報労記70話 夕暮れ迫るバザー -2-
日が傾き始め、随分と涼しくなり始めた頃合い。
そいつらは姿を現した。
「ヤーくん! よこちぃとしたちぃが来てくれましたよ!」
エステラの依頼で会場へと派遣されてきたよこちぃとしたちぃ。
よこちぃしたちぃが大好きなカンパニュラは大はしゃぎだ。
……でも、中身お前の両親じゃん。
なんなら、ついさっきまで「遊びに来たわよ~」なんて言ってやって来た素の両親と会場見て回ってたじゃん。
「よこちぃ!」
「したちぃ!」
メンコで遊んでいたガキどもが、遊びを放り出してよこちぃとしたちぃに群がってくる。
ブランコの順番待ちをしていたガキまで、こっちに駆け寄ってくる始末だ。
すごいなマスコット。
自分で作っといてなんだけど。
「よこちぃとしたちぃのメンコを作らなきゃな」
「いいね、それ! 是非シリーズ化しようよ! いっぱい欲しい!」
こっちも負けず劣らずよこちぃしたちぃ大好きなエステラ。
目がきらきらしている。
お前も、中身をよく知っている側の人間なのに、どうしてそこまでのめり込めるのか。
「よこちぃもしたちぃも、子供たちに大人気ですね」
と、ガキどもに取り囲まれるよこちぃとしたちぃを微笑ましそうに眺めるカンパニュラ。
「カンパニュラは混ざりに行かなくていいのか?」
「本当なら、今すぐにでも抱きつきに行きたいところですが……、どういうわけか、よこちぃとしたちぃは殊更私を優遇してくださるので、まずは他の子供たちに堪能していただきたいなと思いまして」
どういうわけかじゃねぇよ。
あの両親なら、何はなくともカンパニュラを最優先にするっつーの。
困り顔で、でもそんな特別扱いが嬉しくてたまらないというような雰囲気で、カンパニュラはガキどもに群がられているよこちぃしたちぃを見ている。
「じゃ、落ち着いたら存分に甘やかしてもらってこい」
「はい。そのつもりです」
にこーっと笑うその表情は、年相応。随分と子供らしい顔をするようになった。
……とはいえ、そこらのガキが逆立ちしても追いつけない落ち着きと教養が滲み出してるけどな。
「テレサは今、ヤップロックのところか?」
「はい。トウモロコシを粉にする製粉体験の補助をされています」
言って、くすくすと笑い出す。
なんだと思ったら、こんな裏話を聞かせてくれた。
「実は、テレサさんもまだ、製粉作業はお手伝いさせてもらえていないようで……大変だったんですよ。『ずゅい!』って」
あぁ、なるほど。
家でやる時は製品を作るわけで、まだ幼いテレサには手伝いもやらせていないのか。
あそこの石臼はデカいし、ガキが触るのは危険だからな。
きっとシェリルもトットも製粉は手伝っていないのだろう。
なのに、他所のガキが体験とはいえ製粉をやっているのが気に入らなかったんだろうな。
それで拗ねるあたり、テレサもまだまだお子様だ。
「製粉作業は、ヤップロック父様曰く『英雄様に認めていただいた誇りある仕事』だそうで、一切の妥協を許されないのだそうですよ」
「なんでそこで俺が出てくるんだよ……」
「製粉の技術を認められたからこそ、陽だまり亭との繋がりが強硬になったのだとおっしゃっていました」
確かに、まぁ……製粉技術が高く、いい状態のトウモロコシ粉だったから、その場で即取引を決めたんだけども……いちいち覚えてんじゃねぇよ、そんなもん。
「ポップコーンは、まったく知らない情報を授かったものだけれど、製粉作業は仕事として取り組んできたこれまでの努力を認めていただけたのだと、ヤップロック父様は実に誇らし気に語っておられました」
ガキ相手になんの話をしてんだ、あいつは。
布教をするな、布教を。
「ガキどもに石臼が回せるのか?」
「私が伺った時は、五人がかりで回しておられましたよ」
それじゃ商品にはならねぇな。
石臼を引く力が一定でなければ粉の大きさは不揃いになるし、ガキが石臼の周りをバタバタ走り回ってちゃ、粉にホコリや砂が混ざってるかもしれないし。
ま、職業体験なんてそんなもんか。
「あとは、トルティーヤとポップコーンの調理体験が楽しそうでした」
「そういや、カンパニュラはポップコーンを作ったことないよな? 今日あたり、陽だまり亭で体験してみるか?」
「よろしいのですか!?」
ぅおう!?
すげぇ食いつき!
え、そんなに憧れるもんなの、ポップコーン?
