報労記64話 謝罪行脚 -3-

「お~い、ミリィ~!」

「あ、てんとうむしさん! ……と、べっこさん?」


 東側の森へやって来ると、森の入り口付近でミリィを発見した。

 よかった。森の奥の方じゃなくて。

 ミリィなしでこの森へ踏み入るのは自殺行為だからな。


「どうしたの?」

「ベッコがみんなに謝りたいって言うから、その付き添いだ」

「逆でござるよ!? ヤシロ氏が心配をかけた者たちへ謝罪行脚に出ているのでござるよ、今は!」

「ぁ、そうなんだ。……くすくす」


 ベッコの顔がよほど面白かったのか、ミリィが細い肩を震わせて笑う。


「ょかった。てんとうむしさん、元気そう」

「心配かけたか?」

「少し、ね。けど、元気になったって聞いたから、安心してた」


 花がほころぶような笑みを浮かべるミリィ。

 さすが実写版花キューピット。可愛らしさが天井知らずだ。


「わざわざ、顔、見せに来てくれたの?」

「それもある。直接謝って、安心してほしくてな」

「ぇへへ……ありがと、ね。もう大丈夫、だょ」


 なんて可愛い!

 バザーでミリィ売ってないかな!?

 余裕で買うよ!?

 展示品のみとか、開封済みでも気にしない!

 パッケージとか特に必要としない派なんで、俺!

 本体さえあれば、全然、それで!


「ミリィ、バザーなんだけど」

「ぁ、ぅん。なたりあさんに聞いたょ。みりぃたちも、生花ギルドで何か出店したいね~って話してたの」

「ミリィは出品されないのか?」

「みりぃは売り物じゃないょ!?」

「そこをなんとか!」

「むり、だょ!?」


 そっかぁ、無理かぁ。


「あら? あらあらあら! ヤシロさん!」

「まぁまぁまぁまぁ! ヤシロさん、元気になったのね!」


 森の奥から、異形の者たちが這い出してくる。


「ベッコバリアー!」

「ぎゃぁぁああ、でござる!」

「あ~ら? ぎゃあとは、随分失礼じゃない、ベッコさん?」

「私たちが魔獣に見えたとでもいうの?」

「い、いや、今のは条件反射でござって……」

「ベッコ……。謝っとけって」

「ヤシロ氏のせいでござるよ、八割ほどは!?」


 せいとか、責任とか、そんなもんどうでもいいから、お前が謝っとけ。

「申し訳ござらんかった」と頭を下げるベッコ。うんうん、人間、素直が一番だぞ☆


「しかし、森からぞろぞろ出てきたら物凄い迫力だな。もうハロウィン始まったのかと思ったぞ」

「ちょっと、よく言うわよ、ヤシロさ~ん!」

「もう、どんだけ~!」

「ひどいわよね~!」

「くぅうう、ヤシロ氏は謝罪を求められないでござる……っ! これが、格差っ!?」


 オバハンらは適度にいじったって怒りゃしないんだよ。

 いじられるの好きだし。

 関西のオバハンは、舞台上の芸人にいじられると、それを自分の持ちネタにして知人友人に話しまくるからな。

 オバハンとは、そういう生態なのだ。


「それで、今日はな~に? 明後日のバザーのこと? あ、心配かけたミリィちゃんに顔を見せに来たのね。んもぅ、やっぱりヤシロさんって……ねぇ~?」

「「「ねぇ~」」」

「ぁ、ぁのっ、そぅぃうんじゃ、なぃ、ょぅ!」


 オバハンらが訳知り顔で連帯感を見せ、ミリィが慌てふためいてわたわたしている。

 よし、くれ!


「生花ギルドで、花のエッセンスオイルを作るようになったろ?」


 ハンドクリームが誕生して以降、生花ギルドでは積極的に様々な花のエッセンスオイルを研究開発、そして作成している。

 これが結構いい出来で、ハンカチにでも染み込ませておくといい香りがするんだ。


「それをいくつか分けてくれると、ベッコがアロマキャンドルを作って持ってくるから、バザーで売ってみないか?」

「ちょっと待ってほしいでござる、ヤシロ氏! その話、拙者、初耳でござるぞ!?」

「だから今、説明しただろうが」

「今のは説明ではなく、漏れ聞こえた程度でござったよ!?」


 うっせぇなぁ。

 ろうそく作るの得意だろ?

 なら黙って作れよ。

 お前に拒否権なんてないんだから。


「ぁの、それなら、みりぃたちがみんなで作りたい、な。生花ギルドの新しい商品にしたいし……ぁ、もちろん、てんとうむしさんが『いいよ』って言ってくれるなら、だけど」

「いいよ」

「ぁりがとう!」

「拙者との対応が雲泥でござる!?」


 なに当たり前のこと言ってんだよ、ベッコ?

 ミリィだぞ?

 そんなもん、「いいよ」以外に言葉出てこねぇに決まってんだろ。

 なに、さっきの可愛いおねだり?

