報労記68話 楽しむバザー -3-
ミリィのところへ行くならば、デリアも誘ってやろうかと思ったのだが……
釣り堀で忙しく動き回るデリアは、とても楽しそうに見えた。
小さいガキどもに「教えて、教えて」と群がられ、魚がかかったら一緒になって引き上げてやって、やり過ぎず、放置し過ぎない、絶妙なサポートでガキどもを楽しませてやっていた。
なんか、勝手なイメージで「こうやんだよ、貸してみろ!」って全部持ってっちまうのかと思っていたが、……なるほどなぁ、デリアが慕われるわけだ。
ものすげぇ面倒見がいい。
あの、絶妙なラインで世話を焼くのって、すっげぇメンドクサイのに。
「デリアさん、楽しそうですね」
「だな」
というわけで、デリアの邪魔をしないように早々に釣り堀を離れ、俺たちは生花ギルドのブースへとやって来た。
「ぁ、てんとうむしさん。じねっとさんと、えすてらさんも」
俺たちを見つけ、ミリィがとっとこ走って出迎えてきてくれる。
「ヤバい。思わずエサを与えたくなる可愛さだ!」
「みりぃ、小動物じゃ、なぃ、よ?」
いいえ、小動物です!
「ミリィ。もしよかったら、これを食べないかい?」
と、俺を差し置いてエサを与えるエステラ。
ズルいぞ、お前ばっかり。
「ゎぁ! これ、でりあさんのところの、ぉ魚?」
「そう。ボクが釣って、ジネットちゃんが焼いてくれたんだよ」
「そして俺が、じっと見守っていた」
「君は何もしていないじゃないか。割り込んでこないでくれるかい?」
「くすくす……」
楽しそうに笑うミリィを見ていると、こういうイベントの重要性がよく分かる。
必要だな、こういうのは。
だって、可愛いし!
「それじゃ、もらう、ね?」
「うん。召し上がれ」
エステラから釣りたて焼きたてのアユを受け取り、お腹にかぶりつくミリィ。
「わぁ……ぉいしぃ~」
そして、なんとも幸せそうに頬を緩める。
「よし、包んでもらおうか!」
「ミリィさんは、おそらく非売品ですよ」
「ぉそらくじゃ、なぃよぅ、じねっとさんっ!」
ジネットに対し、むぅむぅと抗議するミリィ。
ジネットにこういうことするの、ミリィくらいだな。
なんだろう、すげぇ和む。
「じねっとさんは、しなかったの、釣り?」
「しましたよ。聞いてください、今回はすごいんです! なんと、二匹も釣り上げたんですよ!」
「わぁ~、すご~い」
ぱちぱちと称賛の拍手を贈るミリィと、それを一身に浴びるジネット。
……いや、二匹だからな?
その直後、エステラが数分で十数匹ばっしゃばっしゃ釣ってたから。
「そのぉ魚は、食べた?」
「はい。とても美味しかったですよ」
「てんとうむしさんも?」
「おう。ジネットが釣って、ジネットが焼いた魚を、無償でご馳走になったぞ。やっぱタダ飯は格別だな」
とんだヒモ男だな、俺は。
養ってもらっちゃったぜ。
「くすくす……じゃあ、何かお礼、しないと、だね」
お礼か……
ふと見ると、生花ギルドではポプリとアロマキャンドルの他に、生花も売っていた。
今日はお小遣いポイントでしか買い物が出来ないせいか、あんまり売れてはなさそうだけれど。
ガキは花なんか買わないだろうし、大人も今日わざわざ買おうって感じではないようだ。
まぁ、花なら生花ギルドの店に行けばいつでも買えるからなぁ……あ、そうだ。
「ミリィ、ちょっとその二人の相手を頼む」
ミリィに言付けて、みんなのもとを離れ一人で売り子に話しかける。
売り『子』ではないけども。
「あら、いらっしゃい、ヤシロちゃん」
「今日も森林伐採してきたのか?」
売り子をしている生花ギルドの大きいお姉さんの頭には、メンコのモデルをした時同様、大きな花が挿さっていた。
ハイビスカスのような、大振りながらも可憐な花だ。
「うふふ~、綺麗でしょう? やっぱり、生花ギルドたるもの、綺麗なお花を身に纏わなきゃよね~」
「あぁ、すごく綺麗だぞ、花は」
「や~だ~、もぅ! すごく似合ってて花のように綺麗だなんて~!」
あっれぇ?
