報労記70話 夕暮れ迫るバザー -4-

「わぁ~! すごぉ~い!」

「はっはっはっ! これくらい、軽い軽い! ぐゎっはっはっはっ!」

「切り過ぎですわ、お父様!」


 木こりギルドに顔を出してみれば、ガキに木こり体験をさせる用のデッカい丸太がバラバラに切り刻まれていた。

 ……何本も用意してあったのに、ほとんどハビエルが切っちまったんだな。

 ん? そんなもん、切り口見れば分かるっつーの。

 素人じゃ、あんな綺麗な断面にはならないからな。


「はびえるおぃたん! ぶらんこの木もきれる?」

「あぁ、余裕だよ! 切ってみせようか~?」

「切らないでくださいまし! まだ子供たちが並んでいますのよ!?」

「わたし、ぶらんこのれなかった……こわくて」

「じゃあ、おいたんの腕に掴まってご覧? ほ~ら、ぶらんこだ~」

「きゃぁ~!」

「わたしも~!」

「よぉしよし、みんなぶら下がれ~!」

「「「「わ~い!」」」」

「では、そこの坊や。こっちのデッカいのをこの斧で切り倒してくださいまし」

「待ってイメルダ!? 今イメルダが指さしてるのワシ! 丸太じゃないよ!?」

「あら? 丸太じゃなければイケませんこと?」

「イケませんことよ!?」


 幼女を両腕に六人ぶら下げて、斧を持つイメルダから逃げるハビエル。


 うん。

 ここはいいや。


「じゃ、マグダ。どこに行く?」

「……木こりギルド以外なら、どこでも」


 マグダも俺と同意見のようだ。

 関わっちゃ損をするって。


「あ~、ヤシロく~ん☆ マグにゃ~ん☆」


 会場を歩いていると、ギルベルタに水槽を押してもらっているマーシャに出くわした。


「よぉ。ギルベルタに押してもらってたのか」

「命を受けた、ルシア様から。護衛、私は、マーシャギルド長の」

「えへへ~☆ あっちこっち連れて行ってもらっちゃった」


 朝、水槽の中で身動きが出来ずにいたマーシャを見て、ルシアが気を利かせたのだろう。

 今日はエステラもナタリアを伴っていないし、この中でならいいと判断したんだろうな。


「これからDDのところに行くの~☆ 一緒に行こ~☆」

「ドニスんとこって、何やってんだっけ?」

「……ロレッタ情報によれば、お酒の試飲」


 あぁ、そうだそうだ。

 二十四区の清酒を持ち込んで、清酒の試飲会してんだっけ?


「飲みたいのか、マーシャ?」

「なんかねぇ~、リベカちゃんが張りきって新しいお酒造ったらしいよ~?」


 酒と言えば、水と米にこだわるものなのだろうが、二十四区では麹にもこだわるようだ。

 リベカの自信作か。きっと美味いんだろうな。


 というわけで、マーシャ&ギルベルタと合流して、二十四区のブースへと向かう。


 いや~、ルシアがいないだけで物凄く平和だなぁ。

 ギルベルタやマーシャのそばには、大抵ルシアがいるんだもんなぁ。

 ルシア抜きのこの二人となら、本当に平穏に過ごせるよ。


「おぉ、カタクチイワシも来たか。どれ、酌をさせてやろう」

「短かったなぁ、俺の平穏」


 ドニスのところにルシアがいた。

 お前、一人でこんな場所に来て酒飲んでんじゃねぇよ。

 酔っ払ったお前の介抱、めちゃくちゃ面倒くさいんだぞ。


「ふむ……実に美しい酒だ。マーたんも飲むか?」

「飲む飲む~☆ あ、ヤシロ君。今日泊まっていくね~☆」

「ジネットに言え」

「言っといて~☆」


 えぇ……

 よし、エステラに引き取らせよう。そうしよう。


「ルシアも泊まるとか言い出さないだろうな」

「ない、それは。帰る、ルシア様は」


 飲み始めたルシアとマーシャから距離を取る俺に、ギルベルタが寄ってくる。


「作りたい、押し花を、友達のヤシロからもらった花で、ルシア様は」

「………………そうか」

「そう」


 ……ん。

 ギルベルタ。

 その情報、別にいらなかったわぁ……


 どんな顔しろってんだよ。


「お~! 我が騎士! よく来たのじゃ!」

「あれ、リベカ?」


 こいつ、朝はいなかったよな?