 お小遣いとかあげようか?


「あ、そうだ。ミリィ。お小遣いポイントをあげよう」

「みりぃ、子供じゃないもん!」


 なんか、バザーのルールを聞いた後から、ずっとオバハンどもにお小遣いポイントをあげるあげると言われて、おへそを曲げているらしい。

 普通に仕事してるだけで「えらいね~、お小遣いあげるね」って言われるのだとほっぺを膨らませる。

 そういうところでムキになるの……すっごく子供っぽくて、かわヨ!


 お小遣いポイントは、一応換金も出来るし、物と交換できるし、くれるってんならもらっておけばいいのに。


「アロマキャンドルなんだけど、バニラとラベンダーは入れてくれ、売れるから。あと、ポプリのストックがあれば――」

「あるわよ~! 取って置きのポプリが! バザーで売りましょ~って話してたのよ。ね~?」

「「「ね~」」」


 大丈夫かそのポプリ?

 ミリィが売ってると可愛らしいポプリに見えるだろうけど、オバハンらが売ると怪しい薬草汁に見えないか?

 大丈夫か?


「あと、メンコを作りたいんだが――」

「あ、見たわよ、ミリィちゃんのメンコ!」

「すっごく可愛かったわ!」


 オバハンたちのテンションが上がる。

 森の中で花に囲まれるミリィのイラストは、ミリィ大好きオバちゃんズにクリティカルヒットしたらしい。

 今はギルド長が持っていて、ギルド本部の目立つ場所に飾ろうとか言っているらしい。

 ……それを、ミリィが全力で阻止しようと奮闘している最中なのだとか。


「どうせ飾るなら、全員が描かれているメンコにしたらどうだ?」

「えっ!?」

「私たちも描いてくれるの!?」

「四十二区にあるギルドにはなるべく声をかけて、駄菓子やメンコに関わる新事業に寄付をしてくれたところのメンコは作ろうかと思ってるんだ。ほら、ウチの領主様って、領民みんなのことが好き過ぎるだろ? だから、そういうメンコが増えれば喜ぶと思ってよ」

「確かに、言われてみれば三十五区でメンコを作った際、エステラ氏はメンコの絵柄が三十五区の特色をよく表していることに感銘を受けていたようでござったな」

「あぁ。で、四十二区でやるなら、それのもっと規模のデカいものにしたいと思ってるんだが……生花ギルドも一枚噛まないか?」

「「「噛むわ!」」」

「私、ギルド長を説得してくる!」

「絶対メンコに描いてもらうんだから!」

「お化粧、直してこなきゃ!」

「だったら、森の花をいくつか持って行って、みんなで着飾ってみたらどうだ? 髪に花を挿すと、女性は華やかに見えるだろ?」

「「「乱獲してくるー!」」」


 乱獲って……獣でも狩りに行くのか、あいつらは?


 物凄い勢いで森に突撃していったオバハン……おぉっと、ずっとオバハンで通してしまったが、一応訂正――大きなお姉さんたちを見送り、俺は一つの懸念を口にする。


「森、なくならないといいな」

「だ、大丈夫だょ! お姉さんたち、森の管理のプロ、だから、……たぶん」


 ミリィも、ちょっと自信をなくす勢いだったようだ。


「しかし、領民みんなのメンコでござるか。ヤシロ氏の考えることは、実に壮大で、それでいて思いやりのある提案でござるな」

「ぅん。きっとみんな、喜ぶ、ね」


 そうだろ?

 ミリィも、みんな喜ぶと思うよな?


 そしたらさ、自分が描かれているメンコくらいは、欲しいよな?

 自分家のガキが「メンコほしぃー!」って駄々こねた時に、「そんなくだらないもの、買う余裕ありません!」なんて言わないよな?

 自分たちのメンコが出るまで、何度でも何度でも買っちゃうよな?


 つまり――メンコ、飛ぶように売れるよね?


 一度定着してしまえば、リピーターは増えやすい。

 目当てのものを手に入れたらもう買わないって連中もいるだろうが、「なんかいっぱい集まっちゃったし、ついでにあのギルドやあの可愛子ちゃんのメンコも狙っちゃう?」なんて層も出てくるだろう。


 母数が増えれば生き残りも増える!


 おまけに、新事業への寄付も『ギルドから』もらえるんだ。

 個人の金じゃなく、企業からの寄付なら、相応にまとまった額が動くだろう。


 これで、もっとじゃんじゃん作れる!

 新しいものがじゃんじゃん増えれば、ガキどもとコレクターどもがじゃぶじゃぶ金を注ぎ込む!


 そうして、発案者の俺にマージンが転がり込んでくる!


 まぁ、素敵!

 なんて素敵!


「やっぱり、みんなで幸せになるのが一番だよな☆」


 うん。結局のところ、駄菓子屋を盛り上げようとすれば、この結論に帰結するわけだ。






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