報労記64話 謝罪行脚 -2-
カンタルチカを出て、俺たちは街の東側へ向かう。
滅多に歩かない道を歩き、たどり着いたのは狩猟ギルド四十二区支部。
「ウッセはいるか?」
「おぉおお! ヤシロ! 無事だったか!」
「おーい! ヤシロが来たぞ!」
近場にいた狩人のオッサンに声を掛けたら、奥からわらわらとオッサンどもが湧き出してきた。
で、肝心のウッセがいないな。
「お前らは『どろんこハンド』か」
「俺らはあんな弱くねぇ!」
レジーナが言っていた、すぐに仲間を呼んで群れで襲い掛かってくるという謎の魔獣だが、狩人たちは知っていたようだ。
案外この街の近くにいるのかもしれない。気を付けよう。
「それより、見ろ見ろ見ろ! これが、バザーで使う弓なんだがよ、弦の張り方に細工をして威力を極限まで上げてあるんだぜ! すごいだろう!」
「ガキがゲームで使うもんなんだから、そこまで威力上げなくていいっつの!」
危ねぇだろうが!
ガキはどこに向かって矢を放つか分からんのだぞ?
うっかり人に当たって大惨事――なんて巻き起こすなよ?
ひょろろ~んっと飛べばいいんだよ。
「じゃあよ、じゃあよ! こっちの的を見てくれ! 迫力があるだろ!?」
と、見せられたのは、「俺、絵心あるんっすよ!」とイタイ勘違いをしたヤツがドヤ顔で描いたような、なんとも微妙な魔獣の絵。
……迫力が足りないからって「ぎゃおぉおおん!」って書いちゃってるし。
「ベッコ」
「承知したでござる」
何も描かれていない板に、ベッコが数分でド迫力の魔獣を描き上げる。
まるでこちらに迫ってくるような迫力と躍動感。こういうのだよ!
「うぉおお、すげぇ!?」
「これは、拙者が以前襲われかけた魔獣の絵でござる。あの時は死ぬかと思ったでござる」
お前、どこで何やってたんだよ?
写生大会気分で街門の外に出たんじゃないだろうな? 死ぬぞ?
ハチ人族とはいえ、お前の腕力は俺と大差ないんだから。
……あぁそうそう。ちょいちょい忘れかけるけど、ベッコってハチ人族なんだよな。
で、家が養蜂家と。
…………お前の親父が集めたハチミツとか混ざってないだろうな?
オッサンの唾液入りのハチミツなんぞ食いたくもないぞ。
え、なに? ローヤルゼリーも出ちゃってますって? やかましいわ。
「おい、絵描き! 他のも頼む! 予備の的も含めて、あと十枚くらい」
「しかしながら、拙者はあまり魔獣を見たことがない故、これ以外の魔獣が描けるかどうか……」
「架空の魔獣でもいいんだよ」
「それはそれで、拙者にはまだまだハードルが高いでござるよ。魔獣の骨格や筋肉についても、不勉強でござる故」
船で、筋肉の付き方を分かっていないと指摘されて、こいつは自身の不勉強を悔いていたからな。
不十分だと感じている状況で、適当な絵は描けないのだろう。
「んじゃ、紙とペン」
「おう。これでいいか?」
狩人に渡された紙に、さらさらと数十種の魔獣の絵を描いていく。
日本のRPGでお馴染みのモンスターたちだ。
「お、おい! このどろっとしたテカってるのはなんだ? こんな魔獣がいるのか?」
「それはスライムだな。ゲル状の生物だから打撃も斬撃も通用しないんだ」
「……そんなヤツ、どうやって狩ればいいんだ!?」
いや、実際いるかどうかは知らねぇよ。
お前らが知らないってことは、いないんじゃねぇの、スライム。
「俺の故郷では有名なモンスターなんだよ」
「……お前、おっかねぇところから来たんだな」
この街よりはるかに安全な国だったけど!?
少なくとも、外壁で守りを堅牢にしないと安心して暮らせないような場所ではなかったよ。
「ヤシロ氏! これは龍人族でござるか!?」
と、ベッコが、俺の描いたドラゴンを指さして言う。
「いや、俺の故郷で有名なドラゴンだ」
「おぉ、これがかの有名なドラゴンでござるか! 初めて見たでござるが……いやはや、恐ろしい形相でござるな」
「……つか、龍人族ってこんな感じなのか?」
「拙者が読んだ古い資料によると、このような顔付きをしている者がいたそうでござる」
二本の角に、鱗に覆われた体。
鋭い牙と獰猛な瞳。
口からは炎を吐き、背中に生えた両翼は突風を生み出し、空を高く舞うことを可能にする。
……なにそれ、怖い。
そいつら本当に人間?
しかもそれが数百年前この街を攻撃してたのかと思うと……
「おっかねぇ街だな……」
「「「いやいやいや! あんたんとこの故郷の方がおっかないから!」」」
俺の描いたイラストを手に、狩人のオッサンどもが騒ぐ。
そんなもん、ちょっと高めの装備を買って、強い魔法でもぶつけてやればあっという間に経験値になるような連中だよ。
害はない。
が、日本のRPGに出てくるような魔獣は、この近辺にはいないようだ。
城よりデカいストーンゴーレムや甲冑に身を包んだスケルトンナイト、双頭のケルベロスや炎を操るヒュドラ、人を石化させるメデューサや三つ首の合成獣キメラ。
ただ、ドラゴンはいるらしい。
「滅多に人前には現れないが、その昔、こいつ一頭で一つの街を亡ぼしたらしいぜ」
と、狩人に伝わる話を聞かせてくれた。
えぇ……やだ、怖ぁ~い。
「まぁ、ママならそんなドラゴンでも一撃だろうけどな!」
えぇ……やだ、もっと怖ぁ~い。
「ベッコ。大ボスはメドラにしといて、この的にだけちょっと錘を付けとこうぜ」
なっかなか倒れない仕様にしておこう。
それこそ、狩人が本気の矢を射っても跳ね返すくらい強靭な的にしとかないとな。
「ママに矢を向けるなんて……俺ぁ恐ろしくてとても出来ねぇ……」
「射った瞬間、反撃にあって即お陀仏だぜ……」
肝っ玉の小さいオッサンどもだな!?
