報労記64話 謝罪行脚 -4-
というわけで、四十二区中を巡っていろんなギルド、店舗にメンコの話を持ち掛け、描きに描いた大量のメンコ。
「すごい量ですね」
「そんだけ、この街で働いてるヤツがいるってことだな」
もちろん、これでもほんの一部だ。
声すらかけられなかった連中も、まだまだいるだろう。
とりあえず、第一弾としては多過ぎる枚数になったので、今回はこの辺で。
評判が良ければ、第二弾として今回スポットが当たらなかった連中を描いてやればいいだろう。
「農業ギルドに、木こりギルド……あ、飲食ギルドは店舗ごとなんですね」
ある程度ギルドでまとまって活動している連中は、まとめて一枚のメンコに収めた。
狩猟ギルドや木こりギルドなんか、筋肉率が高過ぎて、メンコを叩き付けると「むきっ!」って音が聞こえてきそうな迫力だ。
……金物ギルドは、まぁ、うん。ノーマがいないとただの魔窟だな、あそこは。
で、飲食ギルドや陶磁器ギルド、木工細工ギルドや畜産ギルドのように、個々が別々の場所でそれぞれに仕事をしているようなギルドは、めぼしいところをピックアップした。
陶磁器ギルドならセロンのところ、木工細工ギルドはゼルマルのジジイ、畜産ギルドはネフェリーに加えて牛飼いの連中という具合にだ。
で、飲食ギルドはそれぞれに特色が違い過ぎるので、何店舗かの店を回って看板娘たちをモデルにしてきた。
カンタルチカはパウラが元気よく、檸檬は老夫婦が並んでにこやかに、陽だまり亭はいつものメンバーが楽しそうに笑っている。そんな仕上がりだ。
この辺をエステラに見せて、どれを第一弾にするか選定して、今回漏れたメンコは「次回はこんなラインナップが待ってるよ」ってチラ見セしてやればいい。
そうすりゃ「次はウチかな?」って、まだ声がかかってない連中もわくわく出来るだろう。
不満は、なるべく散らしてやる方がいい。
「ヤシロさん」
ジネットが陽だまり亭のメンコを持って俺にそれを向ける。
イラストを指さして。
「ヤシロさんがいません」
「いや、それは『看板娘シリーズ』だから」
「でも、檸檬さんは店長さんも描かれていますよ?」
「……檸檬の店長が女じゃないという確証はない」
「男性ですよ、確実に!?」
爺さんになれば、もう男も女もないだろうに。
年齢一桁以降、五十数年ぶりに「可愛い」が似合う年齢になるんだから。
……いや、まぁ、爺さんは間違いなく男なんだけども。
「次回、検討するよ」
「……では、ヤシロは蓄光塗料で現れる、隠れキャラということで」
マグダがぬっと現れて、そんな提案を寄越してくる。
手には蓄光塗料の入った瓶と筆が。
……今描くのかよ。
「えっ、と、あの……蓄光塗料は……」
前回、ベッコが描いたメンコが無意識事故を引き起こし、ジネットが警戒している。
大丈夫だ。あんな事故、俺なら未然に防ぐ……っつーか、引き起こさせやしねぇよ。
「じゃ、端っこの方にちょこっと……」
「そんな隅にですか!?」
「……しかもかなり小さく描くつもり」
「えぇ~、ヤシロはもっと真ん中がいいよ。なぁ、ロレッタ?」
「デリアさんの言うとおりですよ、お兄ちゃん! お兄ちゃんはもっとドドーンと描かないと!」
「需要がねぇよ」
「そんなことないです! 陽だまり亭レディースが華やかな表の顔で、その裏で陽だまり亭を掌握しているお兄ちゃんが闇に浮かび上がる! それこそがかっこいいです!」
「俺は影の支配者か……」
掌握なんぞしとらんわ。
陽だまり亭は、今もこの先もずっとジネットの店だよ。
「じゃあ、ジネットのおっぱいをツンツンしている絵にしよう」
「ダメですよ!?」
「せめて絵の中だけでも!」
「ダメですっ!」
筆を取り上げられた。
そして、その筆をベッコに。
おぉ~、ジネット。
ここまで数十枚、百枚に近いメンコを休みなく描き上げたベッコにまだ無償労働を強いるのか。
お前も、人の使い方が分かり始めたんだなぁ、ようやく。
