報労記68話 楽しむバザー -2-

「いや~、大漁、大漁~♪」


 エステラが、大人げない。


「乱獲するなよ」

「ちゃ、ちゃんとキャッチ&リリースしたよ!」


 もう、釣るのが楽しくて、ばっしばっし釣り上げていたエステラ。

 ここの釣り堀、ガキ用の難易度なんだよ。

 まぁ、ガキどもはエステラが釣り上げる度に一緒になって喜んでたけども。


「釣れなかった女の子にプレゼントしたら、喜んでくれたよ」

「この女ったらし」

「君と同じにしないでくれるかい?」


 俺がいつガキをたらし込んだよ。

 お前はその三歳くらいのガキんちょにめっちゃ懐かれて、ずっと引っ付かれてたじゃねぇかよ。


「デリア。来年はこういう大人げないヤツのために、50cm級のデカい魚しかいない高難易度釣り堀でも作った方がいいかもな」

「それ面白そうだな! あたいもやってみたい!」


 いや、お前はその高難易度の獲物を釣り堀よりも難しい川で釣り上げてくる係なんだよ。

 どうしたって、お前が納得するような難易度にはならないから。


「けど、みんな釣り好きなんだなぁ」


 大盛況の釣り堀を見て、デリアが嬉しそうに言う。

 これまで、川で釣りをする機会もそうそうなかっただろし、釣りをするって土壌が育ってなかったんだろう。

 やれるならやってみたいってヤツは結構いたようだ。


「あの子たち、みんな川漁ギルドに入ってくれないかなぁ」

「根こそぎはやめてやれ。他のギルドが困っちまう」


 地引網のごとく根こそぎ若い世代を持って行こうとするデリア。

 もうちょっと育って、川漁をやってみたいってガキがいたら、そん時は引き取ってやればいい。


「ところで、ジネットはこの後どうする? 俺らはちょっと見て回るつもりなんだが」


 ガキどもが釣った魚を焼いてやっているジネット。

 料理とガキ。ジネットが好きなものが揃っているこの場所を離れたくはないかもしれない。

 ――と、思ったら。


「わたしもご一緒して構いませんか?」

「もちろんだよ。そのつもりで呼びに来たんだから」


 案外すんなりとこちらの誘いに乗ってくる。

 エステラも嬉しそうだ。


「いいのか? 楽しかったんだろ、ガキの魚焼くの」

「はい。それはもう、とても。でも、この後はオメロさんが子供たちに焼き方を教えるそうなので」


 ジネットがいると、全員がジネットに焼いてもらいたがるもんな。

 じゃ、ここを離れてガキどもにやらせてやった方がいいか。


「みんな、ジネットちゃんにはついつい甘えたくなっちゃうんだろうね」

「ふふ、そうだとしたら嬉しいですね」


 甘えられて嬉しいとか、ちょっと共感できない感覚だな。

 俺なら、サービスが受けたいなら相応の対価を払えと言いたい。


「ではみなさん、骨には気を付けて、よく噛んで食べてくださいね」

「「「は~い!」」」


 ガキの声に交ざってベルティーナの声が……聞こえない。

 遠目で確認すると……おぉ、ちゃんとガキどもと一緒に店番してるな。


「ベルティーナが交ざってくるかと思ったんだが」

「シスターは、子供たちが最優先だからね」


 果たしてそうだろうか。


「シスター、店番をするのを楽しみにされていたんですよ」


 そんなベルティーナの秘密を、ジネットがこっそり教えてくれる。


「昨日、店番の心得をこっそり尋ねられたんです」

「なにもこっそりせんでも……で、なんて答えたんだ?」

「大切なのは、パイオツ・カイデーでいることです、と」

「ごふぅっ!」


 ……おま、ジネッ……なんつーことをベルティーナに……!


「必要な技能はいくつもありますけれど、何よりも優先されるべきは笑顔だと思うんです。わたしたちが素敵な笑顔でいることで、お店の雰囲気が明るくなり、お客さんも、わたしたち従業員もみんなが楽しい気分になれますから」

「あぁ、うん……まぁ、そうだな」


 その発想は正しい。

 正しいのだが……


「ですので、パイオツ・カイデーが何より大切なんです!」


 その発言はどうなのかなぁ!?

 いや、意味を誤解しているのは百歩譲っていいとして、別にこっちの言葉で言えばいいんじゃないのかなぁ!?

『素敵な笑顔で頑張りましょう』とか、そんな感じでさ!?


 なんかもう『ハクナ・マタタ心配ないさ』みたいな感じで、そこだけ異国語みたいな使い方しなくてもいいんじゃね?

 つーか、広めるな、その言葉を!

