報労記69話 見て回るバザー -3-
光の微笑み亭に戻ってみれば、ガキどもが店先に群がっていた。
連中の狙いは駄菓子か――と、思ったら、メンコだった。
一人当たり二~三枚ほど購入している。
「ぬっぺらぽ~ん!」
どこかのガキが、どこで聞きつけたのか知らんが、俺が適当にでっち上げた必勝法を活用してメンコで遊んでいる。
こういうガキ同士の間で広まる噂って、どういうルートで広がっていくんだろうな?
テレビゲームの裏技とか、全国の小学生が知ってたもんな。
ネットなんてなかった時代なのに。
伝聞の力ってのは侮れない。
「ベッコさん、いくつくらいメンコを描かれたんですか?」
「全部を十枚ずつくらいかな?」
種類が豊富だったので、十枚ずつでも結構な量になった。
その上で、原版となる版画を作らせたので、さすがにベッコが「疲れたでござる!」とか音を上げてた。
案外、初めてかもしれないな、ベッコからギブアップって言われるのは。
……まぁ、無茶な納期の仕事を振った時は、普通に「無理でござるよ!?」とか言うけども。
でもやるんだもんなぁ。
俺、リカルドの「分かってる」と、ゲラーシーの「任せろ」と、ベッコの「無理でござる」って信用しないことにしてるんだ。
「三十五区の時みたいに、手に入らなくて悲しい思いをする子がいなくてよかったですね」
「買い占めようって大人が出なかったからな、今回は」
ここで使えるのはお小遣いポイントだ。
現金をお小遣いポイントに換金するという、その一手間が地味に面倒くさい。
現金払いが出来るなら、ちょっと大人げなく買い占めようってヤツは出たかもな。
「種類が多いのはいいよね。並べて眺めるだけでも全然飽きないもん」
すでに全種類を手中に収めているエステラが得意げに語る。
「メンコホルダーでも作らせるか?」
「なに、それ?」
出来れば、アルバムのように透明なビニールにでも収納したいところだが……まぁ、無理なので紙の台紙に収納するタイプでいいだろう。
「厚紙に切り込みを入れて、メンコを固定できるようにするんだ」
メンコの角に来る部分に切れ込みを入れ、その切れ込みにメンコの角を差し込めば、厚紙にメンコを固定できる。
もちろん、絵柄を一望できる状態でな。
対角線上の二角でもいいし、しっかりと四つ角を固定するのでもいい。
サイズを計って切り込みを入れるだけだから、割と簡単にできるだろう。
それを、本の形状にしておけばメンコホルダーになるってわけだ。
「それいいね! 是非作ろう!」
「紙の加工っていうと、製紙業者でいいのか?」
「ルシアさんかハビエルだね! ちょっと話を付けてくる!」
言って、ダッシュで駆けていくエステラ。
……一緒に見て回るんじゃないのかよ。
「忙しないヤツだ」
「楽しそうで、見ているとこちらまで嬉しくなりますね」
え?
いや?
むしろ「もっと落ち着けよ」って、ちょっと疲れちゃうけども?
「やぁやぁ、お二人はん」
エステラを見送っていると、手にチョコバナナを持ったレジーナに声をかけられた。
「昼間っから卑猥な」
「チョコバナナ持っとるだけで、えらい言われようやな」
持ってるだけって、お前がチョコバナナを買いに行ってから結構時間経ってるだろうに。
いつまでも持ち歩いているから、何かしら卑猥な思惑があるようにしか見えないんだよ。
「ちゃうねん。これは、店長はんにあげよう思ぅてな」
「わたしに、ですか?」
「せや。感謝の花やっけ? アレを買いに行こう思ぅたんやけど、あの辺子供らぁ多いやん?」
「あぁ、お前、子供とか嫌いそうだもんな」
「そんなことはあらへんのやけど……ウチが近付いたら、親御さんがものごっつぅ警戒しはってなぁ……危うく自警団呼ばれるところやったわ」
我が子を守る親としての危機感知センサーがフル稼働したんだろうなぁ。
レジーナだからしょうがないよなぁ。
「せやから、バナナにしといてん」
「なんでバナナなんだよ……」
「そこはほら、植物やし」
まぁ、別に花じゃなきゃいけないってルールもないしな。
「まぁ、いつもおおきにっちゅーことで」
「ありがとうございます。では、これは陽だまり亭としていただきますね」
いや、独占してもいいだろうに、チョコバナナくらい。
「みなさんで一口ずついただきましょうか?」
「俺が食った後、口付けられるのか?」
「へっ!? い、いえ、あの……で、では、ヤシロさんは最後に!」
「いいから食っちまえよ。マグダたちが欲しがれば、あとで買ってやればいい」
「そ、そうですね。では、いただきます」
いつだったか、今川焼きを半分こするゲームを俺にやり返して、歯型の付いた今川焼きを俺に差し出して盛大に自爆したジネット。
ジネットは、そういう食い方を恥ずかしく感じるヤツなんで、事前に釘を刺しておく。
不要な羞恥なんぞ必要ない。
「まぁ、せやね。欲しい言ぅんやったらまた買いに行ったらえぇわ。あっちのお店にまだまだずら~っとそそり立っ……いたたたっ! こめかみ、そないに圧迫したら痛いて!」
お前の表現には悪意しか感じられないんだよ!
