。

 ストレスがイネスをこうしちゃったのかなぁ。


「三本もいただけるのですか?」

「おう。日頃の感謝と、苦労への労いと、今後ともよろしくなってことで」

「分かりました。この花にはそれぞれ、愛しさと、切なさと、心強さが込められているのですね」

「実はかなり酔ってるだろ、お前!? 全然伝わってなくてびっくりなんだけど!?」


 まだ少し不服顔ながらも、少し表情に柔らかさが戻ったイネス。

 じゃあ、もうちょっとサービスしてやるか。


 手渡した花の一本を奪い取り、茎を途中から切って、イネスの髪に挿してやる。

 つややかな銀髪に黄色い花が生える。


「……照れますね」


 くすぐったそうに肩をすくめ、笑み崩れそうな口元を我慢するようにすぼめる。

 そして、残った花を一本ずつ左右の手で持ち、それを胸元へ寄せる。


「残りが二つということは、これでそれぞれ左右のぽっちを隠せと、そういうことですね?」

「お前しばらくナタリアと会うな!」


 影響受け過ぎだわ!

 花を三本プレゼントして、一本は髪に、残りの二本はおっぱいに☆

 なんてやるか!


 いや、やっていいなら是非そうしたいけども!


「ふふふ……」


 花を持ったまま、小刻みに肩を揺らすイネス。


「不思議ですね。何一つ成果を上げられなかった事実は変わらないのに、なんだか報われた気持ちになりました」


 花を持った手で目尻を拭う。

 まるで花びらで涙を拭いたように見えて、少し見入ってしまった。


「ありがとうございます、コメツキ様」

「そう思うなら、いい加減コメツキをやめてもらいたいもんだな」

「それは……」


 顔を伏せ、恨みがましそうな視線が俺を見上げてくる。


「だって、お名前で呼ぶのは……恥ずかしいじゃないですか」


 いや、「だって」って……


 ホント、「給仕長をもっと甘やかしてやれよキャンペーン」でも始めようかな。

 ナタリアもギルベルタもイネスも、甘やかされることに不慣れ過ぎる。

 そんなんだから、物凄い反動で残念な仕上がりになっちまうんだよ。


 まぁ、職務に影響が出ないなら、そういう変化はいいと思うけどな。


「四十二区には甘やかしの達人がいっぱいいるから、疲れたら遊びに来い」

「そうですね。では、機会があれば」


 言って、手に持った花の香りを吸い込むイネス。

 初対面の時は冷たく感じた瞳が、今は柔らかく弧を描いている。


「出来れば、達人のリストをいただきたいですね」

「リストはないが、エステラとジネットとベルティーナあたりは鉄板だな」

「あなたは、その中に含まれないのですか?」

「俺はほら、有料だから」


 無料で甘やかしてくれる連中とは、ちょっと違うんだよ。

 俺のは奉仕じゃなくて、サービス、商品だから。


「では、仕事に励んで貯蓄をしておきましょう」


 自分で言って、自分で笑い出すイネス。

 何がそんなに面白かったんだよ、今の。


「あらあら。楽しそうね、イネス」


 イネスの機嫌が直ったところへ、マーゥルがやって来た。

 ……機嫌が直るの待ってたろ、お前?

 ホンット、ズルっこいオバハンだよなぁ。


「あ。主様」


 ザッ! と、立ち上がるイネス。

 でもな、違うぞ、イネス。お前の主は、ゲラーシーだ。

 あぁ、そっか。機嫌が直っても好感度は戻らなかったかぁ。そっかぁ。


「申し訳ございません。気付かせることが出来ませんでした」

「いいのよ。それは、はしゃぎ過ぎたあの子のせいだし、強要するようなものではないものね」


 とか言いつつ、尾を引きそうだなぁ、感謝の花がなかったの。

 お中元が届かないとヘソを曲げる大手の取引先みたいに。


「達成も出来ぬまま、お酒をいただいてしまいました」

「それもいいわ。今日はこういう日ですもの。でも、特別なのは今日だけよ。明日から、また励みなさい」

「はい」


 頬にはまだ赤みが残りつつも、意識はしっかりと給仕長のソレに戻っているイネス。

 さすがというか、こいつもやっぱすごい給仕長だな。


「けど、あの子には少しおしおきが必要ね」


 今日一日、リカルドと一緒に遊び回ったゲラーシー。

 マーゥル的には落第点だったようだ。

 そりゃそうか。


「ねぇ、ヤシぴっぴ。どんな罰が適当だと思う?」


 なんで俺に聞くんだよ。

 でもまぁ、そうだな……


 チラッと見れば、ブースの片付けを執事たちに任せて自分はマーゥルの周りを近付き過ぎない程度にうろうろしているドニスが目に入った。

 このぷちストーカーめ。


 そんなストーキングちょろりんに聞こえるような声で言う。


「ゲラーシーがこんな為体ていたらくじゃ、二十九区の存続が危ぶまれるもんなぁ……。こんなんじゃ、マーゥルは安心してお嫁にも行けないな」


 言った瞬間、ドニスが『んギュンッ!』と、フェラーリも真っ青な急発進を見せ、釣り堀付近で「実にいい勝負であった。決着は次回へ持ち越しだな」とかリカルドと楽しそうに語り合っているゲラーシーのもとへとすっ飛んでいった。


 うんうん。

 再教育してもらえ。たぶんそいつ、容赦ないから。


「……もぅ、ヤシぴっぴ」


 んだよ。

 俺に振ったのはお前だろうが。そんな目で見るな。


「これで少しは頼り甲斐が出るんじゃないか?」

「そうねぇ。彼なら、安心してお任せできるけれど……申し訳ないわ」

「だったら、新しい店の視察にでも行ってやったらどうだ?」

「新しいお店?」

「もうすぐ、みたらし団子と熱いお茶が楽しめる茶屋が出来ると思うから」


 そう言うと、マーゥルは呆れたように目を見開いて、大きめのため息を漏らした。


「困った子ね、あなたは。大人をからかうものじゃないわ」


 ぷりぷりと思ってみせ、口元をほころばせる。


「けど、……そうね。完成したら、お邪魔してみるのもいいわね」


 呟いた後、「シンディも、きっと好きだと思うもの。みたらし団子」と、言い訳を追加する。

 照れてんじゃねぇよ、いい歳して。


 ま、これで、砂糖関連でのトラブルは起こりにくくなるだろう。

 三等級貴族と外周区の間にある『BU』が緩衝材になってくれるだろうからな。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る