報労記68話 楽しむバザー -1-

 広場のすみっこで、存在感をこれでもかと発揮する巨大な海賊船。

 そんな豪華なセットの下で賑やかに開催されている、川漁ギルドの釣り堀へと向かう。

 ……あ~ぁ、ベッコのヤツ張り切っちゃってまぁ。

 朝見た時にはなかった、立派な女神像が海賊船の船首に付いてるよ。

 あぁ、海賊船だからちょっと欠けてんのね。こだわりがスゲェよ。


「なぁ、ウーマロとベッコってさぁ、アホなのかな?」

「君と気が合うんだから、その可能性は高いよね」


 口の減らないエステラ。

 乳の減る余地はもうないのに。……ぷっ。


「それさっき聞いた」

「いや、俺、今何も言ってなくない!?」

「顔に書いてある」


 そんな、一昔前のバラエティ番組じゃあるまいし、なんでもかんでも文字に起こさなくていいっての。

 ……誰の顔がバラエティ番組だ!?

 トレンディドラマだ!



 ……トレンディドラマでもねぇわ!



「ヤーくん、エステラ姉様」

「えーゆーしゃ、りょーしゅしゃー!」


 結構な人だかりが出来ている釣り堀に間もなく到着かというタイミングで、背後から声がかかる。

 さて、あの二人はちゃんとお遣いをこなせたのだろうか。


「ノーマ姉様をお連れしました」

「おこしてきたぉ!」

「くはぁ……っ。ちょぃと寝過ごしちまったさね」


 カンパニュラとテレサに連れられ、気怠そうにあくびをするノーマがやって来る。

 よかった、生きてた。


 いや、開場時間が過ぎてもノーマが顔を見せなかったからさ?


「ノーマさんがこういうイベントに遅れるなんて、異常事態です!」

「……前日からわくわくして、当日は日の出より早く目が覚めてそわそわしているタイプなのに」

「お体の具合でも、悪くされたのでしょうか?」


 と、陽だまり亭ウェイトレス一同が心配していたので、俺が様子を見に行こうとしたところ、カンパニュラが「ただのお寝坊でしたら、異性や同年代の方より、私たちのような幼い者の方が抵抗は少ないかと思います」とお遣いを買って出てくれたのだ。

 で、申し訳ないけど、ちょっと様子を見に行って、寝ているようなら「イベントだよ~」って起こしてもらうことにした。


 だってほら、起きた時に夕方で、イベント終わってたとかなったら、拗ねるじゃん?

 もう十分に大人だけど、あいつは……ノーマだから。



 あとはまぁ、本気で倒れてたらどうしようかなぁ――なんて心配をしていたわけだが、比較的元気そうだ。

 物凄く眠たそうではあるが。


「あのな、ノーマ。氷砂糖の製造機は、そこまで大至急じゃなくてもかまわな――」

「それよりヤシロ見ておくれな、この歯車! 実はビックリハウスに乗った時にふと思いついた細工を施してあるんだけどね!」

「うわ~、持ってきちゃってたわぁ……」


 目がきらきらしている。

 これは、納期を延ばすよりもさっさと終わらせた方が早くノーマを休ませてやれそうだな。


「歯車を立体的にすることで、ここにかかる力がさね――」

「だったら、歯車自体の形状をこういう円盤じゃなく三角錐に近付けてだな――」

「なるほど! そうすりゃ歯の摩耗も軽減できて力の伝わり方が――」

「おまけに組み上げる時にスペースが――」

「あぁ、でもそれじゃあさ、こういう風に配置すりゃあどうかぃね?」

「おぉ、その発想はなかったなぁ!」

「君たち。そういう話はバザーの後にしたまえ。そういう話を聞くと、ノーマは仕事がしたくてうずうずしちゃうんだから」


 俺とノーマの間に割って入って話を中断させるエステラ。

 朝のうちに仕事させときゃ、夜に寝る時間が確保できるだろうが。

 俺は女性の肌と、おっぱいのハリの味方だ!


「カンパニュラ、テレサ。悪いんだけどさ、ノーマを案内してあげてくれるかな?」

「はい。もちろんです」

「ノーマねーしゃ、お店、いこ?」

「あんたらが案内してくれるんかぃ? そんじゃ、今は仕事を忘れて楽しませてもらおうかぃねぇ」

「じゃあ、これ。二人にお小遣いね」

「ありがとうございます、エステラ姉様」

「ありまたく、ちょうらい、いたましゅ!」

「あはは。惜しいよ、テレサ」


 誰が教えたんだ、「有り難く頂戴いたします」なんて。

 カンパニュラか?


「じゃ、これでノーマにお菓子でも買ってやってくれ」


 ノーマを起こしに行ってくれた駄賃として、100OPおっポイ渡しておく。

 カンパニュラなら、無駄遣いすることはないだろう。



 …………無駄遣いしていいんだよ、今日は!


 むしろ、率先して使わせて、周りのガキどもを焚き付けるくらいでいいんだっつの!