不要な羞恥は必要ないっつってんだろうが!
「ご無体やわぁ……」
俺のアイアンクローから逃れ、こめかみをさするレジーナ。
ジネット、気にしなくていいから、「そそり……?」って不思議そうに首をかしげるのをやめなさい。
ただチョコバナナが棒に突き刺さって店頭に並んでるだけだから。
説明を求めるような顔でこっち見ないの! めっ!
「そういや、随分と長くうろついていたみたいだが、堪能してたのか?」
「いや、こそっと帰ろう思ぅたら、給仕長はんに捕まってもぅてなぁ」
今まで、ナタリアの手伝いをさせられていたらしい。
本日、ナタリアはエステラのそばに付き従っていない。
朝からずっと忙しそうに、自分の準備を進めていた。
「もうそろそろ始まるころやと思うで、紙人形芝居」
紙人形芝居とは、紙人形を使った芝居――ではなく、紙芝居と人形劇をミックスした出し物だ。
実はナタリアからの申し出により、現在エステラの館の執事寮に泊まりこんで演技の練習をしているイーガレス兄妹とベッカー姉妹を巻き込んで、会場で芝居を行うことになったのだ。
で、人形劇か紙芝居どっちにするか悩んだ挙句、両方を混ぜた芝居をすることにしたそうだ。
人形劇をベースに、ここぞというシーンでは紙芝居で表情のアップや特殊な演出を盛り込むという、CDROM時代のゲームのような構成になっている。
一面をクリアするとビジュアルシーンが差し込まれる的な?
バザーの開催が決まった瞬間から、エステラのところの給仕たちが張り切って人形と紙芝居の制作に取り掛かっていたらしい。
普段の仕事をこなしながら、交代で制作し、互いをフォローし合って当日に間に合わせたのだとか。
……どんだけ芝居にハマってんだよ、給仕たち。
イーガレスとベッカーの演技力はまだまだ発展途上ということで、ナタリアとシェイラのダブル主演ということになっている。
……張り切りが、物凄いよね。
ちなみにエステラは、終始苦笑いだった。
好きにさせてやったみたいだけど。
「見に行ってみませんか、ヤシロさん?」
「そうだなぁ……」
公演は昼と夕方の二回の予定らしい。
まぁ、一回くらいは見ておくか。
「で、レジーナはその手伝いをさせられてたのか?」
「手伝いっちゅーか、出演せぇって長いこと説得されてもぅてなぁ」
「で、断ったと」
「ウチ、目立つん好きちゃうし」
悪目立ちはするのにな。
目立ちたくないなら、言動を改めればいいのに。
「どんなお話なんでしょうか?」
「もともとあったお話を原案に、ちょっと膨らませたオリジナルストーリーらしいで。原案になったんは……えっと、なんやったかぃなぁ…………たしか、『ほ』から始まる…………あぁ、せやせや、桃太郎や!」
「『ほ』から始まってねぇじゃねぇか!」
桃太郎が『ほ』から始まってたら、下手にイジっちゃいけない物語になっちまうよ!
このご時世的にね!
「じゃあ、見に行くか」
「はい。レジーナさんもご一緒しませんか?」
「せやねぇ、芝居が終ったらちょうどお昼時やし、店長はんのそばにおるんが一番かもしれへんな」
というわけで、レジーナを引き連れて紙人形芝居を見に行く。
人の入りは上々というところか。
二十分ほどの短い劇らしいので、気楽な気持ちで鑑賞するとしようかね。
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