報労記70話 夕暮れ迫るバザー -3-

「んだぁぁ! 倒れねぇ!」


 マグダを伴って、狩猟ギルドのブースに来てみれば、大食い大会で目を覆いたくなるような犬食いを披露していた犬人族の狩人が吠えていた。

 名前はたしか…………


「……イサーク」

「あぁ、そうそう。そんな感じの名前だ」


 で、そのイサークが狙っているのは、メドラの的。

 ……え、なに? ドMなの? それともすっごく深刻な悩みでも抱えてるの? 命を粗末にする前に、誰かに相談しろよ、イサーク!


「あいつ……自殺願望が……?」

「……平気。常人には倒せないメドラママの的を誰が倒せるか、狩人の間で話題になっているだけ」


 だからってチャレンジするかねぇ……


「……ちなみに、メドラママ討伐のご褒美に関しては情報が遮断されている」


 なるほど。

 メドラを倒した時に置き上がってくる裏ボスの存在は秘匿されているのか。

 だから、こんなに盛り上がっていられるんだな。


「どうしたどうした、本部の若造ども! だらしがねぇなぁ」


 メドラ的を攻略できない若手を見て、ウッセがドヤ顔を晒している。

 ……いや、お前も倒せないじゃん。っていうか、お前は的の絵にびびって弓すら構えられなかったじゃねぇか。


「もう勝敗とかどうでもいいダ!」

「そうですね。狩れないモノがいたという事実が狩人の誇りを傷付けます」

「んじゃあ、全員で協力して、あの的を倒すだゼ!」


 大食い大会の時のメンツが集まってメドラ的に挑むようだ。

 チェンジ・ザ・ストマックでロレッタを追い詰めた水牛人族のドリノ。

 冗談みたいに声が甲高いピラニア人族のグスターブ。

 そして、白いモヤモヤしたなんか漂うヤツの使い手にして狩猟ギルドの若きホープ、アルヴァロ。

 そこに、さっきの犬食いイサークも混ざるらしい。

 ……あれ? あのアルマジロ、誰だ?


「……アレは、どんな不味いものも『美味い美味い』と食べる、狩猟ギルド切ってのバカ舌、ウェブロ」

「あぁ、アルマジロンか」


 なんか、こいつだけ物っ凄い印象に残ってないんだけど?

 記憶、残ってねぇなぁ。


「そんな倒れねぇもんなのか、アレ?」


 ただ錘を追加しただけだと思ってたんだが。

 この辺の一流と言われる狩人が手こずるような難易度なのか?


「……メドラママが調整をした」

「うわぁ……なんか、一気に難易度上がってそう」

「……やり方次第では、きちんと攻略できる難易度。でも、容易ではない」

「そうさ!」


 どどーんと、ブースの奥に鎮座する魔神が前へと出てきて胸を張る。

 メドラ、ここにいたのか。


「アタシが直々に調整して、うまく重心を散らしてあるからね。限られたいくつかのポイントに、ある一定以上の威力の矢を、特定の角度で打ち込むことが出来れば、あの的は簡単に倒せるのさ」

「誰が見極められるんだよ、そんな針に糸を通すような難易度の攻略ポイント?」

「マグダは言い当ててみせたよ。あと、ウッセもいい線まではいってたね」

「へぇ~」


 ウッセがねぇ。


「まぁ、長年やって身に付く勘ってのがあるんだよ。その辺は、ウチの若手よりもウッセ坊やの方が上かもしれないねぇ」

「……それ以外は惨敗だけれども」

「ウッセェよ、マグダ! 負けてねぇから!」


 ウッセが粋がっているが、張り合うなよ、もういいオッサンなんだから、お前。


「あの巨大な的を倒すには、全員で全力の矢を同時に頭へ叩き込むしかないゼ!」

「アルヴァロの意見に賛成ダ」

「そうですね……接合部から最も遠い位置に大きな力を与えることで、より大きな運動エネルギーを効率よく的に伝えることが出来るでしょうし……やってみる価値はありますね」

「ですな!」

「ガウッ!」


 おい、後ろ二人、いらないだろ?

 実は、いらないだろ、そいつら?

 アルマジロと犬食い、四天王の中の最弱の座を二人で争ってる感じだろ?

 華がねぇもん。


 ……だが。


「それで倒せると思うか?」

「……五分。一同の力が一定以上であれば、あるいは」


 ってことは、狙うポイントはそこじゃないんだな。

 確かに、梃子の原理なら支点から遠いところに力点を置くことで力はより大きく伝わるが……メドラが直々に調整したんなら、そんな単純なわけないだろうと思ったよ。


「ちなみに、どこを狙うのが一番簡単なんだ?」

「……ハート」


 と、マグダはメドラ的の左胸を指さす。


「……メドラママのハートを、少し低い位置から狙う」

「ちょっと低めから狙うのか」

「……そう。ヤシロが普通に構えたらちょうどいい位置に来るように設定されている」

「やめてくれる、そういう狙い撃ちみたいな設定!?」

「……ヤシロなら、いとも簡単にメドラママのハートを射抜ける仕様」

「ヤだ、もう! バラすんじゃないよ、マグダ!」


 ヤなのはこっちなんだが!?

