報労記64話 謝罪行脚 -1-
「あっ、ヤシロ!」
「ちゃんと元気になったみたいね」
カンタルチカへ行くと、パウラとネフェリーが出迎えてくれた。
ネフェリーが、また店の手伝いでもしに来ているのかと思ったら、メンコを見せ合っていた。
「見て見て、ヤシロ! ベッコさんも! すっごく可愛いの!」
「いや、俺が描いたんだよ」
「拙者も、隣でしかと拝見していたでござるよ」
パウラが嬉しそうに尻尾をぱたぱたさせてメンコを見せてくる。
「でも、尻尾目立ち過ぎ!」
パウラのメンコは、酒と料理を運ぶパウラが、後方から注文を受けてとびっきりスマイルで振り返っているような構図になっている。
前面に尻尾がばーん! と、物凄く目立っている。
「ヤシロの尻尾好きっ!」
両手で尻尾を隠してべーっと舌を覗かせる。
わぁ、なんかすごく犬っぽい。
似合うわぁ。
「私のも可愛いんだけど~……ウチの子、こんなにやんちゃじゃないからねっ」
ネフェリーのメンコは、脱走したニワトリをネフェリーが慌てて追いかけている、なんとも躍動感あふれる仕上がりとなっている。
すまし顔で直立不動よりも、よっぽど可愛く描けていると思うけどなぁ。
「いやいや、しかしながら、このメンコにはネフェリー氏の魅力がぎゅっと詰まっているでござるよ」
「えぇ~、そうかなぁ?」
「然り。輝く汗には仕事へのひたむきさが表れており、この驚いた表情などは普段はおしとやかなネフェリー氏とのギャップでとても可愛らしく見えるでござる」
「そう、なの? ヤシロ」
なんで俺に聞く。
一応、モデルがとても可愛らしく見えるように考えて描いているんだから、そう見えて当然だろう。
「あと、この若干前屈みな姿勢は、ネフェリー氏のスタイルのよさを如実に見せつけているでござる」
「あぁーっ、言われてみれば、なんか胸が強調されてるー! もぅ、ヤシロのエッチ!」
自分のメンコを俺から隠すように胸に抱き、べーっと舌を見せつけるネフェリー。
……いや、大丈夫!? 舌の裏側とか切ってない!?
毎回ひやひやするんだよなぁ、ネフェリーのあっかんべーは……
パウラとのこの差は一体何なんだろう…………あ、種族差か。
「でも、頑張り過ぎて倒れちゃダメだよ」
「そうそう、心配しちゃうからね」
「あぁ、反省してるから、これから謝罪行脚だ」
「ふふ、ヤシロには悪いけど、なんか似合わないよね」
「やかましいわ」
くすくすと笑うパウラ。
ネフェリーは俺の隣にいるベッコに目を向ける。
「それで、ベッコさんはなんで?」
「『毎日みんなをイラつかせてゴメン』って謝罪行脚だ。な?」
「『な?』じゃないでござるよ!? 拙者、誰にも謝罪するようなことはしてはござらぬ!」
「なに言ってんだよ、ベッコ。お前は、ちゃ~んと、みんなをイラつかせてるって!」
「なんか励ますような雰囲気で暴言吐かれてるでござるな、拙者!?」
「じゃあ、とりあえず謝ってもらおうか」
「そうね。じゃ、ベッコさん。ど~ぞ」
「女子二人がヤシロ氏に便乗して悪乗りを!?」
あははと笑い、なんとも姦しい女子二人。
三人寄らなくても賑やかなもんだ。
しかし、事前情報のおかげか、パウラもネフェリーも必要以上に心配する素振りは見せない。
やっぱ大事だな、報告って。
「ところで、バザーについては聞いたか?」
「うん。それでネフェリーがウチに来てくれたんだよね」
「そう。今度もお手伝いしてあげようか、って」
イベントの際、ネフェリーはよく人を手伝っている。
中でも、カンタルチカでは助っ人の常連だ。いや、ベテランだ。
陽だまり亭で言うところのデリアみたいなポジションになってるよな、もはや。
「それはちょうどよかった。カンタルチカにはちょっと頼みたいことがあってな」
「えっ、なになに!? また仕掛け側に入れてくれるの!?」
「じゃ、私も!」
別に何をするってわけでもないんだけどな。
そもそも、主催は俺じゃなくて教会なんだし。
「じつは、キンッキンに冷えたエールを出してほしいんだ。簡易氷室はアッスントに用意させるから」
「あっ! そうだ! 陽だまり亭、すっごい氷室を作ったんだってね! いいなぁ、ウチにも欲しいんだよねぇ……エールもビールも冷やすと美味しいから。でもスペースがなぁ……」