「いつ来たんだ?」

「ついさっきなのじゃ。お姉ちゃんと一緒に来ようと思っておったからのぅ」


 なんでも、ソフィーは教会から呼び出しを受けていたらしく、その用事が終わるのを待って、一緒にやって来たのだそうだ。

 その呼び出しってのは、「お前、ベルティーナと仲いいんだから、バザーの詳細しっかり聞いてこいよ」的な話なのかもな。


 で、光の微笑み亭の方へ目を向けてみれば、ソフィーがベルティーナと話をしていた。

 あっちで話があるから、リベカはこっちに戻ってきてるのか。


「我が騎士が酒を飲まんのが残念じゃのぅ。飲めるなら、今すぐ感想を聞きたかったのじゃが」


 飲めなくはないんだけどな。

 飲めると言えば、飲みに誘ってきそうなウワバミが複数いるので飲めないことにしておいた方が安全だ。


「よい場所におるのぅ、マグダよ。あとでちょっと代わってほしいのじゃ」

「……残念だけれど、ここは勝者の特等席」


 俺の肩に乗っかるマグダを、不服そうに見上げるリベカ。

 だが、すぐに表情を変えて瞳をきらきらさせる。


「あっ、そうじゃ! メンコじゃ! わしのメンコも作ってほしいのじゃ!」

「共同基金作るから、寄付よろしくな」

「任せるのじゃ! お義父様も、きっと寄付に乗り気なのじゃ」


 おぉ……う。

 お義父様なのかぁ……

 って、自分で言って自分で照れてるし。


「もうすぐ終わっちまうから、フィルマンと回ってこいよ」

「う、うむ。そ、そうじゃの! せ、折角じゃしの!」


 照れから耳先まで赤く染めたリベカがタッと駆け出して、止まる。


「……どう誘えば、断られないかの?」

「どう誘っても100%断られないから、行ってこい」

「う、うむ! 行ってくるのじゃ!」


 なんでちょっと乙女心疼かせちゃってんだよ。

 ねぇよ。

 呼ばなくてもやって来るタイプだぞ、あいつは。


「ヤシぴっぴ」

「盛況だな、ドニス」


 さっきまで、向こうで他の区の領主の相手をしていたドニスがこちらへやって来る。

 結構貴族が集まってるようだな。

 エステラに丸投げしてたから把握してないけど。


「素敵なマフラーではないか」

「おう、温かいぞ」

「……おまけに、可愛い」

「まったくだ。非売品なのが惜しい」


 と、余裕たっぷりのジョークをかますドニス。

 これがハビエルだったら刃傷沙汰だったな。


「実に興味深い催しであった」


 今日、見て回って気になったものの話を、ドニスは悠然と語り出す。

 なんか、立食パーティーみたいな雰囲気だな。顔見知りと会ったら情報交換して、「じゃ、またよろしく」って。

 すっごい貴族っぽい。俺を巻き込むなよ、そんなもんに。


「共同基金を作るつもりだそうだな。ミズ・クレアモナに聞いた」

「金をせびられたのか?」

「ははっ。まぁ、寄付くらいなら考える余地は十分にある」

「返納品も聞いたか?」

「メンコ、であったか。見せてもらったが、子供らが好きそうなものであったな」

「ちなみに、お前のメンコもここにある」


 絶対来ると思っていたから、ドニスメンコを作って用意しておいた。


「さすが、用意がよいな。どれ……」


 自身の描かれたメンコを見て、ドニスが相好を崩す。


「実物よりも凜々しく描いてくれたようだな。これは、寄付金を弾まないといかんな」


 はっはっはっと、余裕たっぷりに笑うドニス。

 こいつなら、過去に自画像を何枚も描かせているだろうし、こんな反応なのだろう。


 だが――


「ちなみに、こっちがマーゥルのメンコだ」

