報労記69話 見て回るバザー -1-

「んもう! まさかバザー当日に、こんな新商品のアイデアくれるなんて! だからヤシロちゃん大好き!」


 ウクリネスがうっきうきで魔獣の革を加工してポシェットを作っている。

 ポシェットというか、ポシェット型の持ち運び用花瓶――とでもいうか。


「すみません、急に無茶なお願いをしてしまいまして」

「とんでもないですよ、シスター。むしろ、もっと早くにこういうものを思いついて作っておけばよかったって、自分の想像力の乏しさを嘆くばかりですよ~」


 俺が始めた『感謝の花』は、この会場であっという間にブームになり、あちらこちらで日頃言葉にしにくい感謝を添えた花が贈り合われることとなった。


 そうすると、困るのがベルティーナのように複数人、それも十や二十では足りないくらいの人間に感謝されている人物だ。

 一人一輪と言えど、それが百人になればとんでもないサイズの花束になってしまう。

 そうなると、もはや持ちきれない。


 そこで、もらった花を一時的に活けておける花瓶が必要となった。

 だが、花瓶に活けた花をこの後持って帰るとなると大変なので、ポシェットのような形状の袋を作り、そこに水を染み込ませた綿を入れて、花束を入れて持ち運べるバッグを作ろうと、そういうことになった。


 ベルティーナ以外でも、複数人から花を贈られている者が多く、生花ギルドのギルド長なんかも、かなり大きな花束を抱えていた。

 また、花瓶ではないので、どこかに置いておく必要もなく、もらった花はその場でバッグに入れることが出来る。

「あ、くれるの? じゃああっちに花瓶があるから、ちょっと活けてくるね」なんて手間がなくなる。


 あと、いっぱいの花をぶら下げて歩いてると「まぁ、あなたたくさんもらったのね~」なんて会話が始まり、負けず嫌いの奥様なんかは、自分のガキにお小遣いを追加で渡して花を獲得しようと画策するかもしれない。

 ……今んとこ、そーゆー母親は見かけないけども。

 いてもいいと思う。

 金、使っていこうぜ。

 見栄のために、金、使っちゃいなよ☆


「こんなにたくさんのお花、どうしましょう?」


 なんて、嬉しそうに困りながら、ベルティーナがバッグの完成を待っている。

 ベルティーナのは大型になるから、ウクリネス本人が直々に作っている。

 小型の、十本程度の花束が入るサイズのものは、ウクリネスの弟子たちが嬉々として作成している。

 ……ウクリネス病も、順調に蔓延しているようだ。

 なんでそんな嬉しそうなんだろうねぇ。


「いくつかは教会に飾って、こういうバラなんかは贅沢に風呂に浮かべてみたらどうだ?」


 ローズ風呂。

 イメルダがたまにやっているようで、ルシアもお気に召した風呂の入り方だ。


「ですが、教会にお風呂はありませんし」

「陽だまり亭の大浴場を使えばいい。ガキどもと一緒に入っていけばどうだ?」

「そうですね。今日は子供たちも頑張りましたし、是非陽だまり亭のお風呂で疲れを取っていってください」


 ジネットがベルティーナの手を取り、「ね、そうしてください」なんて甘えている。


「ですが……私は、誰かとお風呂に入るのは……」


 なんでも、ベルティーナは誰にも裸を見せないらしい。

 なんと、ジネットですら見たことがないのだとか。


 教会のタライに湯を張って、ガキどもの体を洗ってやることはあっても、ベルティーナは絶対に一緒に湯浴みをしないらしい。

 ……どんだけ守りが堅いんだ。


「大衆浴場の視察の時は、一緒に入ってたじゃねぇか」

「あれは……っ、水着を着ていましたし、ウーマロさんのことも心配でしたから……特別ですっ」


 相当レアな事態だったらしい。

 それに遭遇できた俺は、果報者なのだろうな、きっと。


「ちなみに、ベルティーナの入浴を覗いた者はどうなるんだ?」

「天罰がくだります」


 にっこりと笑って、懺悔よりもおっかない言葉を口にするベルティーナ。

 ……冗談、なのだろうか?

 嘘を吐かない精霊教会のシスターの発言だからな、あり得なくもないのかもしれない。


 ……天罰、起こせるの? 怖っ。


「とはいえ、ベルティーナがもらった花だからな。先に一人で楽しんでもいいんじゃないか」

「そうですね。子供たちは、わたしが面倒を見ますから」

「ぼく、やちろ、じゅーななしゃい」

「では、男の子たちはヤシロさんにお願いしますね」


 ちぃっ!

 男女別だったか!

 ジネットのことだから、男女の分け隔てなく、全員を面倒見てくれると思ったのに!

 いや、教会のガキどもには、ジネットと一緒に風呂なんて贅沢だ!

 俺だけでいい!

 この際、ちんまいガキどもが周りにわらわらいるのは我慢するから!

 ねぇ!

 ねぇってば!