 危うく堅実な親みたいなことを言いかけて思い留まったぜ。

 まったく、カンパニュラは油断ならないお子様だ。

 周りの大人を『静かに見守りモード』に強制変換するオーラでも放出しているのだろう。


「これで、メンコくじがたくさん引けますね」

「おねーしゃ、あてぅ!」


 カンパニュラとテレサはメンコが欲しいようだ。

 メンコくじって言ってんのか。

 確かに、好きな絵柄が選べない今の販売方法はくじだな。


「言えばやるのに」

「それはとても魅力的なお言葉ですが、何が当たるかわくわく出来るので、くじも楽しいですよ」


 コネを使ってコンプリート、ってのには興味がないらしい。

 どっかの微笑みの領主様に聞かせてやりたいよ、今の言葉。

「じゃ、全種類セットでよろしくね」って、さら~っと言いやがったからな。

 三十五区のメンコもきっちり持って行きやがったし。


「じゃあ、ノーマ。二人のこと、よろしくな」

「あぁ、任せておくさね。アタシもお小遣いあげたくなってきたねぇ」

「あんま甘やかし過ぎないようにな」

「分かってるさよ。これでも、子供の教育には一家言あるんさよ」


 へぇ~、予定は未定のままなのに。


「なんか言ったかぃ?」

「何も言ってないだろうが」

「顔に書いてあるんさよ」


 ホンット、よく文字が書かれるなぁ、俺の顔は。


「そんじゃ、店を見て回ろうかぃ、カンパニュラ。テレサ」

「はい。あの、ノーマ姉様。手をつないでいただいても構いませんか?」

「あーしも!」

「くふふ。ほんじゃ、手をつないでいくかぃね~」


 嬉しそうである。

 小さい子供に慕われるのが、物凄く好きそうだ。


「これで、ノーマも少しは息抜き出来るといいけど」

「まぁ、仕事が生きがいみたいなところもあるから、充実はしてると思うけどな」


 ただ、体力は有限だってこと、そろそろ覚えた方がいいと思うぞ。


「それにしても、ジネットちゃんはずっと釣り堀だね。そんなに釣れてるのかな?」

「釣れてないから粘ってんじゃないのか?」


 きっと今頃、同時に始めた周りのガキどもにあれやこれやと手ほどきを受けていることだろう。

 なんか、三十五区で餅つきやった時も、そんな感じになってたっけな、ジネットは。


 とか思って釣り堀に着いてみれば――


「はい、こちらのお魚はもう焼けましたよ。熱いので気を付けてくださいね」


 ――釣り堀の横でアユの塩焼きを作っていた。


「どこでも料理してるな、お前は」

「あ、ヤシロさん。エステラさんも」


 川漁ギルドのオッサンに交じって、アユを焼いているジネット。

 目の前には、大量の塩焼きが並んでいる。


「これは、子供たちが釣ったお魚なんですよ。それをこの場で食べてもらおうという企画なんだそうです」


 まぁ、自分で釣った魚は美味いからな。


 ジネットは、「大漁ですね~」と嬉しそうにガキどもの健闘を称えている。


「で、ジネットは釣れたのか?」

「わたしのは……えっと……?」

「ジネットちゃんのはこっちに避けてあるぜ」


 オメロがデカい木の樽をぽんっと叩く。

 どれどれと覗き込んでみれば、デッカい樽の中にアユが二匹泳いでいた。

 いや、入れ物と内容物のバランスよ!?

 サイズの割に中身があんまり入ってないがっかりポテトチップスか、お前は!?


「こいつらに子供を産ませて、この樽をいっぱいにする計画か?」

「いえ、他の容器がなかったそうで」


 照れ照れと、ジネットが頬を薄っすら染める。

 アユ二匹に、こんなデカい樽用意されちゃ、そりゃ照れるわな。


「ヤシロさんがあとで来られるとおっしゃっていたので、是非見ていただきたいと言ったら、オメロさんが用意してくださったんです」

「二匹も釣ったのか。最高記録だな」

「はい。がんばりました」


 ま、船でも二匹釣ってたから記録タイだけどな。

 河原での釣りでは一匹で腕がぷるぷるすると言っていたから、それでも大きな前進だ。


「で、オメロにタダでこき使われてるのか」

「そんなことするわけねぇだろ!? いや、まぁ、厚意には盛大に甘えまくってるけどよぉ」

「あとで、お小遣いをくださるそうですよ」


 くすくすと、ま~ったく嫌な顔をせずにジネットは笑っている。

 ま、ジネットが「手伝いましょうか」って言ったんだろうけどな。

 もしかしたら「お手伝いさせてください」って自分から名乗り出たのかもしれないけど。


「もしよろしければ、お二人で召し上がってくれませんか? ちょうど二尾ありますし」


 自分が釣ったアユを俺とエステラに勧めてくる。

 だが、エステラはそれを笑顔で辞退する。

「自分も釣ってみたいから」なんて、気遣いバレバレの言い訳をして。


「ボクも大至急釣ってくるから、一緒に焼いてくれるかな?」

「はい。任せてください」


 エステラを見送り、ジネットがくすりと笑う。


「気を遣っていただきました」

「ま、自分で釣った魚は美味いからな。堪能すればいい」

「はい。……でも、そうすると、ヤシロさんの分は」


 俺も自分で釣った美味い魚を食いたいのではないかと、こちらを窺ってくるジネット。

 自分で釣った魚が美味いってのは、レジャーを楽しめる純粋な心の持ち主のための方便で、鮮度がよければ誰が釣ったって味は一緒だ。


 なので、俺はジネットが釣ってくれたアユをもらう。


「ジネットが焼いてくれりゃ、誰が釣った魚でも美味いからな」


 それに、たぶんこれは――


 俺に食わせたいと、頑張って釣ってくれたアユだろうしな。






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