報労記71話 しめやかに終わる……わけもないバザー -3-

「とても贅沢な時間でした」


 頭にバスタオルを巻いて、ほこほこと湯気を纏うベルティーナ。

 ジネットがガキどもを連れて風呂に入ってしまったので、俺がアイスティーを出してやる。


「はぁ~……冷たくて美味しいですっ」


 やることなすこと幸せそうだ。


 帰ってから湯を沸かし、その後ベルティーナがゆっくりと入浴したので、イネスも入浴に間に合った。

 今は、ジネットとエステラとイネス、マグダとロレッタと教会の女子たちが一緒に風呂に入っている。

 あぁ、そうそう。ついさっきまでマグダにポップコーンの作り方を教わっていたカンパニュラとテレサも一緒に入っている。お子様が多くて大変そうだな、ジネットとイネスは。

 ロレッタは……ジャンル分けするとお子様の方に入るくらいにはしゃぐらしいからなぁ。頼りになるのやら、ならないのやら。


「お兄ちゃ~ん、勝てない~!」


 ベルティーナに続いて女子たちが風呂に行って、待たされている男子どもはすっかり飽きてメンコで遊び始めていた。

 ジネットが出てきたら、今度は俺がこのガキどもを連れて風呂に入らなきゃいけないんだよなぁ……

 その間に、ジネットが夕飯の準備をするという流れだ。


 本当はウーマロやベッコに押しつけて、俺はあとでのんびり入ろうと思っていたのだが……

「あの……ウーマロさんたちは信頼できる方ですが、一応、シスターが入られた後のお湯になりますので……その……今回はご遠慮願えればと」と、ジネットがNGを出したのだ。


 ウーマロとベッコなら、大衆浴場の試運転の時に一緒に入ってたじゃねぇか。

 水着だったけども、ベルティーナもいたろうに。


 まぁ、ジネットがダメだというのならそれに従うしかないけども。


 ……で、俺はいいのかよ?

 ベルティーナのあと、ジネットとエステラが入った風呂に入って。

 ガキどもはともかく、なんで俺だけ特別扱いなんだかなぁ。


「お兄ちゃ~ん!」

「揺するな揺するな」


 ちんまいガキどもが俺の服を掴んで引っ張りまくる。

 こいつらの年齢じゃ、最年長のガキには勝てないだろ。

 パワーとテクニックが必要だからな、メンコは。

 コツを教えたって、まだちょっと理解できないだろうし。


「じゃあ、別の遊びを教えてやるよ」


 揺さぶり小僧どもが煩わしいので、メンコを使った別の遊びを提案する。


「このベルティーナメンコをテーブルのギリギリに置く」


 教会で微笑むベルティーナのイラストが描かれたメンコをテーブルの端に置く。

「で、反対の端っこに自分のメンコを置いて、ベルティーナメンコに向かって指で弾き飛ばす」


 人差し指で弾いてやれば、メンコはスルスルくるくると滑って移動し、ピッタリと寄り添うようにベルティーナメンコの隣に俺のメンコが停止する。

 うっし! 狙いばっちり。


「で、ベルティーナの近くにいたヤツが勝ちだ」

「やる~!」

「ただし、ベルティーナを落とすと失格だからな。あと、テーブルから落ちても負けだ」


 2チームに分かれて競い合えば、他のメンコを狙って落とすとか、味方のメンコを後押しするとか、戦略が広がるだろう。

 カーリングみたいなもんだな。


 魔獣の革はそこそこ滑ってくれるので、こういう遊びが出来る。


「あとは、単純に一人一枚メンコをテーブルに置いて、ぶつけて落とし合うメンコ落としだな」


 小学校のころ、消しゴムでやってたな。

 めっちゃ燃えるんだよな、消しゴム落とし。

 これに勝ちたいがために、わざわざデッカい消しゴムを買って持ってきてたヤツとかいたもんなぁ。

 俺は基本にして王道の『まとめるちゃん消しゴム』を使っていた。


「やろうやろう!」

「どっちやる!?」

「メンコ落としー!」

「えぇ~、シスター落としの方がいいって!」


 いや、シスターは落とすなっつってんのに。


「いくつもの遊び方が出来るんですね」


 メンコの滑り具合を確認するガキどもを見つめ、ベルティーナがアイスティーを飲み干す。


「ガキのうちから発想力を鍛えておけば、将来商売を始める時の強みになるからな」

「確かに、ヤシロさんのように、面白いことを次々思いつくようになれば、どんな商売を始めてもうまくいきそうですね」


 商売でなくても、発想力は身を助ける。

 どんな罠を仕掛ければ魔獣を捕らえられるか。

 どんな仕掛けなら魚がたくさん捕れるか。

 どんな手でアプローチすれば、可愛いあの子のハートを射抜けるか、なんてな。


「アレなら、私にも出来るかなぁ?」


 水槽の中で、メンコ落としを眺めるマーシャ。

 水槽の中からだと、メンコは難しいからな。


「もっと簡単に出来る遊びもあるぞ」


 言って、ベルティーナとマーシャに三枚ずつメンコを渡す。

 マーシャには、ハビエルとメドラとマーシャ。

 ベルティーナにはイメルダとマグダとニッカ。

 俺は、海漁ギルドの半魚人キャルビンと、マーシャに惚れてる身の程知らすの暴食ピラニア人族グスターブと、金物ギルドの乙女と付き合っている木こりのガイアス。……ハズレだな、俺の!?