「わたしたちに囲まれながら、楽しそうに笑っているヤシロさんを描いてくださいますか?」
「――素っ裸で」
「ヤシロさんっ!」
「えっ、素っ裸のヤシロ氏を描くでござるか? それとも、拙者が素っ裸で描くでござるか!?」
「……大変、ベッコが疲れている模様」
「さすがのござるさんも、これだけ書くと疲れるですね」
「……では、ブドウサイダーを持ってくる」
「あ、アップルの方が美味しいかもですよ、マグダっちょ!」
我先にと二人が厨房へと駆け込んでいく。
炭酸飲料を振る舞うつもりのようだ。二人とも。おそらく個別に。
……ジネットの許可も取らずに。
これは、何かあるな。
「なんか仕込んだのか?」
「炭酸飲料の試飲を多くの方に行っていただこうと思いまして、バザーまでの間は積極的にご提供しましょうねと、先ほどお話ししていたんです」
「広報活動ですね」と、得意げに話すジネット。
いや、ベッコはもう散々飲んでたろ。他のヤツよりも先に。
「……さぁ、ベッコ」
「飲んでです!」
戻ってきた二人の手には、炭酸ジュースが握られていた。
両手に。
計四個!
……多いわ。一人で飲めるか、その量?
あぁ、なるほど。
あいつら、作りたくて仕方ないのか。
バザーで売る時に客の前でやって「おぉー!?」って言われたいんだな。
随分とうまくなってんじゃねぇか。いい泡だ。
でも、デリアは参加しない。
炭酸、イマイチだったんだな。甘い物と比べると食いつきの差が雲泥だ。
「ぐぇぇええっぷ」
わぁ、めっちゃ既視感あるわ、あのゲップ。
つか、ベッコ、ゲップやめれ。
マグダもロレッタもあんま飲ませんな。
「まぁまぁ、グイッと一杯」じゃねぇーっての。
そんな、炭酸攻めされるベッコをよそに、ジネットは出来上がったメンコを眺める。
「みなさん、いい表情をされていますね」
「モーマットは、ガッチガチに緊張してたけどな」
モーマットに「モデルになれ」と言ったら、何を思ったのかがちがちに緊張して、畑の真ん中で直立不動になりやがった。
写真じゃねぇってのに。
……写真を知らなくても、やっぱあぁなっちまうんだな、小心者は。
「このメンコを四十二区の地図の上に配置すれば、どこでどのような方が、どのような様子でお仕事に従事されているのか、よく分かりそうですね」
ジネットが楽しそうにそんなことを言う。
昔あったなぁ、教育系のテレビで、主人公が街を探検して出会った人や物の絵をデッカい模造紙に書いて地図を作るって番組。
「相当デカい地図が必要になるぞ」
「それでは置き場所に困ってしまいますね」
え、まさか自分用に欲しかったのか?
さすがに部屋には置けないと思うぞ。メンコもそこそこのサイズだし、何より数が多い。
「でもまぁ、情報紙にこの情報を提供して、どこの店でどんなヤツがどんな料理売ってるのか~なんて、食べ歩きマップくらいなら作れるかもな」
「それはとても楽しそうですね。作り手の顔が見られるのは安心と親しみを感じますから」
まぁ、飯の情報はすでに情報紙で特集を何度も組んでいるが、そこの看板娘までは情報が出回っていない。
カンタルチカと陽だまり亭は載ったことあるけど。
……あぁいや、陽だまり亭はウェイトレス三人をミックスした架空の人物だったが。
けどまぁ、一つの企画としてなら面白いかもしれないな。看板娘特集は。
「じゃあいっちょ開催してみるか? 四十二区限定、看板娘トーナメント」
「むはぁ! それ面白そうです! 是が非でも参加しなきゃですね!」
「……マグダが優勝を掻っ攫う」
「あたいも参加していいか!?」
「では、今お遣い中のカンパニュラさんとテレサさんもエントリーしませんとね」
ウチ、看板娘多いなぁ。
普通一人か二人なのにな。
「お兄ちゃん、優勝賞品は何ですか!?」
知らねぇし、やる予定もねぇよ、そんな角が立ちそうな大会。
でもまぁ、もしやるなら……
「メンコ全種でどうだ?」
「わっ! それは欲しいです!」
意外にも、真っ先に飛びついたのはジネットだった。
こういうのが好きなのか?