「拝見しよう!」


 凄まじい速度で、でも壊れ物を扱うように丁寧に、メンコを強奪していくドニス。

 メンコには、日の当たるテラスで自慢の庭を眺めて微笑むマーゥルが描かれている。


「言い値を出そうではないか! それでいいか!?」

「いや、落ち着け」


 確かに、金を出してくれるならありがたいんだが……


「駄菓子を作るにあたって、米の使用量が格段に増えそうなんだ」


 米を作っているのは三十三区なのだが、三十三区の領主は鉱石と酒にしか興味がない変人らしく、こういう催しをしても絶対顔を出さない。

 エステラも面識がないようで、ルシアもそこまで仲良くはない。

 効果的に接触できる知人はドニスくらいなので、こいつにはこちら側にいてもらう。


 そのための賄賂だ。


「クラウゼの倅か。アレは父以上の変人だからな」


 三十三区領主、ヴァルター・クラウゼ。

 ドニスは父の代からの付き合いだそうで、息子のヴァルターとも顔見知りだ。

 酒造りで協力し合う区でもあるので、関係は良好だと聞いている。


「米の件は伝えておこう」

「あと、十五区の領主に注意を払っておいてくれるか?」

「十五区? なぜだ?」


 今後駄菓子を増産するにあたり、砂糖の利権を管理しまとめている十五区領主に目を付けられたくない旨をドニスに伝えておく。

 十五区と二十四区はそれなりに離れているのだが、四十二区よりは近い。

 ドニスが注意を払ってくれると、いろいろと助かる。


「何が出来るか分からぬが、注意はしておこう」

「助かる。というわけで賄賂だ」

「メンコ以外にまだあるのか?」


 ドニスには、米を使った駄菓子のレシピを渡しておく。

 こういうものを作るから、これくらい米が必要だぞということを伝えておくと、うまいこと米の生産量とか流通を管理してくれるだろう。


 あと、オマケでみたらし団子のレシピを渡しておいた。


「それ、マーゥルが食べて『これ好きだわぁ』って言ってた新作スイーツ」

「本当か、それは!?」

「懐古酒場の雰囲気に合う食い物だから、玄米茶とか焙じ茶と一緒に食える茶店でも作っておくと、俺ら『も』食いに行くよ」

「分かった! すぐに作ろう! あぁ、そうだヤシぴっぴ! 月の揺り篭と懐古酒場のタダ券が偶然ここに八枚――」

「いや、もういいわ、それ!」


 前にもらった券はオルキオたちにやっちまったからな。

 マーゥルを誘うことは出来なかった。

 つーか、誘いたいなら自分で誘え!

 俺が誘うと、旅行の間ずっと俺が接待しなきゃいけなくなるから!


「ヤシぴっぴ……恩に着る……っ!」


 固い、熱い握手をされた。

 いや、こっちが駄菓子の量産を妨害されないように、助力を頼んでんだけどな……

 まぁ、着せられる恩は着せておこう。


「……ヤシロ」


 肩の上のマグダが俺の頭をぽふぽふ叩く。


「……間もなく終了の時刻。光の微笑み亭に戻る時間」


 見上げれば、空は赤く染まり始めていた。


「だな。じゃ、戻るか」


 ドニスに別れを告げ、マグダを肩車したまま光の微笑み亭へ戻る。

 途中でテレサに見つかって「いいなっ、いいなぁ!」と催促されたが、「……残念。ここは勝者の特等席」と、マグダが譲らなかったので、最後までマグダを乗せて帰った。



 光の微笑み亭に戻って間もなく、ベルティーナから閉幕宣言が行われ、バザーは大きな問題もなく終了した。






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