最初、みんなめっちゃビビって、へっぴり腰で作ってたんだぞ?
「ポップコーンを作るマグダ姉様は本当に格好よく、憧れてしまいます。デリア姉様曰く、ポップコーンに関してはジネット姉様よりも技術が優れているのだそうですよ」
あぁ、言ってた言ってた。
バルバラとテレサにポップコーンを食わせようって時に、「ポップコーンはマグダのでなきゃダメだ」って言ってたなぁ、デリア。
それで、ジネットが地味にショックを受けていたっけ。
「……では、帰ったらマグダが特別にコーチしてあげる」
いつからいたのか、俺たちの会話にすっと入ってくるマグダ。
屋台の方は……あ、今はジネットが様子を見に行ってるのか。
「……よこちいたちが来たから、見に行ってくればどうかと、店長が」
「代わってもらったのか」
ここまでも、交代で光の微笑み亭と屋台の店番を代わりつつ、順番に遊びにも出かけていた。
ジネット的には、「子供たちには遊びを優先で」って考えなんだろうな。
マグダも、まだ「子供たち」の範疇に入っているらしい。
「じゃあ見てくるか?」
「……うむ。折角なので」
「じゃ、カンパニュラも連れて行ってやってくれ」
「……そのつもり。そして、カンパニュラにつられて近寄ってきたよこちぃとしたちぃを捕獲する」
「やめてやれ」
目的は何だよ?
よこちぃしたちぃを人質に、領主から身代金でも奪うのか?
たぶん払うぞ、エステラなら。
「マグダもあとでヤシロと会場を見て回っておいでよ。光の微笑み亭は、ボクが見ているからさ」
「……では、お言葉に甘えて。おそらく、間もなくシスターが戻ってくる」
今、ベルティーナはちょっと小腹が空いたからと食べ歩きに出ている。
教会のガキどもと一緒に会場をぐるぐる回ってる。何周目なんだろうな。
ガキどもが一緒に回りたがるんだよなぁ。
そりゃ、感謝の花も大輪の花束になるわけだ。
「……では、しばしもふもふを堪能してくる。カンパニュラ、準備して」
「はい。お供いたします、マグダ姉様」
尻尾をピーンっと立てて、マグダがよこちぃたちの輪の中へと飛び込んでいく。
……あ、やっぱり、カンパニュラを見つけた途端よこちぃがそっちに向かっていった。
お~お~、贔屓しとるなぁ、あのバカ親。
したちぃは、そんなよこちぃのノドぼとけに手刀を叩き込み、分け隔てなくガキどもに接してやっている。
まだあっちの方が理性はあるのか。
娘ばっかり贔屓にしたら、ガキどもの嫉妬がカンパニュラに向かいかねないもんな。
「よこちぃは随分とユニークなキャラになったね」
「中身のせいだな」
「ヤシロ。……よこちぃに中身なんて存在しないんだよ?」
めっちゃ真顔だな、おい。
それは商売戦略的な観点でか?
……いや、こいつは信じていたいだけだな。よこちぃとしたちぃは「そーゆー生き物」だと。
明日、釣り堀の後片付けでこき使う人間が中に入っているなんて、思いたくないのだろう。
タイタは絶対、朝からこき使われることになるだろうけども!
「ぼちぼちおしまいかな?」
空を見上げてエステラが言う。
「そうだな」
ガキが主役のイベントだ。
終了時間も、ガキに合わせてやればいいだろう。
「けど、あの出張酒場はまだまだ店じまい出来そうにないね」
朝っぱらから酒を飲んでいたオッサンどもが、会場の一角で盛大に出来上がっている。
あいつら追い返すのは骨だな。
飲み足りなきゃ、普通の酒場に行けばいいんだが……普段と違う環境で飲む酒は美味いらしいからなぁ。
「大人の部だけは、夜中までやらせてやるか」
「そうだね。一応、区切りとして閉会の挨拶は済ませてもらうけど、会場は明日の朝まで開放しておくよ」
じゃ、店じまいはそれぞれの責任者に任せるとするか。
「じゃ、閉会前にもう一回りしてくるかな」
「うん。きっと次回に向けて相談したい人も多いだろうから、対応よろしくね」
「分かった。『教会に聞け』って言ってくる」
教会主催だっつってんだろうに。
俺を矢面に立たせるな。
カンパニュラがよこちぃに抱き上げられている横で、マグダがしたちぃに「ひしっ!」っとしがみついている。
女の子は女の子に。そういう空気は出来上がっているようだ。
ま、よこちぃの中のバカ親だけは、愛娘相手に自制できないようだけどな。
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