「働くみなさんのお顔は、どれもとても素敵ですから」
こいつは、ホント四十二区が好きだな。
見たこともないような連中の顔なんぞ見ても楽しくないだろうに。
今ここにあるメンコに描かれた面々は、多少なりとも面識のある連中ばっかりだけどさ。
――と、そこへ、先ほど出向いた時にはいなかったアッスントがやって来る。
「ヤシロさん、おられますか?」
ドアを開けて俺を見るなり「あぁ、よかった」と息を吐くアッスント。
「先ほどは入れ違いになってしまったようで、不在にして申し訳ありませんでした」
「いや、気にするな。お前以外の面々でメンコを作ったから」
アッスント抜きの行商ギルドのメンコを見せる。
「……この辺に私も入れていただけませんかね?」
「左上に丸く囲って顔だけでいいか?」
「それは、ロレッタさん専用の仕様ではないんですか?」
まぁ、ロレッタには、いつかやってもらうつもりだけども。
「なんなら、嫁さんと二人で並んでるメンコでも作ってやろうか?」
「ぶふーっ!?」
アッスントは、嫁に『
こういうことを言っておけば、きっと面倒くさい感じでおねだりされることだろう。
「い、いえ……妻は、あまり目立つのが好きではないようなので」
「じゃあ、二人だけでこっそり所有しているといい」
「どうしてそんなに見たがるんですか、私の妻を?」
「面白いからだけど?」
「面白がらないでください。…………メンコの件はいったん持ち帰り妻と話して検討させていただきます」
どこまで嫁をひた隠しにする気なんだ。
……つーか、嫁の方も身を隠してる感があるんだよなぁ。
予告なく訪れても、いっつもいないんだもんよぉ。
……本当に実在してるのか? アッスントの嫁?
こいつの妄想なんじゃねぇーの?
あ、そっか……そーゆーことか。
「涙拭けよ、アッスント」
「実在しますから! 寂しい妄想じゃありませんからね!」
ぷりぷり怒って、アッスントは懐から紙の束を取り出す。
その瞬間、満足そうに相好を崩す。
「ふふ、このような紙のお金は珍しいのですが――」
「お、出来たのか? 仕事が早いな」
「それはもう。早々に売り出した方が、確実に利益が上がりますからね」
人は購入する瞬間にこそ躊躇いを覚えるが、一度手元に置いてしまうと結構無頓着になるものだ。
「こちらが、今回使用するお小遣いポイントです!」
お小遣いポイントの販売を早めて、親世代の手元に持たせておけば、ちょっとしたことで「じゃあ、はい。お小遣い」と渡しやすくなる。
硬貨に慣れているこの街の連中なら、紙の金券はオモチャのように見えるだろうし、抵抗も少ないだろう。
日本でも、子供への贈り物に現金は抵抗があっても図書券なら渡しやすしとされているしな。
「『リボーン』のクーポン券同様、偽造防止の仕掛けを施してあります。情報紙発行会には今日と明日、可能な限りこちらの印刷を行ってもらえるよう手配しておきました」
「んじゃ、早速何枚か――」
「購入させていただきますね!」
俺より早く、ジネットがお小遣いポイントを購入した。
すでに用意されていたのか、ポケットに入っていた硬貨をアッスントに手渡す。
そうして、受け取ったお小遣いポイントを、俺とベッコに差し出してきた。
「では、大変頑張ったお二人に、わたしからお小遣いです」
それがやりたくて仕方なかったようだ。
あ~ぁ。
こりゃ、ジネットのヤツ、今日と明日は散財するんだろうなぁ。
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