「名付けて、三大ギルドジャンケンだ」

「なになに? どーやって遊ぶの?」


 単純なジャンケンだ。

 海漁は木こりに勝って、木こりは狩猟に勝って、狩猟は海漁に勝つ。

 ってな感じで、三すくみの構造を作って、一斉にメンコを出す。

 勝ったヤツが総取りで、最終的に多いヤツが勝ち――とかな。


「むぅ~! 私、メドラママに負けちゃうの~?」

「ハビエルに負けるよりいいだろ?」

「メドラママにも負けないもん☆」


 メドラもきっと同じこと言うぞ。

 ハビエルにもマーシャにも負けないってな。

 まぁ、ゲームだから。そこは我慢してくれ。


「ただし気を付けろよ。一度使ったカードは使えないからな?」

「なるほど。あとになるほど選択肢が狭まっていくんですね」

「本当は手持ちを五枚にして、五枚好きなメンコを選べるようにしておくと、戦略が広がって面白くなるんだけどな」


 全部海漁で揃えてもいいし、まんべんなく全種類揃えてもいい。

 勝負が始まる前から、駆け引きが必要になるわけだ。


「けどま、今回は三枚でな」

「じゃ~ぁ、何か賭けよう☆」

「私は、賭け事はちょっと」

「まぁまぁ~☆ お遊びだから~☆」

「う~ん……どうしましょう?」

「じゃ、負けたヤツがモノマネな」

「えぇ!? 私、そんなの出来ませんよ!?」

「おもしろそ~☆ じゃ、それで!」

「えっ!? えぇ!?」

「じゃ、行くぞ~! じゃん、けん、ほい!」


 俺の掛け声に合わせて、三人同時にメンコを出す。

 ベルティーナがイメルダ(木こり)。マーシャはマーシャ(海漁)。俺がキャルビン(海漁)。

 なので、俺とマーシャの勝ちだ。……けど、しまったな。これ、三人でやると勝敗決めにくい。


「さて、俺とマーシャの勝敗をどうするか……」

「ねぇ、ヤシロ君。私、キャルビンには負けない」

「うん、そーゆーこっちゃねぇんだ」


 何を真顔で言ってんだ。


「勝者は10ポイント、敗者は0ポイント、あいこだったら5ポイントでいいか」

「そだね~☆ じゃ、私とヤシロ君が10ポイントね」

「あの、待ってください! 私、モノマネなんて――」

「じゃ~次行くよ~☆ じゃんけん、ぽん!」


「きゃうっ」と声を漏らしながら、ベルティーナがマグダを出す。

 なんで狩猟を出すかなぁ?

 俺もマーシャも海漁を使っちゃったってのに。

 負けかあいこしかないじゃん、それじゃ。


 絶対海漁を出してくると思って狩猟を出しちゃったじゃん、俺。

 マーシャが木こりを出して一人勝ち。


 で、最終戦。

 俺がガイアス(木こり)、ベルティーナがニッカ(海漁)、マーシャがメドラ(狩猟)を出してあいこ。


 合計点は、一勝一敗一分けの俺が15ポイント。二勝〇敗一分けのマーシャが25ポイント。〇勝二敗一分けのベルティーナが5ポイントでベルティーナの負けが確定した。


「あ、あのっ、私、モノマネなんて出来ませんからね!?」

「じゃ、勝者のマーシャに決めてもらおうか」

「そうだねぇ~誰にしようかなぁ~?」

「あの、マーシャさん、お手柔らかに……っ」

「じゃあ、店長さ~ん☆」

「えっと……ジネット、ですか…………え~っと…………」


 こめかみを両手で押さえて、うんうん頭を捻った後、ベルティーナが意を決したように口を開く。

 立てた人差し指をぶんぶん縦に振って。


「つまみ食いは、『め!』ですよ、シスター! ……うきゅっ! 見ないでください!」

「か~わ~い~い~☆」


 マーシャは満足そうだ。

 ……けど、咄嗟に思い浮かんだのがそのシーンなんだな、ベルティーナ。

 自重しろ。


「……顔が、熱いです」

「お風呂のせいだよ~☆」


 湯上がりのベルティーナとゆったり遊ぶ時間。

 それはなんとも贅沢で、穏やかなものだった。






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