報労記65話 朝、教会にて -2-
翌朝。
本日は陽だまり亭を離れて、教会での移動販売だ。
あ、エステラは二つ返事でOKしてくれた。
四十二区を大いに盛り上げるためのイベントの準備なので、随分と好意的だ。
……というか、OKしないと陽だまり亭が休みになるからな。あいつには却下するなんて選択肢は存在しないのだ。
で、現在俺たちがいる教会の厨房には、朝っぱらだってのに元気過ぎる声が響き渡っていた。
「みなさん、エプロンは正しく着けられましたか?」
「「「はぁーい!」」」
「手は綺麗に洗いましたか?」
「「「はぁーい!」」」
「髪の毛が落ちないように、三角巾を着けましたか?」
「「「はぁーい!」」」
「デミリー、ほら三角巾」
「私は必要ないかな!? 料理しないからね! 見学だから、必要ないかな!? あくまで、料理をしないからという理由でね!」
なんか、エステラに誘われたのが嬉しかったらしく、教会への寄付が終わって間もないような早朝からデミリーが四十二区へとやって来ていた。
「暇なんだろうなぁ、領主って」
「そんなことないよ!? でもね、事前に告知してもらえたからには、情報は前もって得ておきたいからね。折角呼んでもらったのに、趣旨も意図も把握できていないようでは困るだろう?」
恵比寿顔でガキたちを見つめるデミリー。
知ってるか?
お前の親友がそんな顔でガキども見ていると、どこからともなく手斧が飛んでくるんだぞ。
「日頃の行いって、大事だよなぁ」
「私の友人を、あまり悪く言わないであげてね」
さすが領主。
察する力がピカイチだな!
「ピカイチ!」
「悪口かな!?」
褒めてるんだけどな~。
まぁ、視線は自然と上へ向いてしまうけれども!
「しかし、教会主催のイベントを立案して、実行させるなんてねぇ。オオバ君は、敬虔なるアルヴィスタンとして嘱目されるかもしれないよ。ほら、以前の功績もあるし、ね」
以前の功績ってのは、柔らかいパンの製造方法のことか?
それの出所はトップシークレットのはずなんだがな。
「敬虔なるアルヴィスタンだと思ってるなら、もうちょっと懺悔を免除しろっつーの」
「敬虔なるアルヴィスタンは、懺悔が必要なことをしないものなんだよ」
真っ当なことをほざくな!
お前は真っ当製造機か!?
真っ当工場か!?
……真っ当工場ってなんだ!?
「オジ様。こちらが、ヤシロ考案の駄菓子です」
「へぇ、これがかい? 見た目も可愛らしくて、きっと美味しいんだろうね」
「味は普通……いや、大人の口には合わねぇよ。なんたって『駄』菓子だからな」
『駄』という文字には、価値のないものとかつまらないものという意味もある。
駄馬とか、駄領主とかな。
……あれ、駄領主って言わないっけ? いや言うだろう。四十一区とか二十九区とか。
「ん! 美味しいじゃないか」
「ですよね。ボクも好きなんです、琥珀糖」
エステラは甘ければなんでも美味いもんなぁ。
かつてラグジュアリーがドヤ顔で販売していた、ケーキと名乗った黒糖パンですら、「甘い、美味い」って言ってたし。
「キャラメルも美味しい、……けど、これはなかなかなくならないね」
キャラメルをくにくに噛んで、デミリーが眉尻を下げる。
「ガキは、少しでも長く食っていたいものだからな、おやつを」
「なるほどね。なら、これは子供たちに大人気になるだろうね」
デミリーも舌が若いのか、こんなダイレクトな甘みばっかりの駄菓子を、嬉しそうに食っていた。
やっぱ、甘味が不足してたんだな、この街は。
「う~ん。ウチの区にも融通してもらおうかなぁ。我が区の子供たちにも食べさせてあげたいよ」
「なら、四十区の教会に話を持ち掛けてみたらどうだ?」
「あぁ、それなら、向こうから持ち掛けられたよ。是非、四十二区のバザーを見てきてほしいってね」
他区の教会も食いついたってことは……情報がもう回ってるのか。
昨日言い始めて、まだ準備段階だってのに。
「ベルティーナ」
「はい」
ガキたちが駄菓子を作る様を近くで見ていたベルティーナを呼ぶ。
「何をいただけるのでしょうか?」
「まずはよだれを拭け」
お前はパブロフの犬か。
俺の顔を見るたびによだれを垂らしやがって。
「バザーの話、教会のどの辺まで広がってるんだ?」
「どの辺……というのは分かりませんが、本部には連絡をしましたよ。教会主催と謳う以上、司祭様の御許可は必須ですからね」
ベルティーナが敬う教会の偉いさん、か。
一体どんな人物なのかね。
たぶんベルティーナよりも若いだろうに。
……いや、その司祭もエルフって可能性はあるな。
「その司祭様って、ベルティーナより年上?」
「女性の年齢を訊ねるのは紳士的とは言えませんよ」
女性なのか。
まぁ信仰してる神が女神だからな。
偉いさんが女性でもなんらおかしくはない。
「もし、今回のバザーが好評のようでしたら、他の区でも似たような催し物を検討したいということだったのですが、構いませんか?」
「構うも何も、主催は教会だ。好きにしたらいい」
「シスター。ヤシロはこうなることを見越して、教会主催にしたんですよ」
俺の心情を代弁するかのように、俺の心情をな~んにも理解していないエステラがしゃしゃり出てくる。
「今回のイベントは多くの者たちの善意によって成り立っています。普段あまり教会と接することがない者たちも、教会への寄付になるならと前向きにイベントに参加してくれようとしています」
普段だったら絶対寄付しないような連中からも寄付が毟り取れるとなれば、教会にとっては垂涎もんのイベントだよな。
「その上、普段はあまり日の目を見ない職人や働く者たちにその成果を発表する場が与えられ、新たな顧客獲得のチャンスにも繋がる。おまけに、子供たちは楽しみながら計算をしたり、将来就きたい職業を体験したりできる。まさに街の活性化に繋がる催しです」
浮かれまくった連中から金を巻き上げる絶好のチャンスだ。
浮いた足は掬いやすいからな。
「それを、この街を守り見守ってくださっている精霊神様の名のもとに、教会主催で行えば、この街はより一層繁栄するでしょう」
金持ちの多い街は、詐欺師にとって楽園だからね☆
「それらすべてを見越して、この素直じゃないお人好しはシスターに話を持ち掛けたんだと思いますよ」
「違いまぁーす」
「今だって、百面相しながら必死に自分に言い訳していたじゃないか」
「見当違いでぇーす」
「うふふ。ありがとうございます、ヤシロさん」
「じゃあ、抱っこぉー」
「それは、また後で、です」
両腕を広げて甘えてみても、ベルティーナからご褒美はもらえなかった。
感謝してるなら、形にしてほしいものだな!
「当ててんのよ」とか、たまには言ってみたらどうかなぁ!?
「しかし、各ギルドに働きかけて、普段の仕事の成果を発表できる場にしたのは面白いよね」
エステラが作成した、バザー当日の会場マップを広げて、デミリーが感心したように目尻のシワを深くする。
「私も、存在は知っていても内容を把握しきれていないギルドや職業はまだ多い。もしかしたら、とても優秀な才能が埋もれているかもしれない。それを知る機会があれば、これまで交わることがなかった組織と組織、人と人が結びついて新たな展望が拓けるかもしれない。うん、実に素晴らしいよ」
俺は、そんな大規模で御大層なイベントにするつもりはなかったんだよ。
ただ、ガキどもに『お小遣い』という名目で親に金をせびらせて、判断力の弱いガキどもから『見た目に派手だけど味はイマイチ、原価は安いお菓子』を大量に売りつけて、ちょっと小銭を稼ぐつもりだったんだよ。
ついでにメンコが流行れば万々歳、ってな。
それを、区を挙げての大イベントに仕立て上げたのはエステラだ。
俺に責任をおっ被せんな。
つーか、もはやバザーって言うより、産業フェスだな。
地元の会社が出展して、地域住民が集まってくる、地域密着型のお祭り。
ウチの地元にもあったなぁ。
やたらデカいトラクターとかが会場に置いてあって、それに乗って記念撮影できるとか。
消防隊が来てて、消火訓練とか、煙の充満する小さい迷路から脱出するような避難訓練みたいなものを体験できるとか。
あとは、地元商店街の飲食店が、安くて他の祭りじゃちょっとお目にかかれない独特な料理を売ったりな。
近所の焼鳥屋がやってた屋台の『チューリップ』って鶏肉がめっちゃ美味かった。
手羽元を使って作った、チューリップみたいな形をした唐揚げで、あれが絶品だった。
……作ろうかな、チューリップ。
「ついでに光の祭りも売り込んでおけば、セロンの光るレンガが売れて、マージンが懐に転がり込んでくるぞ、エステラ」
「ボクは、そんな下心で教会を利用しようとは思わないよ」
「いやいや、エステラ。それが教会や領民にとっていい結果になるなら、是非伝えてあげるべきだよ。その際発生する多少の利益はお前が受け取るべき当然の権利だ。ありがたく受け取って、それをまた教会や領民たちのために使ってあげればいいんじゃないかな?」
「オジ様。……そうですね。先輩領主としてのアドバイス、ありがとうございます」
「少々説教臭かったかな?」
「そんなこと、……少ししかありませんよ」
えへへ~っと笑うエステラ。
デミリーといる時は、また違った表情を見せるな、こいつは。
「ヤシロさん」
にこやかに、ベルティーナが笑う。
「成功させましょうね、バザー」
『子供たちのために』……から、随分と様相が変わっちまったが、それでもベルティーナは前向きにバザーの成功を願っているようだ。
「それは、責任者のエステラに言ってくれ」
「うふふ」
その笑いが何を意味しているのか。
どんな言葉を飲み込んだのか。
俺には知る由はなかったが、俺の髪を撫でるベルティーナの手は、とても優しかった。
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