ゲームのメドラはただの的なんだから反撃なんかしてこねぇよ!
……え、してこない、よね?
「おう、野郎ども。何を騒いでやが……おぉ、ヤシロか!」
どこで何をしていたのか、のそりとウッセが建物から現れる。
手にはべったりと血が付いている。
「お前……物っ凄いエロいことを考えて大量の鼻血を噴き出してたのか?」
「違うわ! 魔獣を解体してたんだよ!」
「どんなエロい魔獣を?」
「魔獣にエロいも何もあるか!」
手の血を手拭いで拭いて、ウッセが呆れたような息を漏らす。
仕事の手を止めてこっちの話に混ざるつもりらしい。
「で、何を騒いでたんだ?」
「こいつらが、メドラを的にして矢を打ち込みたいって」
「「「言ってなぁーい!」」」
「ふふん。面白いじゃねぇか。ママに弓矢で挑戦か。ママと対峙する恐怖に打ち勝ち、矢を射ることが出来た者だけがその挑戦を許される。おまけに、ママを倒すことが出来りゃあ、そりゃあもう英雄じゃねぇか」
ちょっとやそっとでは割れない木の板を三枚ほど重ねて強化し、支える板に300kgほどの錘を乗せて的を作るなら、メドラの強大さが多少は表現できるだろうと、ウッセは言う。
「そんな的なら、俺がこの手で倒してやるぜ!」
たかがゲームだからと、ウッセが随分と息巻いている。
「では、的の絵はこのような感じでいかがでござろうか?」
話の間に、ベッコがメドラの絵を描く。
どっしりと構えるメドラが、ドラゴン顔負けのド迫力でこちらに向かって吠えている。
この表情は、二人三脚の時に間近で見た表情だそうだ。
……あぁ、そういえば、ベッコってメドラと組まされてたんだっけなぁ、二人三脚。
お前、よく生きてたな。
そして、ハビエルの筋肉を徹底的に模写したベッコが描くメドラの肉体は、見ているだけでダメージを喰らいそうなほどに荒々しく、猛々しく、ある種神々しく描かれている。
すっげぇ迫力……直視したらチビりそうだ。
そして、そんな渾身のメドライラストを前にしたウッセは――
「……まぁ、恩師に矢を向けるなんてのは、冗談でもすることじゃねぇよな」
――一瞬でヘタレやがった。
イラストでもおっかないらしい。
まぁ、このメドラの表情じゃあ、普通の人間なら無条件降伏するだろうな。
すげぇなぁ、メドラ。
「あとでハビエルのところに持って行って、このイラストに見合う板を用意してもらおう」
「待てヤシロ! ウチのハンターゲームには置かないからな!? もし的にしようとしたことがママにバレたら、俺らが的にされかねねぇ!」
「メドラはそんなつまらないことで怒らねぇって。むしろかかってこいって受けて立つだろ」
「じゃーお前が許可取ってこいよ!? ママの正式な許可がない限り、俺らは一切その案件に触れないからな!」
さっきまでの威勢はどこへやら、すっかりヘタレやがって。
これだからウッセは……
「ほんっと肝っ玉の小さいしょーもねぇーオッサンだよなぁ、ウッセは、あ、心配かけてすまん、肉ありがとうな、クソヘタレ」
「貶しながら感謝と謝罪してんじゃねぇよ!」
ついででいいだろう、お前への感謝なんか。
「あぁ、そうだ。感謝ついでにお前らのメンコを作ってやるからよ、『これぞ狩人だ!』って感じで並んでみろ。こっちが絵の前面になると思って」
とか言ったら、狩人が「俺が一番前だ!」と醜い争いをしながら詰めかけてきやがった。
お前ら……テレビカメラに群がる小学生か。
「ウッセを中心に、ハの字に並んで、ご自慢の筋肉でも見せつけてろ」
「「「「こうか!? いや、こうだな!」」」」
指示を出せば、ノリノリでポーズを決めるオッサンども。
ノリがいいなぁ、狩人どもは。
「実に暑苦しい絵でござるな」
「「「んだと、丸眼鏡! 筋肉に謝れ!」」」
ベッコに詰め寄るオッサンどもだったが、ベッコが「かっこよく描いておくでござるよ」と言えば、手のひらを返してベッコを守る者が複数名現れた。
媚び売って自分だけかっこよく描いてもらおうとしてんじゃねぇよ。
「じゃ、メンコ関連事業への寄付よろしくな。詳しくはエステラに問い合わせてくれ」
「おい、ちょっと待て! お前が説明していけばいいだろうが! おい! ヤシロ! ちぃっ! こんな時ばっかり足速ぇな、テメェは!?」
追いかけてくる狩人を振り切って、さっさと汗臭い支部を離れる。
感謝の気持ちも伝えられたし、寄付の約束も取り付けた。
うん、上々の出来だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます