報労記65話 朝、教会にて -1-
情報紙発行会の代表者、ボンバーヘッドのタートリオ・コーリンが怒鳴り込んでくるほどに、お小遣いポイントの売れ行きは凄まじく、街中の大人たちがこぞって買いに走ったらしい。
我が子にだけでなく、いつも元気に挨拶してくれる近所のガキや、仕事先の部下、よく買い物に行くお店の店員など、様々な者たちへ、日頃の感謝を込めてお小遣いを渡し合っているようだ。
おかげで情報紙発行会は休む間もなく、今日明日は徹夜が確定したとタートリオのジジイが憤っていたが、お小遣いポイントをくれてやったら嬉しそうにスキップして帰っていった。
すげぇな、お小遣いポイント。
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その後、ナタリアを伴ったエステラが帰ってきて――
「途中から合流したと思ったら、『マーゥル様のもとへも伺いましょう』って急に予定変更してさぁ、酷いんだよ、ナタリアは!」
――とか、テーブルをバンバン叩いて抗議していた。
けど、ナタリアが合流してくれて嬉しかったって、顔に書いてあるぞ。
やっぱ、そばにいないと不安になるもんなんだな。
そんなエステラにくっついて、このデカいオールブルームをぐるっと回ってきたカンパニュラとテレサには、俺とジネットから十分なお小遣いポイントが手渡された。
俺がちょっとと、ジネットがいっぱいな。
その流れで、ノーマとイメルダにも渡したら、嬉しそうに懐に入れていた。
谷間のすぐそばに!
えっ、そこに入れていいならもっと奮発するけど!?
お小遣いポイント(金券)を縦に折りたたんで谷間に差し込んでいいゲームとかないの?
昭和の爛れた酒場で横行していた遊びらしいんだけど!?
……ダメなのかぁ、ちぇ~。
あと、今日一日ずっと手伝いをしてくれていたデリアにも「バザーで甘い物でも買ってくれ」とそれなりのお小遣いポイントを授与しておいた。
デリアは嬉しそうにポケットに突っ込んでいた。
谷間を扱うには、まだ色気のステータスが足りていないようだな、デリアは。
「あとは、マグダとロレッタにも」
「あたしたちにもあるですか!?」
「……まぁ、あると確信していたけれど」
心なしか、今日はいつもより張り切って仕事してたように感じる。
やっぱり、心のどこかで期待していたんだろうな、お小遣いを。
なんか、正月にお年玉を期待するガキのようだ。
「バザー当日は適度に休みを入れるようにするから、好きなように使うといい」
「やったです! あたし、ちょこっと狩猟ギルドのハンターゲームやってみたかったです!」
「……マグダが隣で実力の差を見せつけてあげる」
「見せつけなくても分かり切ってるですよ、実力の差!?」
お小遣いを手に、キャッキャとはしゃぐ姿は年相応という感じか。
マグダもロレッタも毎日仕事に精を出しているが、日本じゃまだまだ学生の年齢だもんな。
こういう機会だ。存分に楽しむといい。
「というわけで、ジネットにもお小遣いだ」
「わたしにもくださるんですか?」
「いつも家のことをやってもらってるしな」
「そんなの、ちっとも苦じゃありませんのに」
お前がどう思おうが、伝えられる時に伝えておきたいもんなんだよ。
……まぁ一応、感謝の気持ちというヤツを、な。
「あっ! あたしも店長さんにお小遣いあげたいです!」
「……マグダも用意している」
「では、私からも受け取っていただけますか、ジネット姉様?」
「あーしも! てんちょーしゃにあげぅ!」
「みなさんもくださるんですか? うふふ。なんだか嬉しいですね」
と、お小遣いポイントが身内で交換されていく。
出費と収入がトントンだな、こりゃ。
でも、もらったお小遣いポイントは懐にしまって、新たに購入したお小遣いポイントを渡すんだな。
額面では同じ価値なのに、当人には別の価値が付与されているようだ。
「お兄ちゃんにもお小遣いです!」
「受け取ってください、ヤーくん」
「えーゆーしゃ!」
「……いつもありがとう」
「はぅっ!? マグダっちょが一番乗りしないと思ったら、あざといです! ズッコいです、自分ばっかり!」
「……日頃の感謝の気持ち」
「あたしたちのもそうですよ! ね、カニぱーにゃ、テレさーにゃも!」
「はい。いつもありがとうございます」
「ありまとごじゃましゅ!」
「おう、ロレッタ以外からは、ありがとうを受け取ったぞ」
「あたしもありがとうって思ってるですよ! それも毎日です!」
むわっと飛びついてくるロレッタ――を、回避。
「避けられたです!?」と驚くロレッタを見て、ジネットが楽しそうに笑う。
ウェイトレスの給料なんか、そんなにいいもんじゃないだろうに。
こいつら無理して…………いや、多くない!?
「お前ら、お小遣いの相場分かってるか!?」
ガキどもに百円とか、ちょっと奮発して千円とか、その程度のつもりで作ってるからな、お小遣いポイント!?
だからそこまで額面のデカい金券は用意してないんだよ!
1
なんか俺の手元に数万円集まってんだけど!?
「あの、わたしも、8000
ジネットの手元には八万円……お前ら、張り切り過ぎだ。
数百円渡して小遣いやった気になっていた俺とジネットが恐縮しまくってるよ、この状況!?
「バザーなんて、安いもんしか売ってないんだ。数百
「でもあげるの楽しいです!」
「折角の機会だからと、少し張り切ってしまいました」
「いっぱい、ありまとだから!」
「……マグダは、金の力ですべてを思い通りにする大人の女性だから」
そうかそうか、お子様たちはまだちょっと金銭感覚が養われてないのかな?
金ってのはな、ある分全部使いきっていいもんじゃねぇんだぞ?
貯蓄しとけ、将来のために!
……将来、俺が手のひらを返したように極悪人になってお前らから搾取する際に、搾取する余地を残すという意味でな!
…………ふぅ、危ない危ない。
堅実な親御さんみたいな発言をしてしまうところだった。
セーフ、セーフ。
で、マグダ。
お前の大人の女性観、えらく歪んでるけど、誰の影響?
ろくでもない大人にはあんまり関わるなよ。マジで。
「みなさんのお気持ちは確かに受け取りました。だから、これは一度お返ししますので、教会や街の子供たちに渡してあげてください」
ジネットがもらい過ぎたお小遣いポイントを各人に返却していく。
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「子供たちが喜んでいる顔を見る方が、わたしもヤシロさんも嬉しいですから」
「こらジネット、勝手に俺を含むな」
「分かったです。店長さんとお兄ちゃんがそう言うなら、そうするです!」
「俺は何も言ってねぇよ」
「さすが、ジネット姉様とヤーくんですね。器の大きさが違います」
「だから、俺は何も――」
「てんちょーしゃ、えーゆーしゃ、かっこいい!」
「お前ら面白がってるだろ……」
「……ヤシロ、さっさと返して」
「わぁ、マグダが一番面白ぉ~い」
途中から悪乗りが加速してるっつーのに。
渡しといて返せとか……ったく、嬉しそうに尻尾立ててんじゃねぇよ。
「まったく、誰に似たんだか……」
「確実に君じゃないか。そっくり過ぎて、ボクは少し憂慮しているところだよ」
うっせぇエステラ。
今現在、誰からもお小遣いもらえてない分際で。
「はい、エステラさんにも」
「ボクにもくれるのかい?」
「エステラさんは、いつもいつも頑張ってこの街を守ってくださっていますから。……気持ち程度ですけれど」
「ううん。その気持ちが嬉しいよ。ありがとう、ジネットちゃん」
仲良し同士、にっこりと微笑み合い、その笑顔がこちらを向いて手を差し出してくる。
「じゃ、ヤシロも日頃の感謝を」
「この街の領主、領民からあからさまにカツアゲするんだな」
怖いわぁ。
ここの領主、ないわー。
「まぁ、エステラが頑張ってるのは事実だしな。他のヤツより少しだけ奮発してやる」
「えっ、珍しい。ヤシロがそんなこと言ってくれるなんて」
驚きながらも少し嬉しそうに、目を輝かせるエステラ。
まぁ、言っても精々数百円程度の授受だ。
軽い気持ちで楽しめるから、気が楽なんだろう。
ここで数十万円分のお小遣いをやって驚愕させまくるってイタズラも考えたのだが、それは先に陽だまり亭ウェイトレス連中にやられたしな。
なので、とっても可愛らしいイタズラに留めておく。
「ほい、81
「しょーもないよ!」
「ヤシロ様。……被りました」
「君もかい、ナタリア!?」
81
そして、手に取った20
ん~……ノーマほどの色気が出ないなぁ。やっぱエステラだとなぁ。
「素直に、ご利益にあずかればいいのに」
「ですよねぇ」
「うるさいよ、そこの不敬二人!」
ぷりぷり怒りながらも、どこか嬉しそうにしているとことを見るに、この街の連中には効果絶大っぽいなぁ、お小遣いって。
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