『強制翻訳魔法』の調子が悪いのかなぁ?
それとも、もう耳が遠くなるようなお年頃なのかしら~?
言ってねぇよ。
「この花、一本ずつばら売りしてくれるか?」
「いいわよ~。どれでも好きな花を持って行ってね」
頼めば、ミリィやオバs……大きいお姉さんたちがブーケにしてくれるらしいが、今回はいいや。
明るめの花を三本選んで、お小遣いポイントで清算する。
それを手に、「あいつは何をする気だ?」と、こっちをガン見していたジネットたちのもとへと戻る。
「お花を買われたんですね」
「けど、三本でいいのかい?」
「あぁ、三人だしな」
言いながら、ジネット、エステラ、ミリィにそれぞれ花を手渡す。
「いつもありがとよ――っていう、感謝の気持ちだ」
「えっ!?」
「は……?」
「ゎぁ!」
ジネットは驚き、エステラは呆け、ミリィは喜んでくれた。
「てんとうむしさんが、前に言ってた感謝のお花、だね」
以前、花束を贈る習慣がないこの街の連中がもっと気軽に花を贈れるようにと、花束にしない一本の花を、もっと気軽な気持ちで贈る習慣を根付かせたらどうか――みたいな話をしたんだよな。
日頃の感謝の気持ちをこめて、ささやかな花を贈る。
豪勢な花束じゃないから、受け取る方も気軽に受け取れる。
母の日に、ガキがお小遣いでカーネーションを贈るような、そんな感じだ。
「あのっ、ありがとうございます! ……すごく、嬉しいです」
一輪の花を握りしめ、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませるジネット。
大袈裟だ、大袈裟。
「もっと軽い気持ちでいいから。こうして普段から花を贈る習慣が根付けば、また経済は回るしな」
「はい。……素敵な習慣だと思います」
にっこり笑って、花に鼻を近付けて香りを堪能するジネット。
片や、エステラは……
「きゅ、……急に、真面目なこと……やめてよね」
「じゃあ、返せ」
「やだ!」
どんな顔をしたもんかと百面相をしていたようだが、「返せ」と言ったらここぞとばかりに笑顔になりやがった。
そうそう。そんな感じで、日常の中に当たり前に溶け込ませればいいんだよ。
「えへへ~。あのヤシロがこんなに素直になるんなら、バザーは年に数回開催しないといけないね」
「その度に
「ううん。きっと君はその度に、日頃照れて言えないボクたちへの感謝をこうして形に表すんだよ。自主的にね」
「言ってろ」
それはもう嬉しそうに、エステラは黄色い花を握りしめる。
なんて花なんだろうな。
見た感じダリアっぽいけど、っぽいだけで別物だし。
「みりぃも、嬉しいょ。ぁりがとね、てんとうむしさん」
「どういたしまして。あ、そうだ、マグダたちの分も買いたいから、この辺、ちょっと取っといてくれ」
「ぅん。きっと喜ぶょ」
一応、念のために予約をしておいて……と。
……お、あのガキが手ごろか。
もらったお小遣いポイントを盛大に使って、残りわずか。
あんなにあったのにもうこれだけか……うぅ~ん、残りは何に使うべきか……アレもしたいしコレも食べたい……あぁ、お小遣いが足りないよぉ~!
