報労記70話 夕暮れ迫るバザー -1-

 ナタリアの芝居を参考に、「そーゆー目で見るからそーゆー風に見えるんだよ!」ということを全面に押し出した、とってもたわわな美少女がちょっとむふふな格好で両腕を広げて「おいで☆」ってしている母性愛溢れる可愛らしいイラストのメンコを作ってみた。

 着衣なんだけど、光と影の塩梅で「え、それって透けてない?」って風にも見えなくはない、爛れた目で見るとそんな風に見えてしまいかねない、でもそーゆー風に見えちゃうのは、君がそーゆーことばっかり考えているからなんだぜ☆ ――という感じのイラストに仕上がった。

 これなら、誰にも文句は言われないだろう!


「没収です」


 ……と、思ったのも束の間。

 完成からわずか十二秒で没収されてしまった。

 そしてすぐさま、ジネットの手からベルティーナへ。

 あ、こっち見た。目、逸らしとこ。


「ナタリアの芝居はいいのに、なぜ俺のメンコはダメなのか……」

「ナタリアの芝居も、全然よくないよ……」


 光の微笑み亭に戻るや否や、頭を抱えて「がっくし」と肩を落としているエステラ。


「シスターが問題ないって言った箇所だけど、見方によったら問題ありまくりなシーンの修正をどう説明すればいいのか……清らかな瞳で『今のは何が問題だったのですか?』って問いかけてくるシスターに穿った見方の説明をしなければいけなかったボクの気持ちが、君に分かるかい、ヤシロ?」


 うん。

 絶対そうなると思って、お前を派遣したんだよ。

 だって、俺は絶対説明したくないもん。


「なんだか、……自分が物凄く汚れているんじゃないかって、胸のこの辺が痛むんだ……」

「どれどれ、さすってやろうか?」

「君ほど分かりやすく汚れることが出来たなら、逆に開き直れたのかもしれないけどね」


 汚れも何も、そーゆー知識は一定以上必要だろうが。

 特に領主なんて立場のお前は。

「な~んにも知りませ~ん、うふふ~☆」なんてお花畑でいたら、そこらの貴族の食い物にされておしまいだ。


 最低限の知識は、淑女としての嗜みだと言えるだろう。

 ……とはいえ、それをベルティーナに教えるのは真っ平御免だけどな。


「あれ? 二人とも昨日と同じシャツ着てるね」なんてセリフを「どういう意味ですか?」なんて聞かれても、説明のしようがない。

「昨日は二人とも家に帰らなかったんじゃねぇの?」とそれとなく匂わせても、「なるほど、冒険の旅の過酷さを物語っているわけですね!」ってキラキラした目で言われたら……「ウン、ソウダヨ」としか言えないって。


「で、どれくらい禁止した?」

「シスターのいないところでガッツリ禁止しておいたよ」


 少なくとも、ジネットが見てドギマギするような演出は省かれたらしい。

 でも、ママさん連中の熱い期待もあるので、「青少年に悪影響の出ない範囲で」上演することを許可したらしい。


 こうして、規制ってどんどん強くなっていくんだろうなぁ。

 ゴールデンタイムのテレビ番組からおっぱいぽろりが消えたように……


「ある一定は、文化として保護していくべきだとは思うけどな」

「却下だよ。特に、君が諸手を挙げて歓迎するような文化はね」


 そうやって一部のものにばかり圧力をかけると、その分反発が強まってそーゆー組織が誕生するのが世の常というものだ。

 抑圧された情熱は、行き場を求めて大爆発を起こすものなのだから!


 (O)お胸に(P)ぷるんな(P)プリンが(A)あるから(I)生きていける男たちの団!


「秘密結社OPPAI団の結成だ!」

「秘密にする気が皆無な組織名だね。即却下だよ」


 にべもなく、エステラがばっさりと切り捨てる。

 にべもないから胸もないんじゃねぇーの? むべなり、むべなり。


「ところで、三十五区のブースには行ったのかい?」

「行って後悔したよ」


 ルシアがうるさいから、暇を見つけて覗きに行ったら、メンコ売ってやがった。

 それでよく俺に「見に来い」とか言えたな!?

 知ってるわ!

 つーか、俺が教えてやったんだわ!