 で、たぶんだけど、恐ろしいまでに緻密な計算で、俺がやったらマジで簡単に的が倒れちゃうんだろうなぁ!


 よし、絶対やらない!


「さぁ、他のところを見に行こうか、マグダ」

「まぁまぁ。ウチの若い連中の挑戦を見ていってやっておくれよ、ダーリン」


 ふざけた表情をすっと消し、師匠の顔つきになってアルヴァロたちの挑戦を見守るメドラ。


「ベストの解答を外したとしても、力と技術でベターでベストを上回る。それが、狩人の生き方なのさ」


 アルヴァロたちはベストの解答にたどり着けなかった。

 だが、連中の実力が本物なら、ベターの解答であろうとあの的を攻略できる。

 メドラは、それを楽しみにしているようだった。


 さっきマグダが言ったように、成功する確率は五分、50%くらいなのだろう。

 そうなると、楽しみになってくるな。

 ぎりぎりの挑戦か。面白い。


「マグダ。成功と失敗、どっちに賭ける?」

「……では、成功にトイレの水汲み係り三ヶ月免除権を」

「おぉ、三ヶ月も免除してくれるのか。じゃあ、俺は失敗に…………肩車と手作りケーキ、どっちがいい?」

「……両方」


 欲張りめ。

 まぁいい。


「乗った」

「じゃあ、アタシは成功する方で、お姫様抱っこがいい!」

「腕もげるから、無理!」


 メドラを腕だけで抱え上げる?

 たぶんだけど、そこらのセイウチより重いだろ、メドラ?

 無理だよ。フォークリフトを用意してくれ。


「マグダは、あいつらのことを信用してんだな」

「……信用ではない。あの四人は、これからの狩猟ギルドを背負っていく面々だから、これくらい出来てくれないとマグダが困るから」

「そうか」


 マグダ。

 そういうのを、「信頼してる」って言うんだぞ。

 あいつらが本部にいると、四十二区支部のお前は安心できるのか。

 なら、是が非でも成功してもらわなきゃな。


「……で、あそこ五人いるんだけど、『あの四人が次代の狩猟ギルドを担う』でいいのか?」

「……ふふふ」


 誰か、選考で落とされたみたいだな。

 アルマジロかなぁ、犬食いかなぁ……案外グスターブかもしれないなぁ。あいつ、声高いし。


「行くゼ!」

「呼吸を合わせるダ!」

「構えて! ――ぇぇえ!」


 グスターブの甲高い合図で、五人の狩人がまったく同時に矢を放つ。

 螺旋状の突風を纏いながら疾走する矢が、メドラ的の頭部に炸裂する。


 ドンッと心臓を震わせるような重々しい音を響かせて直撃した矢は、なおも前進を続け、グラリ……と、的を傾かせて、ついに――的を倒した。



 瞬間、五人の狩人が大声を発する。



「「「「「ぎゃぁぁあああああ!?」」」」」


 突如起き上がってきた裏ボス、ウェディングメドラを目の当たりにして。


「は……反撃ありなんて……聞いてないだゼ……っ!」

「私の命運も、ここまでですか…………マーシャさん……がくっ!」

「おぅっぷ……全部の胃から胃酸が逆流してきたダ……」


 勝利の余韻など感じる暇もなく、地面に倒れる五人。

 イサークとアルマジロンはすでに気絶している。

 やっぱ四天王最弱だなぁ~、どっちかが。


 ドリノは四つもある胃の全部から胃酸が逆流してんのか。地獄だな。


「よくやったよ、あんたたち!」


 心抉られ地に伏せる弟子たちを見て、メドラが拍手を贈る。

 ……あ、別に師弟関係じゃないんだっけ?

 でもまぁ、師匠みたいなもんなんだろ、どうせ?


「まだまだ荒さが残っちゃいるが、それを貫き通せたのは天晴れさ! 本当はダーリンにあげるつもりだったけれど、男を見せたあんたらに報いたい! 誰か欲しいヤツにこのご褒美イラストをプレゼントしてあげるよ!」

「「「いらねぇゼ!」ダ!」ませんよ!」

「そうかい? じゃあ、ウェブロが持って帰りな」

「はぅううっぐふ!?」


 名指しで呪物を押しつけられたアルマジロンことウェブロ。

 よかったなぁ、いいキャラ付けが出来て。


『呪われし狩人・ウェブロ』


 うん。

 なんとか覚えられそう。

 まぁ、ただ、二度と関わりたくないけれども。


「じゃ、マグダ。他所に行こうか」

「……うむ。避難……他のところも楽しみ」


 本音がうっかり出ちゃってたぞ☆


 というわけで、賭けに勝ったマグダを肩車して、俺は惨劇の現場を後にした。






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