報労記69話 見て回るバザー -4-
「す、すごいお話でしたね……」
うっすらと頬を赤く染め、ジネットが胸を押さえて言葉を漏らす。
上演が終った後も、席を立たずぽ~っと何もない中空を見つめるご婦人方がちらほら散見される。
ジネットも、ちょっと立ち上がる気力を奪われているようだ。
それもそのはず。
ナタリアとシェイラが張り切って改良した新説桃太郎は――とっても濃密な、大人のラブロマンスだった。
驚いたことに、今回、ナタリアが女性役をやっていた。
というかヒロインなんだけれども。
よく主役を譲ったなぁと思ったら……声だけであの色気を出せる自信があったからなんだな。
確かに、観客の心を鷲掴みにしてたよ。
主に、ご婦人方のな。
鬼族の姫と、人間族の勇者桃太郎の、禁断の恋を描いたラブロマンス。
直接的な描写はないけども「え、それって、そういうことよね?」と匂わせるシーンが満載で、客席にいたご婦人方の妄想が迸っちゃって迸っちゃって、まぁ大変!
ガキどもと、色恋に疎い男連中には、ただのバトルものに見えたかもしれないけども。
「教会主催のバザーだから、濃厚なラブシーンは排除したんだろうな」
「そ、そんなシーン、子供たちには見せられませんよ!?」
慌てふためくジネット。
お子様だけじゃなく、お前にも見せられねぇよ。直視できないだろうし。
「で、レジーナはどの役をやらされそうになってたんだ?」
「鬼ヶ島で、桃太郎を誘惑する鬼娘がおったやん?」
「あぁ、あのお色気むんむんの?」
「あのお色気、ウチが断ったから十分の一くらいに縮小されとるんやで?」
「どんだけお色気振り撒く気だったんだよ……」
さすがのレジーナも断るか。
というか、こいつは強要されるお色気はノーサンキューだろうからな。
あくまで、自分の発想で、自分のタイミングで、自分の口で下ネタを発したいのだろう。……腐り落ちればいいのに、その爛れた脳みそ。
「マグダたちに勧めるか、悩むな」
「そうですね……、カンパニュラさんやテレサさんには、まだ少し早いかもしれませんが……でも、だからといって禁止するのも可哀想ですし……」
直接的な表現はないからなぁ。
たぶんだけど、ジネットですら見落としている『匂わせ』もあるだろう。
この芝居、エロければエロいほどそーゆー風に見えてしまう作りになっているのだ。
健全な目で見れば、普通の物語に見えるのだろう。
……というか、ナタリアの妄想力はレジーナ級なのかもしれない。こんな芝居を生み出せるのだから。
「夕方の部、奥様ネットワークで大混雑するかもしれへんね」
ぽ~っとしているご婦人方を見れば、満足度が高いことは容易に窺える。
本日は自分へのご褒美ということで、家事と育児から解放された奥様連中が多い。
……食いつきがすごそうだ。
「どうせ見せるなら、マグダたちも今回誘ってやればよかったな」
今回は、そこまで混雑はしていなかった。
でも、二回公演の二回目は口コミで客が殺到しそうだ。
「その点はご安心ください」
「ぅおう!?」
いつからそこにいたのか、背後にぴったりとくっつくようにナタリアが立っていた。
……だから、気配を消して近付くなってのに!
心臓が「きゅっ」てなっちゃうから!
「お客様の反応も上々ですし、演者の士気も高く、追加公演が決定いたしました」
「エステラの許可なく決めていいのか?」
「この公演の責任者は、私が仰せつかっておりますので。決定権も私に」
そうか、ナタリアが責任者なのか……
「バザーが終わったら、初めての懺悔室かもな」
「その点は大丈夫です。シスターには事前に台本をチェックしていただき、問題ないとお墨付きもいただいておりますので」
「お前ら……ニュアンスでそう見えるような内容にしやがったな?」
「それが、演技力というものです」
言い方、表現方法でそうでないものがそうとしか見えなくなることがある。
こいつ、そこまで計算して!?
「そーゆー風に見えるのは、そーゆーことばかり考えているからです」と責任を観客に擦り付ける算段か!
