報労記69話 見て回るバザー -2-
「……ヤシロ。聞くまでもないけれど……似合っている?」
「おう、似合ってるぞ」
「……むふー」
途中、屋台の前を通ると、マグダが髪に挿した花を指さして俺に話しかけてきた。
ギルベルタにやった後、すぐにマグダにも花をプレゼントしたので、物凄く上機嫌だ。
やっぱ、世間より先んじているって感覚は、優越感を生むんだろうな。
で、身内を優先した結果、マーゥルの分の花がなくなったので後回しにしていたら、呼び出しを喰らってしまったわけだ。
あぁ、怖い怖い。
「お呼びでしょうか、お嬢様?」
マーゥルが待機している二十九区のブースへ向かい、何か言われる前に一輪の花を差し出してリップサービスをお見舞いしておく。
リップサービスなので『精霊の審判』はかけないように!
嘘ではなくリップサービスだ!
一緒についてきたジネットが、隣でくすくすと笑っている。
……というか、マーゥルを「お嬢様」って言ったことを「嘘だ!」と俺に『精霊の審判』をかけるヤツがいたら、その直後マーゥルに「どーいう意味?」って抹殺されるだろうけどな。
「あらあら、お上手ね。ヤシぴっぴ」
二十九区ブース内にある椅子に腰掛けて、たおやかな笑みで出迎えてくれるマーゥル。
何を優雅に茶なんぞ飲んどるんだ、こつは。
人のことを呼び出しといて。
「ささやかながら、日頃の感謝を込めてな」
「まぁ、綺麗なお花だこと。ありがたくいただくわ」
言いながら、俺の花を受け取り、花束用バッグに挿す。
バッグには、すでに二本の花が挿さっていた。
「ドニスとゲラーシーか?」
「違うわ。DDと、フィルマン君よ」
ドニス……甥まで使って点数稼ぎか?
いつか身内になるかもしれないからって?
実現する可能性、限りなく低いだろう、お前のヘタレ具合では。
「大将! いつもありがとうだぜです!」
「主様。私からも、ささやかですけれども」
「まぁまぁ、二人とも。ありがとうね」
一緒に花を買いに行っていたらしいマーゥルの館の給仕二人。
アブラムシ人族のモコカと、給仕長シンディだ。
なんか、こうなってくると無言の催促がバリバリで、企業の義理チョコみたいになってるな。
「あげないわけにもいかないよね?」って、女子社員が上司に気を遣わなきゃいけないような、あんな悪しき習慣になりかけている。
「感謝してなきゃ、やらなくてもいいんだぞ?」
「していますとも。出遅れたのは、生花ギルドのブースが混んでいたからなんですよ、ヤシぴっぴ」
「私も、大将には感謝しきれないくらいの感謝をしてんだぜですよ!」
この二人は、本当にマーゥルのことを好いているのだと分かりやすい。
マーゥルのそばは居心地がいいんだろうなぁ、マーゥルに身内だと認定されている者にとっては、
「で、感謝のかの字も見せていないゲラーシーは?」
「あの子は今釣り堀に行っているわ。四十一区のシーゲンターラー卿と勝負をするのだそうよ」
おい、ゲラーシー。
いいから、お前は一回周りをよく見ろ。
で、情報収集して、バザーが終わるまでの間に花を一輪マーゥルに差し出せ。
……二十九区に居場所がなくなっても知らんぞ。
「おぅ、そうだったぜです! ヤシぴっぴにも花をやるですよ!」
「いらね」
「なんでだよですか!? こんなに感謝してんだぜですよ!?」
「俺が髪に花を挿してたらおかしいだろうが。どうしてもってんなら、それはジネットに回してくれ。陽だまり亭一同ってことで受け取っとくから」
「それはいいですね。陽だまり亭一同ということでしたら、わたしが代表してお預かりします」
何気に、ジネットもいくつか花をもらってちょっと恐縮してたんだよな。
ほら、いろんな店にケーキとかラーメンとか教えたから。その縁で「あの時はありがとう!」って。
で、その度に「あれはヤシロさんの発案で――」と辞退しようとして、それでももらってほしいと言われ、根負けして受け取って……ってことをしてたからな。
陽だまり亭としてもらうなら、ジネットも気が楽になるだろう。
「『BU』の連中はこぞって花を持ってこないと、マーゥルに潰されかねないってのに、危機感が足りてねぇな」
「まぁ、酷い言われようね。私、そんなに怖い人に見えるかしら?」
見えますけども!?
メドラとマーゥルだけは、真正面から敵対しないって決めてるしね、俺!