 なんでも、ベッコの絵を元に、三十五区の木工職人に版画を彫らせたらしいんだが……線が綺麗に出てないんだよなぁ。

 ホント、ちょっとしたところで「パッチモン」感が出ちゃうんだよなぁ。

 あんなもんを正規品として販売されたのでは堪ったもんじゃない。

 なので、後日ベッコを派遣すると約束しておいた。


 ……あ、いっけね。本人に確認取るの忘れてた☆

 よし、当日の朝までには伝えてやろう。覚えていたら。

 あと、『ベッコと会話しよう』という気力が残っていたら。


「メンコはメンコで、結構時間がかかりそうだね」

「ベッコですら、原版を彫り切れてないからな」


 版画を彫ることもさながら、印刷体制を整えるのも大変だ。

 本格的に流通するには、まだまだ時間がかかるだろう。


「だが、だからこそ、それがうまく作れるヤツには価値が出る」

「そうだね。職人が育てば自区の強みになることは間違いないね」


 ウチもベッコ以外の職人を育てなきゃと、エステラは意気込んでいる。

 ルシアのところのメンコのパッチモン臭さを目の当たりにして、余計そう思ったのだろう。


「でもな、あのパッチモン臭さが、二十~三十年後に『懐かしい~』ってプレミアムがついたりするんだよ」

「えぇ~、あの偽物っぽいのが? ……絵も、下手だったよ?」


 それがいいんだよ、逆に!

 昔は「なんだよ、偽物かよ!」って憤っていたのに、その憤っていた記憶すらも懐かしく感じてくるもんなんだ。

 で、偽物は淘汰されて現品が残らないから、正規品より高い値が付くこともしばしば出てくる。

 何に価値を見出すのかは、コレクター次第だからな。


「店長さん。遅くなってごめんのわ」

「あ、エカテリーニさん」


 昼も過ぎ、カンタルチカを含む酒場の出店が集まっている近辺に酔っ払いが増え始めたころ、エカテリーニが光の微笑み亭へとやって来た。

 そこそこデカい袋を抱えて。


「これ、いただいた材料で作ってきたのわ。味見をお願いしたいのわ」

「レシピ通りに作れましたか?」

「のわ!」


 だから、どっち!?

 まぁ、顔を見ればうまく出来たんだってことは分かるけども。

会話記録カンバセーション・レコード』を見た時には判断つかないだろうな。


 ……あの「のわ」って、『精霊の審判』対策になるんじゃね?

 ほら、「はい」でも「いいえ」でもどっちでも解釈できそうだからさ。

「『はい』なんて言ってませんけど? 『のわ』って言っただけですぅ~!」って。

 ……まぁ、そんな小さい保険のために語尾を「のわ」にするつもりはないけども。


「すごく上手に出来ていますね。本当に、エカテリーニさんはお菓子作りがお好きなんですね」

「店長さんのレシピは、分かりやすくて無駄がなくて、とっても楽しかったのわ」

「基礎が出来ているから、簡単に感じるんですよ、きっと」


 エカテリーニが作ってきた駄菓子というのは琥珀糖とかりんとうだった。

 なるほど。見栄えは上出来だ。

 じゃあ、一つ味見を……


「ん! うまいじゃねぇか」

「のわ!? のわなのわ?」

「えっ、ちょっと待って! 俺、今、何を聞かれた!?」


「のわなのわ?」ってなんだ!?

 どの状態が「のわ」なんだ!?


「この味を安定して出せるなら、免許皆伝でも問題ない」

「やったのわー! これでビンボーともおさらばのわー!」

「売り出す前に、駄菓子屋の店舗を用意しなきゃダメだけどな」

「のん、のん、のわ」


 え、なにその新しい言葉?

 若干イラってするんだけど?


「カワヤ工務店が、トルベック流屋台を用意してくれることになってるのわ。ルシア様が便宜を図ってくれたのわ」


 トルベック流ってことは、陽だまり亭二号店のような、移動式の屋台か?

 もしくは、祭りの出店の、折り畳みが簡単なヤツかな?


 まぁ、どちらにせよ、店があって、商品があって、販売の許可が下りているのなら、明日からでも店を開けられるだろう。

 領主と行商ギルドの全面協力だからな。


 これから三十五区は、あの近辺の面影を残したまま新しくリフォームしていくことになる。

 水槽タクシーも実用化に向けて議論しているようだし、また面白いスポットが誕生するだろう。


 だからな、ルシア。

 次があったら、今度は俺がびっくりするようなもん持ってこいな?

 俺が教えたヤツの劣化版なんかじゃなくてな!






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