「実際、お子様たちは純粋な目で楽しんでくださいましたよ」
確かにな。
子供向け特撮ヒーローにイケメン俳優を起用して、お子様は純粋な目で、ママさんは不純な目で、同じ芝居を一緒に楽しめると、そういう感じか。
どうしよう。
この街の女子たち、もうすでに結構腐ってやがる!?
これは絶対俺のせいじゃないからな!?
「芝居とは生ものです。回を重ねるごとによりオーバーに、より大胆に、より濃密に変化する可能性がありますので、カンパニュラさんたちには、なるべく早い回を見るようにお伝えください」
「よし、最終公演にベルティーナを派遣してやろう」
「では、最終公演には年齢制限を設け、夜深い時間に開催することにいたしましょう」
「努力の方向性が、そっちじゃねぇよ!」
年齢制限を設けなくてもいい芝居を心がけろ!
まぁ、ママさんたちは大興奮するかもしれないけれども。
所詮人形劇だから細かい描写は出来ない。
紙芝居の方は、表情のアップだから何をしているのか全容が見えない。
だからこそ妄想が迸る!
お前、うまいこと利用したなぁ、人間の脳に組み込まれている『補完能力』。
「ありがうございます」が、ちゃんと「ありがとうございます」に見えてしまう。
人間の脳は高性能ゆえに、騙されやすいし、思い込みやすいものなのだ。
桃太郎と姫がぶつかれば、戦っているようにも、抱きしめ合っているようにも見えちゃうんだもんなぁ。業が深い。
「今日という日に感謝をします」
ナタリアが満足そうに微笑む。
「おかげさまで、シェイラと和解できました」
「エステラにとっても朗報だな、それは」
ただし、これからしばらくは、今回の芝居の話で給仕たちが浮き立っちゃうんだろうけど。
「では、次の公演の準備がありますので、私はこれで」
しゅばっと、くノ一さながらの気配の無さで移動し、るんるん気分全開のスキップで舞台へと向かうナタリア。
楽しさがあふれ出し過ぎだよ、お前は。
「とりあえず、ベルティーナチェックを入れるか」
「そうですね。シスターが見て問題ないと判断されるようでしたら、マグダさんたちにもお勧めしましょう」
というわけで、エステラとベルティーナを第二公演へと送り込むことに決め、当人たちに事情を説明しに向かった。
判断はあの二人に任せよう。
ベルティーナを送り出し、代わりに俺とジネットが店番のガキどもに付く。
結局、会場をのんびりと見て回ることは出来なかったか。
まぁ、また後で知り合いのブースに顔でも出しに行けばいい。
実際歩いてみて思ったが、結構盛りだくさんな内容になっているな。
食い物が、若干甘い物に寄り過ぎているが、ガキどもはもちろん、大人も楽しめる催しになっている。
「各区のラーメン屋でも集めればよかったな」
「ラーメン博覧会ですか? それはまた別の機会にやればいいじゃないですか」
そんな何回もイベントをやりたくないんだが?
「自分らがそんな話してるさかい、ラーメン食べたぁなってきたわ」
「ラーメンは、スープを仕込んでないので無理ですが、焼きそばなら作れますよ」
「おぉ、いいなぁ。外で食う焼きそばって美味いんだよな。じゃあジネット、頼めるか」
「はい。では、作ってきますので、お店と子供たちのことをお願いしますね」
言い残して、ジネットが陽だまり亭二号店へと駆けていく。
ジネットの作る焼きそばは、野菜たっぷりの豪華仕様だ。
完成が楽しみだ。
「ほんで、残された、ウチと、自分と、幼気な子供たち」
光の微笑み亭には、レジーナが言うように俺とレジーナと五歳男児と六歳女児しかいない。
「ほなら、健全に聞こえる性教育、始めよか!」
「えっと、レジーナさんが変なこと言い出した時は――」
「シスターを呼ぶ!」
「「シスター!」」
「ごめんなさい、冗談です! せやから呼ばんといて! お昼ご飯遅ぅなってまうさかいに!」
うんうん。
ガキどもに施した防犯訓練、役立っているようで何よりだ。
結局、その後焼きそばを持って戻ってきたジネットに叱られ、芝居を観終わったベルティーナにも叱られて、レジーナは「なんで同じことで二回も……」と萎れていた。
だから、目に見えている地雷をわざわざ踏みに行くなってのに。
そして、ナタリアたちのお芝居は、一部修正が入ったものの、上演続行することが決まった。
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