「で、二十九区は何を売ってるんだ?」
「売るというより、展示ね」
マーゥルが大人しくブースに滞在しているなと思ったら、なるほどねぇ、こりゃマーゥルがここを離れないわけだ。
「箱庭か」
「そうね。この辺は私がプロデュースしたのよ」
小さいのは5cm四方の小箱から、大きいものでは45cmを超える陶器の鉢まで、様々なサイズの入れ物の中に小さな木とコケや花、砂利などがレイアウトされて小さな『自然界』が閉じ込められている。
「以前、ヤシぴっぴがウチの庭を見て盆栽のことを教えてくれたでしょう?」
「覚えてねぇなぁ」
俺、いつそんな話したっけな?
マーゥルの館に行くこと自体そんなにないのに……そんな話したっけ?
まぁ、したからマーゥルが盆栽を知ってるんだろうけど。
「あれからね、私なりに研究して盆栽を作ってみたのよ」
「いやぁ、十分だよ。すげぇキレイに出来てる」
単調な造詣でなく、『うねり』のある幹に、大きく広がりながらもコンパクトにすっきりとまとまった枝葉。
小さいのにすごく迫力のあるミニ樹木。
根元は苔むしていて、なんとも風情がある。
こんなクオリティの盆栽、日本でもなかなかお目にかかれない。
十数年かけて作るようなクオリティだぞ、これは。
「まだ小さなものしかお披露目できないけれど、ちょっとした大作も仕込んでいるのよ」
うふふと、楽しそうに言うマーゥル。
きっと、それなりに大きな作品を育てている最中なのだろう。
随分と自信があるようだが、油断するなよ?
盆栽は生きている。
そうそう思い通りにはいかないからな。
ま、そこが面白いんだけど。
で、そんな盆栽を効果的に活かして、小さな世界が箱や鉢の中に創造されている。
日本庭園なんか見たこともないだろうに、すごく和の心を感じる作品もいくつかある。
このオバサン、マジでガーデニング極めてんだな。
盆栽はハマると抜け出せなくなるぞ~?
「ここ、青い砂利で、こ~いうラインを描くとさ、川っぽい表現になるぞ」
「まぁ、素敵ね、それ。ちょっとやってみようかしら。シンディ」
「はい。……ですが、青い石とは?」
「ほら、あれがあったじゃない、お庭に」
「翡翠ですか?」
「そうそう」
「んじゃ、ちょっくら砕いてくるぜです!」
「待て、モコカ!」
そんな高そうなものを使う必要はない。
河原に行けばいくらでも落ちてるから、青い石なんて。
「石探しも、自分でやると楽しいぞ」
「それもそうね。じゃあ、また今度一緒に行ってくれるかしら、モコカ?」
「もちろんだぜです! また、川をばっしゃーんして遊ぶぜです!」
「あれは、濡れるから禁止よ」
「えぇー!?」
お前、川で何やったんだよ?
マーゥルの冷たい笑みを見る限り、相当はしゃいだろ?
「二十九区はね、特産品がないのよ。そら豆くらいね」
マーゥルが不満そうに言う。
そりゃ、あんな狭い土地じゃ農作物も産業も育ちにくいだろう。
それでも、三十区に隣接しているということで、通行税でなんとか区を維持できている。
二十九区に特産品がないので、今回はマーゥルが個人的な趣味を持ってきたというわけか。
「ほら、ウチの区は土地が少ないじゃない? だからお庭でお花を育てられない人が多いのよ。そういう人に、こういう育て方もあるのよって教えてあげたかったの」
「いいんじゃないか。これはハマると、どこまでもこだわれる一生の趣味になるからな」
盆栽然り、テラリウムやアクアリウム然り。
ハマると一生楽しめる趣味になる。
ただ、この世界には電気がないからエアレーション……水槽の中に酸素を送り込む、いわゆる『ぶくぶく』とか言われてるヤツだが、あれが使えないからアクアリウムは難しいだろうけど。
あと、日本では人気の熱帯植物を飾る『パルダリウム』は、湿地帯を彷彿とさせるからこの街じゃ定着しないだろうな。
パルダリウムでは、ヤモリやカエルなんかを飼育したりするしな。
「あと、ミニチュアとか、作ってみると面白いぞ」
「ミニチュア? 箱庭みたいなものかしら?」
「あぁ。大工が区画整理の時なんかに模型を作るだろ? あれを、もっと細部までこだわった感じだ」
実在する街のミニチュアも楽しいし、空想上の建造物のミニチュアも楽しい。
こだわればこだわるほど、切り取られた小さな世界の先に、無限の世界が広がっていく。
「それはちょっと、楽しそうね」
にこりと、マーゥルが微笑む。
たぶんやってみるんだろうな。
俺も今度作ってみようかな、ミニチュア。
「――で、なるべく視界に入れないようにしていたんだが。ここに綿菓子の機械があるのは……?」
「えぇ……二十九区と言えば綿菓子だ――なんて言っていた身内がいたから、全力で止めておいたわ」
ゲラーシー。
お前ももうちょい頑張って、誇れるような何かを提案しろよ。
綿菓子……全力の妨害に遭って心折れてんじゃねぇよ。
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