 いつか訂正して回らなきゃいけなくなった時、被害が拡大しちゃうから!


 でも、店員がパイオツ・カイデーでいることは大切だと思う。

 正しい方の意味でも!

 なんなら、もっと強調してみてもいいんじゃないかな!?


「なにを一人で百面相しているのさ、君は?」

「……なんでもねぇ」

「あ……」


 ある種呪いの言葉と化した過去の失言を聞かされて見悶え、最後にちょっと希望を見出して瞳をきらめかせる俺に、エステラが余計なツッコミをいれた後、ジネットが小さな声を漏らす。

 そして、そそそっと俺に近寄ってきて、こそっと耳打ちする。


「もしかして……気恥ずかしいですか?」


 パイオツ・カイデーって言われるの?

 気恥ずかしいというか、いつまでも過去の古傷をいじくり倒してくる精霊神への憎悪を感じているぞ。


「確かに、あの……わたしも、ちょっと気恥ずかしくはあるのですが……その、ヤシロさんに、褒めていただいたことは……」


 もじもじと、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

 なんで「パイオツ・カイデー」なんて言葉でそんな照れ方を……いや普通に考えて「君、おっぱいデッカいね☆」とか言われたら恥ずかしいだろうけれども……いや、違うな。

 ジネットは「パイオツ・カイデー」を「笑顔が素敵」だと思っているのだから……


 出会ってすぐ、「君の笑顔は素敵だね」って俺に言われたことになってるのか。



 ……俺はどこのナンパ野郎だ!?



「あ、いや、……すまん。あの時は、つい、思わずというか……口から勝手に言葉が飛び出したというか」

「へぅっ……そ、それは、あの…………ありがとう、ございます」


 違うのに!

 なんかそういう、甘い感じは一切ないエピソードなのに!

 あまりに大きなおっぱいに、思わず口から飛び出した発言なのに!

 なのに、一切訂正が出来ない!


 くぉおうっ、なんだこのモヤモヤむずむずする感じは!?

 どんな嫌がらせだ、精霊神!

 これなら素直に、初対面で「おっぱい、デッカ!?」って発言した最低男ってレッテル貼られた方がまだマシだったわ!


 ……とはいえ、訂正はこっちのタイミングでするから、急に正しい翻訳し始めるなよ、精霊神! いや、『強制翻訳魔法』! お前、急に悪ふざけする時あるからな! これフリじゃないからな!? マジだからな!


「くぅ……! 精霊神を殴りたい」

「なぜですか!? ……わたしは、あの日の出会いを感謝しています、よ?」


 う……別に、あの日の出会いを悔いているわけじゃ……まぁ、出来るならあの出会いのシーンだけやり直したいけども。

 まぁ、そんなもんは不可能だし、やり直したことで現在が変わってしまう危険があるならやり直しなんかしなくていいけども。


 ……まぁ、幸い中の不幸とでも思って、受け入れておくとしよう。


「でも、とても素敵な言葉だと思うんです」


『パイオツ・カイデー』が?

 その感性はどうなんだろうか。……俺のせいだとはいえ。


「なので、これからも使わせていただいても、構いませんか?」


 なんて素敵な笑顔だ。……灰になっちゃいそうだよ、俺。罪悪感とかよこしまな思いがあり過ぎて。


 はぁ……こんな顔で言われたら、ダメとは言えねぇじゃねぇか。

 まして本当の意味など……よし、墓場まで持って行こう! そうしよう!


「まぁ……ほどほどに、な」

「はい」


 あ~ぁ。

 こりゃ、この先もず~っと引きずるんだろうなぁ。

 ……ったく、精霊神め。底意地の悪い。


「では、会場を見て回りましょう。まずはどこから行きますか?」


 照れも恥じらいも霧散して、ぱっと花が開くように笑顔が咲き誇る。

 俺の心が、たとえどんなにどんよりとした暗雲に覆われていようとも、その雲間に光を差し込ませるような太陽の笑顔。


 初めて会ったあの日、あの時。

 ささくれ立っていたあのころの心情ではなく、今のように多少は落ち着いた気持でいたならば、俺は真っ先にこの笑顔を褒めただろうか。


 ……いや、絶対おっぱいに目を奪われてただろうな。


 うん、そこは変わらないな。

 なので、やり直しても同じ結果にたどり着くだろう。


「じゃ、ミリィのところにでも行ってみるか?」

「はい。ポプリとアロマキャンドルを売っているんですよね。楽しみです」


 ぴょこんと跳ねればゆっさりと揺れる。

 にこにこ微笑むジネットを見て思う。


 誤解の方でも正しい意味でも、パイオツ・カイデーだよ、お前は。






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