大通りに並ぶ店は、立地がいい反面敷地が狭い。
土地を広げようにも、大通りにはびっしりと店が並んでいる。
どこも譲ってはくれないだろう。
「やるなら、地下を掘って貯蔵庫にでもするしかないんじゃないか?」
「地下かぁ……あり、かもね」
「じゃあ、私は地下にお風呂作ってもらおうかな」
「あっ、待って待って! ズルいよネフェリー! あたしも家にお風呂欲しいのにぃ!」
「じゃあ、地下に氷室とお風呂作ってもらえば?」
その両立はムリだろ。
冷たいのと熱いのを同じ空間には置けないっての。
「客を優先するか、自分の生活を優先するかだな」
「ん~…………ちょっと、しばらく悩む」
「悩む必要ないよ。どーせパウラはお客さんを取るから」
「分かってるけど! たぶんそうなるだろうけど! ちょっとくらい家にお風呂が出来るかもって妄想に浸りたいの!」
「というか、建っている家の地下に部屋を増築するなどということが可能なのでござるか?」
「そんなもん、ウーマロがなんとかするだろう」
「だよね、ウーマロさんだし」
「頼りになるもんね、ウーマロさん」
「物凄く無責任で甚大な期待が圧し掛かっているでござるよ、ウーマロ氏ー!」
現在どこにいるのか分からないウーマロに向かって、ベッコが空へと吠える。
そんな心配しなくても大丈夫だって。
ウーマロだぞ?
なんとかするだろうし、なんともならなくても
俺はノーダメージ! へーきへーき。
「で、どうして冷たいエール? ビールはダメなの?」
「ビールを出しても問題ないが、今回は『子供エール』があるからな」
炭酸水を使ったアップルサイダーなのだが、子供エールって名前の方がガキどもの食い付きがいいだろう?
ほら、日本にも子供ビールってあるし。
ガラナとかホップとか、ちょっと苦みのある炭酸ジュース。
「ガキどもが大人の真似をしてエールを飲みたがるように、大人にはエールを飲んでいてもらいたいんだよな」
親子で並んで飲んでいる様は微笑ましいとジネットも言っていたし。
「えっと……あのね、ヤシロ。ヤシロの故郷はどうだったか知らないんだけど、この街の子供は普通にお酒飲むからね?」
「はぁあぁぁあっ、そういやそうだったな!?」
この街――というか、この世界では、ガキでも酒を飲むんだった。
旅に出ると安全な水の確保が難しくなる。
そんな時は、煮沸したお湯か、薄めたワインを飲むのだと、たしか以前誰かに聞いたな。
いや、でも、ジネットもなんか微笑ましそうにしてたぞ?
子供が大人の真似して可愛いな~みたいな想像してたぞ!?
「でも、薄めたお酒って美味しくないんだよね。気分も悪くなっちゃうし」
「あぁ、分かる。それで大人たちがこう言うんでしょ? 『この美味さが分かるようになったら大人だぜ』って」
「あぁ~、私のお父さんも言ってたなぁ」
いくらガキのころから酒を飲んでもいいとはいえ、ガキがアルコールに弱いことには変わりない。
なので、好んで飲むようなことはなく、水の代わりがそれしかないから仕方なく飲む――という位置づけらしい。
そんな思い出のせいなのか、パウラは酒屋の娘なのにあんまり酒好きのイメージがない。
料理の研究や商品を熟知するために飲むことはあるらしいが、あんまり好きそうではない。
パウラにとっての飲酒は、仕事の一環なのだろう。
「じゃあ、ガキがエールみたいな甘いジュースを、大人ぶってごくごく飲んで大人の真似してたらどうだ?」
「「かわいい!」」
あぁ、ジネットの発想も、こんな感じなんだな。
なるほどなるほど。
「じゃあ、エールを頼む」
「ということは……結構忙しくなりそうね」
「今からいろいろ準備しとこうよ、パウラ」
「そうだね! ネフェリー手伝って!」
「任せて!」
向かい合わせで「がんばろ!」と声を掛け合う二人。
会場に酒が登場すれば、オッサンどもは昼間っから酒を飲み、ガキのおねだりを黙らせるためにお小遣いを握らせて「向こうで遊んでこい!」っていう展開になるだろう。
ふふふ、これでまたメンコが売れる! 駄菓子が売れる!
やっぱ、商売って家族全員を満遍なく満足させてあげなきゃいけないもんだよね☆
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