――的な雰囲気のガキ(九歳・男・たぶん犬人族)。
そのガキのそばにそそ~っと歩み寄り、お小遣いを増やす秘策を教えてやる。
「残ってるのは2
「お花なんかいらないよ!」
「お前のためじゃない、母親のために買うんだ」
「おかあちゃんの? なんで?」
ふっ……分からんか。
じゃあ、教えてやろう。
「母ちゃんに一番似合う花をお前が選んで、それを母ちゃんにプレゼントするんだ。『いつもありがとう』って言葉を添えてな。ついでに、『母ちゃんに似合いそうな色を頑張って選んだ』ってことと『これでお小遣い使い果たしちゃった、てへっ!』ってことを伝えれば……『まぁ、ウチの子、普段は全然言うこと聞かないのに、こんなに私のこと考えててくれたのね! ウチの子可愛い! マジ天使! お小遣いいっぱいあげちゃう!』って、もう一回お小遣いをたんまりもらえるって寸法だ」
一回しか使えない、切り札だけどな。
「やってみるか?」
「うん! ……うへへ、お小遣い!」
お小遣いに目がくらんだ悪ガキの小癪な作戦が、今始まった。
「君は……幼気な少年に何を吹き込んでいるのさ?」
「でも、我が子が自分のためにお花を選んでくれるのは、母親として嬉しいのではないでしょうか? 動機は……子供たちは、割とそういうものですし」
ジネットが少し眉を曲げて苦笑を漏らす。
教会のガキどもも、日頃からそういう浅はかな計算をしてるのだろう。
だが、子供の浅知恵でも、大人にとっては嬉しいこともある。
そしておそらく、今回のこれは、その嬉しいことに含まれるだろう。
「じゃあ、これにする!」
「ちょっとあんた。何やってんの。こんなとこで……あら? 花なんか買うの?」
ガキが散々悩んだ結果、花を選び終わったまさにその時、このガキの母親らしき女性が生花ギルドへやって来た。
一瞬焦るガキ。
だが、こちらへ助けを求めるように向いた瞳に力強く頷いてGOサインを出してやる。
「あのさ、おかあちゃん」
「なによ?」
「これ! えっと、いつも……ありがと……っていうか…………似合うかな、って……」
「へ? ……私に?」
「いや、だって、なんか、おかあちゃんに似合いそうだったし、いつもご飯美味しいし、だから、あの……」
テンパって、ぼろぼろと言葉が零れていくガキんちょ。
途中から、普段口にしないような素直な感謝になってんぞ。
「あの……」
と、ジネットが呆ける母親に歩み寄り、そっと耳打ちをする。
「ついさっきまで、最後のお小遣いの使い道に悩んでいたみたいですよ」
「え……?」
驚いて我が子を見る母親。
ジネットの言ってることは嘘ではない。ただ、その選択肢の中に『母親への贈り物』なんてものは含まれてなかったが、まぁ、そんなもんわざわざ言うことじゃない。
思いたいように思い込んでおくのが幸せってもんだ。
「……バカだねぇ。お菓子を我慢して、こんな……」
言い終わる前に、母親の声が詰まる。
「あぁ、もう! しょうがないわね。ほら、お小遣い。特別よ」
「やったぁ!」
母親への感謝に嘘はなくとも、お小遣いに大喜びしちまうのはやっぱガキだよなぁ。
「あんた、お小遣い目当てだったんじゃないの?」なんて怒ってみせる母親も、どこか嬉しそうだ。
「こういう感謝の輪が広がっていくと、いいですね」
喜ぶ親子を見つめ、ジネットは俺の贈った花を握りしめる。
『こういう輪』ってのは、ガキがお小遣いをせしめるために悪知恵を働かせる風習のことか?
んじゃ、そこらのガキにこの裏技を吹き込んで、大人連中からお小遣いを巻き上げてやりますかね。
光の微笑み亭の売り上げも、まだまだ物足りないしな。
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