報労記68話 楽しむバザー -4-
それから十数分。
生花ギルドのブースの前には、親子連れの姿が増えていた。
我が子にもらった花を嬉しそうに見つめる母親と、新たに追加された軍資金に大喜びするガキども。
どっちも嬉しそうににこにこしてやがる。
「少し長めに茎を残して、髪に挿しておけば荷物にもならないだろう。家に帰った後、押し花にでもすればこの花を長く楽しむことが出来るぞ」
俺がそう言いながらジネットたちの髪に花を挿してやると、花を持ったご婦人方がこぞってそれを真似し始めた。
生花ギルドの大きいお姉さんたちに押し花の作り方を聞いているご婦人方も多い。
「すごぃ……一気に広まったね、感謝の輪」
「まぁ、そこそこ不純な動機だけどな」
「くすくす。でも、みんな、すごく嬉しそう」
お小遣いを手にした瞬間駆け出すガキどもを見て、ミリィがおかしそうに肩を揺らす。
日頃の感謝の気持ち、長続きしねぇなぁ。
「ぁりがとう、ね。みんながお花喜んでくれて、すごく、嬉しい」
「そんないい笑顔を見られるなら、男どももこぞって花を贈るようになるさ」
「ぇへへ。そうだと、ぃいな」
満開に咲くミリィの笑顔。
花一本でこれが拝めるなら、安いもんだ。
「じゃ、マグダたちにもやってくるか」
これだけ多くの者が花を挿し始めると、気になるだろうからな。
いちいち戻ってくるのもなんなので、十本ほどまとめて購入する。
マグダとロレッタ、あとベルティーナ。
カンパニュラとテレサにもやるとなれば、一緒にいるノーマの分も必要だろう。
俺の不在を守ってくれたデリアにも必要だし、心配かけたパウラやネフェリーの分もいる。
九本か。
一本余るが、予備ってことでいいか。
マーゥルにでも贈れば、笠地蔵よろしく、何倍にもなって返ってくるかもしれないし。
ってことでマグダのところへ向か……おうとしたら、目の前に障害物が立ちはだかった。
「遅いぞカタクチイワシ! さっさと三十五区のブースを見に来ぬか!」
俺が覗きに来ないから迎えに来た……ってわけでもなさそうだな、その両手いっぱいのオモチャと駄菓子を見る限り。
デミリーに教えた木のパズル、間に合ったんだな。ルシアが持ってるってことは売ってるんだろう。
……親子のメモリーを、お前が買ってどうする。
あと、駄菓子。
多いよ。
どんだけ買い込んでんだ。
そんなに食えないだろうに。
お前はハムスターか。食う以上にエサを溜め込みやがって。
「む? やらんぞ。これは私のお小遣いで買ったものだ」
「いや、いらんし、お前のお小遣いって区の金じゃねぇのか?」
「ふふん! このお小遣いはな、ギルベルタにもらったものなのだ!」
どーんと胸を張るルシア。
……給仕長から金を巻き上げてやるなよ。可哀想に。
「
「交換した、お互いに、お小遣いを。日頃の感謝と共に」
「じゃあ、ギルベルタは億万長者になったわけだ」
日頃の感謝を込めるなら、一億二億は必要だろう。
普段どんだけ苦労をかけているか、この機会にしっかりと見つめ直せばいい。
「それで、貴様は花など持ってどこへ行く気だ? またうら若い乙女に粉をかけに行く気ではなかろうな?」
またってなんだよ、またって。
俺がいつそんなことをしたよ。
こいつには、花を贈るほどの感謝などしていないが……ギルベルタにはあげたいな。
きっと素直に喜んでくれるだろう。
ルシアからのお小遣いも、喜んでいるみたいだし。
で、ギルベルタだけにやろうとすると、横から茶々を入れてくるのは明白なので…………はぁ、しょうがない。
今日は教会主催のバザーだからな。寄付の精神でルシアにも恵んでやるか。
十本の花の中から、ルシアの髪に似合いそうな薄桃色の花を抜き取る。
清涼感のある青く長いさらさらの髪には、こういう柔らかい色合いの花が似合うだろう。
「ルシア」
「なんだ?」
「やる」
どさっ! かこーん! からーんころーんからーん!
おぉい、荷物!
駄菓子とパズルと、どこで買ってきたのか知らんがブリキのおもちゃが一斉に落下したぞ!
「な……っ、は、はなっ……はな、だと!?」
「いやいやいや! 深い意味はないから! 四十二区では、もっと気軽に、カジュアルに、花を贈り合う風習を根付かせようとしてるんだよ!」
前にもそんな説明しなかったっけ、お前には!?
してないかなぁ?
クッソ、俺ですらうろ覚えなんだから、ルシアが覚えているわけないかぁ!
「お前の花はギルベルタのついでだ! いらないなら別にそれでもいいが」
「いる! 返せ! それはもうすでに私の物だ!」
引っ手繰らんと振り上げられた腕が途中で止まり、こちらに向かって差し出される。
「ちょーだい」のポーズで。
「……深い意味はなくとも、花ならば、それ相応の渡し方というものがあろう」
片膝でもつけってか?