「「ヤシロさん」」

「声揃えんなよ……分かったよ、もう黙るよ」


 まったく同じ顔でこっち見やがって。


「ですが、一人でお風呂だなんて……もったいなくはないですか?」

「別に、沸かした湯は使い捨てってわけじゃないし、贅沢でもないからいいじゃねぇか。まぁ、すごく贅沢な気分は味わえるけどな」

「ふふ。そうですね。わたしも、たまに一人で入った時は、とても贅沢な気分を味わっていますよ」


 ジネットが一人で入る時なんてのは、先にマグダたちが入った後くらいだ。

 片付けや閉店作業の関係で別で入ることがあるだけで、自分一人のために湯を沸かしているわけではないので、何ももったいないことはない。

 薪の一本すら無駄にしていない。


 にもかかわらず、なんであんなに贅沢な気分になるんだろうなぁ、広い風呂の独占って。


「ガキが入るなら、今日は大浴場の方だな」

「あんな大きなお風呂に一人で入るのですか?」


 陽だまり亭の風呂を、見たことはあるが入ったことはないベルティーナ。

 初風呂が大浴場だ。


「……寂しくなりそうです」

「しょうがねぇ~なぁ~」

「大丈夫ですよ。オモチャをたくさん浮かべますから」


 俺の発言を遮りつつ、俺の体の向きをぐるんっと九十度回転させるジネット。

 ……お前、対応がエステラに似てきたな。

 しばらく会うのやめない? 悪影響が出てきてるんだけど?


「なんでしたら、わたしが一緒に入ってもいいですよ?」

「そ、それは……っ」


 ジネットに言われて、ベルティーナが目を丸くして、小さくすぼめた口でもごもごと言葉を漏らす。


「……恥ずかしいので、遠慮します」


 かわヨ!?


 ……はっ!?

 イカン、今一瞬理性が「ぽーん!」っと四十区辺りまで吹っ飛んでいた。

 恥ずかしいって!?

 娘に見せるのも恥ずかしいって!?


 どこまで穢れ知らずなんだ、ベルティーナは!?


「ベルティーナは、下着姿ですら見た人間が限定されてそうだな」

「と、当然ですっ。……そんな、誰彼構わず見せるものではないではありませんか」

「あ、下着姿でしたら、わたしは見たことがありますよ」

「そ、そんなこと、いちいち言わなくていいんですよ、ジネット!」


「もぅ!」っと、真っ赤に染まった頬を膨らませてジネットの口を塞ぐベルティーナ。

 そうか、ジネットは下着姿までは見たことがあるのか。

 看病とかしてるもんな。

 着替えの時に見るのだろう。


「今度、ベルティーナに似合いそうな下着をプレゼントするよ」

「間に合っています!」


 お尻に『べ』って書いてあるパンツとか、どうだろうか?


「私は、シスターの下着の好みを知っていますよ」

「ウクリネスさんっ!」


 完成したバッグを差し出しつつ、ウクリネスが勝ち誇ったように胸を張る。

 くっ、同性の服飾関係者が最強か!?

 とんでもない極秘ミッションを受けていたもんだな、ウクリネス。

 今度、じっくりと話を聞かせてはくれないだろうか? ダメかね? ん?


「ぷん!」


 イジり過ぎたようで、ベルティーナがヘソを曲げてしまった。

 えぇ~、なにあの怒り顔。

 みるみる癒やされていくんですけどぉ~。


「珍しくへそが曲がったな」

「ではやはり、お花の香りのお風呂で癒やされてもらわなければいけませんね」


 ヘソを曲げるベルティーナがツボなのはジネットも同じようで、楽しそうにくすくすと笑っている。

 やっぱ、ジネットって案外イタズラっ子だよな。

 こういう時、すごく嬉しそうな顔してるし。


「……ジネットは、四歳の時、タライのお湯で溺れかけたことがあるんですよ」

「ぅにゃああ!? なんでそんなことを、今、言い出すんですか!?」

「え……、深さってこんなもんじゃね?」

「はい。そこに、肩まで浸かるのだと言い出して」

「もう、やめてください!」


 先ほどのベルティーナと同様、赤く染まった頬を膨らませて、ベルティーナの口を塞ぐジネット。

 ホント、そっくりだな、お前ら母娘。


「ジネットちゃんとシスターに何をしたのさ、ヤシロ?」


 しばらく別行動を取っていたエステラたちが戻ってきた。

 感謝の花が一気に広がったので、その経緯の説明に、マーゥルやドニスたち他区の領主のもとへ説明に回っていたのだ。ルシアと一緒に。


 まぁ、それはいいとして。


「真っ先に俺を疑うクセ、さっさと直せ」

「効率的なだけだよ、ボクは」


 俺が高確率で原因だとでも?

 はっはっはーっ、ぶっとばすぞ~ぅ?


「似た者母娘の戯れを特等席で観覧していただけだ」

「それは、さぞや癒やされただろうね」

「まぁな」


 不満などすっかりどっかへやってしまった母娘が照れ笑いを浮かべている。

 はしゃいでしまった自覚はあるようだ。


「それじゃあ、用事を済ませてから、会場を見て回ろうか」

「用事ってなんだ?」


 他区の領主への説明はもう済んだんだろ?

 と、視線を向けると、エステラはにんまりと笑って、俺の肩に手を置いた。


「待ってるってさ、マーゥルさん」

「感謝って、強要するものじゃないと思う」


 感謝の花を持って来いと、怖い貴族から呼び出されているらしい、俺。

 へーへー。どうせ献上する予定だったし、今から行くよ。……ったく。






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