じょーだんじゃない。
「ん」
「ぞんざいか!?」
「あげてほしい、ちゃんと。喜ぶ、きっと、ルシア様は」
俺からの花でか?
それもたった一輪だけの花だそ?
そんなもんをもらって、ルシアが喜ぶとは…………おいこら、否定しろよ、いつもみたいに。「誰が貴様からの花なんぞで喜ぶか」って。
……ったく。
「一応、日頃の感謝の気持ちを込めて贈るってことになってるからよ」
花を差し出し、心ばかりの言葉を添える。
「忙しいとは思うが、あんま無理はするなよ」
「誰のせいで忙しくしていると思っておるのだ……」
俯き、悪態をついて花を受け取る。
俺のせいだとでも言いたいのか?
お前が港を盛り上げたいって泣きついてきたんだろうが。
責任転嫁も甚だしい――
「しかし、その言葉は嬉しいぞ。ありがとう、カタクチイワシ」
――ルシアのそっくりさんがいる。
俺の知ってるルシアが、こんなに素直なわけがない!
「気を付けろギルベルタ! 偽物だ!」
「本物、間違いなく。保証する、私が」
マジか!?
じゃあ、なんか悪い病気にかかったのかもしれん!
だって、嬉しそうに目を細めて、花の香りとか嗅いでるぞ?
あいつのあんな楽しそうな顔、獣人族にセクハラしている時以外で見たことないのに!
……ほとほと最低な領主だな、こいつは。
「はぁ……なんだかなぁ」
「嬉しい、ルシア様は。自分を認めてもらえることが。少なかった、今までは、信頼できる味方が」
ま、付け入る隙や利用できそうな属性てんこ盛りだもんな、女領主なんて。
しかも、結婚を考えるようなお年頃で、一人娘。後ろ盾はほぼおらず、孤高の女領主なんて呼ばれるくらいには心を許せる友人がいなかった。
信用できる味方なんて、数えるほどもいなかっただろう。
なにせ、この世界はまだまだ男女平等とは程遠い。
その上に貴族なんて身分が加われば、牽制の応酬は必然と言える。
ルシアがあんな無防備な表情を晒せるようになったのは、エステラと出会ってから。
それも、四十二区に来ている時くらいだもんな。
「じゃ、そんなルシアをずっと守ってきたギルベルタにも」
「くれるのか、私にも、そのお花を」
「あぁ。日頃の感謝をてんこ盛りにしてな」
「てんこ盛り、嬉しい!」
わくわくした顔を向けるギルベルタの髪に、白い花を挿してやる。
ユリのように大きな花だが、ギルベルタのような幼い顔つきならごてごてした感じも毒々しさも生まれない。
「似合ってるぞ、ギルベルタ」
「くひひっ」
嬉しそうに肩をすくめ、頭で揺れる花の感触を楽しむギルベルタ。
「見せたい、我が永遠のライバル、マグダに」
「あぁ、じゃあ一緒に行こう。マグダの分はまだ俺が持ってるんだ」
「行く! 早く!」
ギルベルタに手を引かれ、歩き出そうとしたところへ、ルシアが割り込んできて、睨む……というより、じっと見つめるような、力強い視線を向けてくる。
「……ん」
さっき、俺がクレームを言われた渡し方で、薄桃色の花を俺に突きつけてくる。
「ん!」
お前は、壊れた傘をお地蔵様の社で雨宿りしている姉妹に押し付ける田舎の小学生か。
「お前ん家、オッバケや~しき~!」とか言って叱られた経験ないか?
「付ければいいのか?」
「そう思うのであれば、迅速に行動へと移せ」
こいつは、なんで素直に「お願いします」が言えないのか。
茎を切り、ルシアの髪へと花を挿す。
まるでシルクのような艶やかな髪が指の上を滑っていく。
「どうだ? 似合うであろう?」
「えぇ、それはもう。天上の女神が舞い降りたのかと見紛うほどに」
ドヤ顔で胸を張るルシアに芝居がかった口調で返事をすると、「ぷふっ!」っと吹き出しやがった。
「世辞がうまくなったではないか」
楽しそうに笑い、俺の肩を叩く。
そして、本当に珍しく、無防備な笑みをこちらに向けて自然な声でこんな言葉を口にした。
「実に気分がよい。今日のお昼は私が特別にご馳走してやろう」
上機嫌を絵に描いたような顔で、ルシアは散らばった駄菓子を拾い始める。
領主が地面にしゃがみこんで落ちた駄菓子を拾うなよとか、ギルベルタも給仕長ならルシアを手伝ってやったらとか、いろいろ言いたいことはあるけれども――
こんな、何の変哲もない一輪の花でそこまで喜んでんじゃねぇよ。
大袈裟だっつーの。
やって来たエステラに「どーだ?」と花を自慢し、「ボクのも綺麗ですよ」なんて自慢し返され、領主が仲良さそうに話を始める。
ジネットとエステラと、三人でのんびりと見て回るつもりが……、こりゃ騒がしくなりそうだな~っと。
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